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「30秒で診察してドサッと薬を出す医者」と「説明が長くて薬が少ない医者」、本当にいい医者はどちらか?

プレジデントオンライン / 2023年1月18日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokoroyuki

「いい医師」とはどんな人か。千葉県で小児科クリニックを経営する松永正訓さんは「敢えて言うならば、処方する薬が少ないほど、説明が長いほど、それはいい医者である」という――。

※本稿は、松永正訓『患者が知らない開業医の本音』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■開業初日にやって来た診断が難しい女の子

開業した年はいろいろなことに驚かされた。今でもときどき驚くことはあるが、やはり1年目はいろいろな意味で無知だったために驚くことが本当に多かった。

ぼくの友人の開業医は、開業した初日の1番目の患者が髄膜炎だったらしい。それも全身状態が悪化している子どもだった。その先生は髄膜炎の診断をすぐにつけて救急車を要請して、患者を大学病院へ送ったという。

それはかなり痺れる話だ。まずは、普通の風邪の子から来てくれて、流れがうまく作れた段階で難しい患者にきて欲しいというのが開業医の本音である。

ぼくの開業初日、1番目ではなかったけれど、午前中にちょっと診断のつかない子が受診した。小学1年の女の子だった。症状は鼻水・咳といった感冒症状、それからやや長引く発熱があった。診察をしてみれば特に大きな所見はないのだけれど、問題は彼女の全身に出ている発疹だった。発疹は赤いようなやや茶色いような、大きさが揃っていなくて、なんとなく「汚い」印象だった。

■症状が気にかかり知り合いの医師に電話で相談

こういう発疹を以前に見た記憶があったが、それがいつのことで、どういう診断だったのか思い出せない。風邪に伴って皮疹が出ることはよくあるし、特に夏風邪はそういう傾向があるので、何かちゃんとした病名のつくものではないかもしれない。

ただ、お母さんが非常に心配していることと、その子が熱で消耗していることが気になった。もう少し様子を見るか、それとも大学病院に紹介状を書くか? そのときぼくは、自分が大学病院で働いていたときに、感染症のことでいつもお世話になっていた千葉市立青葉病院の小児科の部長先生の存在を思い出した。女の子と母親には少し待ってもらい、ぼくは院長室に引っ込んで電話をかけてみた。部長先生は気安くぼくの相談に乗ってくれた。

「うーん、少し経過を見ていいような気がするけど……ただ、千葉市では今、麻疹(ましん)(はしか)の患者の報告があるんだよね」

■開業直後で医師会からの情報が届いていなかった

それか! あの、曰く言い難い独特な皮疹は以前に診た麻疹のそれだ。ぼくは部長先生にお礼を述べて、その女の子と母親を隔離診察室へ入れた。現在だったら麻疹はPCRで診断をつけることの方が多いかもしれないが、このときぼくは、採血で麻疹ウイルスに対する抗体価を調べた。お母さんには麻疹に特別な治療法はないことを説明して自宅安静をお願いした。なお、コプリック斑という麻疹に特徴的な頬の粘膜の所見はなかった。

それから3日して親子が再診。検査センターからは採血の結果が戻ってきており、やはり診断は麻疹だった。この時点で女の子はすでに快方に向かっていた。1歳のときに麻疹ワクチンを打ったので、ある程度免疫があったようだ。

結局この年のこの時期、日本全国で麻疹が流行した。厚生労働省は、1歳のときの1回の麻疹ワクチンでは麻疹の流行を抑えられないと判断し、年長さんにも2回目のワクチンを打つように制度を変更した。

■万能の医者はいない

開業すると不可欠とも言えるのが医師会への加入だ。RリースのGさんの勧めもあり既に加入手続きを済ませていたが、この開業初日はまだ医師会からいろいろな医療情報が届いていなかった。その後(から現在に至るまで)、医師会から毎週のように医療情報がファックスで届く。麻疹は1例でも発生すればすぐに医療機関に周知されるので、今なら麻疹の判断に迷うことはないだろう。

しかしこのとき、麻疹の院内感染が起こらなくて本当によかった。もしそんなことになっていたら、クリニックは出足からつまずいていただろう。それを考えるとゾッとする。

開業当初、こうして分からないことを専門の先生に電話で質問することが何度かあった。万能の医者はいない。無知の知は大事である。そして謙虚に先達に頭を下げて教えを乞うことも大事である。

■風邪の中に紛れ込む喘息の患者

驚いたといえば、喘息の子どもが多いことに驚いた。「うちの子、風邪なんです」と言って受診する子の中に相当数の喘息の子が交じっていた。「今まで喘息とお医者さんに言われたことはありませんか?」と尋ねても、ほぼ全員が「ありません」と答える。この地域では喘息が見逃されていたのだろうか? 毎日数人の子に喘息の診断をつけた。

喘息の発作を起こしている子に対して行う処置は、インタール(アレルギー止め)・ベネトリン(気管支拡張剤)液を含んだネブライザーである。ネブライザーとは、薬液を霧状にして気管支や肺の中に送る医療機器だ。毎日何人もの子にネブライザーを行い、梅雨に入ると廊下にネブライザー渋滞ができた。

気管支炎治療のためのネブライザー
写真=iStock.com/Kichigin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kichigin

