「大学院卒」でも企業では評価されない…世界中で進む高学歴化に日本だけが取り残されている理由
プレジデントオンライン / 2023年1月12日 13時15分
※本稿は、坂東眞理子『思い込みにとらわれない生き方』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。
■「4年制なんかに行けばお嫁に行けなくなる」
ここでは日本の学歴社会に焦点をあてて考えてみたいと思います。
私の世代だと、高校から大学へ進学する女性の割合は10%もいませんでした。特に女性は「女の子に学問はいらない」「東京へは出せない」「女の子が4年制なんかに行けばお嫁に行けなくなる」といった親の思い込みから、成績が良くても、大学に進学できない人が数多くいました。そして、「それでも勉強したい」と望む場合には短大へ進学したものでした。
つまり、昔は、優秀だけれども親のアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)の影響で、短大や高校卒業という進路を選ばざるを得なかった女性が多かったのです。
しかし今は、短大卒と言うと「成績が悪くて4年制に行けなかったから短大に行った」という偏見をもっている人もいます。そういったことも影響して短大への進学率が著しく下がっていますし、短大そのものの数も減ってきています。
■「学歴フィルター」は給与には作用しない
大企業は、ほとんどが大卒を採用するので、大学を出ていることが必要となっています。
日本の場合、時代によって「大学に行くのがスタンダード」になったり「高校卒がスタンダード」になったりしており、今は偏差値の高い大学を出ることが学歴の良さだという思い込みがあるのです。しかし入試の偏差値が高い大学も入学してしまえば、ほとんどの人が卒業できますし、大学の成績は就職であまり考慮されなくなっています。
しかし、他の国はそうではありません。
例えば、アメリカは日本以上に学歴社会です。大学入学は日本より楽ですが、勉強しなければ留年、退学です。卒業するまでしっかり勉強して良い大学を出て、さらに大学院や専門職大学院へ進学して良い成績をとっていれば、高いお給料の仕事に採用される、というシステムなのです。企業は、人材が必要になったら新卒者だけでなく中途転職者も募集し、採用します。
しかし日本は、「大卒」として4月に全部一律に採用し、大卒の新入社員は一律の給料です。就職試験の面接時などでは少なからず、卒業予定大学名でのアンコンシャス・バイアスのフィルターがかかるのに、大学名や大学時の成績の差が給与として反映されることはありません。
■大学生は自由を謳歌していればよかったが…
つまり日本では「大学で何を学んできたか、より入試の偏差値が高い大学に入学する人が優秀」というアンコンシャス・バイアスがあるのです。アメリカでは、修士号、博士号をもっているのが高学歴者で、有名大学でも学部卒は高学歴とみなされません。
日本のほとんどの企業では、学生が大学時代に学んできたことと、社会人になってからの仕事に関係がないということも問題です。
ちなみに、学歴と関連して「進学した後、大学で何をするか」というとらえ方も変化してきました。20〜30年くらい前までの日本の大学では、「厳しい受験戦争を乗り切ったのだから、あなたの優秀さは証明されました。その後4年間はサークルや部活動など好きなことをしてください。仕事に必要な知識は入社してから職場で教えます」といった風潮がありました。
■「大卒」だけではライバルと差別化できない
が、今はそうではありません。
そのように変化した背景には企業が丁寧に教育・訓練する余裕がなくなったことと、大卒の人間が増え、ライバルが多くなったことがあります。「資格を取ろう」「スキルをつけよう」というように、大卒という資格に、さらに付加価値をつけようとする学生が増えてきています。学生のうちから企業のインターンに参加し、就業経験を積む学生も多くなっています。
このように学歴に関するアンコンシャス・バイアスは、少子高齢化で大学全入になっている現実を反映してどんどん変わってきました。そして今後も変わっていく、ととらえたほうが良いと考えています。
最近では一般入試より前に行われる推薦入試などで入学する学生も増えています。今後、偏差値は意味をなさなくなるでしょう。日本の有名校へ進学することが必ずしも正解ではない、そんな時代が来るのかもしれません。
大切なのは情報をきちんと集め、「今後の社会で何が求められているか」「自分はどんなことが得意なのか」を考え、勉強していくことではないでしょうか。
アンコンシャス・バイアスから脱却することは、生き方の多様性を広げることになります。学歴信仰にまどわされることなく、自分らしい生き方をつかんでほしいと思います。
