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就活に失敗すると人生が詰んでしまう…韓国で「テスラ株投資」に熱中する人が増えている深刻な理由

プレジデントオンライン / 2023年1月10日 9時15分

米実業家イーロン・マスク氏(=2020年9月3日、ドイツ・ベルリン近郊グリューンハイデ) - 写真=AFP/時事通信フォト

■「財閥系企業とそれ以外」の格差はかなり大きい

世界的に株価が下落する中、韓国では多くの個人投資家がテスラ株に投資を行っているという。韓国の多くのテスラ株投資家に共通するのは、人生の“起死回生”を狙うことだろう。韓国の若者の中では、「大学を卒業しサムスン電子など財閥系大手企業に就職できれば、良い暮らしができる」と考える人が多いようだ。しかし、実際に財閥系企業に就職できるのはほんの一部で、それ以外の学生は待遇がいいとは言えない企業に就職せざるを得ない。その所得格差はかなり大きいといわれている。

一方、ソウル近郊の住宅価格は高騰し、借り入れに頼って住む場所を確保しなければならなくなる人も多い。苦しい生活環境から抜け出すために、リスクの高い資産に資金を投じる人は増えたと考えられる。それは韓国経済にとって無視できないリスク要因だ。長期的にみれば、家計部門の不良債権は増え、韓国の経済と金融市場にかなりのストレスがかかる懸念がある。

今後、世界経済が減速すると、韓国経済の牽引役である輸出にはより強いブレーキがかかるだろう。中国経済の高成長の終焉(しゅうえん)、メモリなど半導体市況の軟化、利上げによる米国の個人消費の減少などのマイナス要因がある。その状況下で世界的に株価が下落すれば、韓国家計の債務リスクは一段と高まり、金融システムの不安定化懸念も上昇するだろう。

■テスラの株主ランキングでは7位

報道によると、2022年8月時点で韓国の個人投資家はテスラの発行済み株式の約1.6%を保有していた。テスラの株主ランキングにおける順位は7位だった。それに加えて韓国ではデリバティブ(金融派生商品)を組み込みテスラの株価に連動して価格が変動する仕組み債(債券の一種)を購入する個人投資家も増えた。

テスラ以外にも、米半導体企業であるAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)、エヌビディア、さらにはアマゾンなどの株価に連動する仕組み債の人気も高まったと聞く。成長期待の高い米国のグロース株に加えて、ビットコインなどの仮想通貨を短期目線で売買する個人投資家も一時は増えた。サムスン電子など、韓国の大手企業の株を買う人も増えた。共通するのは、リスクの高さだ。

■テスラ株に人生の逆転をかけている?

特に、テスラ株の上昇は間違いないと先行きを強気に考える韓国の個人投資家は依然として多い。2021年11月末、連邦準備制度理事会(FRB)は“物価上昇は一時的”という認識の誤りを認めた。それ以降、米金利は上昇し、テスラの株は下落した。2022年12月下旬の株価はピークの半値以下だ。金利上昇以外にも、中国での販売減少懸念、イーロン・マスク氏がツイッターを買収しテスラの経営が不安定化するのではないかといった不安の高まりなどもテスラの株価を下押しした。

それでも、2022年12月時点で韓国個人投資家のテスラ株上昇期待は大きく低下していないようだ。サムスン電子の株式を売却する個人投資家は増えているようだが、テスラに関しては下落局面で買い向かう投資家が多いとみられる。

ある意味、韓国個人投資家の多くは、テスラ株に人生の逆転をかけているように見える。テスラを創業したイーロン・マスク氏は急速に米国や中国などでの事業運営体制を整備して電気自動車(EV)事業の成長を実現した。マスク氏は宇宙輸送サービスを行う“スペースX”も創業し新しい事業領域を開拓している。そうしたアニマルスピリットが自分たちの利得増加を支え、日々の暮らしぶりの改善をもたらすとの期待は強いのだろう。

■家電、自動車、メモリ半導体で経済成長を支えてきたが…

このように考えると、人生の一発逆転を目指すためにハイリスクの短期売買を行うことは有効と考える韓国個人投資家の心理はかなり強そうだ。逆の見方をすると、個々人にとって、自力で所得の向上を目指すことは難しいまでに韓国の所得格差は拡大しているとみられる。いくつかの要因が考えられる中、2つのポイントが重要だ。

