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「少年ジャンプ+」はなぜ読み切り作品重視なのか…冷めた消費者を振り向かせる緻密な仕掛け

プレジデントオンライン / 2023年1月5日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gearstd

無関心化する消費者の関心を惹くにはどうすればよいのか。高千穂大学の永井竜之介准教授は「相手を振り向かせる仕掛けを考え、常識や定番を覆すような新しい刺激となるフックを提供して、関心を惹きつけることが重要だ」という――。

■現代消費者の「無関心」を乗り越えるには

前回は「型破り」というキーワードからマーケティングの裏側を見てきたが(“激辛”は必ずクレームがつく…スーパーから取り扱い拒否された「カラムーチョ」の意外なヒット要因)、今回は「無関心」について取り上げてみよう。

「無関心」は現代の消費者の特徴の1つだ。様々な物事に対する関心が無く、興味が薄く、趣味を持たない人が増えている。このことは、商品・サービスを作って広めようとする企業にとって、とても厄介な問題になっている。どんなに良い商品・サービスを作っても、消費者に「面白い!」「新しい!」と好意的な関心を持ってもらえなければ、届かずに終わってしまうからだ。「試しに買ってみる、使ってみる」というファーストステップを実現できなければ、ビジネスとして普及することはできない。そのため、無関心な消費者に対して、「気付かせ、関心を惹くためのフック」が極めて重要になる。

無関心な相手を振り向かせる仕掛けを考え、常識や定番を覆すような新しい刺激となるフックを提供して、関心を惹きつける。ただ、その新しい刺激も、すぐに慣れられてしまってフックとしての効果を発揮できなくなりやすい。だから企業には、新しい刺激となるフックの提供と更新を実行し続けることが求められている。この「無関心な相手を振り向かせるフック」で成功を収めている事例として、少年ジャンプ+、THE FIRST TAKE、TikTokの3つを紹介していこう。

■2200万DLを突破した「少年ジャンプ+」

「少年ジャンプ+」は、集英社が「週刊少年ジャンプを超える」と目標を掲げて2014年9月からはじめたWeb・アプリ漫画サービスだ。サービス開始から8年で、アニメ化して大ヒット中の『SPY×FAMILY』や漫画賞を受賞して人気を集める『怪獣8号』『ダンダダン』など数多くのヒット作品を生み出し、アプリは2200万ダウンロードを突破、週間アクティブユーザー数はWebとアプリを合わせて600万超の人気サービスへ成長を遂げている。

少し歴史をさかのぼると、もともと『少年ジャンプ』は、1959年に創刊されて絶大な人気を博していた『少年マガジン』と『少年サンデー』の二強がいたところに、後発参入する形で1968年に創刊された。少年ジャンプは、メインターゲットである小学5・6年生へ「1番大切に思うこと」をリサーチして、そこで出てきた「友情・努力・勝利」をコンセプトにした漫画雑誌として作られた。

■漫画業界の中心であり続ける「ジャンプ」

積極的な新人起用、「ジャンプだけで読める」という希少価値をつくるための漫画家との専属契約、作品同士を競わせて読者が読みたい漫画を載せる方針を徹底するアンケート至上主義。こうした取り組みを通じて、少年ジャンプはヒット作品を増やしながら人気を高めていき、1984年に連載開始した『ドラゴンボール』を旗頭にさらに躍進して、80年代・90年代のジャンプ黄金期を経て、現在に至るまで漫画業界の中心であり続けている。

漫画業界の王者とも言える「ジャンプ」を超えるために誕生した「ジャンプ+」。その最大の特徴は、1話完結の新作読み切り作品の圧倒的な多さにある。1話だけの読み切り作品は、その後に単行本化して販売することが難しく、短期的な売上を考えれば重視しにくい。そのため、他の多くの漫画雑誌やWeb・アプリサービスでは、読み切り作品を特別に重視する方針はとられていない。しかしジャンプ+では、サービス開始時から一貫して、この読み切り作品重視の方針を続けており、年間300作品以上、ほぼ毎日1作品の新作読み切りを配信している。これによって、毎日、新しい刺激となるフックを提供し続けているとことになる。

■新人発掘で次の大ヒット作を育成する

ジャンプ+が読み切り作品を重視する大きな理由は、新たな才能を秘めた新人をいち早く発掘し、次の大ヒット作を育成することにある。そのために、ジャンプ+のサービス開始と同時に、「ジャンプでデビューできる漫画投稿サービス」として「ジャンプルーキー!」を立ち上げている。

初心者マーク
写真=iStock.com/SB
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SB

これは、オリジナルの漫画をいつでも投稿・公開できるサービスで、月平均2000人以上が約4000作品を投稿しており、そのすべてに目を通し、若手の編集者から優先的に気になる投稿者へ声をかけていいルールが設けられているという。「ジャンプルーキー!」での投稿、そこからジャンプ+での読み切り、そして連載へステップアップする道筋を設計することで、日本で1番、新人がトライアル&エラーできる場として活性化している。

