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なぜ生きづらいのか、やっとわかった…自分も、夫も、2人の息子も「発達障害」と診断された45歳女性の告白

プレジデントオンライン / 2023年1月19日 11時15分

新しいタイプの学童クラブ「ドーユーラボ ひやごん」の室内の様子。 - 撮影=笹井恵里子

2022年12月、文部科学省は「通常学級に在籍する公立小中学生の8.8%に発達障害の可能性がある」という調査結果を発表した。2012年の前回調査から2.3ポイント増え、35人学級では3人ほどの割合になる。これまで筆者は発達障害について特段の興味はなく、“コミュニケーションがうまくとれない人”くらいの認識しかなかった。けれどもあるきっかけから、「発達障害の人が生きる世界」の取材を重ねるようになった。
彼らはなんて厳しく、奥深い世界を生きているんだろう。また社会との乖離にどれほど苦しんで生きてきたのだろう。知れば知るほどその苦悩を伝えたいと思った。そうした認識が広がるほど、才能あふれる発達障害の人たちはもっと生きやすくなる。気付かないだけで、案外すぐそばにいるかもしれない。発達障害の当事者が見る景色・住む世界を、3回にわたってリポートする――。(第1回/全3回)

■脳の中に「嫌な記憶の貯蔵庫がある」

林良子さん(45歳)は、幼い頃から「大きな音が怖かった」という。ガヤガヤしている音や、パンッという破裂音がするたびに両耳をふさいだ。

「うるさいというのではなくて、音が聞こえるとドキッとするんです。そしてドキドキドキドキ……が続きます。怖いです。たとえば運動会ではピストルの音が頻繁にするでしょう。子どもの頃は、そのような場でずっと耳に手をあてていて楽しんだ記憶がないんです。どうして他の子は大きな音が怖くないんだろうって思いました」

もう一つ、苦しんだのがフラッシュバックだった。脳の中に「嫌な記憶の貯蔵庫がある」と、良子さんは表現する。

「貯蔵庫には嫌だと感じた思い出が蓄積されていて、そこから頻繁に再現されるんです。映像も音も匂いもそのままに嫌なことが繰り返され、その時に感じた気持ちまでよみがえってくる。すごくしんどかった」

1977年生まれの良子さんの幼少期は、「発達障害」という概念が一般的ではなく、治療法は皆無だった。

■息子のあまりの泣きっぷりに、自宅に警察官が来た

音やフラッシュバックに悩み、人の輪に入れないなどの生きづらさを感じながらも、良子さんは高校卒業後、大阪で料理関係の仕事に就職。そこで出会った人と結婚した。そしておよそ10年前、二人は沖縄に移住したという。

なぜ沖縄に? と問うと、「とにかく寒いし、あったかいところ行こうみたいな感じで」と良子さん。縁もゆかりもない地だったんですけどね、と笑う。良子さんの夫は、沖縄の地で新しい就職先を見つけた。

ところが移住した途端、良子さんに妊娠が発覚する。

初めて沖縄で暮らし始めた2012年、しおん君を出産。ここから良子さんの苦悩がさらに深まっていく。

「主人は朝から夜中まで仕事のため、全て一人で育児を背負わなくてはなりませんでした。私は子どもの頃から人の輪に入るのが苦手だったので、新しい土地で友達もいません。さらにしおんは赤ちゃんの頃からすごく泣く子で、癇癪(かんしゃく)もひどくて。

当時、主人が朝6時に起きて出勤していたのですが、そのちょっとした物音で起きてしまう。そして激しく泣く。あまりの泣きっぷりに近所の人に通報されて、自宅に警察官が来たことも。警察の方は『お母さん一人で頑張っているのわかっているから、気にしないで』と優しく励ましてくれましたが、私自身とてもストレスを感じて。一般的な育児書を読んでも、しおんはその通りにいかないんです。“こうやったらこうなりますよ”というのが全然通用しないんです。育児書は全部捨てました」

