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カイゼンの目的は利益を増やすことではない…「何のために働くのか」にトヨタが出した納得の答え

プレジデントオンライン / 2023年1月23日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/seb_ra

私たちは何のために働くのか。トヨタ自動車では「仕事の目的とは、誰かの仕事を楽にすること」と語られている。その真意はどこにあるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタがやる仕事、やらない仕事」。第11回は「トヨタが大切にしているもの」――。

■「他の誰かのために」本気で取り組む

本稿ではトヨタが大切にしているものについてまとめます。

それは「他の誰かのために」です。なんだ、きれいごとかと言う人もいるでしょう。しかし、組織の目的とは、きれいごとであるべきです。

「売り上げだ」「利益だ」「生産性の向上だ」というのは自分たちさえよければいいという自分勝手な目的です。

企業は社会が必要としなければ長期的に存在していくことはできません。

また、「売り上げだ」「利益だ」と言ってはばからない人は気持ちが緩んでいます。社会がそういう人のことをどう考えるかを想像できないようでは会社を経営していくことはできません。社会のことを見るのはもちろん、自社の目的や理念を語る時は慎重でなければならないし、また、特別に目立つようなことを言わなくていいのです。

社会への貢献、弱い立場の人を思うことを自分の言葉でなく、退屈だと思われてもいいから、普通の言葉で伝えることです。

トヨタは「他の誰かのために」とわかりやすい言葉、どこの国でも通用する言葉で語っています。

■新任役員が最初にやる意外なこと

ある役員経験者から「トヨタには神社がある。新任役員の最初の仕事はそこにお参りすること。これは役員になった者だけの仕事だ」と聞いたことがあります。

トヨタの本社工場のなかには豊興神社という神社があります。役員以上がお参りできる神社で、一般の社員は入ることはできません。祀ってあるのはトヨタの物故者です。

かつてお参りは元日でしたが、今は正月明けの最初の出社日になっています。経営陣、役員が揃(そろ)ってお参りすることになっています。1年間の物故者、つまり、トヨタで働いていて亡くなった方々を悼み、感謝するためのお詣りです。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

もうひとつ、トヨタグループが建立した寺があります。蓼科(長野県)の聖光寺と言います。

「交通安全の祈願」「交通事故遭難者の慰霊」「負傷者の早期快復」のために建てた寺で、毎年7月の夏季大祭にはトヨタグループの経営陣が集まり、交通安全を祈願します。

他の自動車会社でここまでやっているところはないでしょう。社会的な責任を意識しており、「他の誰かのために」を考えている会社だからこそです。

■「歴史と創業者を大切にしない会社はつぶれます」

しかし、社内に神社があることなどは秘密ではないけれど、世の中には伝わっていません。

わたしが話を聞いた役員経験者が話していましたが、「豊興神社にお参りすると、トヨタの歴史をもっと知ろうという意識、社会に貢献しなければいけないという自覚が生まれる」とのことです。

また、豊興神社へは11月3日の創立記念日にもやはり幹部がお参りするそうです。トップが頭を下げ「長年、トヨタのために尽くしてくださって本当にありがとうございます」と感謝するのだそうです。

トヨタを作った先輩たちに感謝する、同時に歴史を大切にしている。

他の幹部からも聞いたことがあります。

「歴史と創業者を大切にしない会社はつぶれます」

トヨタの役員になると、そういうことをいっそう強く感じるのでしょう。

■自動織機時代から脈々と受け継がれる歴史

トヨタ生産方式として知られる仕事のやり方があります。

「トヨタ自動車のクルマを造る生産方式は、『リーン生産方式』、『JIT(ジャスト・イン・タイム)方式』ともいわれ、今や、世界中で知られ、研究されている「つくり方」です。

トヨタのホームページには次のような説明が書いてあります。

「お客様にご注文いただいたクルマを、より早くお届けするために、最も短い時間で効率的に造る」ことを目的とし、長い年月の改善を積み重ねて確立された生産管理システムです。

トヨタ生産方式は、『異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らない』という考え方(トヨタではニンベンの付いた「自働化」といいます)と、各工程が必要なものだけを、流れるように停滞なく生産する考え方(「ジャスト・イン・タイム」)の2つの考え方を柱として確立されました」

さらに、トヨタ生産方式のルーツは次のように解説されています。

「ムダの徹底的排除の思想と造り方の合理性を追い求め、生産全般をその思想で貫きシステム化したトヨタ生産方式は、豊田佐吉の自動織機に源を発し、トヨタ自動車の創業者(2代目社長)である豊田喜一郎が『ジャスト・イン・タイム』による効率化を長い年月にわたり考え、試行錯誤の末に到達したものです」

この文章はトヨタの社員なら誰でも暗誦(あんしょう)できるのではないでしょうか。それくらい、トヨタ生産方式と歴史観を大事にしているのでしょう。

■ハウツーよりも、ビジネスパーソンとしての生き方を教える

ある社員はこう教えてくれました。

「歴史観は大事です。トヨタに入るとまず(豊田)佐吉翁の逸話から始まるんですね。

佐吉さんのお母さんが夜なべして機(はた)を織っていた。それが大変そうだから、佐吉翁は自動織機を発明した。(豊田)喜一郎さんは関東大震災の時、電車やバスは止まったけれど、アメリカのトラックが縦横無尽に走っていた。その姿を見て、こんな大変な時に日本人が自分たちの手で作った車が1台もないのは悲しい、と。

それで、自動織機から自動車に移ったわけです。トヨタには産業報国という社是がありますが、産業によって国や国民に報いることをトヨタはちゃんとやっている。受け継がれているんです。きれいごとかもしれません。しかし、きれいごとを大切にするDNAがあるんです。やっぱりモノづくりの会社だからみんな真面目なんです。

研修でも、どなたかのために、何かのために、未来のために、環境のためにといったことをちゃんと教える会社です。ハウツーよりも、ビジネスパーソンとしての生き方を教えるんです。自分たちは何のために働いているんだ、と。

どなたかのためにやる。それで喜んでもらえたら、うれしいじゃないか。喜ばれる方の笑顔を思い浮かべながら働こうよみたいな会社なんですよ」

■「原価低減と生産性向上」という誤解

さて、生産調査部の尾上恭吾さんはトヨタ生産方式について、こう言います。

「TPSは原価低減、生産性向上が目的と説明されていました。しかし、これは本来の趣旨ではないんです。

社長の豊田(章男)が佐吉、喜一郎のことを思えば、『目的は誰かの仕事を楽にすることじゃないか』と初めて言いました。

これまで生産現場のTPSであれば原価低減、生産性向上が目的と言えば、みんなすぐに理解できました。しかし、経理、広報、新車開発といった事務技術系の職場では原価低減、生産性向上を目的としたら、単に予算を減らせばいいと考える人が出てくるわけです。

そこで、開発部門のTPS指導の際に『他の誰かの仕事を楽にする』をテーマにしたら、見事にハマりました。全社にトヨタ生産方式を広めようと思ったら、原価低減、生産性向上では通用しないんです」

自動車工場の生産ライン
写真=iStock.com/RicAguiar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RicAguiar

開発部門はカイゼン活動で、さっそく、「他の誰かのために」を形にしたそうです。

開発部門は長年、仕入れ先との間で、問題連絡書、通称、モンレンという書類のやりとりをしていました。

モンレンにはトヨタが出した仕様書に対する疑問、つまり、「このように書いてあるけれど、これはどういう意味ですか?」といったことが記してあります。

そして近年、トヨタと仕入れ先の間でやりとりされるモンレンの数が圧倒的に増えてきたという問題が起こりました。ここをなんとかカイゼンしたい、と。

調べてみると、問題点はモンレンの書き方でした。

■「誰かの仕事を楽にする」は自分を楽にする

開発の人間は仕入れ先に与えるべき情報をいつの間にか絞ってしまっていたのです。

そこで、新たにフォーマットを作り直しました。事前に仕入れ先に知らせておくべき情報の欄を大きくして、モンレンのなかに作ったのです。

そうしたら、両社の間を行き来するモンレンの数は劇的に減りました。

こうして、仕入れ先という「他の誰か」の仕事は楽になったのです。

同時に、トヨタの開発部もまたモンレンへの対応が減ったため、仕事が楽になりました。

世の中にひとりでやれる仕事はありません。どんな仕事にも関係者がいて、そのおかげで仕事が前に進むのです。ですから、相対する関係者の仕事が楽になれば、自分もまた楽になるのです。

他人に尽くせば、自分にもちゃんと返ってくるのです。つまり、他人を楽にすると自分もまた楽になるわけですね。

■短期の生産性向上を目指しても長続きしない

尾上さんは言いました。

「原価低減、生産性向上ばかりを言い募ると、間違える人たちが出てきます。利益主義だと勘違いして、短期的な利益をあげるためのカイゼンに陥りがちなんです。

サラリーマンの社長や幹部は自分がいる間に利益を出さなければいけないので、とにかく儲(もう)かることを考えがちです。長期目線を立てて、10年後に儲かる事業にはあまり興味を示しません。株価にすぐ反映されて、立派な経営者だと言われたいのかもしれません。でも、本当にその会社がよくなるのはやはり長期目標、長期計画にかかっていると思います。

TPSもまさに同じで、地盤からしっかりやっていって、体質を強化して、やっと結果が出てくるのがわれわれのやり方じゃないかなと思うんですよ。

短期の生産性向上を目当てにすると、結果だけを追ってしまう。それではやっているほうは疲弊しますし、長続きしないんです」

工場の現場で働く人々
写真=iStock.com/eyesfoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/eyesfoto

■これぞ「ザ・トヨタ生産方式」は存在しない

かつて、トヨタ生産方式をまとめた大野耐一さんはこう言っていました。

「ザ・トヨタ生産方式はない」

TPSは問題解決に使うものではあるが、ひとつのやり方に固定してはいけない。時代と状況によって変わるのが当たり前だ、と。

そして、「ザ・モノと情報の流れ図」もありません。こちらもまたどんどん変えていけばいいのです。

ですから、ネットに出回っているトヨタの考え方はすべて古いといってもいいでしょう。それくらい、変化しているのがトヨタです。

例えば、生産調査部は2018年から経理の仕事のうち決算業務についてカイゼンを始めたそうです。

まず、お客さんとは何かを考えました。

経理の場合のお客さん(後工程)とは誰かといえば、決算の数字の説明を聞く人と設定しました。経営陣、IRの関係者、そして何よりも株主です。

そうして、モノと情報の流れ図を書いていったら、決算の仕事にはたくさんの標準作業があることがわかりました。3カ月間、調べて770もの標準作業があると分析できました。そのなかで、「どうして、この仕事をするの?」というものが全行程の10パーセントあったそうです。

【図表】モノと情報の流れ図
図版提供=トヨタ自動車
上の図を見た担当がカイゼン点を記入したもの - 図版提供=トヨタ自動車

■「昔からやっているから」という考えは捨てる

これはトヨタに限りません。経理だけの問題でもありません。毎日、当たり前のようにやっている標準作業の10分の1はすでに時代と状況に合わなくなっているのです。例えば、書類を郵送する、ハンコを押すといった作業はどこの会社でもまだ少しは残っているでしょうけれど、それはもういらないもの、やめるべき仕事になっているのです。

この場合、「これくらいは残しておいていいじゃないか?」という考え方はするべきではありません。やめると決めたものはすっぱりやめる。また、昔は先輩たちがやっていたけれど、今はやっていないという標準作業もやめるべき仕事の筆頭です。

ただ、これは自分たちだけで判断できる仕事ではありません。トヨタにおける生産調査部のような、他人の目で見てもらわなければなかなか自分の仕事を自分で切ることはできないのです。「自分がやっている仕事はやらなきゃいけない仕事だ、正しい仕事だ」と思っているからこそ、みんなやっているからです。

モノと情報の流れ図を作るのは、そういう自分たちの従来の仕事を信じている人たちに客観的な視点からの姿を見せるためです。

仕事には前の工程があって、また、後の工程があることをわかってもらいます。そして、自分たちの工程だけが生産性を向上させても、それが全体にどうかかわっているかを目で見てもらわなければ人は納得しないのです。

自分が現在、やっている仕事を自分で日々、カイゼンできる人は本当のプロフェッショナルだと思います。

■「こんなに頑張った」と自慢する役員は誰もいない

会議でも書類でも打ち合わせでも、トヨタのチームワークを形作っているのは困りごとを他人に相談するところから始まる。

役員会でも「今年私が担当する部門ではこれくらい売り上げが上がった」といった話に反応する人はいません。ですから、そういう話は出てきません。

会議では困りごとの共有がいちばん最初の議題で、それがなければ15分で終わることがあります。その代わり、困りごとがいくつも出てくれば1時間はきっちりやります。

会議では成果、目標達成といったことについて話すことをやめればいいんです。成果や目標を達成したことは資料で回す、あるいは発表すればいいだけです。わざわざみんなで集まった場で、「オレはこんなに頑張った」と話す意味はありません。

ただし、成功体験の共有は意味があります。それについても資料で回覧するもしくは、別にそれだけを話す場を設ければいいのです。会議では困りごとを発表し、みんなの知恵で解決の糸口を見つける。それだけで会議のムダを減らすことができます。

実際に、トヨタではそうやっているのです。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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