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政治家の「金がない」「人が足りない」はウソ…明石市が子ども予算を10年で2倍、人員を3倍に増やせた理由

プレジデントオンライン / 2023年2月2日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/badmanproduction

子育て支援を重点施策とする兵庫県明石市は、この10年で子ども関連の予算を2倍以上、人員を3倍以上に増やしている。泉房穂市長は「高齢者向けの予算を削ったのではないかと批判されるが、そんなことはない。必要なお金は本当はすでにあるのに、使い方が間違っているだけなのだ」という――。

※本稿は、泉房穂『社会の変え方』(ライツ社)の第3章<「お金」と「組織」の改革>の一部を再編集したものです。

■「予算も人手もない」は思い込みでしかない

「とはいえ予算が……」「人手が足りない」「結局、何かを犠牲にしないと、できるわけがない」。そのどれもが凝り固まった「思い込み」です。まずこの思い込みを捨て、発想を切り替える。お金も人も、足りないなんて口にしている暇などありません。

本当はすでにあるのに、使い方が間違っているだけなのです。

市長就任前、2010年の明石市の子ども予算は126億円。就任後に「こどもを核としたまちづくり」を開始し、必要な予算を優先して確保してきた結果、2021年には258億円。2倍以上に増やしました。毎年10億円以上を積み増してきたことになります。

でも、国とは違い、貨幣は刷れない。保険制度もつくれない。明石市だけが増税したわけでも、債券を乱発して借金を重ねたわけでもありません。

■就任10年で予算は2倍、人員は3倍に

特別なことは何もしていません。それでもできました。できることなのです。

どこの家庭でもしている、単なるやりくりを自治体がしただけです。

「気持ち」だけで、施策は実施できません。「予算」もないと続けられない。でもそれだけでは足りません。しっかりやり続ける「人」も必要です。

明石市の子ども施策にかかわる市の職員は、2010年に39人でした。それを2021年には135名、3倍以上に増やしました。

増やしたのは一般の行政職員だけではありません。弁護士や医師、福祉職や心理職など、専門職を全国公募で採用しています。「数」を増やすだけでなく「質」も高めていきました。

つまり、市長に就任してから10年ほどで、明石市は子ども関連の予算を2倍以上に、人員は3倍以上にできたのです。

■明石市は決して「金持ちの市」ではない

「そんな大盤振る舞いができるなんて、金持ちの市だからに違いない」。

よく誤解されますが、決して金持ちではありません。中核市の中では、どちらかというと貧乏なほうです。

泉房穂・明石市長(撮影=片岡杏子)
泉房穂・明石市長(撮影=片岡杏子)

コロナ禍前の2019年、同規模で同じ権限を持つ中核市と、一般会計の歳入を比べると、青森市(約27.9万人)は約1285億円、秋田市(約30.6万人)は約1376億円、福岡県久留米市(約30.5万人)は約1301億円。

一方、明石市(約30.4万人)は1068億円です。

他の中核市と比べて200億~300億円ほど市の収入が少ない状況です。さらに言えば、10年前の2010年の一般会計歳入は948億円。今よりもっと少なかったのです。

私も最初は「金がない」「人が足りない」という話を真に受け、勘違いしていました。当初は「本当にない」と信じて動き回りましたが、なかなかうまくいきませんでした。

でも、ようやく本当のことに気がついたのです。

端的に言うと、お金はある。人もいる。お金も人も「別のところに置かれているだけ」だったのです。

■「子どもを支援するには高齢者を犠牲に」という誤解

子どもの予算を確保するには、高齢者の予算を回すしかない。

当初は私もそう思い込んでいました。「行政にはお金がない」とさんざん聞かされ、「高齢者への負担で子ども施策ができない」と思い込まされていたのです。けれども実際の現場で市民と向き合うと、その考えは「違う」と気づかされました。

就任してまず、「誰でも市長にもの言える会」を市内各地で開き、回を重ねていきました。市内28カ所の小学校区など地域ごとに、あるいは子ども、福祉、安全などテーマごとに市長懇談会を実施。就任1期目の4年間で延べ63回にわたり、多くの市民から直接さまざまな声を聞いてきました。

2年目には、財政健全化をテーマに「市長と語ろう ~どう使いますか?みんなの予算~」と題して、半年以上かけて意見交換を行いました。

市内の中学校区にあるコミセン高齢者大学、13カ所をすべて回り、高齢者大学校あかねが丘学園や明石シニアカレッジでも開催。集まったのは、ほとんどが高齢者です。資料を事前配布し、事前アンケートも実施しました。

