卒業者数は毎年「慶應の2倍、東大の4倍」…早稲田の学閥組織"稲門会"の知られざる実力
プレジデントオンライン / 2023年1月21日 11時15分
※本稿は、小田嶋隆『小田嶋隆の学歴論』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■意外と知られていない早稲田大学の同窓会組織
稲門会は「とうもんかい」と読む。農業関係の団体ではない。早稲田大学出身者による同窓会組織である。
ちなみに「稲門会」というその名称は、稲穂をシンボライズした早稲田の校章に由来している。全国には公式、非公式を含めて無数の稲門会が存在している。が、一般の人々の間では、その存在は、意外なほど知られていない。というのも、稲門会は一種の秘密結社だからだ。
いや、アオるのはよそう。稲門会とて、別に後ろ暗い意図で組織された反社会的な団体というわけではない。関係者はきっと「われわれは開かれた組織だ」(そもそも早稲田大学出身者しか入会できないのに、「開かれた」もへったくれもないわけだけど)ぐらいに思っているのだろうし、あんまりはじめからフリーメーソン扱いにするのもおとなげない。
実際、稲門会の会合は、たいていの場合、早稲田大学に通った人々が、昔を懐かしんだり、近況を報告し合うだけのものだ。その意味では、オヤジの感傷以上のものではない。また、この種の同門による親睦組織は、なにも早稲田大学出身者だけが作っているわけのものでもない。
慶應大学には「三田会」があるし、そのほか、上智大学や立教大学にも似たような組織がある。要するに、学校があれば必ず同窓会組織があるということで、稲門会もまた、世間にあまたある親睦団体のひとつに過ぎないと言ってしまえば、そう言えないこともないのだ。とはいえ、「稲門会」は、外部の者にわかりにくい名称を冠していることでも想像される通り、なかなか油断のならない結社なのである。
■早稲田出身者だけが呑み屋に集められ…
私が新卒で入社した会社(仮にA社ということにしておきましょう)にも稲門会はあった。
しかも、ウチの稲門会は、非公式の組織だった。文字通り、会社には内緒で結成されている秘密結社だったのだ。笑っている人、これは本当の話です。早稲田の連中はこっそり集まって、あなたたちの知らないところで色々と相談しているのですよ。くれぐれも油断しないように。
A社稲門会の初会合は、入社前に開かれた入社試験を受けて内定通知をもらった30人の同期社員のうち、早稲田出身の4人だけが、1月のとある土曜日に、四谷の呑み屋に呼ばれたのである。
最初は、意味がわからなかった。受け取ったはがきの場所に行ってみると、人事部で採用担当をやっていた若手社員のナガオカがいる。
「どうして、オレたちだけ呼び出しを食うんだろう」
無邪気にも私はきょとんとして周りを見渡していた。が、しばらくするうちに、ようやく意味がわかった。これは、学閥結成運動だったのである。ナガオカは、
「今日集まったことは会社やほかの学校の連中には言わなくても良いぞ」
と言いつつ、公式の新入社員説明会や内定式では聞くことのできない実践的な知識(ウチの場合、営業部員の転勤はだいたい3年から5年に一度の割合で……とかいったような)を授けてくれたりした。飲み食いは全部彼のおごりだった。
■学閥は仲良しグループではなく圧力団体
で、その日集まった面々は
「これからも力を合わせて頑張っていこう」
「今後は各期や各営業部の早稲田出身者に連絡をとって、定期的に稲門会を開くから必ず参加するように」
といったことを確認して散開した。
![握手を交わす日本人男性ビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/5/1200wm/img_45f834496a4e0d3eb4261a428d6b0b19402416.jpg)
帰り際、コートを着ていなかった私は、特にナガオカに呼ばれて、住所を訊かれた。3日ほどすると、「太って着られなくなったから」ということでベージュのステンカラーのコートが送られてきた。なるほど。
遡って話をすると、そもそもA社の新入社員の中に地方の国公立大学出身者が多いのは、その昔、学閥の弊害が色々とあって、その反省から、会社側が、採用に当たって、なるべくひとつの学校に人材が集中しないように配慮していたからだった。ついでに言うなら、11月だかに入社内定者にその話をしていたのは、ほかならぬナガオカだった。
それなのに、そのナガオカが先陣を切って学閥作りにはげんでいるんだから世の中というのはわからない。あるいは、この期(ご)に及んでなお、
「そのナガオカという人は、単に後輩思いだったのではないか?」
などという寝とぼけたことを言う人もいるかもしれないので言っておく。学閥は、圧力団体であり数をたのんだ権力組織である。学校の先輩が後輩を可愛がるのは、単に可愛いからではない。それなりの利用価値があるからだ。
■学閥は会社組織における「出世のパスポート」
考えてもみてほしい。初対面の人間同士が、同じ学校に通ったということだけで、懐かしさを分かち合えるものだろうか? 仮に百歩譲って、ワセダの町並みやキャンパスの風景を思い出すことに多少の意味があるのだとしても、そんなことのために大の大人がわざわざ時間を割いて集まるものだろうか?
