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爆竹片手に命懸けの砂金掘り師に…70歳元富士フイルム社員の定年後10年"まさかの収支報告"を大公開

プレジデントオンライン / 2023年1月20日 11時15分

河浚泰知さん(写真提供=本人)

神奈川県在住の元エンジニア・河浚(かわざらえ)泰知さんは10年前、富士フイルムを定年退職後、ずっと砂金掘りに没頭している。砂と岩に混じった小さくキラリと光るものを追い求めて、時には北海道やオーストラリアへ長期遠征。なぜ、そこまでハマったのだろうか――。(聞き手・構成=山本貴代)

■真面目な元富士フイルム社員が定年後、砂金掘り師に

「一見控えめでシャイな性格。出世よりも家族優先。グイグイいくタイプではないけれど、好きなことには夢中になると、話が止まらない」

妻は私のことをこう評する。まあ、そうかなと自分でも思う。確かに好きなことには没頭するタイプだ。

55歳の時、勤務先(富士フイルム)では早期退職の募集が相次いでいた。私はこの会社が大好きでエンジニアとして長年勤めていたが、この頃、ある気持ちがふつふつと湧きあがっていた。

「漁師になりたい」

妻に胸の内を打ち明けたら、やれやれという感じで言われた。

「そうなると引っ越さなければならないから、定年までは働いてほしい。60歳になったら、漁師になろうが何になろうが好きにすればいいわ」

子供2人はすでに社会人になり、独立している。貯金は微々たるものだが(どちらか一人分の老人ホーム入居資金程度)、幸い家のローン残債はなく、夫婦2人の老後の生活も退職金と年金でなんとかできるメドのようなものはある。正直に言えば、若い頃のようにがむしゃらに働く情熱は失われていた。けれど、引っ越すとなると大ごとだ。妻の言う通り定年(60歳)まで働くことにした。

河浚さん夫妻
河浚さん夫妻(写真提供=河浚泰知)

なぜ、漁師だったのか。

彼らは、誰に媚を売ることもない。言動は少し荒っぽくても、いつも素を貫いている姿に憧れたのかもしれない。会社員は経済的には安定しているが、窮屈な面も多い。

知人が伊豆富戸港で漁師をしていた関係で、休日には自宅のある小田原からよく釣りに出かけた。2kgサイズの赤ムツや4kg超えのアラ、アコウダイの提灯行列など、200~500mの深場釣りに魅了された。魚のおろし方や料理を教えてもらえるのも魅力的だった。

除草剤を撒いたゴルフ場で偉ぶった人たちといると、ストレスの澱がたまるが、海釣りならそんなダメージとは無縁だった。いつも釣りの時に借りていた人から、船を安く譲ってもらえそうだったし、漁港権利も得ることができそうだった。だから、漁師になりたかったけれど、簡単には引っ越せないことに気づき、釣りは趣味に留めた。

そんな自分が砂金と出会ったのは、約10年前のこと。退職直前に、当時、旅行の添乗員をしていた妻と“2人で行ってみたいリスト”に入れていた新潟の佐渡へ。金山の砂金場の体験が組み込まれていたツアーで、砂金掘りの虜になってしまったのだ。45分しかいられないのに、自分ひとり、子供のように、ずっとそこにいた。パンニング(※)によって砂礫と砂鉄と砂金が分別できることを実体験して、当然のことながら、まともな金は採れなかったのに何か新しい景色が瞬間的に開けたような気がした。

※砂金採取のための皿。階段状の段差があり、皿底に沈殿物を引っ掛ける。

■「勝手にどうぞ」妻は、もう止めはしなかった

帰ってからも、熱は全然冷めなかった。どこで金が採れるのか、調べた。

金は常に流れている。金は重いので砂の下に埋まって溜まっていることが多い。バスケットボール二つくらいの大きな石のところに溜まる……砂金掘りについて古文書を広げながらいろいろ調べていくと、かつてゴールドラッシュがあった北海道の町に行きついた。

川で砂金を探す河浚さん
川で砂金を探す河浚さん(写真提供=河浚泰知)

行ってみたい。まずはそこへ行ってみよう。その熱い衝動は今も鮮明に覚えている。「勝手にどうぞ」。妻は、もう止めはしなかった。

宗谷地方南部に位置する町、中頓別町(なかとんべつちょう)から30kmの距離にあるウソタン。人口が1000人にも満たない町、ここにゴールドラッシュに沸いた時期があったそうだ。

