1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

眼球が変形し、運転免許も取れない…スマホの見過ぎがもたらす「近視→社会的失明」という巨大リスク

プレジデントオンライン / 2023年1月18日 16時15分

図版=『スマホ失明』

いま子どもの近視の急増が世界的に問題になっている。『スマホ失明』(かんき出版)を上梓した眼科医の川本晃司さんは「スマホなどのデジタルデバイスによる『近業時間の増加』の影響は無視できない。スマホの見過ぎは近視を悪化させるだけでなく、眼球を変形させ、社会的失明に陥らせるリスクがあることを知ってほしい」という。川本さんへのインタビューをお届けする――。

■世界的に若年層の近視が急速に進んでいる

――先生のクリニックを訪れる近視の患者さんが急激に増えたそうですね。

患者さんの数というよりは、特に若い方の近視が「あり得ないスピード」で進行していることを体感しています。この傾向は、やはり、新型コロナウイルス(COVID-19)感染症が流行しはじめてからの3年ほどで特に顕著ですね。

学校健診などで初めて私の眼科を受診するお子さんの近視の進行度合が、以前なら「屈折度数(ジオプター:D=視力を矯正するときに必要なレンズの矯正強度)」で「マイナス1D~2D」くらいだったものが、いきなり「マイナス4D~6D以上」といった中等度近視、または強度近視である症例が増えているんです。保護者の方もそこで初めてお子さんの視力が悪いことを知って青ざめるといった感じです。

――これは日本特有の傾向なのでしょうか?

いえ、若年層の近視の有病率は世界的に増加傾向にはありましたが、コロナ禍のここ3年のスピードはこれまでにないもので、世界的にかなり危機感が高まっています。

WHO(世界保健機関)は近視人口の急激な増え方に対して、「深刻な公衆衛生上の懸念がある」と警告しています。

また、オーストラリアのブライアン・ホールデン視覚研究所の、「2050年の近視人口は約50億人になり、さらに世界人口の約1割が強度近視となる」という報告もあります。

――その要因はどこにあるのでしょうか。

はい、遺伝的要因はもちろんのこと、本を読む、ゲームをするなどの影響もあると思いますが、コロナ禍による自粛生活で加速した、スマホなどのデジタルデバイスによる「近業時間の増加」の影響は無視できないでしょう。

2021年に中国から上がってきた、学童の「Quarantine Myopia(隔離近視)」に関する研究報告によると、7歳から12歳の子どもたちの屋外での活動が減り、デジタルデバイスでのスクリーンタイムが増加したことで、近視が著しく進行しているとあります。「Quarantine Myopia」とは眼科医でも聞きなれない言葉ですが、要するに新型コロナウイルス感染症のパンデミックに伴う巣ごもり生活がきっかけとなって、進行した近視のことです。

■失明原因と近視との強い関係性

――近視の問題が失明につながる可能性があるのでしょうか?

大体の方が「スマホを使いすぎても、せいぜい近視が進むだけでしょう」と考えているかもしれませんが、実は、日本人の「失明原因」の第5位は、近視が進行して発症する「強度近視」です。

さらに言うと、第1位の「緑内障」や、第4位の「黄斑変性症」の発症に関しても、近視との強い関係が指摘されています。

ちなみに、特に近視問題が深刻な中国の都市部では、失明原因の第1位が「近視」とされていることもあり、かなりの危機感を持って対策しているようです。

【図表】失明の原因トップ5
図版=『スマホ失明』

強度近視や緑内障といった失明に至る目の病気は、中高年になったからといって急に発症するわけではなく、子どもの頃に始まった近視が原因で長い時間をかけ進行した結果、発病します。その意味では、強度近視や緑内障は、糖尿病や脳卒中と同じ「生活習慣病」と言えると私は思います。

――失明というと、完全に視力を失うということですか?

いえ、それだけではなく、眼鏡をかけた時の矯正視力「0.1」を下回る「社会的失明」や、疾病などによる「機能的失明」なども含めて考えています。完全に視力を失わなくても、「社会的・機能的失明」に至れば運転免許証を取得できない、新聞や本、街中の交通標識や看板なども判読できないなど生活に支障をきたし、「人生の質」が大きく下がります。人生100年と言われるこの時代、近視の進行を抑制し、失明を予防する必要性は大きいと思います。

■近視対策の先進国と後進国

――先ほど、中国ではかなりの危機感を持って対策しているとお話しされました。

そうですね。中国ではすでに約20億円の巨費を投じて5つの近視研究拠点を設立しており、小中学校の一部では、眼科の医療機器をIoT化することで、視力や眼軸長(後述)などの測定データを自動でクラウドへアップロードし、リアルタイム分析してくれるサービスを導入していたりします。

また、近業を行うときの目とモノとの距離と、近業継続時間を最適化できる「CloudClip」というデバイスが開発・市販されています。こういった対策は近視進行の先にある大量失明社会が出現すれば、国家としての大きな損失につながると考えているからでしょう。

こうした対策に乗り出しているのは中国だけではありません。オーストラリアや台湾でも、やはり国を挙げての先進的な近視研究が進められています。

――日本ではあまり知られていないように感じます。

そうですね、やはりもともと日本は、現時点で成人の約半数が近視と言われる「近視大国」ですし、メガネをかけていることに対してネガティブなイメージが少ないため、これまであまりクローズアップされてこなかったのかもしれません。

また、日本では、確固たるデータを基にしたエビデンスがなければ情報を発信しない、といった風潮があり、行政も確証がなければ動かないという腰の重さがあるように思います。対して、中国などは、自国で収集したデータを基に政策を決める側面があって、必ずしも高いエビデンスでなくても動くこともあるようです。これはコロナ対策の違いを見ても明らかですね。

