だから「3カ月分の仕事」が3日で終わる…トヨタの上司が絶対に「一生懸命やれ」と言わない理由
プレジデントオンライン / 2023年1月16日 10時15分
■分厚いマニュアルを作る必要はない
海外工場の従業員にトヨタ生産方式を伝える役目を任された小西工己さん(現名古屋グランパスエイト社長)の仕事は、1対1の対話を講義形式にすること、それをマニュアルにすることでした。
小西さんはどうやったかといえば、分厚い原理原則のマニュアル(手順)を作ったわけではありません。問題解決の手順に沿った現場のケースをかき集め、現場での対話の形式をうまく残し、ケースから真実(問題解決の手順)を導き出す帰納法的なやり方を取ったのです。
そして海外の教育・改善担当者が、小西さんのケーススタディ集(問題解決のステップに応じたケース満載)作成や英語化に協力し、座学での教育研修のシステムも作っていきます。
トヨタ生産方式そのものを教えようとする場合は「Dojo(道場)」という現場の生産ラインのモデルを作り、そこで手を動かしながらトヨタ生産方式の考え方を伝えているところもあります。
トヨタの教育は人を集めて講義しておしまいといったものではありませんし、常に本質を教えようとしています。
■社員の「自主研究」を幹部が自らアドバイス
トヨタには自主研というトヨタ生産方式を学び、また、カイゼン提案と結果を発表する会があります。
生産現場、事務技術系の職場の人たちがチームを組んで、カイゼンのプランを出し、成果について発表します。
その際、TPS伝道師でありエクゼクティブフェローの友山茂樹さん、TPS本部長の尾上恭吾さんが各チームのサポートをするのですが、2人は発表会までに少なくとも2回はリハーサルを見て相談会をやります。相談会とは2人が時間をかけてアドバイスすることです。
通常のプレゼンでしたら、プランを採用するかしないかだけです。特に感想を言うことはありません。また、発表会でしたら、ひとことふたことの感想を言うだけですし、発表を聞く人間がリハーサルを2度も3度も見ることはないでしょう。
しかし、相談会にこそトヨタらしさがあります。発表の出来不出来よりも、発表会に至るまでプランを鍛えてブラッシュアップする。そのために同社の幹部2人が時間をかけて教えます。
■文字だらけはダメ、優等生的な文章はもってのほか
例えば、第2回〈「社内の花見」も毎年カイゼンする……トヨタ歴代の「花見の幹事」が細かすぎるマニュアル資料を残すワケ〉で触れた「社外の人間のインタビュー動画を撮って、それを発表資料に加える」ことを提案したのも2人です。
「資料が文章とグラフだけだと平板だからイラスト素材や写真、動画を入れよう」これも2人からの提案です。
「優等生的で官僚的な難解な文章をやめろ」と示唆したのも2人です。
こうして、相談会を経た発表は見やすくて、しかも見て面白いものになっています。そして、相談会では発表プランについてだけでなく、2人はTPSとは何かについて、何度も補足します。
「他の誰かを楽にするため」という社長の豊田章男さんのTPSについての解釈についても2人が補足します。
こうしてみると、相談会には徒弟制度的なトヨタの教育システムが残っているといえます。なお、自主研は毎年、開かれますから、トヨタの社員であれば1度か2度は経験します。従業員30万人の巨大企業にもかかわらず、本来の教育とは別に1対1の対話による教えが残っているのです。
■なぜトヨタの上司は「一生懸命やれ」と言わないか
トヨタで行われている教育、日ごろの現場教育ではもうひとつ、特徴があります。それは部長以上の幹部クラス(大半)は部下に「一生懸命やれ」とは言わないことです。
かつて、トヨタ生産方式をとりまとめた大野耐一さんは部下に「一生懸命やれ」とは言いませんでした。KINTOの社長、小寺信也さんが「頑張れ」とか「特別に対応しろ」と言わないことと似ていますね。
「オレは一生懸命やれと言わない。なぜなら、できなかったやつは『僕はできなかったけれど、でも、一生懸命やったんですよ』と言う。だから、言わない。できるように自分で考えてやれ。そう言うだけだ」