まず、韓国の輸出依存度の高まりは大きい。朝鮮戦争の休戦後から今日に至るまで、韓国は家電や自動車、汎用型の機械、造船、そしてメモリ半導体などの大量生産体制を迅速に確立し、低価格での輸出をおこない、経済成長を実現した。主導的な役割を果たしたのは、サムスン電子などの財閥系大手企業だ。

特に、サムスン電子は、デジタル家電、スマホ、メモリ半導体、さらにはロジック半導体などの受託製造を行うファウンドリ事業や車載用バッテリーなど世界経済の先端分野での設備投資を積み増した。それによって輸出競争力を高め、給与水準も高まった。同社を中心に財閥系大手企業での就職を目指して受験競争も熾烈(しれつ)化した。

反対に、一部の大手企業に就職することが難しいと、満足のいく生活を送ることは難しいだろう。わが国に留学する若者と話をすると日本での就職を希望する人も多い。輸出牽引型の経済運営によって経済全体でGDP成長率を高めることはできた。ただ、多くの個々人が所得向上などを実感することは難しいとみられる。

■資産を持つ人、持てない人の格差が鮮明に

2点目は、家計の債務残高の増加だ。よりよい雇用や所得環境を求め、政治と経済の中心地であるソウル近郊に移り住む人は増えた。住宅需要は押し上げられた。一方、過去の政権は住宅価格の上昇を抑えるよりも、ローン規制の緩和など市況を過熱させる政策を進めた。リーマンショック後の世界的な低金利環境の継続観測の高まり(楽観)も加わり、ソウルのマンション価格などは高騰した。すでに資産を持つ人の富は増えた。

韓国・ソウルの明洞
写真=iStock.com/f11photo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/f11photo

しかし、若年層や多くの現役世代の雇用・所得環境は厳しい状況が続いた。より良い生活を求めて首都近郊に移り住みはしたが、住居の確保のための借り入れが増えて生活が一段と苦しくなった人は多いとみられる。その結果、ハイリスクの投資を行い、苦境からの起死回生を図ろうとせざるを得ない人は増えたのではないか。

■中には自己資金以上のお金をつぎ込む人も

今後、韓国の家計部門における不良債権増加の恐れは高まりそうだ。韓国のインフレは依然として高い。2022年12月の消費者物価指数の上昇率は前年同月比で5.0%だった。インフレのピークは過ぎたと考えられるものの、韓国銀行(中央銀行)は利上げを継続しなければならないだろう。政策金利が想定された以上に引き上げられる可能性もある。それよって金利は上昇し、変動金利型住宅ローンの利払い負担は増える。家計にはより大きな打撃が生じやすい。中小企業の利払い負担も増えるだろう。

一方、中国経済の景気後退懸念の高まりなどによって、韓国の輸出は減少し始めている。所得の増加はこれまでに増して期待しづらくなるだろう。生活の苦しさが追加的に高まる家計は増えると予想される。先行きの不透明感高まる状況にあっても、2022年12月の月初以降、テスラ株を買い越す韓国の個人投資家は増えたようだ。

中には、投資資金を借り入れ(レバレッジをかけ)て、自己資金以上のお金をリスク資産に投じ、より多くの利得確保を狙った個人投資家もいる。それほど韓国の個人、家計を取り巻く経済環境の厳しさは増しているようだ。

■今年は株価の下落リスクが高まる

2023年、米国のFRBは追加の利上げを継続しなければならない。インフレ鎮静化のために欧州中央銀行(ECB)も利上げなど金融引き締めを強化する。それに伴い、世界的に金利は上昇するだろう。米国をはじめ世界的に株価の下落リスクも高まる。

特に、テスラのように過度な成長期待とカネ余りによって実力以上に株価が押し上げられた銘柄への下押し圧力は強まると予想される。世界的な景気後退も現実味を帯びるだろう。その展開が現実のものとなれば、韓国の経済成長は鈍化し、不動産価格やサムスン電子などの株価もさらに調整するだろう。

その場合、韓国の家計の債務返済負担はさらに増加する。返済に行き詰まる個人は急速に増加し、家計部門の不良債権増加の懸念も高まりやすい。今すぐそうした状況が起きるとは考えづらいが、家計の債務問題は韓国経済にとって無視できないリスク要因の一つに位置づけられる。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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