なぜ千葉県の妊婦が殺到しているのか…8年間で売上3倍に急成長「ファミール産院」の3つの非常識
プレジデントオンライン / 2023年1月11日 14時15分
■「開院すると地域の出生率が上がる」と噂
厚生労働省が12月1日に発表した人口動態統計速報によると、22年1月から9月までの出生数は累計で59万9636人でした。21年の同期間よりも3万人減少。このペースで推移すると統計開始以来はじめて、出生数80万人を下回る可能性がでてきました(厚生労働省 人口動態統計速報参照)。
このような中、新進気鋭の産院として各業界から注目を集める医療法人があります。
「出店すると地域の出生率が上がる」とも言われている産院が医療法人社団マザー・キー ファミール産院グループ(杉本雅樹理事長)です。
■右肩上がりの収益
医療法人社団「マザー・キー ファミール産院」は船井総合研究所主催のグレートカンパニーアワードにて2013年に社会貢献チャレンジ賞、2022年に顧客感動賞を受賞しました。13年時点ではまだ館山の1院のみの経営でした。
千葉県館山市という高齢化が進む地域で、地域コミュニティーの中核として活動していた同院の考え方や取り組みは独特ではありましたが、当時はまだ個人産院の域をでていませんでした。
それから9年がたち、現在は千葉県内に6つの施設を展開し、医業収入は13年の3倍となる約22億円(5施設での数字)に成長しています。
「医療経済実態調査」(中央社会保険医療協議会2021)によると、産婦人科の一般診療所(入院診療収益あり)の1施設当たり収入は個人開業で1億7500万円、医療法人で約4億円です。これに対して、ファミール産院は1院あたり約4億4000万円です。
少子化の時代に、なぜファミール産院は成長を続けているのでしょうか。
■全国トップクラスの分娩数
杉本理事長は、館山の個人産院を2005年に引継ぎました。これが、ファミール産院のスタートです。
その後、君津市からの要望で14年に2院目を出店。15年には千葉大学医学部前に「なのはなクリニック」を、17年に蘇我のクリニック(現ファミール産院ちば)を事業承継、20年には市川に出店。そして22年11月にJR津田沼近くに「ファミール産院つだぬま」を新規オープンしています。
分娩数の推移を見ると、同院の成長度合いがよく分かります。
これを全国の分娩数ランキングにあてはめてみると、ファミール産院の2132件は、20年時点の数字で全国7位というトップクラスの数字です。他施設は1カ所での展開というところも少なくないので単純比較はできませんが、全国的に分娩数が減少している中で、ファミール産院は複数店舗で多くの分娩をする産院として全国でも稀有の存在になり始めています。
■コロナ禍でも出生率は上昇
これを全国の出生数、合計特殊出生率と比較すると同院の伸びがさらによく分かります。
全国の出生数は19年から減少し、20年からは新型コロナウイルスの影響もあり、さらに大きく減少し、21年には81万人、出生率1.30にまで減少しています。千葉県も21年までは出生数は減少しており、出生率は1.20と全国平均よりも低くなっています。
その中で、ファミール産院が最初の拠点とした館山市21年の出生数、出生率共に19年を上回り、君津市は出生数こそ減少したものの、出生率は100%を維持しています。これが、ファミール産院が出店すると出生率が上がると言われるゆえんです。
今後、この流れが千葉市、市川市、習志野市などにも広がっていけば、千葉県の出生率を底上げする……というのは言い過ぎでしょうか。
■地方で成功しているワケ
ファミール産院は、決して商圏に恵まれた立地で産院を運営しているのではなく、出生率の低い千葉県で、さらに人口も出生数も少ないローカル都市に複数施設を展開し、医院経営を行っているのです。
効率だけ考えたら、人口の多い都心で1院だけを経営したほうがいいでしょう。なぜ同院は、わざわざ商圏的に恵まれない地域で産院を展開し、成功しているのか。
そこには、従来の産院の常識を覆す取り組みがありました。
【取り組み①】スタッフの働きやすさをとことん考える
ファミール産院の最大の特徴は、患者さんの満足とスタッフの働きやすさの両方を追求するという点です。
「病院の不都合なところをカバーしたのが診療所」(杉本理事長)というのがファミール産院の考え方です。だからこそ、ちょっとしたぜいたく感を味わえる産院を作り、そこにまた戻ってきたくなるような医療体制とサービス体制を整えています。
■宿直室はホテルの一室のよう
患者さんの満足と同じくらいファミール産院が大切にしていることは、スタッフの満足度です。
「しあわせなお産をしていただくためには、産院で働くスタッフが誇りを持てるような職場づくりが必要です。スタッフが誇りを持ち、幸せな働き方をしたいと思うからこそ、妊婦さんに寄り添い、しあわせなお産を実現することができるのです」(杉本氏)
スタッフの士気を上げる2つの取り組みがあります。
(1)働く環境の整備
ファミール産院では、スタッフの働きやすさを担保するために、スタッフの休憩場所などに非常に気を配っています。
産院の助産師さんやスタッフの仕事は大変な仕事です。さまざまなストレスもかかってきます。だからこそスタッフが働きやすい職場環境は必須です。
スタッフの休憩ルームは8畳ほどの広さがあり、明るい雰囲気のゆったりとしたスペースです。宿直用の医師の部屋はテレビ、PC作業のできる机、上質のベッドもついたホテルのような個室を用意しています。
■スタッフの人員不足に困ることはない
全体で330名が働くファミール産院は、1施設当たり55名の体制です。通常の産院に比べると常勤だけでなく非常勤も含め人員を手厚くしています。
以前、館山と君津の2院だけで運営していた時には常勤のメンバー中心で運営せざるを得ず、非常に苦労したそうです。
しかし、ケアの質を維持するためには、必要最低限度の人員体制ではなく、人に投資をし、患者へのケアの質を高めていくことが求められます。