トランク一つで羽田から旭川へ、1週間レンタカーを借りて、クッチャロ湖の湖畔にあるトシカの宿へ直行した。そこから始まった砂金掘り。ネットで調べると、ウソタンナイ砂金採掘公園には、川床を浚って土砂を掘りパンニングを教示するインストラクターがいるという。早速出向き、指導を受けた。以降、北海道へはコロナ禍を除いて通い続けている。北海道の果てまで来る人の多くは地元民か東北の人で、神奈川から来ていたのは自分くらいだ。

通常、砂金掘りの時期は6~9月いっぱいまで。当初は1カ月ほどの滞在だったが、どんどん長くなり、最長2カ月いたこともある。最初はキャンプ場でテントを張ることもあったが、しまいには市営アパートを借りて自炊した。

北海道の複数の川で数日間かけて採った金、計5.98g。
北海道の複数の川で数日間かけて採った金、計5.98g。「川の名前は内緒です」(写真提供=河浚泰知)

雨が降ると川が濁り何もできない。部屋にはペチカがあって、6月で薪を焚く。辺りには、セイコーマートという地元のコンビニチェーンがあり、朝早くから開いていた。そこでは出来たてのお弁当も買えるし、ゴミも捨てられる。

砂金掘りは孤独な作業だ。川に出られるのは朝7時から15時まで。前の晩は、8時には寝てしまう。北の大地は、朝の3時から明るくなるので、5時過ぎごろから“仕事”へ出かける。GPSで居場所がわかるようにして川に入る。三角形の傘帽を被り、胸の辺りまである釣り人が着るような耐水のウェザーを身に着けて川に入る。

長く川に入っていると水流や水温に体力を奪われ、しんどくなる。それでも、ホカロンを貼り付けているし、冬ではないので体が冷えきることはない。あっという間に、時間が経ってしまう。疲れたら、足腰を伸ばしに少し休憩し、また川へ戻る。台風が来ると川の流れが変わる。雨がひどいと、ただいるだけになる。一度、部屋に帰ってまた行くこともあった。

■妻に言った。「ゴールドのピアスを作ってあげる」

川に入り夢中で土砂を掘っていると熊に気づかないので、とても危険だ。爆竹を持っていき、川に入る前に、時間差で爆竹を鳴らして熊に知らせる。熊の新しい糞があるところには絶対行かない。熊対策用スプレーも背負っていく。もちろんジャックナイフも持つ。命懸けだ。

砂金掘りは、スコップで掘って篩(ふるい)にかける、その繰り返しの作業だ。繰り返す間に、キラッと光るものを探す。何度掘ってもほとんどは石と砂だけだ。丁寧に篩にかけて、目を凝らす。キラッと光ったものを見つけた時は、言葉にできない喜びがある。自分が推定した場所を探し、金粒を見つけた時、「お前はこんなところに溜まっていたのか」と愛おしくなる。この心の震えは、きっとやった人にしかわからない。

2022年は、1日で3gの金が採れた日もあって、有頂天になった。それで妻に「いつかゴールドのピアスを作ってあげたい」と言ったら、妻は内心「自分で買った方が早い」と思ったようだが、「そんなことを言われたら、嬉しくて、頑張ってと応援するしかないでしょ」と言っていた。

妻はたまに北海道での砂金掘りの現場まで付いてきてくれることがあるけれど、いつしか「あなたは夢中で掘っていると、私のことは忘れて採れる方にどんどん歩いて行ってしまう。子供みたい」と匙を投げられた。

現在、砂金を掘っていない時期は、小田原の自宅で炊事もするし、知人に畑を借りて野菜も作る。所有する梅林の手入れもぬかりない。今は料理研究家でジビエの仕事もしている妻が仕事から帰ってくると「お風呂にしますか、ご飯にしますか」と我ながら、甲斐甲斐しい。

ゴールドラッシュといえば、海外だろう。自分もそう思って、定年後にオーストラリアへ妻を連れて2回行った。本当はカリフォルニアに行きたかったけれど、治安がいい方を選択した。

メルボルンとバララット、滞在期間は最長で1カ月半。バンガローやモーテルに2週間滞在しては移動していく。オーストラリアのビクトリア州で10年間掘ってもいいという採金権利書を約24豪ドルで購入し、3カ所を訪れた。

オーストラリアでの採金は、川ではない。ひび割れた大地だ。全て原生林で、樹海みたいなところへ入っていく。沼地にはカンガルーがたくさんいた。周りを見渡しても誰もいない。怪しい人がどこからかやってきて殺されるかもしれない。トランシーバーを首からかけて妻と定期的にやりとりをした。お金を所持してないように見せるため、ヒートテックにジーパンという格好。子供たちには、それぞれ遺書を書いておいてきた。

