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やはりビットコインは信用ならない…法定通貨を切り替えたエルサルバドルが陥った「暗号資産の落とし穴」

プレジデントオンライン / 2023年1月18日 9時15分

(注)週次 - 出所=Bloomberg

■1年で価格が4分の1になったビットコイン

ビットコイン(BTC)の価格が低迷している。2021年11月8日の終値で1ビットコイン6万7526米ドルの史上最高値を付けて以降、ビットコインの対ドルレートは下落に転じた(図表1)。そして、2022年12月31日の終値は1ビットコイン1万6564米ドルまで下落が進んだ。この間、ビットコインの価値は4分の1に暴落したわけだ。

2023年1月に入り、1ビットコイン2万ドルを超えるまで相場が持ち直している。とはいえ、市況がこのまま持ち直していくか定かではない。それではなぜ、ビットコインの相場は暴落し、低迷が続いているのか。最大の理由は、米連銀(FRB)を中心とする世界各国の中銀が、インフレの加速で利上げを進めたことにある。

ビットコインの動きは、いわゆる暗号資産(仮想通貨)が、投機性が極めて強いリスク資産であることを意味している。事実、この間に代表的なリスク資産である株式もまた価格が下落している。とはいえ、例えばダウ平均株価や日経平均株価などの株式指数の下落幅は、ビットコインに比べるとはるかに小さい。

株式には企業の業績という裏打ちがある。法定通貨にもまた、それを発行する国の信用という裏打ちがある。しかし暗号資産には、そうした裏打ちは一切ない。そのため、投資家の思惑で価格は大きく左右され、不安定となる。これまでのビットコインの価格動向は、暗号資産の取引が始まるにあたって叫ばれた懸念が的中するかたちで推移している。

■エルサルバドルは多額の含み損を抱えている

ところで、そのビットコインを法定通貨に定めた国として、中米の小国、エルサルバドルがある。エルサルバドルは2021年9月に、世界で初めてビットコインを法定通貨に定めた。エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領はビットコインをエルサルバドルの経済発展の幹に据える戦略を推し進めようとしたわけだが、状況は芳しくないようだ。

サンサルバドル
写真=iStock.com/helovi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/helovi

最大の失敗は、エルサルバドル政府がビットコインを「高値掴み」したことだ。ビットコインを法定通貨に定めて以降、政府は貴重な外貨でビットコインを断続的に購入してきたが、この間にビットコインの価格は下落が続いた。その結果、エルサルバドルが購入してきたビットコインは、多額の含み損が生じている状態となっている。

具体的にどれだけの損失が発生しているのだろうか。スペインの日刊紙エル・パイス(EL PAiS)は2022年11月14日付の記事で、評価損は7000万米ドルに達したと報じた。

またジョンズ・ホプキンス大学のスティーブ・ハンケ教授も2022年11月26日付のツイッターで、前日時点でエルサルバドルは総額1億642万米ドル(約200億円)のビットコインを購入してきたのに対して、時価総額が3945万米ドルにとどまっており、6697万米ドルの評価損が発生していると指摘した。そのため、年末時点でエルサルバドルは7000万米ドル前後の評価損を抱えていたと考えていいだろう。

エルサルバドルの人口は630万人程度だから、一人当たりの含み損はたかだか10米ドルだといえなくもない。しかし一人当たりGDPは4500米ドル程度と日本の10分の1であり、日本なら一人1万円程度の含み損に相当する。

そのため、日本の標準世帯であれば4万円程度の含み損を抱えている計算になる。今後、ビットコインの価格が持続的に上昇するなら、含み損は徐々に解消すると期待される。それに、いわゆる「ナンピン買い」も可能だろうが、一方で、ビットコインの価格暴落リスクは極めて大きい。そのため、含み損が一段と膨らむ可能性も警戒されるところだ。

■法定通貨にしても「金融包摂」は進まない

含み損が生じたとはいえ、それに見合うベネフィットが得られれば、それは適正な支出だったといえよう。ビットコインを法定通貨に定める大きなベネフィットの一つに、いわゆる「金融包摂」(経済活動に必要な金融サービスをすべての人々が利用できるようにする取り組み)を挙げた識者もいたが、エルサルバドルではどうだったのか。

