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アメリカでは保険外交員がどんどん失職している…ついに始まった「AI失業」の恐ろしいスピード

プレジデントオンライン / 2023年1月16日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SIphotography

AIが人間の仕事を奪う可能性はあるのか。駒澤大学の井上智洋准教授は「アメリカでは、資産運用アドバイザーや保険の外交員、証券アナリストなどの雇用が減り続けている。日本でも画像生成AIの登場で、デザイナーやイラストレーター、画家の仕事が奪われる恐れがある」という――。

※本稿は、井上智洋『メタバースと経済の未来』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■AIブームが過ぎ去ったいまが「本番」

現在、第四次産業革命が起こりつつあると言われています。その中でいちばん重要な技術がAIです。2016年からAIブームが起こり、コロナ前の2019年頃にはおよそ収束して、かわりに「DX(※1)」(デジタル・トランスフォーメーション)というロボットアニメめいたかっこいい(ちょっと恥ずかしい)キャッチコピーがビジネス界を席巻しています。

とはいえ、DXとは「AIを含めてデジタル技術をもっと活用していきましょう」という趣旨のコンセプトなので、名前がすりかわっただけでAI活用が重要だという点は変わりません。技術の導入は、むしろブームが過ぎ去ってからが本番なのです。

アメリカのガートナー社が毎年発表している「ハイプ・サイクル(※2)」というテクノロジーが登場した後の動きを視覚的に説明した図があります。図表1はそのイメージであり、実際には、「AI」だとか「5G」といったような技術がグラフの上にプロットされています。

【図表1】ハイプ・サイクルの概念図
出所=『メタバースと経済の未来』

ある技術が登場したばかりの時期には大きな期待が寄せられます。AIに対しても、「過度な期待」のピーク期には、人間並みの知性を備えた汎用(はんよう)AI(※3)が近々実現するとか、それをロボットに組み込めばドラえもんのようになるとか、ごく近い将来に革命的なAIが生まれるというようなことがまことしやかに語られました。

(※1) DX(Digital Transformation) 企業がビッグデータやAI、IoTをはじめとするデジタル技術を活用して、業務プロセスの効率化のみならず、ビジネスモデルや企業風土の変革なども実現すること。2004年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授(情報学)によって提唱された概念。
(※2) ハイプ・サイクル(hype cycle) テクノロジーとアプリケーションの成熟度と採用状況、およびテクノロジーとアプリケーションが実際のビジネス課題の解決や新たな機会の開拓にどの程度関連する可能性があるかを図示したもの。1:黎明期、2:「過度な期待」のピーク期、3:幻滅期、4:啓発期、5:生産性の安定期の5段階によって構成される。出典:ガートナーリサーチ・メソドロジ ハイプ・サイクル。
(※3) 汎用AI(Artificial General Intelligence; AGI) 人間のように学習して言葉や物ごとを理解、習得する汎用的な能力を持つという未来の人工知能。

■2045年にはAIが人間を追い越す?

AIの知性が人間の知性を追い越すという「シンギュラリティ(※4)」(技術的特異点)論も流行りました。アメリカの著名な発明家で未来予測家のレイ・カーツワイルさんは、シンギュラリティが2045年に到来すると予測しています。

カーツワイルさんによれば、2015年の時点では1000ドル(約15万円)で買えるコンピュータの計算速度はネズミの脳と同程度でしたが、2025年には人間一人の脳に、2045年には全人類の脳すべてに匹敵するようになるといいます。

つまり2045年には、家電量販店で気楽に買えるパソコン一つで、全人類分の脳と同等の情報処理ができるようになるということです。しかし、15万円くらいの手軽に買えるパソコンという基準はぼんやりしたものですから、2045年という数字に大きな意味はありません。

(※4) シンギュラリティ(singularity) 「技術的特異点」のこと。アメリカの発明家で人工知能研究家のレイ・カーツワイルが示した未来予測の概念。

■AIの「知能爆発」は簡単には起こらない

シンギュラリティの発生を説明する仮説として「知能爆発」というものがあります。これは、AIが自分より少し賢いAIを作れるとするならば、その賢いAIがさらに自分より賢いAIを作り、と高速に繰り返していくことで、あっという間に神のごとき超AIへと進化を遂げるようになるという仮説です。

おそらく知能爆発が簡単に起きることはないでしょう。AIがAIを作れるようになったとしても、自分より賢いAIを作れるようになるかというと、それはまた別の話です。私たちは、何をもって賢いと言うのかすらはっきりと定義づけできずにいます。定義によっては、自分より賢いAIを作るAIを私たちが作ることは原理的に不可能であるかもしれません。

そのため私自身は、AIがあらゆる面で人間の知性を上回ることは、当面の間はないと考えています。人間にそこそこ近い知能をもった汎用AIが2030年くらいに登場してもおかしくはないけれど、そこからさらに人間に似せる作業が延々と続くものと予想しています。

