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求めているのは理解や共感じゃない…発達障害の中3女子が「精神科医になってみたい」と将来を夢みる理由

プレジデントオンライン / 2023年1月21日 11時15分

近藤晶さんの母親の近藤直子さん。 - 撮影=笹井恵里子

2022年12月、文部科学省は「通常学級に在籍する公立小中学生の8.8%に発達障害の可能性がある」という調査結果を発表した。2012年の前回調査から2.3ポイント増え、35人学級では3人ほどの割合になる。多くの当事者がいるはずなのに、その存在が知られているとはいえない。発達障害の当事者が見る景色・住む世界を、3回にわたってリポートする――。(第3回/全3回)

■少女は何も言わない。会釈もしない

発達障害の少女は、挑むような視線でこちらを見た。

初対面の私に対し、彼女の母親は「こんにちは」となごやかに頭を下げるが、少女は何も言わない。会釈もしない。

「大きくなったねぇ」

場を和ませるように、南雲玲生さんが彼女に声をかけた。

「小さくなったら困る」

少女は淡々とした口調でそう応えた。

「そうだね。小さくなったら困るよね」

南雲さんも、感情を込めずに相づちを打つ。

■小3から不登校になった理由が、わからなかった

ここは沖縄にある発達障害児が通う放課後等デイサービス(いわゆる学童)「ドーユーラボ」だ。創設者は前回の記事で紹介した、ゲームクリエイターの南雲玲生さん。ドーユーラボは沖縄県内に3施設あるが、そのうち沖縄県浦添市にある「てだこ」(2020年開所)にやってきた。

冒頭の少女の名は、近藤晶さん。現在中学3年生で、小学5年生から「ドーユーラボ ひやごん」(沖縄市)に、中学2年生から「てだこ」(浦添市)に通所している。

「ドーユーラボてだこ」の外観。
撮影=笹井恵里子
「ドーユーラボてだこ」の外観。 - 撮影=笹井恵里子

取材には、晶さんと、母親である直子さんの二人で応じてくれた。直子さんはシングルマザーとして、3人の子どもを育ててきた。一番上の長男が家を出て自活した8年ほど前から、直子さんと晶さん、次男の3人で暮らしているという。

直子さんに、大変だった時期を問うと「不登校の時期かな……」と、ポツリ。晶さんは小学3年生から4年間、学校に行けなかった。

「理解ができなかったんです」と、直子さんが続ける。

「私自身は学校が素晴らしいところとも思っていませんでしたが、かといって反発もせず、なんとも思っていなかったんです。自分はわりと優等生でした。晶も、1、2年生の頃は優等生だったんですよ。勉強もできるし、お友達ともハキハキと会話ができましたし……だから3年生から不登校になった理由が、わかりませんでした。本人に聞いても、なぜ行けないのかわからないんです」

改めて晶さんに尋ねると、「何となく」という言葉が返ってきた。「何となく不登校になって、そこからずるずる……うーん何がきっかけなんだろう」と、つぶやく。

■「サボっている」と見られたのではないか

晶さんは小学3年生の冬に、精神科を受診。ASD(自閉スペクトラム症)と診断される。自閉スペクトラム症は一般的には対人関係が苦手、強いこだわりといった特徴をもち、発達障害の一つとされる。

「発達障害の診断を受けると同時に、聴覚過敏だということもわかりました。本人は聴覚過敏のまま生まれてきているので、自分に負荷がかかっていることにも気づいていなかったみたいです」

と、直子さんが言う。第1回の林良子さんもそうだったが、聴覚過敏とは身の回りの音が大きく聞こえ、ストレスを感じる症状だ。

「後から考えれば、精神年齢が高いため、周囲とのズレもあったのだと思います。また発達障害の特性でもありますが、言っていることの理解は早いのに、行動が追いつかない。周りから見ればなんでわかっているのにやらないの、と追及したくなるでしょう。怠けている、サボっていると見られたのではないかと思います」