スタッフ数が増えれば、一人当たりの過重労働もなくなり、丁寧に患者さまに寄り添いサポートすることができます。結果的に患者の満足度が上がる上、スタッフの幸せな働き方につながるのです。
このような体制が整っているからこそ、産院の医師や助産師不足の中、採用が安定的にできているのです。また、給与レベルも22年に入り105~110%程度にベースアップし、金銭的な満足度も向上しているといいます。
(2)スタッフへの権限移譲
スタッフに話を聞くと、「なんでもやらせてくれるのがいい」「うるさいことを指図されることがない」など、スタッフに任せるようにしているマネジメントが、働きやすい一番の点だと教えてくれました。
実際にファミール産院には現場スタッフだけで行う運営会議で、経営に関わること以外ほぼすべての取り組み事項を決めています。
医療法人でマネジメントを上手にまわすためには現場への権限移譲をできるか否かが成否を分けるのです。
【取り組み②】大胆なプロモーション
医療法人は医療法で広告可能事項が定められ、もっともプロモーションが難しい業種のひとつです。ですが、ファミール産院は、かなり大胆に宣伝を行っています。
産院は基本的に、家からの距離でどの産院にするかを決める人が圧倒的に多いものです。だからこそ周辺住民に対する告知が必須です。同法人では京成津田沼駅の改札に、誰もが目に付くような大きな駅広告を設置しています。産院でここまで大胆な駅広告を設置するのは珍しいでしょう。
また、医療機関はマーケティングの中でもプロモーションが弱い傾向がありますが、特にWEBには力を入れており、今ではWEBからの直接予約が5割という施設もでてきています。
この結果、新店舗「ファミール産院つだぬま」では、開院前に140件以上の予約が入ったそうです。
■日本で唯一、産院でプロレスを行う
地元住民や出産されたOBママたちを招いて、餅つき大会や夏祭り、ランチ会やプロレスイベントなどさまざまな企画イベントも開催しています。産院でプロレスなど聞いたこともありませんが、とにかく楽しませたいという思いをリアルイベントで形にして地域に溶け込んでいます。
これ以外にも母親同士の交流や助け合いを促すリアルイベントを開催したり、子供が妊婦と触れ合う課外活動、教育委員会と連携して小学校に助産師や看護師が出向いて性教育を行うなど地域の教育にも貢献しています。
「産院は病院の中で唯一、また来てくださいと言えるところです。だからリピーターづくりは大切です」と杉本理事長は言います。
業界の常識を覆すプロモーションミックスは、同院の知名度向上につながっています。
新規客のみならず、リピーターとして2人目、3人目を産みに来る妊婦さんの割合は非常に高いそうです。
■今後の経営は成り立つのか
日本では人口減少が続き、今後はより一層の減少が考えられます。そのような日本で、地方で展開するファミール産院の経営は成り立つのでしょうか?
出産に関わる収入でいえば、一人の患者が産院に支払う単価(50万~70万円)が比較的高い。最低限度の出生数が見込める地域であれば、出店することは可能です。
整体やフットマッサージ、エステなどのビューティーサービスを付加して、お産以外の収入をプラスしようとしています。なにより、産後うつなどの問題に対処するため、産後ケアにも初期から力を入れているのが伺えます。これは、お産後にもさまざまな相談を受けることで、継続した関係を作る努力をしています。そうしてリピート率を上げています。
■目標は「日本の出生率の1%」
「ファミール産院では、産前から産後まですべてのスタッフが妊婦さんとそのご家族に寄り添うというのを定義にしています」。そう話す院長には、「人口増加に貢献して、地方の灯を消さないように努力していきたい。今後、産院を全国に増やしていき、日本の出生数の1%のお産ができるグループになることが目標です」との強い思いもあります。
決して理想を話しているだけではないと私は思います。
現在経営する6つの産院のうち、2つは事業継承のオファーを受けたもの、ひとつは地方行政からのオファーです。ファミール産院はこうした要請をできるだけ受けようと努めています。
地方行政からの出店オファーであれば、地域のための出店と考えて、家賃などの条件も好条件にしてくれる可能性もあります。総量規制にも引っかかりません。地方都市にとっては移住や出生など、人口増につながる施策は何としてでも取り組みたいものだからです。
別の産院からの事業継承のオファーも同様です。請われて出店するので、軋轢なく今までのやり方をスムーズに踏襲できます。実際、トラブルになったことはないと言います。
このようなバックアップもあって、小商圏でも成り立つ産院になり得ています。
現在も同法人には地方行政からの出店オファーがいくつも舞い込んできているそうです。
儲けではなく、地方に目を向け、地域の子どもを絶やさないようなお手伝いをすることを第一に院経営を進める産院。だからこそ、妊婦さんが何度も通いたくなる奇跡の産院になっているのです。
人口減をマイナスにとらえずに、どうやってプラスに変えていけるか。
人口減少社会に真正面から立ち向かう産院。新しい時代の経営のヒントになりそうです。
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経営コンサルタント
1969年、静岡市生まれ。船井総合研究所にて28年間、上席コンサルタントとして従事したのち、ムガマエ株式会社を創業。流通小売・サービス業界のコンサルティングを得意とする。「面白い会社をつくる」をコンセプトに各業界でNo.1の成長率を誇る新業態店や専門店を数多く輩出させている。街歩きと店舗視察による消費トレンド分析と予測に定評があり、最近ではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌でのコメンテーターとしての出演も数多い。
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(経営コンサルタント 岩崎 剛幸)
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