■「私の自伝かと思うくらい重なることばかり」

思いあまって良子さんは心療内科を受診した。軽いうつ状態、ノイローゼ気味などと診断され、服薬もしたが、ちっとも良くならない。

しおん君もまたコミュニケーションが苦手だった。大人数の保育園にはなじめそうになく、少人数のフリースクールに入所したという。こだわりが強く、思い通りにいかないと癇癪を起こす。

「4歳差で下の子が生まれたのですが、しおんは癇癪、下の子は“多動”(落ち着きがなく動き回る)で脱走犯。施設から『来るのは週2回にしてください』と言われました」

しおん君が4歳になる頃、良子さんは書店でふと発達障害児を育てた母親が記した書籍を手に取ったという。すると「私の自伝かと思うくらい重なることばかり」だったそうだ。また同じ頃、しおん君が通っていたフリースクールから「発達障害ではないか」と指摘された。さらに良子さんの夫から、良子さん自身の発達障害の可能性も、言及された。

インタビューを受ける発達障害当事者の林良子さん。
撮影=笹井恵里子
インタビューを受ける発達障害当事者の林良子さん。 - 撮影=笹井恵里子

■初めて自分のことをわかってもらえたと感じた

「それで沖縄で発達障害を診てくれる先生を調べ、精神科医の後藤健治先生(沖縄リハビリテーションセンター病院)の診察を受けることになりました。知能検査をすると、普通の人ならなだらかなグラフになるところが、私の場合は発達障害にみられる典型的な凸凹。そこで初めて診断がつきました。後藤先生は診察で私の話をじっくり聞いてくれて、音が怖いことやコミュニケーションの問題をスラスラ理解してくれて。『よく今まで生きてこられたね』と声をかけられ、初めて自分のことをわかってもらえたと感じました。当時は、それくらい生きることがしんどかったんです」

良子さんは漢方薬を処方された。二つの漢方薬を組み合わせる「神田橋処方」という方法で、発達障害のフラッシュバックなどに効果があるとされている。良子さんの病状にもテキメンに効いた。

「服薬しだしてから気持ちが落ち着くようになりましたし、フラッシュバックがすごく減りました。5年経った今でもその漢方を飲んでいます。絶対に服薬しないとダメなわけではありませんが、飲まないと完璧主義なところが強くなったり、フラッシュバックで気持ちが落ち込んで不安定になったりすることがあるので……」

一方、良子さんの診断からしばらくして、しおん君や下の子も、後藤医師の診察を受け、知能検査などを経て発達障害の診断が下された。

■実は嫌だと感じているのに、その場では笑ってしまう

しおん君は小学校にあがってからも、まだ周囲になじめない状態が続いていた。

「パニックになりやすいんですね。大きい声を出す子がいると、耳をふさいだり。癇癪を起こすと気落ちを落ち着かせるのに時間がかかる。学校の先生からは『気持ちが落ち着くまでみんなから離れた廊下で座ってもらってもいいですか』など、いろいろ配慮してもらいました。『大変な子だから、あっちに行け』という感じではなくて、どうやったらしおんの気持ちが落ち着くのか、いつも考えてくれたのでありがたかったです」

小学3年生の時は、こんなこともあった。友達にからかわれ、トイレに閉じ込められたのだ。

発達障害の児童によくみられるのは「自分の気持ちに気付きにくい」ことだ。実は嫌だと感じているのに、自分でもそれがわからず、その場では笑ってしまう。だから周囲は本人が嫌がっていることに気付きにくい。この時も状況を聞いて「周囲は遊びの延長線上だったのではないか」と良子さんは考えた。

