橋下徹「フェイクニュースだらけの世の中で意思決定するための僕の心得」
プレジデントオンライン / 2023年1月13日 9時15分
早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。最新の著作は『最強の思考法 フェアに考えればあらゆる問題は解決する』(朝日新書)。 - 撮影=的野弘路
※本稿は、雑誌「プレジデント」(2023年1月13日号)の掲載記事を再編集したものです。
■Question
第3次大戦勃発!? そんなニュースが入ったら
2022年11月半ば、ロシアのミサイルがポーランドに着弾したとAP通信が報じました。現在ウクライナに侵攻中のロシアがNATO加盟国のポーランドにも攻撃したとなれば、世界大戦に発展しかねない大事件です。しかしその後、報道は誤報であると判明。APは匿名情報を扱う内規に違反した記者を解雇しました。一方、同時期にフランスのマクロン大統領を名乗る男がポーランドのドゥダ大統領に電話し、会話録音がネット上に公開される事件も起こりました。日々、膨大な“情報”と接するリーダーは、どのような意識で情報を扱うべきか、また後日“フェイク”と判明した際、ダメージを最小化する方法があれば教えてください。
■Answer
情報リテラシーを鍛えるだけでは真偽は見抜けない
情報の真偽をどう見抜くか。これは正直、難しいです。膨大な量の“情報”が渦巻く現代です。何が正しくて、何が虚偽の情報なのか、100%見抜ける人間なんて存在しません。よくインテリたちは「情報リテラシーを鍛えろ」とか「正しい情報だけを見抜け」とか言うでしょう。でもそういう人に限って実践できていないもの。「できる」と断言する人間がいたら、それこそ“フェイク”ですよ(笑)。
むしろ、「ニセ情報をつかまされている」ことを前提に判断する覚悟が必要です。もちろん「正しい情報」だけを吸い上げたい気持ちは僕も一緒です。不確かな情報に振り回されたくない。それでも目の前の情報が「フェイク」なのか「真実」なのか、現地に赴かないと確認が取れない場合や、確認しようにも数カ月を要するケースも多いでしょう。そのときに「正しい情報だけをつかむ」ことを前提にしていては、重要な決断も行動もタイミングを逸してしまいます。
とはいえ一国のリーダーや会社のトップが、「ニセ情報」に踊らされて、決定的に判断を誤るのも避けたいもの。
過去には日本でも、政治における「ニセ電話」や「ニセメール」事件が起きました。たとえば1976年には、ロッキード事件に絡み、当時の三木武夫首相宅に「ニセ電話」がかかってきました。京都地方裁判所の判事補が、検事総長を名乗り首相に取り次ぐよう秘書に依頼し、首相が応答したのです。2006年にはライブドア事件に絡み“堀江貴文氏からのメール”なるものが国会を騒がせました。堀江氏が自らの衆院選出馬に際し、当時の武部勤自民党幹事長の次男に“選挙コンサルタント費用3000万円”を振り込むよう指示したとされるメールを、民主党の永田寿康議員が“入手”し、証拠として国会に提出し、糾弾したのです。
結果的にどちらの事件も「フェイク」であったことが後に判明しましたが、ここまでの大事件に発展せずとも、皆さんも日々、大量のネットニュースやSNSで判断が狂うことはありますよね。新型コロナにまつわる“健康情報”には、多くの人が翻弄されたはずです。
人間には、見たいものを見たがる習性がありますし、理性より感情のほうがとっさの行動にも結び付きやすい。日頃注意深い人も、目の前に“見たい情報”がかざされれば、つい発信源を確かめずに飛びついてしまいがちです。
では、そのような場合、どのように判断していけばいいのでしょうか。
僕がお勧めしたいのは、証拠・情報の「信用度のランク付け」です。この連載でも再三お伝えしてきたことですが、「正解がわからない中で決断するには、手続き・プロセスを踏むしかない」という法則を今回も採用します。
■冷静かつ客観的に自分の判断にどれだけの信用力があるのかを見極める
たとえば、「ロシアのミサイルがポーランドに着弾」という報道に接し、皆が騒然となったのは、それが比較的信用度の高いAP通信の報道だったからです。ただし僕は「ん?」と感じましたし、各国トップリーダーも比較的冷静に「情報分析を急ぐ」とのみ発表したのは、これだけ重要な情報なのにその出どころが記事の中で明確にされていなかったからです。誰が、どこで、何を見たのか(聞いたのか)、どの機関がそれを確認したのかが、記載されていなかったのです。
裁判の世界では、民事でも刑事でも、「証拠」が非常に重要な要素となります。主に人的証拠(人証)と物的証拠(物証)がありますが、何よりも重要なことは「情報源がどこまで確定しているか」です。たとえば手紙や契約書などの文書による証拠であれば、誰がこれを書き、作成したのか、いわゆる「作成名義」が厳密に探求されますし、証言については出どころが確かではない噂や又聞きなどの伝聞は、信用度が低いものとして処理されていきます。
加えてこれらの証拠・情報が反対尋問にさらされて、異議ある者による検証がなされているかどうかも重要なポイントです。
このような証拠に関するルールや手続きを踏むことで、証拠・情報はその信用度がランク付けされます。すると、証拠・情報に基づいた判断にどれだけ信用度があるのかを自覚することができるようになります。そうすることで、自分の判断が絶対的に正しいと信じ込むのではなく、冷静かつ客観的に自分の判断にどれだけの信用力があるのかを見極めるのです。
今回の「ロシアのミサイルがポーランドに着弾」という記事や、永田議員が証拠として振りかざした“メール”についても、この証拠に関するルールや手続きに基づけば、かなり信用度が低い情報によって判断していることを十分に自覚できたでしょう。自分の判断を絶対的に正しいものとして断言することはなかったはずです。
あるいは「ニセ電話」にしても、本来ならそれが本当に当人からのものなのかどうかを確認するルールや手続きを踏むべきでした。しかし、その手順を怠ったがために、首相級がニセ電話に応対する羽目に陥ったのです。
逆に言えば、「ニセ情報」はそれをつかんだだけでは処罰の対象にはなりません。ルールや手順を踏んでいなかったことが処罰の対象なのです。
AP通信の記者や永田議員の間違いは、つかんだネタの「信用度」がどのランクかをしっかり吟味することを怠り、自らの思い込みで「断定」してしまったことに尽きます。
本来、彼らがなすべきだったのは、「この情報はあくまで信用度が低いものである」ことを開示したうえで、「しかし非常に重要な情報である」ため、「あえて報道します」、あるいは「確認させてください」という姿勢を示すことでした。そうすれば結果的に情報が「フェイク」だったとしても「やはり信用度の低い情報でしたね、ごめんなさい」で済んだはずです。
世界中の情報をすべてファクトチェックしながら生きることなどできません。真実の情報だけを追い求めて判断するというなら、重要な判断を逃す機会が著しく増大します。ならば「情報」の信用度について1〜5程度にランク分けし、それに基づく自分の判断の信用力は1〜5までのどのレベルなのかを自覚する。その術が、リーダーには必要不可欠ですね。
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元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著書に『最強の思考法 フェアに考えればあらゆる問題は解決する』(朝日新書)がある。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美 撮影=的野弘路)
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