「僕はみんなが思うような成功事例ではない」モーリー・ロバートソンがツイート42連投で伝えたかったこと
プレジデントオンライン / 2023年1月3日 15時15分
■きっかけはある取材で感じた「決めつけだった」
《このところ縁あって高校卒業までの時期について取材を受けるインタビューが相次いでいます。おそらく日本の多様性が進む中でヒントを見つけようという取材意図があると思います。ここである問題が頻繁に起こります。》
《一つのパターンとして「日本は多様性が遅れている社会で、差別だらけだ。欧米に遅れている。直さなくてはいけない。モーリーさん、どう差別されたのか、どう直せばいいのかを教えて」という組み立てです。このフレームワークには正直言って、辟易しております(後略)》
今年9月26日、ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんの一連のツイートが大きな話題になった。それは自分の経歴への取材が、ある種のフレームワークにとらわれたものばかり、という嘆きから始まった。スレッドに続けられたモーリーさんの連投はなんと42に及んだにもかかわらず、最初のツイートはリツイートが1.1万件、「いいね」が4.6万件も付けられた。
モーリーさんはなぜあのツイートをしたのか、その反響は……。
そこにあるのは、日本社会に根深く存在する意識だった。
――唐突なツイートでした。なにがモーリーさんを動かしたのでしょうか。
その直前に、あるメディアの記者から、自分の経歴に関する取材を受けたからです。その中で自分の中にたまりに溜まったものを吐き出したくなって、ついあのようなツイートになりました。
ただ勘違いしてほしくないのは、私は記者本人や日本のメディアを批判したいわけではないことです。その記者の質問を通じて、私は日本社会全体に長く横たわるある種のアジェンダ、決めつけを感じました。
というのは、その記者の質問は私が30年前に受けた取材と全く同じだったんですよ。
ここでモーリーさんの略歴を紹介する。
68年、父親の転勤のため広島県に移住。当初はインターナショナル・スクールに通っていたが、地元の公立小学校に転校。その後、広島の名門私立中高一貫校に合格。
76~77年、転勤のためアメリカに在住。
78~79年、広島に戻り、前の私立高に復学。しかしアメリカと日本の文化の違いから来る行動に、学校側から「風紀を乱す存在」とされる。高校2年夏に自主退学。父母が不仲になり、母親の郷里でもある富山県の公立高校に転校。
80年ニューウェーブ系音楽にはまり、友人たちとバンドを結成。また学校から「不良」認定される。
81年、「不良が東大に受かったら面白いんじゃないか」というノリでハーバード大学と東京大学を受験し、合格。「東大とハーバードに合格した天才」としてもはやされる。レコード会社からも声がかかり、メジャーデビューを果たす。東大は1学期通っただけで退学し、ハーバード大に入学する。
■「なぜ日本の学校なんかを」という質問がつらかった
――「東大とハーバードに同時合格」という部分だけピックアップすればエリート然としていますが、複雑な青年期を過ごされていますね。
まだ戦争の記憶が残る広島県で暮らしていて、子どものころから微妙な立場でした。子ども同士の喧嘩でも、「原爆落としたくせに」とか言われるし、私が言い返すと、「わしのおじいさんが被爆したのに何を言うんじゃ」って泣き出す子もいました。
一方で、アメリカン・スクールの職員たちは日本と日本人を下に見ることを隠さなかった。でも「仮面ライダー」とかマンガ文化にどっぷりつかっていた私からすれば、反発しかないわけですよ。それでとうとう「スクール内で日本語は禁止」というお触れが出たのをきっかけに、地元の公立小学校に転校しました。
このあと、広島の私立中学校を受験するのですが、それを、ある種の先入観からくる紋切り型の質問を繰り返されて、つらかったですよ。
――どんな質問だったのでしょうか。
一番引っかかったのは、「なんでわざわざ日本で中学受験なんかしたのか」でした。
