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すべての国民に認められた権利なのに…困窮者を窓口で追い返す「生活保護申請の水際対策」の許せない手口

プレジデントオンライン / 2023年1月22日 10時15分

画像=『厚生労働省』HPより

生活に困窮した場合、すべての国民には「生活保護」を受ける権利がある。ジャーナリストの樋田敦子さんは「ところが実際には、生活保護を申請したくても、窓口で追い返されるケースが後を絶たない。背景には福祉事務所職員の不勉強の問題もある」という――。

※本稿は、樋田敦子『コロナと女性の貧困2020-2022 サバイブする彼女たちの声を聞いた』(大和書房)の一部を再編集したものです。

■「生活保護」への根強い差別と忌避感

2021年8月、作家やユーチューバーとして活動する“メンタリスト”のDaiGo(ダイゴ)が「ホームレスの命はどうでもいい」「正直邪魔だし、プラスにならない」などと発言する動画をインターネットで配信し、生活困窮者の支援団体の関係者などから、批判の声が相次いだ。問題の動画は削除され、DaiGoはネットの配信で「無知が招いた失態だった」と謝罪した。

支援団体は「発言の根底にあるのは差別や偏見。当事者を見下すことで、差別や偏見を広げることにつながっている」と批判した。

困窮者支援を続ける知人は、連日多忙を極めていた。所持金がわずかで、宿泊する場所のない人たちが路上に押し出されていて、その救助に向かう人。生活保護の申請に同行する人。申請同行で自治体の担当者のあまりの横暴さに怒りを感じる人。

生活保護問題対策全国会議事務局次長の田川英信(たがわひでのぶ)も、その1人である。田川は、生活保護行政に15年以上携わってきた「生活保護のプロ中のプロ」である。

田川の1日は、メールを読むことから始まる。新型コロナウイルスの感染拡大直前に結成された「新型コロナ災害緊急アクション」の相談フォームに寄せられたメールに目を通し、詳細を聞き取り、連携する支援団体につなげていくのが日課である。(当時)

寄せられている相談は「メール相談ということもあり、20~30代半ばの方からの相談が多いです。女性も2割ほどいます。そしてSOSを出される方の所持金は、ほとんどが1000円未満です。昨日夜7時にSOSしてきた男性は、『今晩泊まるところがない』と言います。事務局の瀬戸大作さんが即座に動いてくれて、新宿で9時に待ち合わせて、ホテル代と当面の生活支援金を渡しました。そうでなければ彼は、路上で一夜を過ごすことになったと思います。後日、生活保護申請につなげる予定でいます」

また、早朝4時にメールがきて、7時に返信したが、その後全然応答がなかったことがあった。携帯は止められていて連絡がつかなかった。そのため、Wi‐Fi環境があるところでしかメールが送受信できなかったらしい。「Wi‐Fiのあるところで待っていてください」と田川は伝え、やっと連絡がとれるようになった。「毎日、綱渡りの連続です」と田川は言う。

生活保護を申請したいという人は、どのくらいの数がいるのだろうか。

「そんなに多くはありません。最終的には生活保護しかないというケースもありますが、ストレートに申請したいと書いてくるのは、2割程度です。生活保護の申請が少ないのには、2つ理由があります。まず、コロナで大変だけれども、持続化給付金や住居確保給付金、社会福祉協議会の貸付でこれまでなんとかやってこられたので、生活保護ではなく、とにかく当面しのげればいいと考えているから。そして、多くの人は生活保護はいやだという忌避感が強いのです。困っているのに申請が増えないのは、後者の理由から。生活保護を受けるなら死んだほうがマシだ、とはっきりおっしゃる方もいます」

■「家族に知られるのがいや」

生活保護は自分が受けるものではない、受けられない、と思い込んでいる人が多い。また受けられると思っている人の中でも、なるべくなら受けたくないという人が、かなりの割合でいるという。

