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「薬学はOKだけど工学はダメ?」日本の女子高生が進学を諦める"親のバイアス"という深刻な問題

プレジデントオンライン / 2023年1月23日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

日本では大学進学で理系を選択する女性が少なく、理系の女性割合はOECD諸国で最低だ。なぜなのか。東京大学国際高等研究所の横山広美教授は「さまざまな要因があるが、そのひとつとして親のジェンダー意識が影響していると考えられる。ジェンダー平等度の低い親はそもそも進学自体に否定的であり、母親が「女子は数学が苦手」という間違ったステレオタイプを持っていると娘の理系進学が下がる」という――。

※本稿は、横山広美『なぜ理系に女性が少ないのか』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■理系の女性割合はOECDのなかで最低

日本は世界的に見て理系女性が少ない国で、女性の割合はOECD(経済協力開発機構)諸国で最低です。理系に女性が少ないことについては、皆さんも耳にされたことがあると思いますが、そもそも大学進学において、日本は男女格差の大きい国であることをご存じでしょうか。

大学進学において男性優位の国は、OECD諸国でもほとんどなく、アジアの中でも日本の状況は稀であるのが現状です。女子の大学進学率が男子よりも高いという、いわゆる「落ちこぼれ男子問題」をはじめ、各国でその理由は異なると思いますが、大学のキャンパスに男子のほうが多いのは、世界では珍しい状況なのです。

ではなぜ、大学進学率が男性より低いままなのでしょうか。また、女性学生の割合が極端に低い分野があるのはなぜなのでしょうか。なぜ、日本では女性の理系進学割合が低いのでしょうか。

■問題の背景にある「社会風土」

こうした問題の背景には、「優秀さは男性のものであり女性には不要である」という「社会風土」があると考えられます。

「社会風土」とは聞きなれない言葉かもしれませんが、「social climate」という言葉で、研究分野では広く使われています。これまで日本では、女子生徒の理系進学と社会における平等の関係についての研究はほとんどなかったと思います。しかし、単に個人の選択だと思われていた進学の問題は、実は親や学校の教員だけでなく、社会全体の風土が作る影響を、大なり小なり受けているのではないでしょうか。

■娘が大学で学ぶことに賛成する・しない分野は?

娘の大学進学に際して、親が賛成しやすい分野、反対しやすい分野はあるのでしょうか。(これまで紹介してきたように)向いていると思う分野、就職が良いと考えられる分野がある以上、賛成しやすい分野・反対しやすい分野があることは容易に想像できます。

子どもの進路選択に親が影響を与える可能性は、以前から指摘をされていました。子どもが娘の場合に、親が特に賛成・反対しやすい分野があるとすれば、それを理由と共に明らかにすることは、私たちの研究にとってもきわめて重要だと考えました。

数学・物理学を選択するにあたり男女差がある要因として、高校時の本人のジェンダーステレオタイプが与える影響が注目されています。本稿では、親のジェンダー意識や平等度、理系分野に対するイメージ分析を行った研究を紹介します。

大卒以上の娘がいる親1236名(男性618名、女性618名)を対象に、「一般的に考えて、女の子が次に挙げる専門分野への大学進学を希望したら、賛成しますか?」という質問をしました。回答は、「すごく賛成する」「どちらかといえば賛成する」「どちらともいえない」「どちらかといえば賛成しない」「まったく賛成しない」の5段階から選んでもらっています。母親と父親をペアで調査したのではなく、娘を持つ男性と女性のそれぞれに、別々に尋ねています。

この調査に回答している時点ですでに言えることは、大卒の娘を持つ、つまり娘を大学に通わせた経験のある親で、一定程度の経済力がある人たちだ、ということです。また、質問文にある「専門分野」は、表に示した16分野です。結果は次の通りでした。(図表1)

【図表1】女子の進路について親が賛成しやすい分野・反対しやすい分野
出所=『なぜ理系に女性が少ないのか』

■理系分野でも「女性向き」だと思われている薬学

「薬学」が1番にきた結果を見て、「やはりそうか」との思いを持ちます。ほかの調査では、学問分野や就職へのジェンダーイメージにおいても、女性で「薬学」は上位だったからです。(図表2)

【図表2】女性は看護学、男性は機械工学という思い込み
出所=『なぜ理系に女性が少ないのか』

大学の薬学部は4年制ではなく6年制で、長く勉強しなくてはいけません。資格志向の強さをあらためて感じます。現状では女性が企業で働き続けることは難しいという、親御さんという立場での懸念の表れでもあるでしょう。

薬学の基本は化学であり、論理的思考を重視する(物理学的・数学的な)勉強が必要とされます。日本ではこうした勉強は男性寄りというイメージが強いにもかかわらず、薬学には女性寄りのイメージが強く見られます。つまり学問のイメージは、学問そのものが持つ性質からではなく、社会的な環境に影響されて作られている可能性が示唆されます。