■小児科医が聴診器を胸に当てる理由

幸いなことに、ぼくはスタッフ採用のときに、千葉県こども病院の喘息病棟で働いていた看護師さんを雇っていた。彼女がてきぱきとネブライザーの処置を進めてくれて、乳児には痰の吸引もしてくれたので本当に助かった。いい人を雇ったものである。

喘息とはアレルギーによる気管支粘膜の慢性炎症である。発作性に起きる気道狭窄(きょうさく)によって呼気性(息を吐くとき)の喘鳴(ぜんめい)(ゼーゼー・ヒューヒュー)で呼吸困難をくり返す疾患だ。従って診断は聴診器一本でつける。

ぼくは咳をしている子が受診するたびに、これって風邪? それとも喘息? と思いながら診察していた。小児科医が聴診器を子どもの胸に当てるのは、風邪と喘息を見分けるためなんだなと思った。それくらい、開業当時は喘息のお子さんが多かった。

■患者にどさっと薬を出す医者はいい医者か

それとは逆に軽症の子が多いことにも驚いた。普通の風邪の子が受診する分には何も困らない。鼻水と咳があって、38度くらいの熱がある。こういうお子さんを聴診して胸の音がきれいであれば、感冒薬と解熱剤を処方し、「家でよく休んでください。無理しちゃダメだよ」と説明して終わりになる。

ところが、「うちの子、朝に1回くしゃみをしたんです。早めに診てもらおうと思って」と言って来られると、言葉に窮する。「今はどうですか?」と尋ねても「何もありません」との答えが返ってくる。本音としては「じゃあ、家でのんびりしていたらどうですか?」と言いたいところなのだが、それでは診療が30秒で終わってしまう。

聞くところによると、開業医によっては「風邪っぽい」患者がくると、鼻水止め・痰切り・咳止め・気管支拡張剤を患者の症状に関係なく、どさっと出す先生がいるらしい(その後、実際、そういうお薬手帳の記載を何度も見た)。しかしぼくにはいくらなんでもそういうことはできない。不要な薬は飲むべきではない。特に小児の場合はそうだ。

どさっと薬を出す人
写真=iStock.com/Fahroni
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Fahroni

■最小限の薬と長い説明こそがいい医者

風邪とは何かとか、風邪にとって風邪薬の意味は何かとか、早めに薬を飲んで何がいいのかとか、そんなことについて時間をかけて説明していくと、結局普通の風邪の子の診察よりも3倍くらい時間がかかる。で、結局薬は処方しない。

こういうとき、お母さんはどう思うのだろうか? 「せっかく早めの受診と思って来たのに薬も出さないで!」と不快に思っているのだろうか。でもぼくは敢えて言いたい。処方する薬が少ないほど、説明が長いほど、それはいい医者であると。

■「昨日鼻血を出した」と受診した親子

軽症のつながりで書くとこういうこともあった。開業して1カ月くらい経った頃、お母さんが血相を変えて診察室に飛び込んできた。開口一番こう言う。

「先生、大変です。うちの子、鼻血が止まりません!」

ぼくは反射的に(ついに来たか! 血液疾患、もしや白血病か!)と思った。

だが、よく見てみるとその子は鼻血を出しておらず、鼻の穴に詰め物もしていない。元気だし、顔色もいいし、どこが悪いのかよく分からない。で、ぼくは聞いてみた。

「お母さん、鼻血ってどういう具合なんですか?」

ぼくは子どもの体に皮下出血や紫斑がないか隈なく見ていた。お母さんの答えはこうだった。

松永正訓『患者が知らない開業医の本音』(新潮新書)
松永正訓『患者が知らない開業医の本音』(新潮新書)

「昨日の夜、この子、鼻血を出したんです。それでハナをかんでもかんでも鼻血が出てくるんです。え、今ですか? 止まってますよ」

それを聞いて力が抜けてしまった。そうか、一般のお母さんたちは鼻血の止め方を知らないのか。

「鼻血が止まらない」という訴えは今でもよくあるが、ハナをかんだけど止まらなかったと言われたのはこのときだけだった。

「お母さん、鼻血はね、かむんじゃなくて、鼻をつまむんです。5分つまんでください。その後、ティッシュペーパーを4分の1に切って丸めて鼻の穴に詰めてください。その状態でさらに3分つまんでくださいね。絶対に止まりますから安心してくださいね」

■どんな些細なことで受診してもよい

ぼくが幼年期だった昭和40年代はどこの家庭にも薬箱があったように思う。うちにもあった。いくつかの内服薬のほかに、ピンセット・綿球・オキシドール・ヨードチンキ・ガーゼ・包帯が入っていた。ぼくの父は高学歴の人間ではなかったけれど、鼻血はもちろん、簡単な外傷の処置もやっていた。

今の時代のお父さん、お母さんは「子どもを天才に育てる育児書」みたいなものは読んでいて、知識は豊富に持っているように見えるけど、こういうベーシックな生活力は弱いような気がする。

しかしそれを嘆いてもしかたない。かかりつけ医とは、なんでも相談できる医者のことであるのだから、どんな些細なことで受診しても構わない。

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松永 正訓(まつなが・ただし)
医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。19年、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)で第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『どんじり医』(CCCメディアハウス)などがある。

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(医師 松永 正訓)

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