オーストラリアでの採金
写真提供=河浚泰知
オーストラリアでの採金 - 写真提供=河浚泰知

アマゾンで3万8000円した砂金探機を日本から持って行ったけれど、海外はスケールが違う。現地の仲間には「トイ」と鼻で笑われた。オーストラリアでは、40万~100万円する金属探知機(MINELAB SDC2300)を10日間借りた。2日で6000円。買って帰ろうとしたけれど、税関で引っかかるとややこしい。帰国後、日本で販売しているというアメリカ人を紹介してもらい、小樽まで買いに行った。48万円した。

■集めた金は計48g…ざっと30万円近くの価値だ

オーストラリアでは、500円玉大の金がゴロゴロ出るらしい。だから採掘場で同士と知り合って日本から来たと話すと、向こうは延々と自慢話を繰り広げる。こちらの武器は金属探知機と5600円で買った鍬(くわ)だ。ショベルカーを豪快に操る彼らとは勝負にならない。

現地で出会った仲間が採った巨大な金のレプリカ
写真提供=河浚泰知
現地で出会った仲間が採った巨大な金のレプリカ。本物には触らせてくれなかった - 写真提供=河浚泰知

それでも、必死に巨大ゴールドを夢見て、土と向き合う。薬莢や鉛玉や金属くずが見つかるだけだが、懲りずに何度も何度も。仕方なく、パンニング皿と簡易ツルハシと水用ポリタンクを購入し、乾燥荒野の乾燥川跡を掘り、かろうじて砂金粒を数粒ゲットできた。

大地には、あちこちに掘った跡がいっぱいあり、穴ぼこだらけだった。これは、欲望の穴だ。隣には山のようにいくつもの土が盛られていた。ツルハシはものすごく重たくて、記念に日本に持ち帰ったが重量オーバーで2万円払った。

妻は遠征時にこんなことを言った。

「砂金掘りは生活のプラスになるわけではないよね。あなたが楽しそうに話して、やっているのを見ているのが幸せなのよ」

仲間が採ったゴールドの計量
仲間が採ったゴールドの計量(写真提供=河浚泰知)

これまで、砂金掘りの道具購入や移動費、滞在費などにかけた金額は、数百万円は下らない。一方、7年間で集めた金は計48gだ。でも精製するのには費用がかかる。先日、2人で御徒町まで行き、精製したら43.7gに減ってしまった。ざっと30万円近くの価値だが、収支にしたら完全な赤字だ。仲間たちは、妻にゴールドの指輪を作って贈っていた。自分もピアスを作る約束をしていたが、妻はちょうど歯の治療をしており、その30万円は被せ物のセラミック代に変貌した。

実は、どこの川にも砂金はある。あるけれど、広大な面積に分散されていて捕獲は難しい。一定程度砂金が集まっていないと採金は難しい。

10年前は文字通り手探りで、あの川この川を探査したが、最近やっと砂金の寄せ場(※)が見えてきたところだ。

※金を含む岩石などが侵食を受けて川に流され、粒子同士が結合しながら金に結晶し集まる岩の下や割れ目のこと。

砂金掘りは、男のロマンだ。1日1gではしょうがない。2023年は大きいサイズ、1日5g以上を採れる能力、そして幸運が欲しい。

70代オーバーとなる今後は、遠征がしんどくなければ、この先も北海道へ。しんどくなったら近場の丹沢あたりか足を延ばして山梨県富士川水系へ。まだアメリカ行きも諦めてはいない。一丁前の収穫を得て、いつの日か妻に「やったぞ」と胸を張りたい。

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山本 貴代(やまもと・たかよ)
女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト
静岡県出身。聖心女子大学卒業後、1988年博報堂入社。コピーライターを経て、1994年~2009年まで博報堂生活総合研究所上席研究員。その後、博報堂研究開発局上席研究員。2009年より「女の欲望ラボ」代表(https://www.onnanoyokuboulab.com/)。専門は、女性の意識行動研究。著書に『女子と出産』(日本経済新聞出版社)、『晩嬢という生き方』(プレジデント社)、『ノンパラ』(マガジンハウス)、『探犬しわパグ』(NHK出版)。共著に『黒リッチってなんですか?』(集英社)『団塊サードウェーブ』(弘文堂)など多数。

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(女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト 山本 貴代)

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