2022年7月、シカゴ大学のフェルナンド・アルバレス教授らは、全米経済研究所(NBER)より興味深いワーキングペーパー(Are Cryptocurrencies Currencies? Bitcoin as Legal Tender in El Salvador)を発表した。エルサルバドルが保有するビットコインに関する統計をほとんど公表していない中で、社会調査を重ねた労作である。

これによると、政府のビットコイン専用スマートフォンアプリ「チボ」の利用状況は芳しくないようだ。チボを普及させるに当たり、エルサルバドル政府は国民一人一口座当たり30米ドルのクレジットを用意したが、それを利用したあともチボを使ったエルサルバドルの国民は、有効回答数のわずか2割弱にとどまったようだ。

米ドル紙幣
写真=iStock.com/Denis Kalinichenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Denis Kalinichenko

■人々が「米ドル」を手放さないワケ

送金サービスに関しても、チボを使ってビットコインの送金を行った割合は有効回答数の3%にとどまり、米ドルさえ8%だった。残りの89%は、チボを使った送金そのものをしなかったようだ。政府の大々的なキャンペーンにもかかわらず、エルサルバドルの国民は、送金ツールとしてもビットコインを信用していないことがわかる。

長年にわたる経済社会不安などから、中南米では多くの人々が、安定した資産として米ドルを、それも現金で持つことを好んでいる。これは歴史的な経緯から人々に刻まれた行為(つまりドル化)であり、その解消は極めて困難だ。政府がビットコインを大々的に導入したところで、国民の多くがそれに付いていけないのは当然の帰結である。

中南米でも多くの人々がスマホを持ち、ネットに接続する生活が当たり前となっている。だからといって、人々のネットを使った金融リテラシーがすぐに向上するわけではない。結論を出すにはまだ早いかもしれないが、高らかに号令を鳴らして一年が経過した成果がこれでは、今後もビットコインの利用が金融包摂を促すとは考えにくい。

■ビットコインシティーの建設は進まず

ブケレ大統領はビットコインを法定通貨に定めた直後の2021年11月、ビットコインシティーと呼ばれる戦略都市を造り上げると高らかに宣言した。ビットコインの採掘業者と投資家に対して免税を行い、居住・商業空間を建設する。多量の電力を必要するビットコインの採掘には、東部のコンチャグア火山による地熱発電を利用するという一大構想だった。

ナジブ・ブケレ大統領のスピーチ
ナジブ・ブケレ大統領のスピーチ(写真=Nayib Bukele/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

とはいえ、この構想もまったく進展していないようだ。ビットコインの価格が下落し、投資家の熱も冷めている。当然、ビットコインシティーの建設に必要な資金など集まらない。ブケレ大統領らエルサルバドル政府は計画が長期的なものであることを強調するが、ビットコインシティーの現況は、まさに「捕らぬ狸の皮算用」を体現するものだ。

そもそも、通貨の安定は経済発展の必要条件である。通貨が安定しなければ金利も低下せず、投資が促されないため、経済は発展しない。通貨の安定は、エルサルバドルのような新興国が腰を据えて取り組むべき政策課題であるにもかかわらず、ブケレ大統領はそれを放棄し、投機性が極めて強い暗号資産に活路を見出そうとしたわけだ。

■ビットコイン化は大失敗、残ったのは含み損だけ…

当初から多くの識者がこの路線に対して警鐘を鳴らしていたが、案の定、ビットコイン化は失敗した。国民はブケレ大統領の失政で、不要な含み損を被ったわけだ。ブケレ大統領はその責任を取るどころか、憲法が禁じているにもかかわらず2024年の大統領選へ出馬を表明し、強権色を強めている。

そうしたブケレ大統領が推し進めてきた政策がビットコイン化だったことを我々は記憶にとどめておくべきだろう。

日本にも、ビットコインに代表される暗号資産を「高値掴み」で購入した投資家が少なくないはずだ。余裕資金を運用するならともかく、暗号資産が安定的な資産形成・資産運用の対象となるには、まだかなりの時間がかかることを肝に銘じるべきだろう。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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