母親なのに仕事をして、子供に向き合えていない…子育て世代を苦しめる「普通のお母さん」は虚像である
プレジデントオンライン / 2023年1月16日 14時15分
※本稿は、坂東眞理子『思い込みにとらわれない生き方』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。
■仕事も子育てもこなす母親を襲う罪悪感
最近、「マミーギルト」という言葉を見たり聞いたりすることがあります。マミーギルトとは、「自分は母親なのに仕事をしていて、十分子どもの世話をしていないから、良い母親ではない」と子どもや家族に罪悪感を抱き、自分を責めてしまう感情のことです。
仕事も子育ても精一杯しているのに、なぜか罪悪感がある……。これもまさにアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)の一つといえるでしょう。しかし、これは今に始まったことではありません。コロナ禍以前から、「母親が働いているからといって、子どもが不利になってはいけない」「子どもが理想通りに育っていないのは、私が仕事をしているからかしら」と思い悩む人はたくさんいました。
さらに悪いことに母親自身がそう思い込んでいるだけでなく、「あそこのお母さんは働いているから、子どものしつけがちゃんとできていないよね」「○○ちゃんのお母さんはいつも忙しそうで、子どもがかわいそうよね」という、周りの思い込みが反映している場合もあります。
マミーギルトを感じている母親はそういった批判に反発することができず、「そうだ、私は働いていても子どもに迷惑をかけてはいけない」「母親は子ども優先であらねばならない」と自分を縛ってしまうのです。
そんなワーキングマザーたちに私はいつもこう言っています。「じゃあ、どこかに100%完全な母親はいる? あなたは60〜70点かもしれないけれど、他の人だってみんな良いところもあれば悪いところもあるのよ」と。
■「普通のお母さん」なんてどこにもいない
もちろんこうしたことは、私自身、自分の子育てが終わった今だから言えるのですが、子育てをしていた当時は、私自身も「子どもの面倒をちゃんと見なくて私はなんて悪い母親だろう。こんな母親を持って子どもはかわいそうだ」という思いを抱えていました。私だけではなく、おそらく働いているお母さんたちの多くがそうだと思います。
子どもにしてみれば、いつも学校から帰ると家にいて、おやつを出してくれる。あるいはいつもそばにいて、話を聞いてくれる。そんないわゆる「普通のお母さん」を期待しているかもしれない、と。
でも、この「普通」というのは、アンコンシャス・バイアスはもちろんですが、それを超えて言葉の暴力だと私は思うのです。「普通」の人なんてどこにもいませんし、そもそも普通という基準はないのです。ですから、「普通の家はこうだ」「普通のお母さんはこうだ」ということに縛られてはいけません。どの子も、その子の与えられた場で、与えられた運命を生きるほかありません。
■子育てに過度な罪悪感を抱く必要はない
自分の子育てを振り返ってみて、自分自身は親心のつもりでやったことが「あれはアンコンシャス・バイアスだったな」と思うことがあります。
「女の子は普通より少し成績が良い程度では、周りのルールに適応しないと風当たりが厳しい。それを跳ね返せる力があれば良いけれど、うちの娘には跳ね返す力がそこまでないのではないか……」と思い込んで、挑戦を勧めなかったことがあったのです。
ちょうど私がオーストラリアの総領事だった頃のことです。子どもは、高校受験期に差し掛かり、進路を決めなくてはいけないときでした。私は日本での大学受験には不利になっても、海外の高校で過ごすのはよい経験になると思い、オーストラリアに来るようすすめたのですが、子どもはオーストラリアではなく日本で受験勉強することを本人の意思で選択しました。
本人は海外志向がそれほど強くない、英語力も十分でないという自分を把握していたからでしょう。オーストラリアの大学に進学して、社会の片隅で過ごすより、日本でちゃんと仕事ができる資格を身につけたいと医学部に進みました。
今では彼女の選択は間違っていなかったのだと思っています。
そういう意味で、マミーギルトから派生する子どもへの思いはいくつになっても、消えないものなのかもしれません。でも、過度に罪悪感を感じる必要はないと私は自身の経験からも思います。
■子どもは親の介護をするのが当たり前?