■代わりに起こり得るのは「脱労働社会」

私が、シンギュラリティが起こるという場合、それはAIが人間の知性を追いこすということではなく、汎用AIなどのAIによって人間の労働の多くが置き換えられるような経済の劇的な変化である「経済的特異点」を意味しています。

経済的特異点であれば、2045年から2060年くらいにかけて起こってもおかしくないと思います。その時、人間がそれほど労働しなくても生きていける「脱労働社会」が訪れるという目算です。

2016年AIブームのさなかに出版した『人工知能と経済の未来』という本でおよそそのように論じてから、ブームが沈静化した今に至るまで私のそうした基本的な考えはほとんど変わっていません。

■技術を追求し続けた者がビジネスを制す

私は頑固にも自分の開陳したAIに関する予想にこだわり続けていますが、世間の方では大きな期待を寄せていた分、AIなんか実はたいしたことがないなどと半ば幻滅するに至りました。しかしながら、ハイプ・サイクルの幻滅期に入ってそのまま陳腐化する技術がある一方、幻滅期を乗り越えて再び期待度が高まり、広く使われて安定期に至る技術もたくさんあります。

ノーベル賞経済学者であるポール・クルーグマンさんは1998年に、「インターネットが経済に与える影響がファックス並みであることが2005年までには明らかになるだろう」と予測しました。

2001年にはITバブル(アメリカではドットコムバブル)が崩壊し、インターネットに対する期待は急速にしぼんでいきました。当時は、クルーグマンさんが正しいかのようにも見えましたが、今ではインターネットがファックスと比べようもないことは誰の目にも明らかでしょう。

インターネットを活用したサービスを成功させた企業であるGAFAMが時価総額ランキングの上位を占めています。真に世界を変革し得る技術が何であるのかを見抜いて、ブームが去った後にもその技術を追求し続けた者こそが、ビジネスを制するのです。

■学生たちにAIプログラミングを教える理由

それと同じことがAIについても当てはまります。AIが幻滅期を超えてインターネット以上に世界を激変させる技術になることに私は疑いを持っていません。仮にAIが今後まったく進歩せずに、今の水準の技術がただ普及するだけでも、経済や社会は様変わりするはずです。

これからブームとは関係なくますますAIの導入が図られていく段階に入るものと確信しています。そのような確信があるので、私自身、ゼミ生の中から希望者を集めて、AIプログラミングを教え続けています。教え子達は経済学部の学生ですが、AI時代には文系の人間でもAI技術に精通していることが大きな武器になるだろうと思っています。

■思い通りの絵を描く「画像生成AI」

私たちがAI時代に突入しつつあることは確実でしょう。それが証拠に、2022年の後半に入ってからAIへの注目度が再び高まってきました。というのも、「画像生成AI」が流行しているからです。これは「乗馬する宇宙飛行士の写真」などと言葉を入れると、図表2のような画像を作ってくれるAIです。

【図表2】「Stable Diffusion」で「乗馬する宇宙飛行士の写真」と指定して出力された画像
出所=『メタバースと経済の未来』

「Stable Diffusion(※5)」という画像生成AIは、2022年8月に無償で公開されて以降、SNSの私のタイムラインでは話題にのぼらない日はないくらいです。

派生的なソフトウェアやサービスもいくつか作られており、LINEで「お絵描きばりぐっどくん」というアカウントをフォローすると、簡単に画像を作らせることができます。例えば、「ゴッホが描いた東京タワー」と打ち込むと、図表3のような画像をすぐに生成してくれます。みなさんもぜひ試してみてください。

【図表3】「お絵描きばりぐっどくん」で「ゴッホが描いた東京タワー」と指定して出力された画像
出所=『メタバースと経済の未来』

(※5) Stable Diffusion(ステーブルディフュージョン) 2022年8月に無償公開された描画AI。ユーザーがテキストで指定したキーワードに応じて画像が自動生成される。ディープフェイクの作成に使用できるとしてAI倫理の観点からの懸念も示されている。

■2013年に登場した「AIが仕事を奪う」論

大学でAIを学んでいた身からすると、今のAIは魔法のようです。「これ作って、あれ作って」などとお願いすると、デジタルコンテンツに限ってはなんでも生成してくれるようになりつつあります。

そんなAIの進歩を目にして、「人間の仕事を奪うのではないか?」というAI失業論が再燃しています。最初にAI失業論の起爆剤になったのは、2013年にオックスフォード大学研究員のカール・フレイさんと准教授のマイケル・A・オズボーンさんが発表した「雇用の未来」という論文です。