寄せられたのは約600件、2500以上の意見。その結果を踏まえ、拡充・推進すべき事業、縮小・廃止すべき事業、財政健全化に向けた事業見直しの考え方や基準、市のお金の使い方などについて直接説明し、会場でさらに意見を聞いて回ったのです。

■生活がしんどいのは高齢者も同じだった

子どもへ予算を回す。直接説明して、その理解を得よう。私は「市にはお金がないんです。もうこれからは贅沢を言わないでください」「子どもを支援することが、みなさんのためにもなるんです」と丁寧にお願いし、重ねて呼びかけました。

「おじいちゃん、おばあちゃん、フルコースディナーの後にフルーツとデザート、両方食べていませんか。どちらか片方にして、その分、お腹をすかしたお孫さんに、おにぎりを食べさせてあげませんか」。

でも、どこでも厳しい声ばかり。どの会場でも理解は得られません。

実感させられたのは、そもそも高齢者も大変しんどいという現実です。

「医療費はどんどん上がる」「介護保険料も払わなあかん」「年金だけではギリギリや」「働かんと暮らしていかれへん」。

悠々自適の暮らしをされている方など、ほんのひと握り。財布にも心にも余裕がなく、先の見通せない日々です。

高齢者も子どもも弱い立場に置かれている。ある支援を削って別の支援に回しても、結局どちらかが救われず、軋轢しか生みません。

かといって、新たな負担を市民にお願いする選択肢はない。そうなれば、今ある予算全体を根本から見直すしかありません。

■「予算を高齢者から子どもへ回す」という発想は間違い

行政の予算は、縦割りにされ、固定化しています。その枠内だけで無理矢理やりくりせず、市にお金がないという発想から脱却し、予算が張りついている事業そのもののあり方から見つめ直す。既得権にとらわれず、抜本的な予算のシフトを断行し、他の分野から新たな予算を得るべきではと、気づかされたのです。

高齢者から削らずにお金をつくり、新たな子ども施策を実施していきました。子どもへの支援は子育て層だけでなく、まち全体へとプラスの効果が及びます。地域経済が回り出し、税収増にもつながる。結果、高齢者施策の充実にもつながります。

明石では認知症についての施策はもちろん、元気な高齢者への活動支援も拡充しました。各地で見直しが相次ぐバス優待乗車も、高齢化時代を見据えて、新たにコミュニティバスの無料化を開始しました。

バスの車内
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SetsukoN

いまだに高齢者から子どもへ回すという発想が全国的に見受けられますが、そんな勘違いを続けていたら何もできません。子どもも、高齢者も、誰も救われないままになってしまいます。状況を変えるには、ここでも発想の転換が必要です。

■「前年踏襲型のお役所仕事」という悪弊

右肩上がりの時代は終わりました。

物価は上がるのに、収入は増えない。使えるお金が減っているのを実感します。

社会全体が低調に推移する中、行政も「あれか、これか」を選択しないと、お金も人も施策も回らない。以前と同じことはできない時代です。そんな中でも、冷たい社会が何もしてこなかった子ども施策については、新たに「あれも、これも」することを求められています。

限られた予算枠で、子ども施策も実施する。そのために、単に経費削減を進めるだけでなく、お金の使い方、発想そのものを見直していきました。

固定経費の見直しでは、選挙ですでに、自ら身を切る公約を掲げていました。

就任後、市長の基本給を3割カット。

翌年からは、市職員の各種手当ての適正化を進めていきました。職員の地域手当は、物価の高い地域で基本給に上乗せして支給されます。当時、明石市では隣接する神戸市に寄せて、国基準を上回る10%を支給していたのです。これを基準どおり、6%に合わせました。

当然、すべての事務事業も見直し対象にしました。

しかしながら、前年と同じことを漫然と続けるのがお役所仕事というものです。前年踏襲の悪弊があらゆる場面で表れます。

各部局の予算に上限を設けても、所管組織で自ら優先順位をつけるように仕向けても、結局最後は「ほぼ従来並み」。継続を優先する慣習にとらわれて、大きな見直しにつながることはありませんでした。

■市庁舎の中は敵ばかりに見えた

職員からの積み上げだけでは限界がありました。これまで続けてきた「どちらかといえば、やったほうがいい仕事」をかたくなに守りがちで、今ニーズが高い「やるべき仕事」であっても、新規事業というだけで枠外にされてしまうのです。