■2つの戦略でジャンプ超えを目指す

さらに、ジャンプ+でトライアル&エラーできるのは新人だけではない。ベテランの漫画家が、自らの作家性を存分に発揮して、自由に作品を発表できる場としても活性化を進めている。紙の雑誌にあるページ数の制約、雑誌のコンセプトに合わないなどの内容の制約。こうした制約から解き放たれ、面白ければ、内容もボリュームも自由で何でもあり、という理想的な場になっている。

『ファイアパンチ』や『チェンソーマン』の人気漫画家・藤本タツキ氏がジャンプ+で発表した新作読み切り『ルックバック』は、143ページという長編をあえて前後編で分けずに一気に公開し、そのメッセージ性の高い内容が大反響を呼び、公開初日だけで250万閲覧を突破するほどの爆発的な関心を集めた。

■ファンを増やす緻密な仕掛け

大ヒット漫画を作ること、そのためにヒットを作る新しい仕組みを作ること。この2つを達成して「ジャンプ超え」を目指すジャンプ+は、新たな刺激のフックとなる読み切り作品を提供し続けることで、「次はどんなヒットが生まれるか」と目が離せないコンテンツとなり、無関心化を進める読者の心さえも惹きつけることに成功している。

タブレットで遊ぶ子供
写真=iStock.com/TATSUSHI TAKADA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TATSUSHI TAKADA

加えて、ジャンプ+では、連載作品は最初の3話と最新の3話がいつでも無料で読めるサービスや、アプリをダウンロードすれば初回は全話無料で読めるボーナスが用意されている。これも無関心化を進める読者に歩み寄り、話題作・人気作にすぐ追いつけるサービス提供によって、関心を持った読者を逃がさずに、一気読みでハマりこんでファンになってもらう仕掛けが緻密に設計されている。2023年1月からは、ジャンプ+の新連載作品は原則すべて国内外同時連載とする方針を発表しており、英語版を世界中に発信することで、ヒット規模のグローバル拡大を目指している。

■音楽体験コンテンツ「THE FIRST TAKE」

「ありのままの自分を。ありのままの音楽を。一度きりにこめる。Less Filter, More Music. ありのままの世界へ。」

このオフィシャルサイトの言葉に表される新しい音楽体験コンテンツが、ソニー・ミュージックレーベルズが商標登録する「THE FIRST TAKE」だ。公式YouTubeチャンネルでは毎週、水曜日と金曜日の22時に新しい動画が配信され、白一色に統一されたスタジオで1本のマイクの前にアーティストが立ち、一発撮りの「疑似生」とも言える緊張感のある特別なパフォーマンスを魅せる。

マイク
写真=iStock.com/Aleem_khan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aleem_khan

2019年11月の配信開始から3年でYouTubeチャンネルの登録者数は700万人を突破、総再生回数は25億回を超える人気コンテンツに飛躍を遂げている。これは、日本の音楽ジャンルのYouTubeチャンネルの中で、特定アーティストの公式チャンネルを除いて、最多の登録者数だ。配信のはじまったタイミングが、ライブやフェスの開催が制限されたコロナ禍とちょうど被ったこともあり、新しい音楽体験コンテンツとして急速に人気を拡大した。

■特別コラボ曲で紅白歌合戦へ

毎週2回の配信では、話題の新曲を披露するアーティストもいれば、懐かしい往年の名曲を披露するアーティストもいる。「THE FIRST TAKE」だけの特別版としてアレンジを加えた楽曲や、ここだけのカバー曲が披露されることも珍しくない。YOASOBI、LiSA、DISH//(北村匠海が所属するバンド)、優里といったアーティストの動画は、再生回数1億回を突破するほどの熱狂的な関心を集めている。「milet×Aimer×幾田りら(produced by Vaundy)」の特別コラボ曲「おもかげ」は大きな話題を呼び、2022年末の第73回紅白歌合戦への参加が決まった。

「THE FIRST TAKE」は、レコーディングスタジオと同等の環境で録音された高音質なサウンド、4K解像度で撮影された高画質映像、余計な演出はせずに真っ白の空間でパフォーマンスだけをアップで映し出す没入感、そして一発撮りの特別な緊張感が徹底されている。これらによって、収録・編集されたテレビの歌番組や、作品として完成されたミュージックビデオ、迫力のあるライブ映像、そのどれとも異なるドキュメント性の高い特別な音楽体験を提供している。