「本当は、いやだった!」と、家で感情を爆発させるしおん君に対し、良子さんは

「『やめて』って言いながら、しおんは笑っていなかった?」と問いかけた。

しおん君が描いている絵。「しおんがかいた」と書かれている。
撮影=笹井恵里子
しおん君が描いている絵。「しおんがかいた」と書かれている。 - 撮影=笹井恵里子

■本人が原因に気付けるように、と対応している

一方で友人に対しては、「冗談のつもりだったかもしれないけど、しおんはとても傷ついている」と、彼の気持ちを代弁していったという。今では周囲のほうがしおん君の特性を理解し、「近くで大きな声を出さない」「本人が何かに没頭して気付きにくい時は、こちらから『片付けの時間だよ』と声をかけてあげる」など、対応を熟知しているようだ。

だが友人とのトラブルはゼロにはならない。

「自分では気付いていないだけで、しおんが相手にひどいことや嫌なことを言っている時もあるのです。ですから、トラブルが起きるたびに状況を確認するようにして、本人が原因に気付けるように、と対応しています。今もパニックや癇癪はありますが、頻度はかなり減りました」

問題はそれだけではない。

一昨年、なんと良子さんの夫までも発達障害であることが判明したという。

■「発達障害の人とか、それっぽい人が好き」

「『しおんにはこういう言い方をしてね』と主人に話しても、すぽっと記憶が抜け落ちるんです。何回話しても、初めて聞いたみたいな顔をする。それでしおんに対して、同じような怒り方をしてしまう。後藤先生に相談すると、おそらく発達障害だと思うから薬を試してみよう、と。これは漢方ではなく、発達障害に対する西洋の治療薬です。主人に服薬させると、劇的に効きました。よく話を聞いてみると、これまでも仕事で物忘れが多くて困っていたようで……。それが服薬によって思い出せるようになって仕事がスムーズに進むようになったそうです」

発達障害の人同士、無意識に惹かれあう面があるのかもしれない。夫婦で発達障害、同じ職場に発達障害の人が複数いる、というのはほかの取材でも聞いた。

良子さんも「発達障害の人とか、それっぽい人が好き」と明言する。

「ずっと会話が続くんです。なんの違和感もなく、気を使うこともなく。こっちが言ったことも理解してくれるし、向こうが言ったことも理解できる。話していて楽しい」

しおん君が描いている絵。「さく、え、しおん」と書かれている。
撮影=笹井恵里子
しおん君が描いている絵。「さく、え、しおん」と書かれている。 - 撮影=笹井恵里子

■日本でも珍しい、新しいタイプの学童クラブ

さて私が良子さんと出会えたのは、「ドーユーラボ」という、沖縄県に設立された発達障害児が通う放課後等デイサービス(学童クラブ)を通してだった。ここは勉強だけでなく、児童の多彩な才能を開花させるため、ゲーム作りやプログラミングなどを指導するのが特徴だ。日本でも珍しい、そして新しいタイプの学童クラブといえる。

同施設は、沖縄県内に3カ所あり、最初に設立されたのは沖縄市比屋根(ひやごん)の「ドーユーラボ ひやごん」。2018年10月に開所した。ここに通っているのが、良子さんの息子であるしおん君だ。彼は見学で施設に入った瞬間、「ここがいい。またここに来たい」と口にしたという。学校を終えた後、ほぼ毎日のように通っているそうだ。良子さんへの取材も同施設で行い、しおん君が描いた作品も目にした。

そしてドーユーラボの創設者は、ゲームクリエイターとして著名な南雲玲生さんだ。南雲さんは2003年、株式会社ユードーを設立し、国内外でヒットアプリをリリースしてきた。音楽ゲーム「beatmania(ビートマニア)」や知らない人と会話できるアプリ「斉藤さん」など、国内外でヒット企画を連発してきた若者のカリスマだ。だが輝かしい経歴の裏で、彼もまた発達障害の当事者であり、その特性に長く苦しんでいた。次回は、その南雲さんの苦悩に迫る。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『実録・家で死ぬ 在宅医療の理想と現実』(中公新書ラクレ)がある。ニッポン放送「ドクターズボイス 根拠ある健康医療情報に迫る」でパーソナリティを務める。 過去放送分は、番組HPより聴取可能。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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