記者からみれば、熾烈な日本の受験競争に飛び込むアメリカ人はよほどの物好きに見えたのでしょう。「アメリカの学校はのびのび、日本は熾烈」という簡単な二元論のフレームワークの中で、「アメリカが上」という思い込みがある。
さらに言えば、「アメリカは多様性を容認、日本は画一的」「アメリカはのびのびとした教育、日本は詰め込み」「アメリカの教育は想像力を伸ばす、日本は歯車を作るだけ」といった単純な「アメリカにまだまだ追いつけない日本」も含まれていた気がします。
つまりその記者の中には「日本の教育はなっとらん、アメリカを見習え」みたいなアジェンダがあって、僕を利用して自分の思想をそこに書き込みたかったんでしょうね。そういうのはその記者だけに限らないんですけれど。
私立中学に入ったあと、父の仕事の都合でアメリカに戻ることになりました。ところが、1978年、僕が住んでいた地域で、公務員の給与カットされるということがあって。その影響で、公立高校の教師たちが一斉にストライキを起こしたんですね。数カ月間混乱が続いてとても勉強どころではなかった。
そこで両親を説得して、高校1年生の2学期からまた広島に戻りました。すると今度は、国の文化があまりにも違ったせいで、「みんなの勉強を邪魔して不純異性交遊をするヤツ」というレッテルを貼られてしまいました。
仕方がないので退学して、母親の地元、富山の高校に行くのですが、そこでも問題児扱い。当時のバンド仲間の間で、「不良が東大に受かったらおもしろいのでは」と盛り上がり、ノリで受験勉強を始めました。
普通に子どもとして生活していても、複雑な状況に巻き込まれてしまう。それに対してやや積極的に打ち返していった結果が、東大やハーバードの受験につながっていくわけです。複雑な環境の中で揉まれてストリートファイトを重ねていくうちに、強い子になっていったわけ。
それと伝えたかったのですが、ただこのツイート42連投には「後日談」があるんです。
■「感動的な900万」と「憎しみの741万」
――どういうことでしょうか。
このツイートのインプレッションは900万を超えています。これは皆さんに肯定的な評価としてシェアしていただいたというふうに理解しています。
それと真反対の反応が来たのが、10月16日のツイートでした。
《土浦駅でアイスコーヒーを買ったところ、紙ストローが付いてきました。意識が高い。応援します!目指せ海洋プラスチック・ゼロ!コーヒーもおいしいです。ありがとうございました!》
そもそもこのツイートには謎かけのような二面性があります。それは紙ストローをプラスチック容器にさしているという矛盾です。
「紙ストローを使おう」という社会の流れは気にしているのだけど、根本的に環境問題を捉えるところまではいっていないので、プラスチックの容器のままになっている。SDGsの中身を理解しないで、外側だけ真似しているのではないか、ということを示唆したかったんですよ。
ところがそれがいつのまにネトウヨの人たちの間で、「日本人に指図をするな」という大きなうねりになってしまいまして。
「こんなもんで意識が高いつもりになっているのはほんとに低脳」「それでもハーバードと東大を出たのか」「日本から出ていけ。死ねや」みたいなレスポンスがたくさん来ました。
インプレッションが741万。感動的な40ツイートで900万行ったけど、憎しみの741万も早かったね、みたいな。今でも1日に1回は、憤ったレスポンスを送ってくる人が絶えません。他のネトウヨたちのレスだけを見て、最初からエスカレートした状態で「日本から出て行け」とくる。
■ネット世界と現実世界とでペルソナが違う
――思わぬ所に火を付けられて、集中的に煽りをくらうというのは現代日本の特徴のような気がします。
排外主義やポピュリズムは今に始まったことではありません。
新聞というメディアが始まった今から100年前の1920年代から、日系移民と中国人をこれ以上増やすとアメリカ社会が堕落するという記事を、さんざん新聞が書いていました。黄禍論ですね。それを政治家が引用し、政治家が言ったといって、また新聞記事を書くという。
――今の時代は、それがSNSで簡単に広がる気がします。
