なぜ人民元は最弱なのに、中国経済は強いのか…日本の産業をスカスカに変えた「円高」という大問題
プレジデントオンライン / 2023年1月30日 9時15分
※本稿は、永濱利廣『給料が上がらないのは、円安のせいですか?』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■通貨の実力は「購買力」でわかる
【永濱利廣(以下、永濱)】通貨の実力をどう測るのか。それは各国の通貨の「購買力」をチェックするのが一番です。
購買力とは、その通貨を使ってどれぐらいのモノが買えるかということですね。何を見れば購買力の高さを測れるか、覚えていますか?
【やすお】えっ、何だっけ……。
【永濱】答えは「購買力平価」。改めて、購買力平価とは、ある国である値段で買える商品が他国ではいくらで買えるかを示す交換レートでしたね。
通貨の実力を測る場合、各国の通貨が購買力平価に対して何%割高か割安か、どのくらい乖離(かいり)しているかで、実力がわかります。
【やすお】購買力平価より割高だと、その通貨は「強い」ということですか。
【永濱】そういうことですね。それを算出したのが次のグラフです。IMFの予測データをもとにしました(図表1)。
【永濱】対象にした通貨は、円、米ドル、ユーロ、ポンド、人民元。米ドルは基軸通貨でこれが基準になります。
米ドルに対して上に乖離するほど割高というか、通貨の実力があります。
■中国人民元は最弱通貨
【やすお】これを見て、何がわかるんでしょう?
【永濱】まず、今、最も強いのは米ドルであることがわかります。
2016年以降、米ドル以外は0%から下に乖離していますから。
次に強いのがイギリスポンドで、ドルに対して10%割安。1番割安なのが中国、34%割安となります。
【やすお】米ドルの1強状態。自国通貨が弱いのは日本だけではないのか。
【永濱】日本はドル円ばかり見ているので、円安円安と言いますが、実は今は円安というよりもドル高なんです。
アメリカはコロナショックの後に経済対策をやり過ぎたことに加えて、ロシアのウクライナ侵攻もあって、ものすごく経済が過熱しています。猛烈な利上げを行っているのは、その過熱を抑え込むためです。
言い換えると、通貨に上昇圧力がかかりやすい力が働いています。つまり、足元で最強の通貨は米ドルなのは当然なのです。
【やすお】弱いなかでは、中国人民元が最弱……?
【永濱】これは意図的な側面もあるかもしれませんね。中国は変動相場制ではなくて管理フロート制を採用し、ある程度為替をコントロールしてきました。
アメリカからすると「不当に」と枕詞(まくらことば)がつくのかもしれませんが、人民元を割安にすることで「世界の工場」の地位を維持し、自国経済を支えてきたと言われています。
![習近平国家主席](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/0/1200wm/img_80aebd9988cdc7d31c68598da3a78b66409802.jpg)
■中国はまだまだ金融緩和する
【やすお】本当はもっと実力があるのに、不当にハンデをたくさん要求していた、という話がありましたね。あれか。
【永濱】その通り。ただし、今でも人民元が割安なのは変わりませんが、2000年代半ば以降はグラフを見ると徐々にドルとの乖離が縮まっていて、割安感が縮小してきています。
その理由の一つは、中国の経済が成長して国民の生活水準が上がり、物価も上がってきていることがあげられます。
また、米中貿易摩擦が起きて「為替操作国だ」とアメリカが圧力をかけてきたことも、大きく影響しているでしょう。
【やすお】ふぅん。まぁ、不当にハンデがあるのは不公平だし、人民元の価値が上がるのはいい気がするなあ。
【永濱】ただ、中国の経済が強まったといっても、アメリカと比べたらまだまだ。アメリカのインフレ率8%に対し、中国はまだインフレ率2%程度で落ち着いています。
2022年11月にも追加の金融緩和の報道が出ましたが、中国政府から見れば、通貨を実力よりも割安にして経済を引っ張り上げることが必要なのでしょう。
中国の理屈で言えば、金融緩和をしているのは理にかなっています。
【やすお】なるほど。では、ユーロはどうですか?
【永濱】2010年代前半の欧州債務危機によって通貨が安くなりました。米ドルよりも割安ですが、金融緩和が必要かというとそうではありません。
アメリカほど積極的ではないにしても、インフレによる金融引き締めを実施しています。そういった相対的な金融政策の違いが、乖離率からは見て取れます。
■円高で産業の空洞化を招いた日本
【やすお】改めて、日本円の実力はどうなんでしょうか?
【永濱】ユーロや人民元などと同様に弱いですね。とはいえ、プラザ合意が行われた80年代半ば以降、異常な円高で通貨が強すぎたのを、アベノミクスの大胆な金融緩和によって意図的に弱くした側面もあります。
【やすお】理屈ではわかりますが、弱いのはなんかイヤですね……。
【永濱】やすおさん。何度でも言いますが、通貨が強いからといって、その国の経済が強いとは限りませんからね。
【やすお】そうですよね……。
【永濱】その例が、過去の日本です。プラザ合意が行われた80年代半ばからアベノミクスが始まる2010年代前半まで、日本円は割高な状況が続いてきましたが、経済の実力があるから円高だったわけではありません。
【やすお】実力以上に、自国通貨が高かったわけですよね。
【永濱】そうです。そのせいで、本来海外に進出する必要がなかった生産拠点がどんどん外へ行ってしまいました。
その結果、地方を中心に産業の空洞化を招き、経済を衰退させてしまったことをお忘れなく。
![崩壊するレンガ造りのビル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/8/1200wm/img_f8c29f1b500364746cb32e7b18ffa3bc397128.jpg)
■それでも日本円は「安全通貨」
【やすお】「円」は安全な通貨だと聞いたことがあります。ただ、国力も衰退しているし、実際はどうなのでしょうか?
