1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

なぜ被害者たちは「日本記者クラブ」ではなく「外国特派員協会」を選ぶのか…国内マスコミが抱える根本課題

プレジデントオンライン / 2023年1月2日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AleksandarGeorgiev

2022年12月、陸上自衛隊での性暴力を告発した五ノ井里奈さんの記者会見が外国特派員協会(FCCJ)で開かれた。上智大学の水島宏明教授は「旧統一教会元2世信者や、TBS元記者から性被害を受けた女性が会見を開いたのも同じ場所だ。背景には、記者クラブ体制の機能不全がある」という――。

■記者会見は各社が全国放送で報じた

12月19日(月)、テレビ各社が元陸上自衛官で所属部隊での“性暴力”“性被害”を顔出し実名で訴えている五ノ井里奈さんの記者会見の様子を報道した。

NHKとフジテレビ、テレビ東京は全国放送で報道しなかった。一方、日本テレビ、テレビ朝日、TBSは、夕方や夜の主要ニュース番組で、五ノ井さんが会見で語った「(男性隊員たちが)私に覆いかぶさり、腰を振る動作を繰り返していた」などの赤裸々な言葉を全国放送で報道した。この夜、こうした詳細を初めて報じた局もあった。テレビだけでなく、新聞各社もこの会見での五ノ井さんの言葉を翌朝の新聞に掲載した。

この記者会見が行われた場所は「外国特派員協会」(FCCJ)である。午後2時すぎに東京・丸の内のビルの一角で記者会見が行われた。

この外国特派員協会、実は、日本の主要メディア各社が運営する記者クラブではない。主体になっているのは欧米を中心にした世界の新聞・テレビなどの特派員たちで、いわば外国メディアのための記者クラブである。

■なぜ外国報道機関向けの記者クラブだったのか

五ノ井さんのケースは、日本での出来事なのになぜ日本のメディアが中心になっている国内報道機関が運営する記者クラブではなく、外国特派員協会という外国メディア向けの記者クラブで会見が行われたのだろうか。しかも、なぜ、それが国内の報道機関でのニュースになるのだろうか。

実は同じことが「宗教2世」の問題を告発している小川さゆりさん(仮名)の記者会見でも起きている。小川さんが外国特派員協会で記者会見したことで親が宗教団体に対して多額の寄付をするために生活がままならず極貧状態にあったり、子どもたちが宗教団体の決めた「養子縁組」で幼少期から家族がバラバラになったりする実態が大きく報道されることになった。

出入国在留管理庁の出先での人権侵害について会見が行われるのも多くが外国特派員協会だ。

なぜ、日本の記者クラブではなく、外国特派員協会なのか。その記者会見がなぜ日本のニュースに貢献しているのか。この問題を考えると、実はそこには日本の記者クラブが抱える問題が見え隠れしている。

■報道機関の自律は記者クラブの基本だが…

外国特派員協会は、正式名称を「日本外国特派員協会」という。英語名The Foreign Correspondents' Club of Japanで略称はFCCJ。ホームページでは「世界で最も古く、最も権威のある記者クラブのひとつ」と自己紹介している。会員の資格として「日本を拠点とし、その記事の大部分が海外へ報道される記者」を対象にする組織だ。

米国のニューヨーク・タイムズ、CNN、英国のBBCなどの欧米の主要メディアの記者たちが所属している。記者クラブの自律的な判断でゲストを呼んで記者会見や講演会などを開いている。メンバーはそれぞれの会に自由に参加することができる。

日本のメディアの記者たちが所属する記者クラブも同じように「自律的な判断」に委ねられているはずだが、なぜ既存の日本のメディアの記者たちが所属する記者クラブでは、自衛隊内の性暴力問題や宗教2世の問題、それに入管での人権侵害の会見などが満足に行われないのだろうか。

元自衛官五ノ井里奈さん
写真=時事通信フォト
陸自性被害問題の懲戒処分などについて記者会見する元自衛官五ノ井里奈さん=12月19日午後、東京都千代田区の日本外国特派員協会 - 写真=時事通信フォト

■「縦割り」が障壁になっている

日本の個別の記者クラブは、それぞれ中央省庁や政党、大企業ごとに「縦割り」になっていることが大きな障壁になっている。官庁などと同じように「縦割り」のため、防衛省の記者クラブ、文部科学省の記者クラブ、東京の裁判所や検察庁、弁護士会などを担当する司法クラブなど細かく分別されていて、所属する記者たちはそれぞれ担当する組織の官僚らと同じような問題意識になりがちだ。

記者たちは記者室など官公庁などの建物を「間借り」している状態で、記者会見の場に当該組織の広報担当者なども聞きに来ることができるため、記者会見で話をする当人にとっては無言の圧力を受けやすい。記者の側も日頃情報提供を受けている組織に対する遠慮や忖度(そんたく)などが働きやすい。

