なぜプーチンの精鋭部隊「第200旅団」は壊走したのか…「ロシア最高の部隊」のお粗末すぎる実態
プレジデントオンライン / 2023年1月14日 10時15分
■ロシア陸軍の精鋭部隊が壊滅状態になった
第200独立機動ライフル旅団は、ロシア陸軍屈指の精鋭部隊のひとつだ。少なくとも昨年2月にウクライナ侵攻に投入されるまでは、そうであった。
旅団はもともとノルウェーとの国境付近で核兵器庫を守っていたエリート部隊だが、ウクライナ侵攻当日の早朝から前線に投入された。
しかし、欧米メディアが最近になって旅団の敗走ぶりを報じた。そこに精鋭部隊の見る影もない。指揮官は負傷し記憶喪失に見舞われ、所属兵は「部隊は崩壊状態」だと叫ぶ。
旅団の苦しい現状を指摘する米ワシントン・ポスト紙は、侵攻前には1400人から1600人が所属していた旅団のうち、2カ月足らずで3分の1ほどが死亡したと報じている。
かつて「ロシアで最も傑出した部隊のひとつ」とさえ言われた旅団は計500人以上の兵を失い、「よろめきながらロシア国境へ戻ってきた」という。ウクライナ側によるわずか40分の砲撃で不意を打たれ、敗走したこともあったと同紙は報じる。
旅団はその後も志願兵および動員令で駆り出された予備役らで不足を補い、かろうじて体裁を保っている。だが、急遽召集された彼らに渡された装備は「1941年製の塗装ヘルメットと防弾板の入っていないベスト」という状況だ。
ウクライナ側はロシア陸軍が誇ったエリート部隊が「一掃された」と宣言しており、EU情報機関の高官も旅団は「再建に数年かかる」惨めな状態だと分析している。
ウクライナ侵攻以降、ロシア軍の弱体化は度々報じられている。組織の腐敗や度重なる敗走といった弱さは一部の部隊に限った現象ではなく、先進の装備の使用を許された精鋭部隊をも蝕(むしば)んでいたようだ。
■最高の武器、弾薬、車両を与えられていた
第200独立機動ライフル旅団は平時、北極圏を拠点としている。ロシアの北西端に位置するムルマンスク州ペチェンガの町で核戦略の一翼を担う。
米軍事情報サイトのソフリプは、「ロシア陸軍のなかでも『エリート』の戦闘部隊であり、ロシアが保有する最も近代的な兵器を装備しているとされてきた」と述べている。「ロシアで最高の武器弾薬と車両」を与えられている部隊でもあったという。
仮にアメリカによってロシアの陸上の核ミサイル拠点が壊滅した場合、ロシアは北方艦隊を大西洋に展開し、海洋から核攻撃を実施するシナリオが想定される。冷戦時代以来、こうした潜水艦の母港となっているのがペチェンガの港だ。
ソフリプの記事によると、第200旅団が昨年1月、ウクライナ侵攻に先立ち不穏な動きを見せた。拠点のペチェンガから、ロシア南西部に位置する工業都市クルスクまで、「戦闘訓練」の名目で南下したのだ。列車による1900キロの大移動であった。
クルスクからさらに200キロほど進むと、ウクライナのハルキウに近い国境へと出る。2月下旬からの侵攻を意図した動きだったとみられるが、旅団が多くの兵を失う悲惨な戦闘の幕開けとなった。
■侵攻当日から連戦連敗
ウクライナ侵攻当日の朝、意気揚々とウクライナに乗り込んだ第200旅団は、ウクライナ側の待ち伏せ攻撃を受け大混乱に陥る。
夜までに戦車やBM-21「グラート」自走多連装ロケット砲などが破壊された。ワシントン・ポスト紙は、戦車やロケットランチャーなど「部隊の最も強力な兵器の多く」が破壊または鹵獲(ろかく)されたと報じている。
ノルウェーのオンライン新聞であるバレンツ・オブザーバー紙は、現地入りしたジャーナリストの報告をもとに、装甲車やロシアのカマーズ社製トラックなど30台以上が破壊あるいは鹵獲されたと報じている。2019年に新調したT-80BVM主力戦車についても、26台のうち18台を失った。
想定外の被害に愕然(がくぜん)とした第200旅団は、ハルキウ北部に構えた拠点まで這々(ほうほう)の体(てい)で撤退する。この間も空爆は止まなかった。ワシントン・ポスト紙によると、旅団を率いるデニス・クリオ大佐は3月下旬、自身が乗った「車両を消し去る」ほどの攻撃を受け、重傷を負ったという。
同紙が確認した医療記録によると、クリオ大佐は「頭蓋脳損傷」と診断され、吐き気、嘔吐(おうと)、記憶喪失、そして一時的な方向感覚の喪失など、深刻な症状を呈していた模様だ。
■北極圏から穀倉地帯に駆り出され…
ワシントン・ポスト紙は、クリオ大佐が退院後、別部隊に異動になったとしている。一方、米インサイダー誌はウクライナのキーウ・ポスト紙による報道をもとに、大佐が死亡した可能性もあると報じている。
このほかワシントン・ポスト紙によると、侵攻初日にして数十人の兵士が死傷した。兵士たちはほかのロシア部隊と同様、訓練だと偽って現地に送られた可能性がありそうだ。記事によると兵士たちは、侵攻当日の午前3時になって「銃撃が実施される」と初めて告げられたという。
そもそも精鋭部隊とはいえ、北極圏を拠点とする旅団を動員した点にも無理があったと言えよう。米フォーブス誌は、ウクライナ南部のケルソンへと送り込まれた、ロシアの第80歩兵旅団の例を報じている。