そうですね。SNS化することで、だいぶ変質が起きていると思います。
根幹にあるのは、決めつけと思い込みと、ある種の快楽原則かな。たとえば、「朝鮮人を日本から叩き出したら日本がきれいになる」というような。そのことを2ちゃんねるでは「除鮮」といってですね、放射能の除染と朝鮮の鮮をかけて、「除鮮」というスラング。差別スラングなんだけど。
――怖い言葉ですね。
ただ、そういう言葉が出てくる背景には、「なーんちゃって、本気なわけないじゃないか」っていうウインクが入っているんですよ。面と向かって、リアルライフで「そこにいる朝鮮人、出ていけ」なんていうことは絶対言わない。
ネット上では「弱肉強食、ジジイもババアも早く死んでしまえ。そのほうが社会保障の圧迫も少なくなる」みたいな、全体主義、優生主義的な発言をするのに、人として会うとすごく普通。むしろ階段を上がるおばあちゃんを誰かが助けてあげると、それを見て感動するような「良い人」だったりするのね。
ネット世界と現実世界でペルソナが違うわけです。
■100年前は言葉と行動が一致していた
ところが黄禍論のときは、新聞を読んで、ほんとだよなって村の人たちが思うと、「よし、棍棒を取ってジャップをやっつけに行く」って実際になるんですよ。現代は戦後教育で全体主義や優生主義はいかんというのをさんざん一般の日本人はしみ込まされているので、オンラインでは言うんですけど、たとえば辺野古で座り込みをしている高齢者の方のところに行って、「この、左翼にたぶらかされた老いぼれめ」って言う人はまずいないですよね。
昔だったらそれをやっていたんですよ。「叩き出せ」と言って、家からほんとに家財道具をね、「こういう民族は町から出ていけ」ってやっていたから、だいぶ違うんですよ。
だから原型は黄禍論のようなところにあって、そのモチーフや素材が使われているけれども、ほとんどの人たちは、いわゆるヘイトを面と向かって口にしたり、わざわざ行動を起こしたりするぐらいの気合いは入っていないんです。
■一線を越えるネット民たち
――「ヘイト」といえば、今年4月、京都府宇治市のウトロ地区で放火事件がありました。これは「ネットの声」が現実の行動になったケースではないでしょうか。
これは量的な問題だと思います。ネットユーザーが増えたことによって、裾野が広がっているということですね。
祭りも、規模が拡大して、一定のレベルを超えると、おみこしに飛び乗る輩が出てきたり、ただ喧嘩しに来たりする人たちが集まったりしますよね。
これと同じで、規模が拡大した結果、「本気でヘイトじゃないよ。言っているだけだから。みんなそれはわかっているよね」というネット世界のマナーの一線を越えて、本気で行動に移す人たちが出てくる。さらに、目立つからいいという、自己の承認欲求なんかも入ってくる。
アメリカの銃乱射事件では、(ネットの掲示板である)4チャンネルで犯行予告をしたり、乱射している模様を動画で配信したりしています。劇場型憎悪犯罪というのか……。
大衆に大量の情報を伝達する、いわゆる「マスコミュニケーション」が、ソーシャルメディアに広がった結果出てきた、2次的な現象ととらえることができるのではないでしょうか。(後編に続く)
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国際ジャーナリスト、ミュージシャン
1963年生まれ。米ニューヨーク出身。日米を行き来しながら両国の教育を受けて育つ。1981年、東京大学とハーバード大学に現役合格。ハーバード大では電子音楽を専攻。近年は国際ジャーナリストとして、テレビ・ラジオの多くの報道番組や情報番組、インターネットメディアなどに出演するかたわら、ミュージシャン、DJとしてもイベント出演多数。
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(国際ジャーナリスト、ミュージシャン モーリー・ロバートソン 聞き手・構成=ノンフィクションライター・神田憲行)
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