確かに、一生懸命やれ、頑張れと言ったところで、担当した人間は肩に力が入るだけです。
「一生懸命やれ」という言葉は実効性のない言葉です。言われた部下にとってはやる気が出る言葉ではありません。上司は自分に対して言い訳として使っているだけです。
■「モノと情報の流れ図」の本当の目的
業務カイゼンのツールとして同社が使っているのが「モノと情報の流れ図」です。「モノ」の流れと、「情報」の流れを1枚の図にまとめたものです。
書き方ですが、何よりもまず現場に行って作業を眺めます。そして、やっていることを理解したら、あとは物の動きを示す矢印と、情報の動きを示す矢印を記していけばいいだけ。
難しいことではありません。誰でも時間をかけずに作ることができます。
モノと情報の流れを1枚にする理由は全体をながめることの重要性です。ひと目で全体を見れば、仕事のダブりとムダがあらわになるからです。
例えば、長い生産ラインの途中と最後で検品をやっていることがわかったりします。それなら、最後に1回やればいいじゃないか、もしくは、工程のなかで作り込んで、自動的に検品もできるようにすれば、検品単体の仕事はいらないじゃないかとなるわけです。
1枚の図にしてみればわかることがあります。
■一番大切なのは「滞留」を見つけること
人は「自分がやっている仕事は絶対にやらなくてはならないことだ」と思い込みがちです。しかし、モノと情報の流れ図を書いてみれば、重複した作業だったり、ムダな作業だったりと自分自身で納得することができるのです。
「ムダだからやめろ」と言われるより、事実を突きつけられたほうが納得してムダをやめることができます。そして、モノと情報の流れ図を書くことは、仕事をするとき視野を広く持つことに役立ちます。
現場を広く見つめて、そこから問題点を探す。図の完成よりも、書くために見ること、見た後にまとめる行為に意味があるのです。
ここでモノと情報の流れ図の現物を載せておきます。
モノと情報の流れ図については検索すると、トヨタOBが解説しているそれがたくさん出てきます。しかし、現在、トヨタの人たちが書いているものは非常にシンプルになっています。
まず工程が書いてあります。そこに線で部品、仕掛(しかかり)品(モノ)、生産予定の数値(情報)が表現してあります。そして、一番大切なのは山の形をした記号です。山の形はそこにモノもしくは情報が滞留していることを表します。
■3カ月かかる仕事も3日で終わらせる
実際に生産現場へ行くと、山の形があるところに部品がいくつも並んでいたりします。
そして、モノと情報の流れ図を見ながら、滞留のある場所をどうやってなくすかを考え、実行に移します。例えば、仕事がやりづらくて滞留しているのであれば、やりづらくならないようにカイゼンするのです。重い部品を持ち上げる動作が続く工程であれば補助具を用意して、部品を軽く感じるようにする。あるいは重い部品そのものの質を下げることなく、重量を軽くする……。カイゼンの方法はいくらでもあります。
カイゼンの方法を考える。それが問題解決です。トヨタの社員の仕事は現場へ行くこと、現場でモノと情報の流れ図を書くこと。現場と図を見ながら、なぜなぜ解析をする。そして、問題を解決してカイゼンするのです。
仕事はたったこれだけ。
他の会社であればチーム編成をして、打ち合わせと会議を繰り返して、全員が現場へ行くことはありません。そうして、ようやく書類を作成して、発表して、幹部の認可を得て行動に移します。それをPDCAなどと表現しますが、スピード感がまったく違います。他の会社が3カ月かかることをトヨタは3日で終わらせます。そして、2回目からは「3日でなく2日でやろう」と決めてから問題解決にのぞむのです。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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