■オンラインで盛り上がれる音楽体験

登場するアーティストや楽曲が事前に告知され、歌いはじめる前の臨場感ある映像がSNSで拡散されることで、スポーツの試合やライブのように、配信開始に合わせてオンラインで不特定多数の人々と一緒に見て盛り上がれる音楽体験としても人気を集めている。

現在のインターネット、SNS、サブスクリプションサービスの環境において、ただの音楽、普通の映像は溢れていて、いつでもどこでも楽しめる。だからこそ、「ここにしかない特別感」や「予測のつかないワクワク感」という新刺激のフックを作って提供し続けることが重要になる。「THE FIRST TAKE」は、毎週2回、その新しいフックを提供することで、新しさと面白さを更新し続け、飽きさせずにファンを拡大していくことに成功している。

■世界150カ国で愛される「TikTok」

TikTokは、世界150カ国以上で利用され、アプリの累計ダウンロード数は35億を突破、ここ数年「世界で最もダウンロードされているアプリ」となっている大人気のショート動画SNSサービスだ。月間アクティブユーザー数は10億人を超え、歌や踊りなどの面白系の動画が楽しまれるだけでなく、エンタメ・アパレル・美容・食品・雑貨など様々なビジネスをヒットさせるトレンド発信源にもなっている。『日経トレンディ』が発表した「2021年ヒット商品ベスト30」の第1位は「TikTok売れ」で、ユーザーの関心を惹きつけるトレンドのジャンルはますます拡大していっている。

画面上のTikTokとFacebookアプリ
写真=iStock.com/5./15 WEST
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/5./15 WEST

TikTokは、画質や音楽、特殊効果フィルター、編集のしやすさといった機能面でも優れているサービスだが、最大の強みはAI(人工知能)によるレコメンド力の高さにある。アプリを開くと、自分で探す必要なく、おすすめの動画が流れてきてストレスフリーで楽しめるサービスとして設計されている。ユーザー情報や視聴履歴はもちろん、いいねやコメント履歴、フォロー履歴、15秒の動画をどこまで見たか、その動画に使用されていた曲は何か。ありとあらゆる利用状況から、ユーザーの好みをAIが学習し、コンテンツを最適提供する。

■TikTokに身を任せれば新しいサービスに出合える

過去の自分にとっては関心の無いコンテンツでも、自分と同じようなタイプのユーザーのデータに基づいてTikTokが予測し、「これから好きになるかもしれない」動画を見せてくれる。アプリを開いたらTikTokに身を任せているだけで、自分がまだ気づいていない新しい面白さを提案して、無限に楽しませてくれるSNSサービスとなっている。絶えず新しいフックとなるおすすめ動画を提供し続けることで、ユーザーを離さない高い中毒性を導いている。

インフィニティシンボル
写真=iStock.com/dvsmm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dvsmm

また、AIによるレコメンドは、まだフォロワー数が少なく影響力の小さいアカウントの投稿であっても、良質なコンテンツかどうかを見極めて、幅広いユーザーに拡散してくれる。それによって、ショート動画を投稿するユーザーにとって、「いつでも、誰でも、どんなジャンルでも、大ヒットできるチャンスがある」というメリットを生み出している。これは他のSNSサービスとの大きな違いであり、高く支持されている点でもある。

■他社の真似からはじまり、他社を突き放す存在に

TikTokを運営するのは、2012年3月に北京のマンションの一室で創業され、それからわずか10年で、世界で最も勢いのあるSNSサービスを展開するまでに飛躍した中国のメガベンチャー企業のバイトダンスだ。「情報(バイト)を社会で拡散(ダンス)させる」を名とするメガベンチャーは、まず中国国内でニュースアプリ「今日頭条(ジンリゥ・トウティアオ)」をヒットさせたが、そこでの強みこそが、ユーザーの興味のあるコンテンツを最適提供するAIレコメンドだった。「知りたいニュースをどんどん出してくれる」と評判を呼び、朝起きたらまずこのアプリを開くのが習慣化するほどに普及した。この同じ強みを発揮したのが、「音を振動させる」という名から音符が揺れて重なったロゴを採用した、中国国内版ショート動画SNS「抖音(ドウイン)」で、TikTokはその海外版である。

TikTokはもともと他社サービス「Musical.ly」の真似からはじめられたものだが、強力なレコメンド機能などを強みに急成長を果たし、本家を買収するまでに飛躍を遂げた。近年では、TikTokの大ヒットに対抗して、FacebookやInstagram、YouTubeなどのライバルがショート動画機能をサービスに取り入れ、激しい競争が繰り広げられている。TikTokは、ライバルを突き放すため、レコメンド機能のさらなる進化、他の生活サービスと連携する新機能、魅力的な投稿をしてくれるクリエイターへの特別報酬を通じたコンテンツ強化などの取り組みを重ね、ユーザーの心を掴んで離さないサービスの提供・更新を続けている。

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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