なぜ「すき焼き」を食べると幸せな気分になるのか…精神科医・和田秀樹が解説する科学的な理由
プレジデントオンライン / 2023年1月1日 9時15分
※本稿は、和田秀樹『60歳から脳を整える』(リベラル文庫)の一部を再編集したものです。
■肉料理や脂っこいものを食べたくなるのは身体のサイン
交際費って、結局は飲み食いのおカネです。
評判の店で飲み食いする、旅先で飲み食いする、繁華街の焼き肉屋で飲み食いする、どれも値段はまちまちですが、美味しい店で親しい人と愉快に過ごせば朗らかな感情に包まれるのは当然のことです。
それだけではありません。
美味しいものというのは、身体が求めているものです。
「脂の乗った魚料理が食べたいなあ」
「すき焼きを腹いっぱい食べたいなあ」
「上等な焼肉なんてずいぶん食べてないなあ」
60代ともなればかつてほどの大食いでもないし、肉料理や脂っこいものは何となく控えめにしています。
でも、その反動なのかどうか、たまに猛烈に食べたくなるときがありますね。
ああいうのは身体が求めているんだと考えましょう。肉でも甘いものでも、それを美味しいと感じるのは脳が満足しているからで、ふだんの食事が質素になりがちな60代にとっては、前頭葉が刺激される心地よい体験になってきます。
こういった快体験はすべて、身体の免疫機能を高めて、がんの予防にもなります。
みなさんもたぶん、笑顔や幸福感が脳はもちろん、身体も元気にしてくれるということは実感できると思います。それが免疫機能を高めてがんの予防にもなるというのは、NK細胞の活性化で説明することができます。
NK細胞というのは、たとえばがん細胞の素になるような出来損ないの細胞を異物として排除してくれる免疫細胞のことですが、その活性は20歳がピークでそれ以降はしだいに低下してきます。
つまり、免疫低下という視点でみれば、がんも老化現象の1つといえるのですが、快体験はこのNK細胞の活性を高めることがわかっています。実験してみると笑っているときはNK細胞が活性化しているのです。
うつ病も同じで、夫と死別した女性で、うつ病になった人とならなかった人のNK細胞の活性を比較してみると、ならなかった人のほうが明らかに活性が高いという研究結果も出ています。
でも快体験にもいろいろありますね。ギャンブルや恋愛も、前頭葉を刺激して脳の機能を高めてくれるという話をしましたが、どちらも裏目に出る可能性があります。大損したり、失恋すればやっぱり落ち込む可能性もあるのです。
その点で、美味しいものは裏切りません。どんな人でも、100パーセント満足して笑顔を浮かべるはずです。
■すき焼きを食べていると幸せな気分になる理由
ところで、脳内のセロトニンという神経伝達物質が減るとうつ病になりやすいことがわかっています。このセロトニンも加齢とともに減ってきますから、たとえうつ病にはならなくても意欲が低下したり、感情の老化が起こります。
そこでうつ病の治療薬としてよく使われるようになったのが、SSRIという坑うつ剤ですが、この薬はかんたんにいえば脳内のセロトニン濃度を高める働きをします。もう少し、詳しく説明してみましょう。
うつ病というのは細胞レベルで説明しますと、シナプスという脳の神経細胞の接合部で、神経伝達物質の受け渡しがうまくいかなくなっている状態と考えられています。つまり、セロトニンが放出されてもレセプターが受け止めてくれないのです。
それで気分が停滞したり、やる気がなくなったりすると考えられるのですが、レセプターが受け止めてくれないセロトニンは放出した神経細胞にふたたび取り込まれてしまいます。
ところがこのSSRIという薬は、そこで再取り込みをされないようにブロックする働きがあるので、結果としてシナプス内のセロトニン濃度が高くなって刺激が伝達されます。
ただし放出されるセロトニンが増えるわけではありませんから、少ないセロトニンの濃度が多少高まっても絶対量そのものが少なければ、うつ状態はなかなか改善されません。
セロトニンの原料は肉類に含まれるトリプトファンです。
それから「脂っこいものはコレステロール値が高いから身体に悪い」と思われがちですが、わたしのような精神科医の立場では、コレステロールにはセロトニンを脳に運ぶ役割があると考えられています。
うつ病の人を診察してみると、コレステロール値の高い人は回復しやすいのですが、低い人はなかなかよくならないからです。
つまり、肉料理をしっかり食べている人のほうが、うつにはなりにくいのです。
セロトニンは「幸せ物質」ともいわれています。