【永濱】相対的に安全な通貨と言っていいでしょうね。
為替市場をよく知っている人にとっては常識ですが、一般的に安全通貨と言えば、スイスフランや日本円です。国際金融市場で、金融危機のようなリスクを回避する必要のある事象が起きたときには、駆け込み寺のように、スイスフランや日本円が買われます。
戦争や政変などの有事が起こったときに円を買うことを、「有事の円買い」といいますが、まだ健在といって良いでしょう。
【やすお】そもそもの話ですが、みんな通貨は何をもって「安全」「危険」と判断しているんですか?
【永濱】安全な通貨は「価値が下がりにくいこと」です。逆に、危険な通貨は「何か事象が起きたときに価値が下がりやすい」傾向があります。
【やすお】通貨の価値が下がりやすいか下がりにくいかは、どこで見極められるのでしょうか。
【永濱】これはもう金融市場でお決まりのポイントが3つあります。
「インフレ率」「経常収支」「流動性の高さ」です。
■低インフレ率の通貨は価値が下がりにくい
【やすお】まずはインフレ率ですね。
【永濱】その国の物価が上昇すると通貨の価値が下がる、反対に物価が下がると通貨の価値が上がる、このことは、すでに何度か触れてきましたね。
ということは、相対的にインフレ率の低い国の通貨は価値が下がりにくく、安全性が高いといえます。
図表2のグラフは、過去10年間の主要国のインフレ率を比較したものです。とくに、FX取引で注目されるような国をピックアップしたのですが、何かわかりませんか?
![【図表2】主要国のインフレ率(2011~2021年平均)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1200wm/img_5c8da18491bbef71762cd32003fb584a216595.jpg)
【やすお】スイスと日本がダントツに低いですね!
【永濱】はい。安全通貨のツートップですね。低インフレの国なので、通貨の価値が下がりにくいのです。
■「経常黒字通貨」は価値が下がりにくい
【やすお】通貨の安全性を測れる2つ目の要素は「経常収支」ですね。
【永濱】経常収支は、端的に言うと海外との取引の収入と支出を差し引きしたものですね。
海外の支払いよりも海外からの受取りのほうが多いと経常黒字。海外からの受取りよりも海外への支払いが多いと経常赤字です。
【やすお】経常黒字の国と経常赤字の国だと、経常黒字の国の通貨が安全そうですね。
【永濱】その通り。経常黒字の国ほどその国の通貨価値が維持されやすく、価値が下がりにくいでしょう。
なぜなら、経常黒字だと海外に支払うお金よりも海外から受け取るお金のほうが多いからです。
日本で言えば、日本人が海外に支払うお金よりも、海外の人たちから受け取るお金のほうが多いということ。
言い換えれば、海外の人たちが自国通貨を日本円に替えて支払うほうが多くなります。
だから、経常黒字の国の通貨は需要が高まりやすいのです。逆もまた然りですね。
【やすお】そういうことか。
【永濱】主要国の経常収支をGDP比にしたデータを見てください(図表3)。直近の2021年の数字です。
![【図表3】主要国の経常収支/GDP(2021年)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/2/1200wm/img_626b783d63ea2dd74ce5fcdd5b69787b207230.jpg)
【やすお】これもまた、スイスがダントツで経常黒字ですね。
【永濱】スイスに続いて、ドイツ、ロシア、韓国、南アフリカ、オーストラリア、日本、イタリア、中国、スペインが、経常黒字です。
一方、イギリスやアメリカは経常赤字です。
これを見ると、スイスフランは完全なる安全通貨ということがわかると思います。
■「流動性の高い通貨」は安全
【やすお】安全通貨を見極める3つ目のポイントは「流動性の高さ」ですね。
【永濱】これは流動性の高さ、あるいは取引市場規模の大きさと言っても良いでしょう。
インフレ率と経常収支だけ見たらスイスフランが最強なのですが、スイスフランは基軸通貨のドルやユーロ、日本円に比べたら取引量が少ないのです。
取引量が少ない通貨は、値動きが大きくなり、暴落時に売りにくくなるリスクがあります。
【やすお】日本円はどうですか?
【永濱】日本円は、取引の市場規模が大きく流動性が高いので、経常収支はスイスほどではありませんが、安全通貨の部類に入ります。
■「ロシアルーブル」はなぜ暴落しないか
【やすお】なるほど、「インフレ率」「経常収支」「流動性の高さ」。この3つの視点で見るのですね。
【永濱】そういうことです。さらに、この3つをそれぞれ独立させて見るのではなく、総合的に見ることが大切です。
【やすお】トータルで見ると興味深いのが、ロシアルーブルですね。
【永濱】ロシアはインフレ率がとても高いので、それだけ見ると「価値が下がりやすく売られやすい通貨」となります。
![永濱利廣『給料が上がらないのは、円安のせいですか?』(PHP研究所)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/b/1200wm/img_7bfb314776105f98474946565e29baac262661.jpg)
しかし、エネルギーの輸出によって経常収支は大幅に黒字なんですよね。海外に輸出できる競争力のある材料をたくさん持っている国は強いですし、通貨の価値が下がりにくくなっています。
【やすお】一面だけ見ても本当の実力は測れない! あれだけ経済制裁を受けているのに、「なんで通貨が大暴落しないのか」不思議だったんですが、そういうことだったのか!
【永濱】その他、海外に輸出できる競争力を持っている国といえば、オーストラリアやカナダなどの資源国が強いですね。
オーストラリアは1人あたりGDPが5万2,825米ドル(2021年)。日本の4万704ドルを上回っています。
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第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
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(第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣)
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