社員600人のA社は、全国に40以上の支店、営業部を展開しており、営業部の社員はその社員数に比べて数の多すぎる支店を、3年から5年に一度の頻度で渡り歩くことになっていた。と、社内の人間関係はどうしても希薄なものになる。3年に一度開かれる同期の研修を除けば、離れ離れの社員が一堂に集まる機会はないし、営業部内で形成された人脈も転勤を繰り返すうちにいつしかバラバラになってしまう。
こういう中でモノを言うのは、出身校を核とした絆である学閥だ。
そう、学閥は、入社年次や社内での転勤歴を超えて、時間的にも空間的にもグローバルな広がりを備えた理想的な情報網なのだ。
たとえば、本社の人事情報や各営業部内の噂話といった地方の一営業部にいたのでは手に入りにくい情報も、全国組織である稲門会なら簡単に集めることができる。出世のパスポートにもなる。なぜなら、学閥は利害が複雑にからむ会社員の人間関係に、最も単純な互恵的人脈を提供するからだ。
![ビジネスコンセプト](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/9/1200wm/img_e98793aa1b5ab6ed4630c8194a430cdf394689.jpg)
■社内的な人脈よりもシンプルで力を発揮しやすい
説明しよう。
サラリーマンの出世競争において、人脈が重要であることは言うまでもない。ところが、上司と部下の関係には確執や上下関係がつきものだし、同期の人脈には排他的な競争関係が介在している。であるから、同僚、同期、上司、部下といった純社内的な人間関係は、仲間のようでありながら敵でもあるわけで、なかなか一本化した同志的結合には結実しない。
ところが、学閥は、会社とは別の空間である「母校」を母体としているだけに、関係性がよりシンプルになる。また、「出身校が同じ」というだけの、比較的希薄な関係であるために、複雑な企業内の人間関係の中では、かえって力を発揮しやすいのである。
出世を考えた場合、たとえば部長クラスの管理職では、子飼いの部下の数が問題になる。平社員においては、どんな上司に可愛がられているかがポイントだ。ってことは、もし社内に多数派を占める学閥があるなら、その学閥に属している人間は、はじめから他の社員より有利な位置を占めていることになる。このあたりの構造は、自民党でモノを言っている派閥力学のありようとまったく同じだ。
結局、徒党を組んでコトを行う連中が組織内でデカい存在になっていくのである。早い話、同じ能力の社員が二人いて、どちらかが課長になるという場合、押し上げてくれる部下と引っ張り上げてくれる上司の数が多いワセダの人間は、はじめから有利なのだ。
おわかりいただけただろうか。
「おお、キミもワセダか」
という、一見無邪気な親近感の発露にしか見えない発言の裏には、生臭くも功利的な思惑がたっぷりとこめられているのだ。
■とにかく早稲田出身者は数が多い
こうしてみると、稲門会の人脈はその同人にとってなんとも実りある交際ではないか。「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」である。なぜ頭を垂れるのかって? もちろん他人の足元を見るために、である。
学閥は、なによりも自派の利益を第一に考える。そして、他の派閥の影響力を殺(そ)ぐことに血道をあげる。
競争関係と言えば聞こえは良いが、学閥間の競争は、限られたポストの奪い合いに終始するネガティブな性質を帯びるのが常で、会社全体にとっては、ほとんどまったくプラスにならない。内戦が国力を疲弊させ、役所の省益追求が国益を損なうのと同じで、学閥は多くの場合、企業の体力を消耗させる。
それでも、ワセダの人間にとっては、稲門会の利益が自分の利益だったりするのである。なぜなら、まず何よりも人数の多い学校である早稲田の出身者は、このテの抗争に強い人々であるからだ。A社でも、早稲田出身者は、各期、各支店にまんべんなく散らばっており、人数的には常に社内の最大派閥であった。
なにしろ卒業生の数から言って、毎年、慶應の倍、東大の4倍の人数を輩出しているわけだから、自然と勢力は増える。で、ワセダ閥は現実に存在していて、過去に社内的にも問題になっていたのに、それでも、懲りもせずに学閥作りは行われていたわけだ。
まったく。
■少数者の悲哀を語り合う「ほほえましい学閥」
同期の社員にY君という上智大学出身の男がいた。
ある日、私とY君が所属する大阪営業2課に、奈良支店の営業マンがやってきた。出張のついでに顔を出したというその40歳前後とおぼしきおじさんは、まっすぐにY君のところに来てこう言った。
「おお、キミがY君か」
きょとんとしているY君に向かって、そのおじさんは、にこにこしながらこう続けた。
「キミ、上智だろ? ボクもなんだ」
「いやあ、ウチに上智の社員が来るのは15年ぶりなんだ。つまり、ボク以来ってわけ。わかるか? 要するに、ウチの会社で上智出身者はボクとキミだけなんだよ」
というわけで、その夜、会社が引けた後、そのおじさんとY君は仲良く飲みに行った。彼らは、その夜、たぶん、少数者の悲哀について愚痴をこぼし合ったのではないかと思う。これを学閥と呼ぶのかどうかは、難しいところだ。なにしろ上智閥は小さいから。でも、愚痴をこぼす相手ぐらいにはなる。なかなかほほえましい学閥だと思う。
![小田嶋隆『小田嶋隆の学歴論』(イースト・プレス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/8/1200wm/img_f86e959df65826b7b4e91d6150fe210d124602.jpg)
もし、あのおじさんが部長か何かになっていたら、Y君も課長ぐらいにはなっているかもしれない。
ワセダの連中はどうしているだろう。相変わらず都の西北とかを放歌高吟(ほうかこうぎん)しているんだろうか。学校でもない場所で校歌を歌うっていうのは、人前で屁をするのと同じだと思うんだけどなあ。
「実るほど、校屁を垂れる 稲穂かな」か?
イヤな校風だよ、いずれにしても。ワセダ出身者は、不思議だ。一人一人を見ればそうイヤな人間ばかりというわけでもないのに、どういうわけなのか、ひとたび徒党を組むと、人数の二乗に比例して下品になる。まあ、どこの学校も同じなのかもしれませんが。
[初出:『人はなぜ学歴にこだわるのか。』(メディアワークス)]
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コラムニスト
1956年東京赤羽生まれ。早稲田大学卒業。一年足らずの食品メーカー営業マンを経て、テクニカルライターの草分けとなる。著書に『我が心はICにあらず』(BNN、光文社文庫)、『仏の顔もサンドバッグ』(宝島社)、『人はなぜ学歴にこだわるのか。』(メディアワークス、光文社文庫。解説・内田樹)、『地雷を踏む勇気』(技術評論社)、『小田嶋隆のコラム道』『上を向いてアルコール』『小田嶋隆のコラムの切り口』(以上、ミシマ社)、『ポエムに万歳!』(新潮社)、『友だちリクエストの返事が来ない午後』(太田出版)、『ア・ピース・オブ・警句』(日経BP)、『日本語を、取り戻す。』(亜紀書房)、10年分のTwitterを武田砂鉄が編纂、解説した『災間の唄』(サイゾー)、小説『東京四次元紀行』(イースト・プレス)など多数。2022年、65歳で逝去。
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(コラムニスト 小田嶋 隆)
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