脳内にセロトニンが満ちている人は、なんとなく幸福感に包まれます。すき焼きを食べていると幸せな気分になったり、焼き肉を食べていると元気が湧いてくるのも理由があるのです。
■おカネを使うことで自己愛が満たされる
今の60代が子どものころは、めったにないことですが父親が家族を引き連れて美味しいものをご馳走してくれました。
寿司とか、レストランのトンカツやステーキ、専門店のすき焼きなどです。
「ここの料理はうまいぞ」
「今日は好きなものを頼みなさい」
そういって父親も満足そうにビールや日本酒を飲みます。
ああいうのって、気分よかったんだろうなと思います。
母親もご機嫌ですし、子どもたちも「やっぱりお父さんは偉いなあ」と尊敬してくれるからです。
毎日のご飯やお弁当を作ってくれるのは母親でも、ここぞというときにふだんは食べられないような美味しい料理をご馳走してくれるのはお父さん! そう思ってくれるからです。
おカネを使うことのメリットに、そういった自己愛が満たされるということがあります。
今の60代はその後、社会に出てバブル景気と出合い、高級な店で美味しい料理やお酒を飲むチャンスに恵まれました。あれはあれで気分がよかったはずです。「おカネを使うっていいもんだなあ」と実感できたのです。
■お金を使わないことが、脳の老化につながる
ところが景気が落ち込み、子どもの教育費の負担が増したり将来への不安が生まれてくると、ぱったり自分のおカネを使わなくなりました。使えなくなったというべきかもしれません。
でも、それが定年後も続くと、おカネを使う快感を忘れてしまいます。せいぜい、孫に小遣いをあげて満足するくらいで、自分のために使おうとしなくなるのです。
これではしょぼくれてしまうのも無理がありません。
やってみたいことやほしいもの、出かけたいところはいくらでもあるはずなのに、「もう働いていないんだし」といった理由でブレーキをかけてしまったら、なんのために40年間、働き続けたのかわからなくなってしまいます。
しかも脳で考えれば、ひたすらルーティンな作業に費やした年月で前頭葉は機能低下し、その後もおカネを使わないという生き方のなかで前頭葉は刺激を受けるチャンスがありません。一気に脳の老化が始まって、ボケたようになるのも当然なのです。
■なににどうおカネを使うかと考えるのは前頭葉を使う
おカネを使うというのも出力です。
貯めるのは入力で、知識を蓄えるようにおカネを蓄えればいいのです。たくさんの知識が溜まれば知識のおカネ持ちになります。
でも、それを使えないのは表現力がないということです。
あるいはオリジナリティがないということです。
どちらも前頭葉を使わないということです。
一方のおカネを使うことはどうでしょうか?
定年を迎えて、無意味な浪費はしたくないという気持ちならだれにでもあります。
したがって、使うなら存分に楽しみたいし、それによって幸せな気持ちになりたいと考えるはずです。
そうなれば、なににどれくらいのおカネを使うかというのは、かなり真剣なテーマになります。たとえば友人と会って飲み食いするだけでも、あれこれ調べたり記憶を総動員したりして店を選びます。
これが同窓会の幹事ともなれば大変で、まさに全知全能をふり絞ってのプランニングが必要です。出力系がものすごく鍛えられるのです。
そして、結果に満足すれば脳は快感に包まれます。
「今度はなにをやろうかな」と考えるはずです。
■ムダ遣いを減らすためにも、使った方がいい
ここでも前頭葉の出番です。うまくいけば自信が生まれて、「よーし、つぎはもっとみんなを驚かせてやるぞ」と考えるでしょう。
定年を迎えてからのこういう意欲というのは、人とのつながりやその予算を考えることで生まれてきます。閉じこもって節約しても出力系が刺激されることはまったくないのです。
それからこれも忘れがちなことですが、おカネというのは使うときに使ったほうが節約できます。
「久しぶりに美味しい料理を食べて楽しい時間を過ごしたなあ。けっこう使ったから、今月はちょっと締めなくちゃ」
それぐらいの感覚のほうが、無駄遣いはしなくて済みます。
むしろ、「贅沢してないんだからこれくらいいいだろう」と思って、パチンコをしたり居酒屋で1人でビールを飲んだりする人のほうが、結果として無駄遣いしているのはよくあることです。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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