現に薬学を学ぶ女性は多いため、おそらく親御さんにとっては、すでにロールモデルがいるのだと予想されます。そのことにより、男性イメージが一層緩和されるというスパイラルになっているのかもしれません。薬学が、歴史的にも制度的にも女性にフィットし続けてきたというのは、日本に特徴的な興味深い状況です。

■人気分野になりつつある「情報科学」

一方で、薬学とは違う意味で私たちにとって非常にインパクトが大きかったのは、2番目に「情報科学」が来たことです。この結果にはとにかく驚き、今後の女性の理工系進学の大きな変化の兆しを感じました。

情報科学に携わる女性のイメージ
写真=iStock.com/Tippapatt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tippapatt

例えば東京大学では、情報理工学・情報科学は、数学・物理学とほぼ同程度で女性率の低い分野だからです。調査対象の親は、ビッグデータやAIの活用が社会において極めて重要な分野になってきており、この分野の需要が大きいことをよく分かって支持している、ということでしょう。情報科学は人材が不足しており、文系の大学を卒業した人を対象にしたリカレント教育や、大学によっては情報の講義の必修化など、大学側の努力も進んでいます。

小学校教育ではプログラミングが必修化し、2021年9月にはデジタル庁も発足しました。政府はAIや量子コンピューターと呼ばれる分野の人材育成に力を入れています。今後ますます、この分野には人材が必要であり、女子生徒の進学は心待ちにされているのです。

親の後押しを受けて、情報科学に女性が進学するようになると、数学・物理学分野や理工系の進学全体にも、大きな影響があるのではないかと期待しています。アメリカでも、情報科学の女性学生率は20%と苦戦していますが、大学と企業が力を合わせて女子生徒の勧誘や女性学生の啓発事業を行っています。また、情報科学は、薬学や物理学などと比べると広い分野を指す言葉であり、大学の学部によっては、デザインや人文社会科学の学問領域も入ってきます。

例えば、東大の私の研究室では、学際情報学府・文化人間情報学コースから学生を受け入れています。所属先の文言に情報が2つ入っていますが、これは人文社会科学における情報を指しています。

■女性が少ない分野でも「娘が希望すれば賛成する」

3番目以降は「医学」「生物学」「歯学」と続きます。この調査では、医学や歯学で具体的に学費がどの程度かかるかという話題までは、説明していません。他分野に比べて学費がかかる学部ですが、資格を得て長く働けることもあり、子どもが希望すれば応援したい、という親の気持ちが表れているようにも感じます。

「数学」「物理学」は真ん中あたりに位置し、その後「電気通信技術」「建築工学」「獣医学」と続きます。下位のほうにある「畜産学」や「土木工学」は、女性には向いていない・重労働で大変だというイメージがあるのではないかと、想像されます。

最下位には「原子力工学」が来ました。原子力については、人体への影響が心配という自由記述もありました。私は先述したように、素粒子実験のために加速器という装置を使った経験があり、そのために放射線取扱の講習を受けました。放射線は厳重に管理されており学生の健康に影響が出ることは想像しにくいですが、福島原発事故の記憶もあって、このようなネガティブなイメージが続いてきたと思われます。

そうした困難下にあるコミュニティに直結する分野に進学させるのは、親としては賛成できない、という書き込みもありました。ただすべての分野で、調査対象者全体の40%以上が、「一般的に考えて、女の子」が志望すれば「すごく賛成する」「どちらかといえば賛成する」と回答しています。つまり全般的には、娘本人が希望するのであれば、その選択に賛成する親が多いということが推測できたのは、大きな収穫でした。

■5分野の反対理由が「女性には向いていないから」

この調査では、「一般的に考えて、女の子」の進学先分野にどの程度賛成するかと同時に、賛成・反対の理由についても尋ねています。

先に述べた薬学、情報科学などの分野、それぞれの理由をプロットした表は、次の通りです(図表3)。

【図表3】女子の進学先分野について親が賛成・反対する理由
出所=『なぜ理系に女性が少ないのか』

賛成する理由で最も多いのは、どの分野でも「就職に困らないから」です。理系分野は全般的に、就職が良いという印象が持たれている様子が見えます。社会科学や人文学などの文系分野は、「文系分野全般」として括りましたが、それらに賛成する理由は「女性に向いているから」です。

反対理由はどうなっているでしょうか。「情報科学」「生物学」「物理学」「数学」に反対する理由は、「就職があるか分からないから」が最も多くなっています。面白いのは、賛成する理由で最も多いのも「就職に困らないから」ですから、どちらの理由も「就職」に関わり、かつ逆になっていることです。

ただ、反対のほうは26人中8人(情報科学)、43人中22人(生物学)など、数はそれほど多くありません。賛成する人たちの母数はもっと大きいので、たいていの人はこれらの分野に賛成しているわけですが、一部の人は「就職があるか分からないから」という理由で反対しています。「電気通信技術」「建築工学」「機械工学」「土木工学」「原子力工学」に反対する理由としては、一定数が「女性には向いていないから」と答えていて、課題を感じます。

■ジェンダー平等度が低いと大学進学すること自体に否定的

「獣医学」と「畜産学」の反対理由は「重労働だから」となっています。「STEM(科学・技術・工学・数学)以外の理系」では、看護学では74人中47人が「重労働だから」という理由で反対しています。「薬学」「歯学」「医学」は、数が大きいとは言えないものの、「学費が高いから」という理由で反対しています。

理系分野への進学に賛成する理由は「就職に困らないから」が圧倒的ですが、反対の理由はさまざまです。しかし主に工学系の分野に、「女性には向いていないから」という理由が出てきており、このイメージをどうやって転換していくかと考えさせられます。もし息子を持つ親に男性の進学について同じことを聞いたら、「男性には向いていないから」という理由で反対するゾーンはあまり存在しないのではないでしょうか。この研究を行った後でいろいろ気づいたのは、そのような点です。

この研究では、娘の大学進学に賛成・反対する際に、親自身が持つジェンダー平等度とジェンダーステレオタイプがどのように影響するかについても、〈セスラ―エス〉を用いて測定しました。日本は世界的に見てジェンダー平等度が低いとはいえ、この研究は娘を大学に進学させている人たちが対象です。そのためか、平等度は全般的に高い傾向がありました。

さらに分析の結果、〈セスラ―エス〉のスコアが高い――ジェンダー平等度が高く、ジェンダーステレオタイプが弱い――親ほど、理系・文系のどの分野でも女子生徒が大学に進学することに肯定的であることが分かりました。一方で、スコアの低い――ジェンダー平等度が低く、ジェンダーステレオタイプが強い――親ほど、どの分野でも女子生徒が大学に進学することに否定的でした。

娘さんは実際には大学を出ているわけですから、ここには考えと実態の間にねじれがあります。女性が学問をすること自体に否定的な人が一定数いる、ということだと思います。「親によって、そうした違いがある」ことも再確認しました。

■親が子供の進学先に与える影響に注目すべき

親たちにジェンダー平等的な考え方が浸透していくには、社会全体の平等度が上がっていくことが重要です。図表1が示すように、現在男性が多いと思われる「情報科学」を、娘の進学先として賛成する割合がきわめて高かったのは、親が社会の動きに敏感であることの現れでしょう。

横山広美『なぜ理系に女性が少ないのか』(幻冬舎新書)
横山広美『なぜ理系に女性が少ないのか』(幻冬舎新書)

一方で、一部の人は、現在、企業の人材ニーズが高く女性獲得にも熱心な工学全般で、「女性には向いていないから」という理由で反対していることも分かりました。このような結果からも、理系分野の企業側のイメージをアップデートしていくことが、女子の理系進学を促すことにつながると思われます。

もちろん、企業側の実態として、誰もが働きやすい環境が整えられていることが必須となります。私たちの研究プロジェクトの特徴は、このように多面的なアプローチでこれまで可視化されていなかったジェンダー平等度の影響を明らかにしたことです。

教育研究のSTEM分野では普通、ジェンダー規範や、性役割分担意識まではなかなか論じられません。親のジェンダー平等度・ジェンダーステレオタイプが娘の進路選択に及ぼす影響や、理系分野への進学に反対する理由の違いなども、関連分野であまり注目されてこなかった新しい視点です。「ダイバーシティ・インクルージョン」の時代には、単に男女の違いを調べるだけでなく、こうした視点や考え方を導入していくことが、ますます必要になると感じています。

本稿では主に以下の論文の研究成果を扱っています。
Ikkatai, Y.,Inoue, A., Kano, K., Minamizaki, A., McKay, E., and Yokoyama, H.M. (2019).‘ Parental egalitarian attitudes towards gender roles affect agreement on girls taking STEM fields at university in Japan’. International Journal of Science Education , 41(16), 2254-2270 井上敦 (2019)「親の数学のジェンダーステレオタイプと 娘の自然科学専攻」『日本科学教育学会年会論文集』 43 、9-12

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横山 広美(よこやま・ひろみ)
東京大学国際高等研究所 教授
1975年東京生まれ。東京理科大学理工学研究科物理学専攻 連携大学院高エネルギー加速器研究機構・博士(理学)。博士号取得後、専門を物理学から科学技術社会論に変更。現在は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構副機構長・教授。東京大学学際情報学府、文化・人間情報学コース大学院兼担。第5回東京理科大学物理学園賞(2022)、科学技術社会論学会柿内賢信研究奨励賞(2015)、科学技術ジャーナリスト賞(2007)を受賞。

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(東京大学国際高等研究所 教授 横山 広美)

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