生活困窮者を支援する「つくろい東京ファンド」が20年末から年始にかけて、生活相談に訪れた人に「生活保護利用に関するアンケート」を実施。165件の回答のうち、生活保護を利用していない128人にその理由を尋ねたところ、34.4%が「家族に知られるのがいやだ」と答えた。

生活保護を利用するまでの流れはこうだ。住んでいる地域の福祉事務所に相談し、利用する意思がある人は申請書を提出する。申請を受けると福祉事務所が戸籍情報をもとに、生活状況や資産状況などを調査する。その中で、おおむね2親等以内の親族(親、子、兄弟、祖父母、孫)、まれに同居していない戸籍上の配偶者に、生活の援助が可能かどうかを手紙などで確認する。これが「扶養照会(ふようしょうかい)」と呼ばれるものだ。

つくろいファンドの同アンケートには「家族に知られたくない」「家族に知られたら縁を切られる」などの抵抗理由が挙げられた。

日本の公的支援申請書を持つ人間の手
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■扶養照会をしなくてもよいケースもある

もともとDVや虐待を受けていたケースでは、扶養照会をしなくてもよかったが、21年3月からは、親族に借金を重ねている、相続をめぐり対立している、親族と縁を切っていて、関係が著しく良くない、10年程度音信不通などのケースでも、扶養照会をしなくてもよくなっている。利用の要件とはなっていないのであるのだが――。田川に尋ねた。

生活保護制度は、生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)として憲法で保障されています。これまで何回か生活保護バッシング騒動などもあって、生活保護が恥ずかしいものだという、スティグマ(負の烙印)になっているのです。ひとり親の方で困窮されているのに、生活保護を受けるくらいなら今の状態でがんばる、という人もいます。児童手当や児童扶養手当があるので、自分の少ない収入でなんとかするというのです。

生活保護を利用したら、役所からあれこれ言われて窮屈だと思われているのかもしれない。ひとり親の家庭で、男の人と交友があってはいけないということもないのだけれど、中にはケースワーカーが訪問してきて“あれ、男物の歯ブラシがありますね”みたいなことを言われるので、プライバシーに踏み込んでくるのなら、やめようと抵抗を感じる人もいます。口うるさく言われてはたまらないという思いもあるのでしょうね。受給するまではハードルが高いのも事実です」

■いまだに水際作戦を行う自治体の非常識

厚労省が20年末から生活保護を使っていいとホームページなどでアナウンスしているのにもかかわらず、一部自治体の窓口では、相変わらず窓口で相談者を追い返す「水際作戦」が行われている。生活保護は最後のセーフティネットと言われているのに、申請もできずに追い返されているのだ。

オフィスでガラスの仕切りを通して議論しているフェイスマスクと明確な盾を身に着けているビジネスマン
写真=iStock.com/DINphotogallery
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DINphotogallery

「先日も、相談メールで、お金が全然ない。福祉事務所に相談に行ったら、社会福祉協議会の貸付があるじゃないかと言われて、追い返されたそうです」

確かに社協の貸付はあるけれど、借金になるだけで根本的な解決にならない。

「実は生活保護制度には“他法他施策(たほうたしさく)”が優先という保護の補足性の原理があって、生活保護法の第4条に書かれています。そこには生活保護を受ける前に、生活保護法以外のあらゆる法律や制度を使いなさい、ということ。他に使える制度があるならそちらを使ってください、どうしてもダメなら生活保護で、という順番で進めるのです。もうすでにお金が全然なくて、借金だらけの人に、さらに借金してくださいということ自体はおかしいことだと思いますが、それで乗り切れるようならいいでしょ、という感覚が役所の側にはある。自治体の雰囲気にもよりますが、生活保護世帯の数を増やしたくないから慎重に扱え、という方針の自治体もあるのです」

生活保護の財源は、4分の3を国が負担していて、残りの4分の1を自治体が負担する。しかし総務省の地方交付税交付金で後から補填されるしくみで、自治体には実害がない。7割の自治体で得しているという調べもあるという。