しかし診断を受けても、晶さんの不登校は変わらない。学校に行けないならと、自閉スペクトラム症の子どもが通う児童発達支援事業所への入所を考えていた時、その支援員が当時もうすぐオープンする予定だった「ドーユーラボ ひやごん」の見学を勧めてくれたのだという。ドーユーラボでは、精神科の後藤健治医師(沖縄リハビリテーションセンター病院)と連携し、子どもの個性や特性を前向きに育むことに取り組んでいる。

「ドーユーラボ ひやごん」の室内の様子。
撮影=笹井恵里子
「ドーユーラボ ひやごん」の室内の様子。 - 撮影=笹井恵里子

■「ADHDの大人ばっかりでびっくりしたもん」

直子さんは、ドーユーラボから「後藤先生の診察を受けませんか」と提案され、晶さんの担当医を変える決断をした。すると、晶さんはASDではなく「ADHD」(注意欠如・多動症)という診断であった。ADHDも発達障害の一つではあるものの、本人への環境調整や対処の仕方はまったく異なる。そして直子さん自身は「ASD」と診断され、それまで服薬していた抗うつ病薬の断薬を勧められた。

「後藤先生から、私の場合はうつ病が原因ではなく、発達障害があってそこから二次障害としてうつ病が起きているから、今飲んでいる薬をやめてみましょうと提案されました。断薬はきつかったのですが、しばらくすると雲が晴れたみたいにスッキリしたんです。『思考』だけでなく『視界』がスッキリしたほど。一時期、精神的にかなり追い込まれた時があり、その時の私にはうつ病の薬は必要だったと思っています。でもずっと飲み続けていたらと考えると怖いです」

晶さんの環境調整が必要なことも理解でき、対応を変えていったという。

直子さんは「居場所がなかった頃、行く場所ができて、後藤先生や仲間に出会えた。みんなの支援に救われた」と繰り返す。そして私ではなく晶さんに向かってこう話した。

「お母さんが一番助かったのは、あーちゃん(晶さん)の行動を理解している大人が(ドーユーラボに)いっぱいいたこと。ADHDの大人(職員)ばっかりでびっくりしたもん。私がおかしいんだって思うくらい」

■何度も「お母さんは先回りするな」と言われた

例えば晶さんは小学5年生の時点で、「進学希望の高校」を決めている。ドーユーラボで学校の見学に行った際に惹かれたそうだ。

「小学生の時に自分で志望校を決めたのに、中3の受験直前まで勉強しないんですよ」と、直子さんが笑う。

「これはゴールまでの距離感が私と娘では違うからなんです。後藤先生からは何度も『お母さんは先回りするな、お膳立てするな、何もするな』と言われました。『本人に任せなさい。自己決定をさせなさい。直前になったら動くから、失敗するにしても成功するにしてもそれを体験させなさい』と。そういった指導がなければ、私は待てませんでした。先生に言われたから我慢できたんです。私が黙っていると、本人は高校受験の3カ月前から塾通いを希望しました」

何かを強要されること、それに合わせることが発達障害の子どもは難しいのだと改めて感じる。取材の冒頭で「小・中学生時代に楽しかったことと嫌だったこと」を尋ねると、晶さんはこう答えた。

晶さんの母親の近藤直子さん。
撮影=笹井恵里子
晶さんの母親の近藤直子さん。 - 撮影=笹井恵里子

■「楽しい無駄は好き。でもめんどくさい無駄は嫌」

「体育の先生が死ぬほど嫌いです。人に対して思いやりを説くくせに、自分は思いやりが微塵もない。それでキレて、生徒会長と一緒に抗議にいこうとしました。でも別の先生が間に入ってくれて、一応解決しましたけど。あと、イベントが死ぬほどつまらない。やりたくもないことをやらされて……生徒会長のあいさつにまで感想を書けといわれる始末。なんなんだあれは」

怒った口調でぶつくさと言う。そして勉強も、個別指導がいい、と訴える。

「授業中にわからないことが出てきても、聞くことができない。授業はそのまま進めなきゃいけないんだから。だったら家で自分で調べたほうがわかる。わからないところをわからないまま進められても困るし、わかっていることを1時間長々と説明されても困るし。みんな塾がいいよ」

