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「どうしてミルクは白いと思う?」トヨタ生産方式の伝導師が部下に2時間考えさせた問いかけの真意

プレジデントオンライン / 2023年1月10日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez

トヨタ自動車の社員研修では、トヨタ生産方式を理解するために対話を通じて学ぶ機会がある。いったいどんな内容なのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタがやる仕事、やらない仕事」。第9回は「トヨタの独特な研修内容」――。

■カイゼン活動の発表会「自主研」

本稿ではトヨタの働き方を確立した社内での研修、教育について述べます。

といっても、特に変わったやり方をしているわけではありません。新人研修、管理職研修、役員研修とさまざまなコースがあり、誰もが受講します。座学が主になっていて、講師は社内、社外とさまざまです。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

他社にないのは自主研の活動ではないでしょうか。トヨタ生産方式のカイゼン活動の発表会が自主研です。生産現場、関係会社、サプライヤーでも行われています。

事務技術系と呼ばれる事務や開発の部署でも自主研の活動は始まっています。自主研は日本だけではありません。世界各地で行われています。

この連載を読んだ人が「トヨタらしい教育だな」と感じるのはやはりトヨタ生産方式に関わるところでしょう。本稿ではその点をまとめてあります。

■豊田章男社長が定義する「トヨタ生産方式」とは

トヨタの教育、研修で他社との違いがあるとすれば、それは対話を重視していることではないでしょうか。徒弟制度で教育していた当時の気配が色濃く残っているといってもいいでしょう。

トヨタイムズという同社のオウンドメディアを見ると、教育研修の様子がそのまま配信されています。例えば社長の豊田章男さんがトヨタ生産方式とは何かについて話す時でも、一方的に話すことはしません。まず、研修に来た参加者に質問をします。

こんな具合です。

話しかけているのは豊田さんです。講義はトヨタ生産方式について、豊田さんの解釈を話していきます。

■トヨタ生産方式の真の目的は「効率化」ではない

豊田社長:トヨタ自動車にはやはり創立以来……、いや、トヨタ自動車ができる前からの“2つの考え方のポイント”があります。なんだか分かりますか?
受講者A:TPS(トヨタ生産方式=筆者注)と原価低減です……。
豊田社長:TPSと原価低減……。隣の人、どう? 分かる?
受講者B:はい……。「ジャスト・イン・タイム」と「ニンベンのついた自働化」……。
豊田社長:そうそうそうそう! これが言ってほしかったの!(一同笑)
ジャスト・イン・タイムとニンベンのついた自働化っていうのを、入社以来ずっとその2つが2本の柱とされて、ずっと分かったような気になってると思います。
たぶん分かってる人もいるでしょう。分かった気になった人もいると思います。

だから、今回このTPSの研修にあたり、この基本中の基本である「自働化」とそして「ジャスト・イン・タイム」という2つの言葉の意味を、皆さんと我々でギャップを、ちょっと縮めておきたいなということで、そこだけは私にやらせてもらうということになりました。(中略)
佐吉少年(※)が気付いたのは、毎晩、夜なべをしてお母さんが機織り仕事をしていた……、その仕事を楽にできないのかなということ。それが佐吉少年の着眼点だったんです。

“TPS=効率化”と捉えられ、そして、それで「仕事のやり方を変えるんだ」ということが、ほぼ目的かのごとく語られていますけど、目的はあくまでも“誰かの仕事を楽にしたい”ということですね。そう考えるのが、一番わかりやすいんじゃないのかなと思います」(トヨタイムズより)

※豊田自動織機創業者の豊田佐吉のこと

■集合研修だけでなく、「1対1の対話」を重んじる

豊田さんはわかりやすく、相手を見つめながら、質問しながら話を進めていきます。

トヨタの教育とはつまりこれです。対話です。

一方的に知識を授けるのではなく、参加した相手の理解度を見極めながら、それにあった知識や知恵を伝える。大勢を相手に講義するよりも簡単ではないし手間がかかる教授法です。しかし、トヨタでは集合研修だけでなく、オンラインなども駆使して、対話の機会をつくっています。講師になる人たちもみんな豊田さんのように質問を掘り起こしながら進めていきます。