■申請がスムーズに通るケースは何が違うのか

生活保護の申請に1人で行くと断られることもあるのに、支援者がついていくとすんなり通るケースもあるのだが、これはなぜなのだろうか。

「本当におかしなことです。ダブルスタンダードであって、単身で行ったら保護制度をよく知らなかったのではね返された。一方で、付き添い者と行くと、すんなりといく。特に付き添い者が弁護士だったり、司法書士だったり、有名な支援団体だったりすると、いろいろ言ってくるのでしっかりやらなきゃいけないぞ、と自治体職員は身構えるのです。

もちろん公務員は、なるべく税金は大事に使うべきです。それが基本なんですが、程度問題で、使わなければいけないところは使わなければいけない。何がなんでも税金を使わないでおこうと拒むのはおかしいし、人によって対応が変わるというのもおかしいし、他法他施策の利用といっても、ぎりぎりのところに来ている人に、もっと借金しろとは言えないと思うのですが」

■録音に助けられた20代女性のケース

21年2月、神奈川県横浜市神奈川区の福祉事務所で、ダウンロードした申請書を手に、生活保護の申請をしたいと訪れた20代女性に対し、面接した職員は、誤った説明や返答をして、申請書を受け取らなかった。仕事も住まいも失っていた女性に職員は「生活保護申請の意思なし」と判断した。

そのやり取りを女性が録音していたため、支援団体が違法だと抗議し、神奈川区の福祉事務所と市側は謝罪した。女性は別の自治体で生活保護を受けることになった。

ボイスレコーダー
写真=iStock.com/deepblue4you
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deepblue4you

ある自治体で断られ、他の自治体で受給できるケースはあるのだろうか。

「つい先日も、仕事に就けず、家賃も滞納している女性が相談したら、若いんだから仕事を探せと追い返した事例が都内の某区でありました。私が職員だったときも、住む家がなく、2日間も食べていない状態の人を追い返した自治体があり、私はその自治体に抗議しました。あまりにひどいと。このコロナの情勢では、働きたくても働けない人が多い。働けたとしても正規のまともな仕事につけない人もいる。20、30年前と雇用情勢が全然違いますから結構厳しいです。非正規か、低賃金で働いている中で、他に仕事を探せばいろいろあるだろうと言われても、ちゃんと食べていく賃金をもらえるところはなかなかないのが現状です」

■水際対策の問題事例

田川によると、1人で相談に行って、体よく追い返された問題事例がいくつかある。実際に自治体で起こった例を紹介しておこう(「 」内はすべて田川談)。

1「ここに住民票がなければダメ」と言われた
「正しくは、住民票がどこにあるかが問題ではなく、居住地があればそこの福祉事務所、なければ現在地でOK。生活保護の実施責任をどこが負うかは大事な問題です」
2「(役所の終業前なのに)明日来てくれ、今日は受け付けは終わり」と言われた
「超多忙なことは理解できるが、明らかに違法で不適切」
3「居住地が定まらないと申請できない」と言われた
「定まらなくても、申請はでき、保護の開始もできます」
4「うちは、女性なら婦人保護施設で保護することになっている」と言われた
「婦人保護施設はDVなどで逃げてきた女性のための施設。携帯電話は使用できず、相部屋のところも。必要もないのにそこしか利用できないというのは疑問です」
5「ホームレスの方は、無料低額施設(無低)へ」と言われた
「無低は社会福祉法によって定められた生活困窮者が無料もしくは低額で利用できる施設ですが、大人数の相部屋で劣悪な環境のところもある。貧困ビジネスと称される無低もあり、逃げ出した人も多いので要注意」
6「ビジネスホテルに泊まりながら生活保護は受給できない」と言われた
「ビジネスホテル代を生活保護の住宅扶助として支給して次のステップに進むことはできる」
7「資産価値がある住居を売れば生活できる」と言われた
「自己居住用の不動産は東京なら3000万円強、全国どこでも2000万円程度なら保有容認される」
8「自治体間の格差がありすぎる」というケース
「開始決定までの生活費に充てる貸付の制度がなかったり、額が少なすぎる自治体もあります」