そういう意味では、役所等の中にある記者クラブが完全に「自律的に運営」されているのかどうかはかなり疑問だ。

さらに、「縦割り」の担当であるがゆえに、記者たちの視野が極端に狭くなりがちである。防衛省の記者クラブにいる記者たちは最新兵器や防衛システム、「敵基地攻撃能力」などの法概念については防衛省の幹部や自衛隊幹部と同じくらいの専門的な知識を求められるため、そうした問題に対しては関心が人一倍強い。その一方で、「女性隊員への性暴力」のような問題については門外漢で、どれほどの重要性があるニュースなのか、記者自身が判断できない場合が少なくない。

■横断的なテーマに対応できない

五ノ井さんが受けた「性被害」「性暴力」の問題は当該官庁だけでなく、社会全体にかかわるジェンダー問題でもある。

2017年に米国ハリウッドの映画界で内部告発が相次いだ「#MeToo運動」以降も、解決すべき問題が様々な分野で根強く残っている。

メディア業界自体も強固な「男性優位」が続く社会だ。そこで働く記者たちも日頃からこうした問題について敏感とはいえない。ジェンダーがからむ「被害」については、今なお、当事者同士の問題だと考えがちで、「組織の問題」としては捉えない傾向も根強い。

五ノ井さんが性暴力被害への公正な調査を求めて、野党の議員らと防衛省で申し入れを行ったのは、8月31日(水)だった。そのときは防衛省の記者クラブが通常会見を開く記者会見室ではなく、建物の玄関先で、立ったままの「ぶらさがり」という形式で記者たちの質問に答えている。

10月17日(月)、五ノ井さんは自分に“性暴力”を行った加害者側の男性隊員4人から謝罪を受けたとして、記者会見を行って加害者側の手紙を読み上げた。このときの会見場所も、防衛省記者クラブでも官邸記者クラブでもなく、参議院または衆議院の院内会議室と思われる部屋で会見には野党の国会議員たち数人が同席していた。

防衛省
2007年3月6日、防衛省発足当初、仮看板を掲げていた庁舎正門。看板の作製が間に合わなかったため、アルミ合金の仮看板を採用していた。(写真=くーさん/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

■各社の熱の入り具合が一変した

この会見については五ノ井さんを熱心に取材しているAERA dot.やTBSテレビは「覆いかぶさって腰を使った」などの「性被害」の詳細を報道した。しかし他の多くのメディアは「性被害」などと抽象的に短く表現しただけで詳細を伝えなかった。

12月15日(木)に性暴力の加害者側の自衛官5人が懲戒免職になったときも「性被害」でと各社が伝え、TBSテレビの「news23」だけが「キスを強要された」「胸を触られた」などの詳細を報じた。

ところが12月19日(月)に五ノ井さんが外国特派員協会で会見したときには状況が一変する。それまであまり詳しく報じていなかった日本テレビ「news zero」が「示談交渉で“呆れた言葉”」と見出しを打ち、(1人あたり30万円の示談を申し出た隊員側が)「個人責任を問われるか疑問だが」と発言して五ノ井さんが呆れ驚いたと伝えた。

さらに「性被害」の中身も「私に覆い被さり、腰を振る動作を繰り返していた」とそれまで以上に具体的に伝えた。テレビ朝日の「報道ステーション」も隊員側からの示談申し出の際の発言に五ノ井さんが呆れたことに付け加え、「セクハラ行為がまるでコミュニケーションの一部であるかのように感覚がまひしていた」と本人の言葉を伝えていた。

■「日本記者クラブ」は会社ありき

外国特派員協会に匹敵するような組織が国内にないわけではない。

「日本記者クラブ」は国内メディアの記者向けに国内の報道機関が運営する組織だ。国政選挙の公示直前の党首討論や国際政治や軍事情勢、経済動向など大所高所からの大きなテーマについて専門家による情勢分析を中心にゲストを招いて話を聞くことが多い。

役所の縦割り主義に応じて縦割りの記者同士の担務になっている日本の記者クラブ制度は、守備範囲を決めにくい自衛官の性暴力などのテーマはどっちつかずになって手つかずになりがちな要因になっている。

こうした、いわゆる「記者クラブ」とは異なり、「日本記者クラブ」は横断的なテーマに対応している。

ところが、ここでも問題がある。ここに所属しているのは、基本的に各新聞社やテレビ局など大手メディアの論説委員や解説委員など一定の役職以上の人間だ。つまり、記者各々が所属している報道機関に紐付いているような形態になっているのだ。

「会社」が何かと前面に出てくる日本のメディアが加盟する日本の記者クラブと比べると、それぞれのジャーナリストである「個人」が加盟するという個人主義の意識が強いのが外国特派員協会だ。その違いは対照的だ。