同旅団は通常、雪上戦を念頭に置いた戦闘訓練を受け、極地仕様の装甲車やスノーモービル、ときにはトナカイを使って移動する。しかし、ロシアの「甚大な損失と完全に崩壊した動員システム」のあおりを受けて穀倉地帯へと駆り出され、案の定後退を余儀なくされた。
■精鋭兵と志願兵の混成部隊になる
昨年6月になると、混乱はさらに広がった。バレンツ・オブザーバー紙は、第200旅団が志願兵との混成部隊と化していると報じた。
志願兵は軍と短期契約を交わし、一般的なロシア国民の「数倍」の収入を得られるのだという。昨年3月からロシア国防省はネットに数多くの求人広告を掲載しており、45歳以上の国民を中心に多くの応募があったという。
しかし同紙は、「多くにとって、この契約は片道切符である」と指摘する。毎週多くのロシア兵が前線へと送り込まれているが、まともな戦闘訓練を受けていない者も多い。命を落とすリスクは、正規の軍人にも増して高いと言えよう。
志願兵を取り込み、立て直しを図った第200旅団も例に漏れず、大きな失態を演じたようだ。昨年6月上旬にハルキウ北部の村で同旅団と会敵したというウクライナ砲兵部隊の兵士は、ワシントン・ポスト紙にその経緯を証言している。
この兵士によると、ウクライナ側部隊の拠点がロシア側の砲撃を受けた。建物は一部崩壊などの被害を受けた。そこでウクライナ側部隊は数日間反撃を抑制し、小型ドローンによる偵察に徹することで、あえて弾薬不足を演じる作戦に出た。
第200旅団は何の疑いもなく、この作戦にかかったという。ウクライナ兵はワシントン・ポスト紙に対し、「攻撃がないので、やつらは安全に日光浴ができました」「野外でシャワーを浴び、防具やヘルメットなしに走り回っていました」と語る。
相手が油断しきった頃合いを見計らい、ウクライナ側は40分間の砲撃を行った。翌日の夜間にも追撃を加えると、第200旅団は「どこへ逃げるべきか分からない」ほど動揺したという。
旅団は負傷者を退避させるための車両も失った。ウクライナ側はこの攻撃で、およそ100人のロシア兵が死亡したと見積もっている。
■「プーチンによる侵略計画の失敗を象徴している」
こうして旅団は多くの人員を失ったが、プーチン大統領が昨年9月に部分動員令を発したことで人員は補充された。だが、かつて精鋭部隊として知られた第200旅団は、有象無象の寄せ集めへと成り下がった。
ワシントン・ポスト紙は、「第200独立機動ライフル旅団の血塗られた運命は、ウラジーミル・プーチンによる侵略計画の失敗を象徴している」と指摘する。
旅団に現在所属している兵士は同紙に対し、「部隊は崩壊状態だ」と語る。配備直後に渡されたのは、1941年製の塗装ヘルメットと、防弾板の入っていないベストだったという。訓練もなく、「お前はもう狙撃手だ」「さあ、これが機関銃だ」と武器を渡されるだけだ。
一連の失態を受け、軍事情報サイトのソフリプは、「ロシアの『エリート』旅団のひとつが、結局はさしてエリートでもなかったことを示す」結果になったと指摘している。
ウクライナ軍が昨年9月にハルキウをほぼ奪還すると、第200旅団は撤退を迫られた。旅団はルハンスクに配置転換となり、ハルキウ包囲網から完全に離脱した。ウクライナ当局者はワシントン・ポスト紙に対し、「その旅団には何も残っていない」「完全に一掃された」と語る。
精鋭と称賛された旅団も、ほかのロシア部隊と同じく、腐敗と装備品不足、そして士気の低下という風土病に蝕まれていたようだ。
ワシントン・ポスト紙は当局者による情報をもとに、侵攻までに蓄えておくべき物資が適切に管理されていなかったと指摘している。組織の腐敗から、備品の不正な消費や売却が日常的に行われており、戦時の食料や武器弾薬の不足につながったようだ。
司令官クラスから二等兵まで、不正行為は階級を問わず蔓延(まんえん)している。同紙はまた、ある司令官に物資と燃料を抜き取って売却した疑いがかけられており、ほか中位以下の兵士らも爆発物を違法に販売したなどの疑いで告発されていると報じた。
■精鋭部隊を蝕むロシア軍の腐敗
目先のウクライナ侵攻を優先したプーチン氏だが、その思惑通りに事態が運んでいないことは明らかだ。部分動員令を出して以降、国民の不満の矛先となり始めたプーチン氏としては、ウクライナ情勢の早期決着を図りたいところだろう。
だが、形勢逆転を狙いあがこうとするほど、前線に人員を割かれ、核攻撃能力を備える潜水艦の母港・ペチェンガ港すら丸裸同然になる。
NATO加盟国であるノルウェーとの国境に近いペチェンガを無防備にしておくことはロシアにとって決して得策ではない。かといってほかに有効な施策も見当たらない。第200旅団の投入には、そんな苦しい状況が透けて見える。
第200旅団の敗走は、ウクライナ侵攻がいかに無理筋であるかを強調している。エリートと謳(うた)われた旅団でさえ、急な動員と装備品不足によって大敗を喫した。慢性的な組織内部の腐敗は、豪傑たちの部隊をも内部から蝕んでいたようだ。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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