子どもが成長し、親も年齢を重ねれば、親子の関係にも変化が起こります。
今は、長男は結婚したら親と同居が当たり前、といった考え方は少なくなりましたが、それでも「親の介護が必要になったら、自分が全部責任を持たなければならない」「他人に世話をさせるわけにはいかない」。あるいは、「一人娘だから自分が面倒を見なければならない」といった思い込みに縛られ、親との関係で苦しんでいる方も多いのではないでしょうか。
そういった方にまずいいたいのは、介護施設やヘルパーなど、専門家による介護のサービスを受けるのは決して悪いことではないということです。そして、自分が介護のすべてを抱え込むことだけが親孝行ではないということです。
例えば頻繁に電話をする、メールを送る、LINEでトークするといった形で親とつながっていく、新しい親孝行のやり方も今はあるのです。
![ヘルパーと老人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/f/1200wm/img_af51ef64d95d1eb659a4f7e9d23d6532390467.jpg)
■子育てと同じように、外部の手を借りればいい
「自分の人生を犠牲にしても親の世話を必ずしなければならない」という思い込みは、子どもも親も不幸にします。親の介護において大事なのは、適切な介護サービスを上手にマネジメントすることです。「高齢だから、親だから、他人に介護してもらうのは親不孝だ」、そう思い込むことは、アンコンシャス・バイアスの始まりです。
もしこれが子どもなら幼稚園や保育園に預けたり、習いごとにいかせたり、いろいろなサービスをうまくマネジメントして子育てを進めていきます。それと同じように、介護が必要となった親に対しても、親の状態に合わせてサービスを選び、提供すれば良いのです。
「大事にして、愛して、支えなくては」といった思いが根本にあることは、子育てと親の介護で変わりはありません。しかし、それをすべて自分で引き受けてしまうと限界がきてしまい、燃えつきて「もう親には早く死んでほしい」といった、精神的に辛い方向に行ったり、虐待に走る可能性もあります。
それでは親も子どももお互い不幸になってしまいます。子どもが自分のためにそういった状態になることは、親も望んではいないはずです。子どもの幸福が親の幸せなのです。
■親も「昔とは違う」と認識する必要がある
とはいえ、親側がアンコンシャス・バイアスにとらわれている場合もあります。すなわち「親孝行な子なら、自分の世話を最後までとことんやってくれるはずだ」という思い込みです。さらには施設に入るのを「子どもから見捨てられて施設に入れられた」と思う親もいるでしょう。
しかし、そういった親子間のアンコンシャス・バイアスは変えていく時期に入っています。現在は昔と比べて親子を取り巻く環境が大きく変わっているからです。子どもが多数いたり、無職のお嫁さんが介護をしてくれたり、といった社会ではありませんし、ましてや少子化で、子どもがいても1〜2人。
もしその子どもが結婚していた場合、パートナーである妻や夫だってそれぞれの事情で忙しく、義父や義母のケアをするのは難しい。また離れて住んでいるからなかなか介護できる距離ではない、という親子も多いでしょう。だからこそ、「昔の家族形態とは違う」ということを親側もしっかり認識する必要があります。
![坂東眞理子『思い込みにとらわれない生き方』(ポプラ社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/1200wm/img_aaa3ce0df329a42ab42f142c4ba5ab99265108.jpg)
では、お互いがつらくならないために、どうすれば良いのでしょうか。その一番の解決策は、親と「介護を必要とするときになったらどうするか」という話を日頃からしておくことです。
もし兄弟姉妹がいたら、一緒に親の介護について話し合っておくのもいいでしょう。なかなかそういう話をする機会がないかもしれませんが、いざ介護が必要になってから「こんなことを期待されても無理だよ」という事態にならないよう、親の思い、子どもの思いをお互いが知っておくことが大切です。
「あそこのおばあさんはとても良い施設に入って、娘さんが毎日訪問してきて、とても幸せそうだよ」など、そういった情報をメールや電話で共有するだけでも、親が将来のことをどう考えているのか聞き出せるかもしれません。そして親側も、「子どもに依存せず、自立した生き方を自分で選ぶ」という気持ちをきちんと持つことが大事です。
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昭和女子大学理事長・総長
1946年、富山県生まれ。東京大学卒業後、総理府(現内閣府)に入省。内閣総理大臣官房男女共同参画室長。埼玉県副知事。在オーストラリア連邦ブリスベン日本国総領事。2001年、内閣府初代男女共同参画局長を務め、2003年に退官。2004年、昭和女子大学教授、同大学女性文化研究所長。2007年に同大学学長、2014年理事長、2016年から現職。著書に300万部を超えるベストセラーの『女性の品格』(PHP研究所)のほか『70歳のたしなみ』(小学館)など多数。
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(昭和女子大学理事長・総長 坂東 眞理子)
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