■背景には福祉事務所職員の不勉強の問題も

こういった背景には何があるのか。

福祉事務所の職員の数が少ない、職員は人事異動のサイクルが3年程度なので質が担保できていない、などがあげられる。1人で100世帯、200世帯を担当する自治体もあり、非正規の職員にまかせっぱなしで研修制度がきちんとしていないところもあるのだ。公務員といっても1人の住民なので、住民の中に生活保護は恥ずべきもの、利用しないほうがいいという価値観があると、それを引きずったまま公務を行う場合もあるのだと、田川は言う。

樋田敦子『コロナと女性の貧困2020-2022 サバイブする彼女たちの声を聞いた』(大和書房)
樋田敦子『コロナと女性の貧困2020-2022 サバイブする彼女たちの声を聞いた』(大和書房)

さらに誤った制度理解を持つ先輩が、間違ったまま後輩に伝えたこともあった。小田原市の職員が「生活保護なめんな」という文字の入ったジャンパーを着ていた事件は、当時の保護係長が提案した。「だからこそ研修が必要なのです」と田川は強調する。

水際作戦に続いて、「沖合作戦」もある。「生活困窮者自立支援制度は、一部現金給付がありますが、基本は貸付です。生活保護とは雲泥の差なのです。生活保護にたどり着く前に、沖合ではねつけるということで、“沖合作戦”と呼ばれていますが、他法他施策を口実に、生活困窮者自立支援制度で何とかしようとする自治体がある」

横浜のケースでは、本人がスマホで録音していたことが大きかった。もし録っていなかったら「いや、そんなことは言ってません。適切に説明しましたよ」で終わりになっていたかもしれない。

「録音禁止と書いている窓口もあるけれど、録音禁止の根拠はないのです。防衛策としては、相談の際に録音しておくことは大事かもしれません」

生活保護の申請書はダウンロードしたものが認められるようになった。つくろい東京ファンドの「フミダン」は23区ならファクス申請ができるようになっている。新聞広告の裏にでも保護申請書と書いて出せばいいのだと田川は言う。決まった書式はない。

「書き直せとか、これでは受け付けられません、という自治体もあるけれど、それは間違いです」

今後、困った人が生活保護を申請できるように、私たちに何かできることはあるのだろうか。田川は話す。

「生活保護を利用しても恥ずかしいことではない、という雰囲気を作っていただけたらと思います。そういう人がいたら、そんなことはないということを身近なところで発信していただけたらいいなと思う。そして特に若い世代には、政治に関心を持ってほしいです。これまで政治家が生活保護バッシングしてきたので、さらに悪いほうにいってしまった。日本の若者は主権者教育を受けていないので、困ったときにどうしたらいいのかを教えてもらっていないのです。だからSOSが出せない。出したらいけないと思わせられている。生活保護を利用してもらうためには、行政が相当がんばって宣伝しなきゃいけない。韓国のように『あなたも生活保護が利用できます』と地下鉄の広告に張り出したり、バスの吊り広告やユーチューブで配信したり。それが国の役割ですよ」

生活保護は、国民に与えられた権利だ。日本人は権利に疎い国民でもあるが、自分の力で生活ができない人は、老いも若きもなく公助に頼ろう。生活保護を受けやすくして捕捉率を上げていくことこそが国の責務だと思う。

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樋田 敦子(ひだ・あつこ)
ジャーナリスト
明治大学法学部卒業後、新聞記者に。10年の記者生活を経てフリーランスに。女性や子どもたちの問題を中心に取材活動を行う。著書に『女性と子どもの貧困』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(ともに大和書房)がある。NPO法人「CAPセンターJAPAN」理事。

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(ジャーナリスト 樋田 敦子)

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