■伊藤詩織さん事件でもそうだった

今回の五ノ井里奈さんのように性暴力の問題で日本の既存メディアの記者クラブが十分に対応できなかった前例はこれまでもある。ジャーナリストの伊藤詩織さんのケースだ。

伊藤さんは2015年、当時TBSのワシントン支局長だった山口敬之氏との食事中に昏睡(こんすい)させられた末に「合意ないままに性行為を強要された」として、被害の実態と警察の捜査徹底を訴える記者会見を2017年5月29日に司法記者クラブで行った。当時は名字を伏せたが、下の名前と顔を出すかたちで会見した。

ところがこの会見が新聞やテレビなど主要な既存メディアで大きく報道されることはなかった。警察の幹部による、異例ともいえる逮捕の中止命令など、安倍政権中枢に近い「政治の力」が疑われるケースだったにもかかわらずだ。本人が顔を出して訴えたにせよ、片一方の当事者がこう言っているというだけにすぎないために記事にはできないと判断した社が多かったという事情もあったかもしれない。しかし、問題を深掘りしようとする記者がいなかったことは日本のメディアが抱える課題の深刻さを映し出しているように思う。

伊藤さんはその後、自分に起きた出来事をノンフィクション『Black Box』(文藝春秋)として上梓した。同時に2017年10月24日に外国特派員協会で記者会見を開き、以降、自分の性被害やSNSでのバッシング等に関する会見は主に外国特派員協会で行っている。

■国内ニュースに還流される構図がある

記者クラブはメディア側の「自律」が大切だが、実際には言葉が形骸化しているケースは少なくない。

官邸クラブでの会見を見ると、官僚が記者会見を進行していて、首相や官房長官が発表したいことを一方的に話すばかりで質問時間や回数も制限している。記者側の質問もまるで事前に用意した答弁を読み上げるだけの国会答弁のようで、政権への忖度やおもねりが見てとれる。形式上は記者会見となっているものの、その様子は台本のある儀式のようだ。

外国特派員協会では、そもそも忖度する先が存在しない。毎回、記者たちがその場で考えた質問をぶつけている。そんな真剣勝負の記者会見のやりとりはYouTubeでも公開されている。

それまで同じ問題で何度か会見を開いている人物でも、外国特派員協会では質問を受けてより深みがある言葉を引き出されていることも少なくない。

五ノ井里奈さんのケースを見ても、12月19日の日本テレビやテレビ朝日の報道のように、外国特派員協会での「自分に覆いかぶさって腰をふった」というような音声を使うことで、それまで実態が見えにくくなっていた問題を伝えることができていた。日本国内のニュースなのにそれが外国特派員協会という記者クラブでの記者会見を経由して、新たな付加価値が日本のメディアに「還流」していく構図があった。

■レバノン逃亡後のカルロス・ゴーン氏も…

テレビも新聞も「マスゴミ」などと若者たちに批判されることがもう珍しくもない時代になった。

これほど外国特派員協会での会見ばかりがニュースで使われるようでは、日本の従来の記者クラブ体制がもはや機能不全に陥っているのではないかと疑わざるを得ない。

日本の記者クラブがやらなかった人物を外国特派員協会が会見をセットした例として、日産自動車の元会長カルロス・ゴーンのケースがある。

2018年に特別背任罪などの容疑でたびたび逮捕され、2019年に保釈中にプライベートジェットで国外逃亡した。外国特派員協会は逃亡先のレバノンとオンラインで結んでゴーンの会見を実現させたのである。日本の刑事当局からみれば「容疑者」であり、「逃亡犯」であっても、なぜ日本から逃げたのか。彼の言い分は何なのか。それを聞いてみないことにはわからない。

内戦下のシリアで武装集団に拘束され、3年ぶりに解放されたものの「自己責任」だと非難にさらされたジャーナストの安田純平氏の会見もここで行われた。

同調圧力が強く、忖度し合う日本の記者クラブでは避けてしまいがちなゲストを選んでいる。

■ジャーナリズムの基本精神に立ち返るべき

象徴的だったのは2019年12月19日の記者会見のゲストの選定だ。この前日、伊藤詩織さんが元TBSの山口敬之氏を相手取って損害賠償を求めた民事訴訟で、東京地裁が伊藤さんの主張を認める判決を出している。この日、外国特派員協会は“被害者”として勝訴した伊藤詩織さんだけでなく、“加害者”として敗訴した山口氏もゲストとして会見させている。

できる限り、その出来事の当事者に話を聞いて真実に接近しようとする営みがジャーナリストの活動であるのなら、外国特派員協会はその精神に忠実だといえる。

比べると、日本の記者クラブは、取材先組織ごとの縦割り体制やメディア同士の常識に縛られて、視野が狭くなってはいないか。「会社」中心の発想で深掘りする刃が鈍っていないか。「個人」として実直な疑問をぶつけるものになっているのだろうか。改めて自己点検が必要だ。

----------

水島 宏明(みずしま・ひろあき)
上智大学文学部新聞学科教授
1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー「母さんが死んだ」や准看護婦制度の問題点を問う「天使の矛盾」を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。「ネットカフェ難民」の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。著書に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)など多数。

----------

(上智大学文学部新聞学科教授 水島 宏明)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください