街中のiPhoneが勝手に悪用されている…最終的に殺人事件にまで発展した「AirTagストーカー」の恐怖
プレジデントオンライン / 2023年1月22日 10時15分
■「AirTag(エアタグ)」の悪用が止まらない
アップルが忘れ物防止アイテムとして販売している「AirTag(エアタグ)」の悪用が相次いでいる。
本来AirTagは、鍵や財布、バッグなどに付けておき、不意の忘れ物に備える商品だ。500円玉ほどの大きさで、厚さは8㎜。AirTagの付いたアイテムを紛失してしまった場合、その位置をiPhoneやMacなどからほぼリアルタイムで確認し、現場まで取りに戻ることができる。
だが、小型かつ高精度であることを悪用し、
この過程で、
Appleとしても発売当初から対策を講じているが、
■浮気が発覚し、交際相手をひき殺す事件に
米ワシントン・ポスト紙は今年6月、中西部インディアナ州のパブで発生した事件を報じている。
記事によると、交際相手の男性の帰りが遅いことから浮気を疑った26歳女性が、男性の車の後部座席にAirTagを仕掛けたという。男性がパブへ立ち寄ったところ、後を追う形で女性が店に乗り込んだ。そして女性は、男性が別の女性と一緒にいるのを発見する。
目撃者の証言によると、女性は交際相手に同伴していた女性を指差し、「あの女を殴る」と宣言したという。空のビール瓶をつかんで同伴女性に殴りかかったが、男性がこれを阻止。そこから口論に発展した。
3人はバーから追い出され、女性が自身の車に戻ったことで事態は収拾したかに思われた。だが、目撃者が裁判で証言したところによると、女性は車を後ろ向きに急発進させ、男性と同伴女性に突っ込んだという。アメリカでは前進駐車が主流であり、駐車状態からバックで急発進したとみられる。
倒れ込んだ男性をそのままバックで乗り越え、前後に行き来しながら計3回ひいた模様だ。看護師が駆けつけたが、呼吸はすでに浅く断続的だった。男性はまもなく死亡した。女性は殺人罪で起訴されている。
AirTag自体が殺人に使われていたわけではないものの、交際相手のストーキングに利用され、3回ひき死亡させるという凄惨(せいさん)な事件の遠因となってしまった。
■米メディア「犯罪者の道具になっている」
位置の追跡から殺人に発展した例は、これだけではない。隣接するオハイオ州でも今年5月、AirTagで追跡され殺害された事件が発生している。
米ABC系列の在オハイオ局「ニュース5」は、同州に住む女性が殺害された事例を報じている。元交際相手の男性からAirTagで追跡され、位置を特定された自宅で射殺された。
米FOXニュースによると、被害女性の車のシートクッションのなかにAirTagが仕込まれ
FOXニュースはこうした悪用事例が相次いでいると指摘し、「AppleのAirTagは所有物追跡に役立つはずだったが、ストーカーと犯罪者の道具となった」と述べている。
![警戒感を抱きながら夜道を歩く女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/d/1200wm/img_dde64bde1cbe233357a7cc993b0d561e425633.jpg)
■集団訴訟に発展、ストーカーの悪用事例は150件超
ほか、殺人事件には至らずとも、ストーキング行為への悪用は複数発生している。米CNNは、ニューヨーク州およびテキサス州の被害女性に代わり、Appleを相手取った集団訴訟が提訴されたと報じている。
1人は元交際相手の男性から、車のホイールウェル(タイヤ周囲のスペース)に仕掛けられたと訴えている。ビニール袋に入れられ、目立たぬように着色されていた模様だ。もう1人は元夫から、子供のバックパックにAirTagを仕込まれたと主張している。
FOXニュースによると、アメリカでは現在50州のすべてで、AirTagなどによるストーキング行為が違法行為に該当しない。仕掛けられ位置情報を常時把握されても、それだけでは警察が動けない状態だ。この点で、GPS機器等を使い相手の位置情報を無断で取得することを規制する日本のストーカ規正法とは異なる。
米メディアのヴァイスはAirTagによるストーキング事件が、正式に報告されているものだけで150件発生していると報じている。
■忘れ物や紛失を防ぐ便利アイテムだったのに…
AirTagはアメリカで29ドル(日本では税込4780円)と、比較的安価に販売されている。小型で高精度、かつ安価な機器とあって、忘れ物防止の保険の意味で人気だ。しかし同時に、まったく同じ理由で、悪用を企てる無法者たちの興味を引いてしまっている。
なお、AirTagはまったく新しい商品というわけではない。同製品の発売前からすでに、Tileと呼ばれる同じコンセプトの商品が存在した。米Tile社が開発し、米Life360が昨年11月から買収に乗り出している。
Tileを含め、忘れ物防止タグとプライバシーの懸念は切っても切れない関係にある。米テックメディアのヴァージは翌12月、Life360社がユーザーの位置情報を販売して巨額の収益を得ていると報じ、Tile事業の買収に懸念を示していた。同社はTileの位置情報は販売しない方針だと説明している。
Appleの場合はプライバシー保護を優先しており、AirTagの位置データを販売することは到底考えられそうにない。それでもセキュリティー情報を報じる米セキュリティー・ブルバードは、捜査当局などの要請により、ユーザーの位置情報の履歴が開示されるおそれも皆無ではないと問題提起している。
Appleとしても不正防止対策を繰り返し打ち出しているが、製品の特性上、根本的な解決には至っていないのが現状だ。
![画像=Apple(日本)「AirTagを購入」ページより](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/4/1200wm/img_946f080ed422ccf8bde9d675b6f30a48107836.jpg)
■安価で小型、高精度が裏目に出る
2021年の発売当初からAirTagは、2つの悪用防止機構を備えている。所有者本人の元を長時間離れた場合にAirTag本体から警告音を鳴らし、周囲の人物にAirTagの存在を知らせる。
また、iPhoneユーザーであれば、自分が所有していないAirTagが自分と一緒に一定時間移動している場合、不審なデバイスに追跡されていることをiPhoneが警告してくれる。
製品の悪用が報じられるようになると、Appleはさらに対策を強化した。ファームウェア・アップデートを配布し警告音をより聞き取りやすく改善したほか、所有者の元を離れた際の鳴動のタイミングも、3日間から8~24時間のランダムな間隔に改めた。
これらのアップデートは、AirTagが所有者のiPhoneの通信圏内にある際に自動で適用され、原則として回避することはできない。
Androidユーザー向けには「トラッカー検出」アプリを配布し、不審なAirTagの警告を受け取ることができるようにしている。
だが、高精度の位置情報を小型かつ安価なデバイスで把握できるとあって、悪用をもくろむやからは後を絶たない。
■自分のiPhoneがストーカーに悪用される恐れも
小型のAirTag自体は、インターネットへの接続機能を持たない。にもかかわらず常時位置を把握できるのは、iPhoneを販売するAppleならではの強みがあるからだ。
世界にある数億台のiPhoneやiPad、そしてMacは、「探す」ネットワーク(Find Myネットワーク)という巨大な通信網を形成している。落としたAirTagのそばを誰かのiPhoneが通りかかるたび、近距離通信のBluetoothを通じ、他人のiPhone経由で位置情報をアップロードする。
Appleは、「何億人ものAppleユーザーが、一緒に探してくれます」と利点を強調している。自分の手持ちのiPhoneが、知らないうちに他人の探し物に協力している心温まるしくみだ。
しかし、AirTagによるストーキングが相次いでいる現状、このしくみは必ずしも美談と言い切れなくなってきた。理論的には手持ちのiPhoneが、知らぬ間にストーキング行為に協力してしまっているおそれもあり得るという、なんとも居心地の悪い状況だ。
■街中のみんなで「探す」ことへの恐怖
英の著名YouTuberトム・スコット氏は今年公開の動画のなかで、ある実験を行っている。人混みのロンドン市街において、友人のポケットに本人の了承を得たうえでAirTagを仕込み、友人に1時間逃げてもらい、捕まえられるかどうかを試した。
友人は携帯の通信機能をオフにしていたが、それでも街ゆく人々のiPhoneが彼のAirTagの信号を中継し、スコット氏のiPhoneに最新の位置を送り続けた。
中継のタイムラグに悩まされたスコット氏は、動画内で友人に追いつくことこそできなかった。だが、位置の精度に関してはかなり正確に取得可能だということが判明したようだ。
この動画は人々の関心を集め、現在までに320万回以上再生されている。「探す」ネットワークの頼もしさと同時に、悪用の怖さを浮き彫りにする結果となった。
これまでAppleは、米テック大手のGAFA4社のなかでもとりわけ、ユーザーのプライバシーを尊重する姿勢を打ち出し信頼を勝ち取ってきた。だが、位置情報を売りにしたAirTagではその製品の特性上、プライバシーの懸念が目立つ。
度重なるアップデートで対応は施しているものの、ユーザーとしては現状、警告音に耳を澄ますなどして自衛するほかない。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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