かといって効率性を求めているわけでもなく、

「楽しい無駄は好き。でもめんどくさい無駄は嫌」という。

「小学生の教頭先生が……めちゃくちゃいい人でした。私が『教室に行きたくない』って言っている時、『一緒にやろう』って米の皮むきを手伝わされたことがあって。それ、けっこう楽しかった」

端から聞くと、まるで楽しそうではないが、何が良かったのだろうか。「なんだろ。落ち着けたことかな」と、晶さん。

それではドーユーラボについての感想はどうだろう? と思い、尋ねてみると「いいと思います」と、一言。

■発達障害の人は「受け取る情報」が普通の人より多い

質問にはきちんと応えてくれるものの、私との会話はワンワードで終わってしまう。それが後藤医師との診察では数時間におよぶというから驚きだ。「どっちもひたすらマシンガントークになる」と、晶さんが説明する。

晶さんの作品の例。南雲玲生さんは「小学生時代に比べて、色の種類が増えている」という。(撮影=笹井恵里子)
晶さんの作品の例。南雲玲生さんは「小学生時代に比べて、色の種類が増えている」という。(撮影=笹井恵里子)

そんな晶さんは取材の終盤で、絵の話になると、饒舌に語ってくれた。昔から描くのが好き。手書きだと色の直しがきかないんだけど、うまくいったら自分は天才! と思う。濃くしすぎた、失敗したと思ったら、色に対してなんだテメェはってなる。そして「南雲さんに見せようと思って、昨日描いた絵を持ってきました」と言い、カバンから取り出す。

思わず歓声をあげてしまうほどの、きれいな絵だった。

南雲さんは「小学生時代と比べると、色の種類が増えている」と、分析する。

「絵を描く人の中でも、影の部分は、計算しないとうまく描けない人が少なくありません。そういう中で発達障害の子どもたちは直感で描けたりするんです。それはたくさんの“非言語のメッセージ”を日々受け取っているから」

発達障害の人は、普通の人より多くの情報を受け取っている。だから、それがうまく変換されると、絵や文学、プログラミングなどが生まれるということかもしれない。

「才能あふれるとがった児童に向けて‼」というドーユーラボの方針が輝いて見えた。

■「親の自分を一番理解しているのは、子どもだ」

晶さんに「将来の夢」を聞くと、「絵を描くか、後藤先生の後を継ぐか」との答え。

「趣味を仕事にというなら、ゲームのキャラクターデザイナーとかグラフィックデザイナーに。興味関心でいくんだったら精神科医。ついでに後藤先生の後を継ごうと思って」

“興味関心”とは、どういう意味だろうか。

「発達障害の思考が知りたい。大多数の人とどこがどう違うのか。誰かの助けになりたい、とかでは断じてない」

直子さんも、晶さんに限らず「相手のことを知れたらいい」という。

「突然走りだした人がいて『危ないな』ではなくて、なんで走ったのか。背景に思いをめぐらす、想像できるような関係を築きたいですね。子どもが相手だと難しいんですけど……。お互いに聞けたら、誤解が少なくなるし、生きやすくなると思うんですよね」

親子で病気は違うが、直子さんの“一番の理解者”は「晶さん」なのだという。「親の自分を一番理解しているのは、子どもだ」と言えるのは、すてきな親子関係と感じた。それだけ親は自分の本心を子どもに伝え、また子どものことを知ろうと関係を深めてきたのだろう。

発達障害の児童に私は初めて取材をした。取材を受けてくれたお礼を改めて伝えると、晶さんがぺこりとおじぎをしてくれた。顔をあげると、一ミリも揺らがない、まっすぐな強い眼差しを私に向ける。そしてこう言った。

「理解とか共感とかそういうことじゃなくて、発達障害……あぁ、そういうこともあるかもねというぐらいの感覚で、私みたいな人を受け入れてほしい」

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『実録・家で死ぬ 在宅医療の理想と現実』(中公新書ラクレ)がある。ニッポン放送「ドクターズボイス 根拠ある健康医療情報に迫る」でパーソナリティを務める。 過去放送分は、番組HPより聴取可能。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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