そこでは、702もの職業について、10~20年後にコンピュータなどによってオートメーション化されて消滅する確率をはじき出していて、レジ係やタクシーの運転手が消滅しやすい職業として挙げられていました。

■労働経済学者の指摘で下火になったが…

こうした「雇用の未来」の結論に対し、労働経済学者によって、AIなどが特定の職業をまるごと奪うことは考えにくいとの指摘が多々なされました。一つの職業の中にはさまざまなタスクがある。そのうちのいくつかのタスクは消滅するにしても、職業自体が消えてなくなるわけではないだろうと。それで、AIは仕事を奪わないとのコンセンサスが半ば形成されて、この問題が論じられることは専門家の間ですら少なくなりました。

しかしながら、職業自体が消滅しなかったとしても、職業の中のタスクのいくつかが消滅すれば、その職業の雇用は減ります。それに、私に言わせれば、職業が消滅するかどうかはそもそも重要な論点ではありません。

これまでも、自動車の登場によって馬車を操る御者という職業が無くなったり、電卓やコンピュータの登場によって計算手という計算を行う職業が無くなったりしました。しかし、職業がまるまる無くなることはそれほど頻繁に起こるわけではありません。

したがって、職業が消滅するかどうかではなく、どの職業がどの程度雇用を減らすかをより重点的に検討すべきです。消滅しなくても雇用が8割減るというだけで、その職業に就いている人にとっては死活問題です。

■アメリカではAI失業問題が顕在化

アメリカでは近年、AIによって資産運用アドバイザーや保険の外交員といった金融関連の職業で雇用が減り続けています。資産運用や保険の購入に関するアドバイスを行う「ロボ・アドバイザー」というソフトウェアが、人間の資産運用アドバイザーや保険の外交員の雇用を減らしているわけです。他にも証券アナリストやパラリーガル(弁護士助手)が仕事を奪われています。

それに対し、日本ではAIの導入が遅れていたのと、終身雇用制が未だに残っていたので、AI失業は目立って起きませんでした。そんな中、2018年に、大手銀行は軒並み従業員の削減を計画しました。例えば、みずほ銀行は10年かけて従業員を3割減らすと発表したのです。

しかし、新卒採用の抑制という形で対応し、あからさまな解雇を避けることができたので、AI失業の問題は露呈することなく今日まで来ています。かつて銀行と言えば、文系学生が就く職業としては最も人気がありましたが、最近は学生の方でもあまり志望しなくなっており、そういう点から言っても、おおごとにはなっていないのです。

■デザイナーや画家の仕事を奪うかもしれない

そんな日本でも、2022年になって画像生成AIの出現で、デザイナーやイラストレーター、画家の仕事が奪われる脅威が浮上したのです。オリジナリティが必要のない画像を作るのであれば、AIで事足りるのではないかというわけです。しかも、AIが作る絵も近頃は十分な芸術性を帯びてきています。

図表4の絵を見て、私は近代以前の王室のような崇高さと神秘性を感じさせつつも、それでいてどこか未来のおもむきがあって素晴らしいと感服しました。みなさんももう薄々分かっているかと思いますが、これはAIが生成した画像です。Stable Diffusionと同様に画像を生成してくれる「ミッドジャーニー(※6)」というAIソフトウェアを用いています。

【図表4】ジェイソン・アレンさんがAIを使って制作した絵
出所=『メタバースと経済の未来』
井上智洋『メタバースと経済の未来』(文春新書)
井上智洋『メタバースと経済の未来』(文春新書)

これが、人間の作った作品を押しのけて、絵画コンテストで優勝してしまいました。一部のアーティストからは、「ムカついた!」「AIひっこめ!」などと怨嗟の声が上がっています。

米国競争力評議会の上級研究員であるマーク・ミネビッチさんが、「(AI革命は)ウォール街の魂を直撃し、ニューヨークの街全体を変えるだろう」と言ったように、AIは金融業界を劇的に変革しつつあります。

同様に、画像生成AIがこれから、デザイン、漫画、アニメ、絵画などの視覚的なコンテンツの分野で破壊的なインパクトをもたらしていくでしょう。我々は、AIの持つ潜在的なパワーのまだ1000分の1も目にしていないのです。

(※6) ミッドジャーニー(Midjourney) Stable Diffusionと同様にテキストの説明文から画像生成する独自の人工プログラム。2022年7月にオープンベータ版が発表された。

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井上 智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授 経済学者
慶應義塾大学環境情報学部卒業。IT企業勤務を経て、早稲田大学大学院経済学研究科に入学。同大学院にて博士(経済学)を取得。2017年から現職。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』〔日経BPマーケティング(日本経済新聞出版)〕、『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)、『MMT』(講談社選書メチエ)、『「現金給付」の経済学』(NHK出版新書)など多数の著書がある。

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(駒澤大学経済学部准教授 経済学者 井上 智洋)

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