■「普通の人が進学できる時代」の大きな変化
最終学歴も、特に日本の職業選択においては重要な要素であり、アンコンシャス・バイアスがかかりやすい部分です。
先にもお話ししましたが、時代は変わり、少子高齢化のあおりを受けて、今や過半数の人が大学に行ける時代になりました。
普通の人が進学できる時代になったのです。トップクラスの高校生が進学していた時代と比べて、「今の大学生は昔に比べて勉強しない」とか「頭が悪い」と言われるのは、大学進学率が高くなったからです。
つまり、「大卒」とひと括りで言っても、その内容は時代によって大きく変わるということなのです。今は半分以上の人が大学に行くようになっていますが、おそらくもう一世代経つと今度は「あなたは大卒なの? 大学院は出ていないの?」と馬鹿にされる時代が来るのではないかと、私は内心思っています。
■急速に高学歴化するアジアの国々
現にアメリカはすでにそのような状況です。普通の会社員の間でも、「マスターズ・ディグリー(大学院修士課程修了で得られる学位)を持っていないの?」といった会話が、日常的にされています。日本で大学院卒というと、何か専門的な学問の研究者といったイメージがありますが、アメリカではごく一般的な会社員や高校教師なども大学院を出ているのが当たり前なのです。
この現象は中国でも見られるようです。大学院の修士号や博士号を持っていると組織内の出世でプラスになるからと、日本に駐在で働く中国の方が3〜5年の駐在期間のうちに大学院で学ぶといった話もよく耳にします。アジアの国々は急速に高学歴化しています。
彼らには「大学院を出ておくことが出世につながるから勉強しよう」という意欲があるのです。それに比べて、日本では大学院を出ていたとしても一般企業ではほとんど評価されません。これでは、他国より教育水準が下がってしまうのも仕方がないとしかいえません。
といっても、教育水準の低下は、日本の大学にも責任の一端があります。大学院は、もっと社会人にも入りやすく、勉強しやすいものにするべきなのです。
■「社会人は職場で学べ」を変えていくべき
もともと日本の大学院は研究者養成が中心でしたから、普通の職業人たちに勉強してもらおうという意識がなかったのです。そうした社会人を教えられる大学の先生が少ないという問題もあります。この背景には、「社会人は、学校ではなく職場で実際に仕事をしながら学んでください」という考えがあってのことなのでしょう。
しかし、時代は変わってきています。日本の大学、大学院も世界の潮流に合わせて変わっていくべきだと思います。昭和女子大学でも社会人向けの専門職大学院が2023年からスタートします。
■「仕事の能力は学歴ではない」という知恵
一方で、日本における大卒に対する評価も変わりつつあります。一昔前までは「大学を出ていること=幹部候補生」でしたが、現在は専門学校を出た人、あるいはそういったところから叩き上げで社会に出てオン・ザ・ジョブで仕事をする人、高等専門学校(高専)を出た人の評価が高くなっています。
さまざまな企業、特に中堅企業あたりでは、東大卒を採用して失敗した話はたくさんあるけれど、高専卒を採用して失敗した話はないといわれており、高専卒は高い評価を得ています。これらは、「仕事の能力は学歴ではない」という失敗を経てつかみとった知恵なのかもしれません。
今や人生100年時代といわれ、「学び直し」にスポットライトが当たる機会も増えてきました。「大学は高校を卒業した人だけが行くところ」ではなく、「学びたい」と思ったあらゆる世代の人が行く、そんな場所になりつつあります。大学側も、もっと門戸を広げ、いろいろな人に教育の機会を提供していくべきではないかと私は考えています。
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昭和女子大学理事長・総長
1946年、富山県生まれ。東京大学卒業後、総理府(現内閣府)に入省。内閣総理大臣官房男女共同参画室長。埼玉県副知事。在オーストラリア連邦ブリスベン日本国総領事。2001年、内閣府初代男女共同参画局長を務め、2003年に退官。2004年、昭和女子大学教授、同大学女性文化研究所長。2007年に同大学学長、2014年理事長、2016年から現職。著書に300万部を超えるベストセラーの『女性の品格』(PHP研究所)のほか『70歳のたしなみ』(小学館)など多数。
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(昭和女子大学理事長・総長 坂東 眞理子)
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