――このままでいいのでしょうか。

スマホをどれくらいの時間使うとどれくらい近視が進むかといった調査にはかなりの年月やコスト、労力がかかるため、いつ完璧なデータが出そろうかは分かりません。

ですが、それを待っていたら時すでに遅し、ということにもなりかねませんし、こういった危険性については、ある程度、見切り発車で政策を進めていくことも必要なのではないかと思います。

今、警鐘を鳴らしておいて、もしも後に「やっぱり違ったじゃないか」となったとしてもそれはそれでいいと思いますし、先は見えないにしても、対策を打っておいて損はないのではないかと思うんです。

ただ、日本でも少しずつではありますが、対策が進みつつあることを感じています。たとえば、2020年度に文部科学省が行った「児童生徒の近視実態調査」では、子どもの「眼軸長」の大規模調査が行われています。

■スマホを見続けると眼球が伸びる

――眼軸長とは眼球自体の長さですよね。眼球自体が変形するということを知り、驚きました。

みなさん結構、驚かれるんですが、長時間スマホを見続けるなどの近業を続けることで、「角膜」から「網膜(黄斑部)」までの長さである「眼軸長」が伸びてしまうことがあります。このように、眼軸長が伸びてしまった結果として起こる近視を「軸性近視」と言い、「スマホ失明」を引き起こすのが、この軸性近視です。軸性近視になってしまうと、近視がない状態に戻すことはできません。

【図表】眼軸長と軸性近視
図版=『スマホ失明』

最も程度がひどい強度近視になる頃には、ラグビーボールのような形状になり、眼球後方の一部がポコッと突起状に飛び出す「後部ぶどう腫」や、引っ張られた網膜が裂けてしまう「網膜分離症」などへとつながる危険性もあります。

――怖いですね。今までは「視力」がほぼ唯一の基準でしたが、これからは眼軸長にも注目するべきということですね。

はい。たとえば、裸眼視力が0.1の方が2人いるとして、同じ眼軸長なのかどうかというと実は違うんですね。失明に至る近視かどうかを測る物差しの精度が一番高いのが眼軸長といえるでしょう。

ヒトの眼軸長は、6歳くらいで22mm、成人で24mm前後になるのが正常な発達ですが、先ほどお話しした2020年度に文部科学省が行った「児童生徒の近視実態調査」では、小学6年生で成人の平均である24mm前後にほぼ達していることがわかりました。中学3年生では、男子が24.61mm、女子が24.18mm。これは、つまり軸性近視が低年齢化しているということです。

――軸性近視になる前に対策を打たなければいけませんね。

そうですね。実は、日本の近視予防法は80年ほど前から変わっていません。

大きく言うと、「目を休めること」「近業を避けること」「戸外で過ごすこと」の3つです。

台湾や中国での研究からは、「1日1時間以上のスクリーンタイムで近視が進行する」「スクリーンタイムが長くなればなるほど、近視の進行は深刻になる」ということがわかっています。また、戸外活動で「バイオレットライト(ブルーライトと紫外線との間にある光)」を瞳に通過させることで、近視抑制に効果があることもわかってきました。

――そうなのですね。ですが、特に子どもは、自分の意志でスマホの使用を抑制するのが難しいですよね。

そうですね、個人の努力だけではなかなか難しい側面もあるでしょう。ですので、スマホ使用を制限するためのアプリを入れるなどツールを利用したり、意識的に外に連れ出したりなど、親や周りの大人たちが環境をデザインしてあげる必要があると思います。

これには、行動経済学のフレームワークが有効だと思います。拙著『スマホ失明』では、こうした視点から、仕組みをデザインする方法を提案しています。

川本 晃司『スマホ失明』(かんき出版)
川本 晃司『スマホ失明』(かんき出版)

また、社会的な対策が進むことも望んでいます。たとえば、タバコのように、スマホの販売業者はスマホのパッケージに「スマホはあなたやあなたの家族を強度近視へと導く可能性があり、使用にあたっては充分な注意が必要です」といった警告文をつけるというような制度的な縛りを設けることも有効な手段のひとつだと思います。

子どもたちの近視の度合がここまで深刻になったのは、たぶん人類史上初めてだと思います。眼科医の中にも「スマホくらいで失明はしないよ」と思っている方もいるかもしれませんが、それは昨日までの常識であって、未来の常識は変わっている可能性が高いです。この現状を、眼科医として見過ごすわけにはいかないと思っています。

いろいろな方法をご提案しましたが、そもそも小・中学生の子どもたちにスマホを持たせる必要性が本当にあるのか、いま一度そこに立ち返ってみる必要もあるのではないでしょうか。

----------

川本 晃司(かわもと・こうじ)
眼科専門医(医学博士)・MBA(経営学修士)
1967年山口県生まれ。高校卒業後、産業廃棄物処理の日雇い労働をしていたが、一念発起して受験勉強を始め、28歳の時に山口大学医学部に入学。34歳で眼科医となり、44歳で眼科クリニック・かわもと眼科の院長となる。専門は角膜。2021年に北九州市立大学ビジネススクールでMBAを取得。現在は眼科専門医としての傍ら、北九州市立大学大学院で医療と認知心理学とを掛け合わせた学際的な研究を行っている。現在の研究テーマは「医療現『場』の行動経済学」と「医師と患者の認知心理学」。

----------

(眼科専門医(医学博士)・MBA(経営学修士) 川本 晃司 聞き手・構成=山岸美夕紀)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください