59歳父がFPに怒鳴り込みの一部始終…美大志望も経済学部へ行かされやる気喪失した31歳息子を無職にしたツケ
プレジデントオンライン / 2023年1月14日 11時15分
■31歳無職の息子「将来の状況を診断してください」
「ひきこもりの本人です。仕事はしていません。将来の状況を診断してください」
佐藤卓也さん(仮名、31歳)からの相談依頼はメールで届きました。
筆者はファイナンシャル・プランナーとして、ひきこもりの将来の家計状況のシミュレーションを多く手掛けています。依頼のほとんどは両親からのもので、「自分たちが亡き後も、子どもが生活していけるのか」というものです。現在の貯蓄や家計状況を伺って、将来の状況を分析していきます。その結果を報告し、必要であれば改善策を提案しています。
時にはひきこもっている本人から相談をいただくことがあります。インターネットで見つけてメールで申し込んできます。ご本人からの依頼の場合も基本的には同じように分析しますが、私のシミュレーションでは親とひきこもりの子の家計を1つのものとして計算していきます。親の財産額が必要ですし、毎月の家計を把握しているのもたいていは親です。本人からの依頼だと、そのあたりを把握できないことが多く、正確な分析が難しいのが現状です。
私は、依頼者の卓也さんにそんな状況を説明し、できる限り把握してみるように伝えました。わからない部分については“仮定”で分析するということも併せてお話ししました。
後日、オンライン会議システムを使って卓也さんと面談すると、割と詳細に調べていました。父親(59歳・会社員)とは折り合いが悪いのですが、母親(58歳・パート)とは良好で、家計診断をすることを説明すると、協力してもらえたそうです。今に至った経緯も話してくれました。
■「芸術なんかで生活が成り立つわけがない」
卓也さんは、高校は進学校と言われる学校に進学し、両親も将来を期待していました。本人は美術が好きで、美術系の学校に進学を希望していました。両親に打ち明けると、父親からは言下に否定されたそうです。
「芸術なんかで生活が成り立つわけがない。ちゃんとした学部に行って、きちんと就職しなさい」
父親は一般的なビジネスマンですので、おそらく先入観があったのでしょう。結局、卓也さんは希望をあきらめ、就職に向いた大学の経済学部に進学しました。しかし、進学後も美術をあきらめた後悔がぬぐえません。美術部に加入して活動するとか、うまく切り替えができればよかったのですが、大学の授業に目的を見いだせずに、徐々に大学へ行かなくなり、留年。挙句の果てには退学となってしまいました。その後はアルバイトなどをいくつかしましたが、長続きせず、最近は無職の状況が続いてしまっているそうです。
父親からは「収入がないと生きていけない」と、たびたび叱責(しっせき)されています。本人も将来が心配で、インターネットで将来の家計状況を診断してくれるところを探したそうです。私は伺った情報を基に、シミュレーションしました。親亡き後も卓也さんが生活していけるかを分析します。
◆相談者の家族構成
・相談者(ひきこもり本人):佐藤卓也(仮名)さん:31歳(無職) 親と同居
・父親:59歳(会社員) 収入560万円
・母親:58歳(パート勤務) 収入84万円
◆資産
・預貯金:約1000万円
・自宅:戸建て持ち家
結果は、けっして余裕はありませんが、なんとか卓也さんが85歳となるまでは貯蓄を維持していけそうです。預貯金は現状1000万円ですが、来年、父親の退職金2000万円が入る予定です。その後、父親は月20万円の収入の仕事をして、65歳からは年金(父親年195万円、母親年78万円)が主な収入源となり、両親他界後は、年金78万円で足りない分は預貯金を少しずつ切り崩していくことになりますが、両親が自宅を保有していることと、卓也さんが一人っ子であることが幸いしました。シミュレーションの結果は提案書としてまとめ、郵送しました。
後日、1本の電話がかかってきました。
■「あんたは一生遊んで暮らすことを勧めているのか」
「佐藤卓也の父親です。お会いしたい」ということでしたので、お越しいただきました。
「この提案書を作ったのはあんたかね」
「はい、そうです」
卓也さんは私が作成した提案書を父親に見せたようですが、その声は険悪な雰囲気です。
「あんたは一生働かないで、遊んで暮らすことを勧めているのか」
「そんなことはありませんよ」
「働かないで大丈夫と言ったら、働かないに決まっているだろう」
父親は怒り出しました。
「そういうわけではありません。伺った情報を基に分析したら、85歳まで貯蓄が維持できるという結果になっただけです」
「働かないと生きていけないって、なぜ言わないんだ」
「そう言えば、働きだすと思いますか? 今までもお父様はそうおっしゃっていたでしょう。それで変わりましたか?」
「……」
「ご本人は、今でも好きな道に進みたかったとおっしゃっています」
「芸術では、十分な収入が得られないでしょう」
「しかし、それをあきらめたのが今の姿です。まったく収入はありません。十分ではなくても好きな道で仕事ができれば、今よりは状況は良かったはずですよ」
父親も心に引っかかるところがあったのでしょう。押し黙ってしまいました。私は少し冷静になって話を続けました。
「もちろん、働いた方が良いに決まっています。私もそう思います。ただ、今すぐ働かないと生きていけない状況ではありません。ここはしばらくご本人の好きにさせてみてはいかがでしょうか。その結果、社会復帰ができれば、仕事にもつながっていくと思います。社会復帰とは、まず他者とのかかわりを持つようになることです。それが第一歩です。その上で、ご本人がアドバイスを求めてきたら、お父様の考えをお話しください」
私は、ひきこもりを立ち直らせる専門家ではありませんので、あまり踏み込んだ具体策をアドバイスすべきではありません。しかし、仕事をするに至るには、徐々に段階を踏んでステップアップしていく必要があると説明しました。
父親は黙っていましたが、何か思うところがあるようでした。
■「もう一度美術の勉強をしてみようと思います」
後日、再び卓也さんとお話をしました。私は分析結果に補足をしました。
「シミュレーションでは働かなくても生活していけると出ました。収入のために無理に働く必要はありませんが、ご自身のために何か興味のあることをやってみませんか?」
これもファイナンシャル・プランナーとしては出過ぎたアドバイスかもしれませんが、父親の話から、卓也さんが「今のままで良い」とお墨付きを得たものと勘違いしたのではないかと心配したのです。
「私も今のままで良いとは思っていません。もう一度美術の勉強をしてみようと、探しているところです」
卓也さんは、将来的には子供に絵を教えるような仕事に携わりたいと、将来の夢を語ってくれました。
「少しでも収入が得られるようになれば、分析していただいた結果よりもさらに安心できる状況になりますよね」
卓也さんは勘違いなどしていませんでした。活動が活発になり、前向きな姿勢を見せることができれば、父親もきっと理解してくれるはずです。
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ファイナンシャルプランナー
「働けない子どものお金を考える会」メンバー。 大手証券会社で個人顧客の投資相談業務を長年行い、ファイナンシャルプランナーとして独立後は、資産運用に限らず、家計の見直し、住宅購入、老後資金など幅広い相談を受ける。 特に、長期にわたる家計のシミュレーション分析を得意とし、ひきこもりや障害を持つお子さんとそのご家族の資金計画を行っている。
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(ファイナンシャルプランナー 村井 英一)
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