大勢が参加する会議より、1対1の対話、打ち合わせを重んじる風土があるのでしょう。

そして、対話とは先生から弟子への一方通行ではありません。先生もまた弟子から学びますし、弟子に教えるために多くの勉強をしなくてはなりません。

「最上の教師とは教えるのが上手なのでなく、生徒と一緒になって学ぶ人をいう」

トヨタの上に立つ人たちは全員がそういう教師を目指しています。

■「寿司屋のおやじが若い職人を育てるみたいな感じ」

名古屋グランパスエイトの社長、小西工己さんが教わった林南八(なんぱち)さんもまた学ぶのが好きな、教え上手な先生でした。林さんはトヨタ生産方式の伝道者として同社では有名な人です。

林さんは小西さんに目を付けました。

「小西、お前がケンタッキー工場に送るトヨタ生産方式のマニュアルを作れ。もちろん英語版もだ」

小西さんは「大変な役目を背負わされた」と感じたそうです。

林さんの教え方について、小西さんはこう言っています。

「徒弟制度の延長でした。寿司屋のおやじが若い職人を育てるみたいな感じで。苦労して育てた分しか育たないというのが林さんたち先輩方の教え方の基本でした。1人が30人を集めて座学で形式知化されたものをぱっと教えたって、どうせすぐに頭から抜けるだろうというのが根本にあったと思います。

とはいえ、私は学んだことをグローバル化しなきゃならなかった。英語化もしないといけない。『ラインの横で作業者を見とれ、立っとれ、見たら分かる』では海外のトヨタ社員には通用しないわけです。

そこで僕は苦労の末に『トヨタ生産方式に基づく問題解決』という教材、原理原則のテキストを作るに至りました」

自動車工場の組み立てライン
写真=iStock.com/gerenme
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gerenme

■「小西、どうしてミルクは白いと思う?」

広報とトヨタインスティテュートという教育研修セクションの仕事をしていた小西さんは国際人事部時代約1年間、週に2~3回、林さんから教育を受けました。1対1の膝詰めの教育でした。

小西さんは思い出します。

「初めての時、南八さんからこう言われました。『小西、子どもは、どうしてミルクは白いの? と聞くだろう。小西、お前はどうして、ミルクが白いと思う?』

もう、ぜんぜんわからない。でも、そこから始まるんですよ。

大人は『それは牛からとれるからだ』と答えたとする。すると、『牛からとれたらなぜ白いの?』とまた聞かれる。大人はそこで立ち往生。『小西、子どもは何でもなぜ、どうしてって訊(き)くだろう。あれが問題を解決する入口なんだ』。

『大人になったらそんなの当たり前だろうとか、そんなになぜなぜってやっても意味がないと言う。だから大人は成長せんのだ。子どもはすぐになぜと聞く。だから成長する。トヨタの社員は成長するために、なんでも、なぜと聞くんだ。いいか』

つまり、『なぜなぜ解析』の重要性を教えてくれたんです。

仕事とは考えることで、考えるとは、その前になぜ? と素朴に疑問を持つことなんです。林さんはどんなことにでも問題意識を持たないと成長がないんだと伝えたいために、『どうしてミルクは白いんだ?』から始めて1時間も2時間も私に話をしました。それだけやられれば一生忘れませんよ」

■物を相対的に見ていては、本質は見抜けない

林さんは翌日、小西さんに訊(たず)ねた。

「『小西、俺は今コーヒーカップの取っ手を持ってる。この取っ手はどこに付いとる?』

またわけのわからんことを訊くなあ、と。僕はカップの右側ですって言ったら、林さんはうれしそうな顔をして、『お前はちゃんと考えとるのか? じゃあ、反対の手で持ったらどうだ?』

あ、はい、左です。すると、またうれしそうな顔で、『俺は今、本質とは何ぞやをお前に教えてる。こうやったら右、こっちは左って、お前はちゃんと考えとるのか?』と。

そうかと思って、『取っ手はカップの外に付いてます』と答えたら、『そうだ、初めからそう言え。本質を見抜く力についてしゃべろうと思ったから、この話をした。右とか左と答えるのは物を相対的に見ているからだ』。そんなことを半日かけて教えるんですよ」

トヨタの教育とは、ここまで徹底してやるそうです。結局のところ、手をかけなければ本質を伝えることはできないと思っているのでしょう。トヨタ生産方式を広めるために講義だけを行うのではなく、自主研の場を作り、発表会を行う。発表会の前にはリハーサルを行う。そうして、手間をかけ、時間をかけて会社とは何か、仕事とは何かという本質を伝えるのがトヨタの教育です。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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