目の前の市民より既存の枠組みを堅持してしまう。凝り固まったお役所文化を変えること、職員の発想を変えることは、簡単ではありません。

一般の市民感覚とは大きなズレがある。ましてや私は外から来た「異分子」。発想も文化も、あまりにも違います。

おまけに1期4年の期限つき、選挙で外から来た身内ではない人です。市民に選ばれた市長であっても、最初からすんなり言うことが通る柔軟な組織ではなく、抵抗されている気配を毎日半端なく感じさせられました。

毎日庁舎に入るのがしんどい状況でした。市長室へ続く庁舎内の階段を上がる足取りも重く、いつも周りを敵に囲まれているような日々が延々と続きました。

それでも自治体のトップには、政策の方針決定権も、予算編成権もあります。トップが決めれば、大きな見直しも可能になる。私が決めれば、変えられる。あきらめなければ、できること。市民のためにやり切るだけです。

■「10軒のために600億円」という公共事業にメス

当時、明石市の規模からするとかなり大きな下水道ネットワーク計画がありました。市の下水道普及率はすでに99.8%に達していましたが、100年に一度のゲリラ豪雨による床上浸水に備え、改めて市内全域の下水道管を太い管に交換する案です。20年で600億円を費やします。

下水道管の設置工事
写真=iStock.com/kckate16
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kckate16

担当者と協議して被害見込みを尋ねると、市内で10軒。10軒だからといって対策を怠ることはあってはなりません。でも他の方法で、もっと効率良く対策できるのでは。そう思わずにはいられませんでした。10軒のために20年で600億という発想とコストも問題です。

役所は縦割り組織のため、狭い所管枠内で限定した発想になりがちですが、目的が浸水被害対策なら別の方法もあります。エリアを限定することもできるし、ハード整備だけでなくソフト面での対策を組み合わせて市内全域の体制を強化することもできる。組織全体でみれば、より有効でコストのかからない総合対策を選択することができるのです。

結局、整備計画を見直し、ハード整備中心の対策からソフト面も組み合わせた総合対策へと変更しました。結果、計画は総額150億円規模になり、450億円を削減することができたのです。

市民にも、市の財政面にも大変喜ばしいことです。

災害対策もできた。使う金も減らせた。

■税金は市民から預かっている「市民のお金」

ところが、600億円もらえるはずだった仕事が突然150億円に減ったので、関係業界からとてつもない反発の声が上がりました。職員にまで「ここまで削ることはない」と指摘されました。

「市長、これは『タダ』なんですから」と。

「どういうこと?」と思い、調べました。

どうやら道路や水道などインフラ整備にかかるお金は、あとで国や県からお金が降りてくるので「市の負担は実質ない」との考えでした。

びっくりです。私たちは、国や県にも税金を払っています。どう考えてもタダなわけがありません。それなのに、平気でそんな意識で、私たちの税金を使っていたのです。

日本はいまだに、公共事業に多くのお金をつぎ込んでいます。

OECD諸国で比較すると、2017年、日本はGDPの7.3%。同じ島国のイギリスや日本より少し国土が広いフランスよりも多く、さらに広大なアメリカより6割以上も多いのです。

一方で同年の「子ども」などへの家族支出は、スウェーデン3.4%、イギリス3.2%、フランス2.88%に比べ、日本はわずか1.56%です。

■必要なのは「自治体トップが腹をくくること」

私が大学生のころ論文に書いたときでも、子ども予算は先進国の半分、公共事業は倍でしたから、今も傾向はあまり変わっていません。公共事業費は上位に入るのに、子どもへの支出は低いままです。日本は災害の多い国なので、国土が狭くてもインフラにある程度投資するのは理解できます。それでも少し多すぎではないでしょうか。諸外国に比べ、いまだに子どもに冷たすぎる日本。状況はさらに悪化しています。

明石市では、過剰な公共事業費を適正化し、子ども予算を倍増しました。事業を見直した結果、諸外国並みの予算配分に変えたことで、グローバルスタンダードな施策を次々に展開できるまでになってきました。

権限を持っている各自治体のトップが、それぞれ腹をくくりさえすれば、変えることができます。本当は、どこのまちだってできることなのです。決して難しいことではありません。

もちろん国でも。変えることなんて、決断さえすればやれることです。

■まず見るべきは「役所や議会よりも市民」

自治体のトップには、大きな権限があります。

とりわけ「政策の方針決定権」「予算編成権」「人事権」の3つは特に重要で、まちづくりを大きく左右する強力な権限です。

これらを適正に使えているか。それは、「自治体のトップとして働いていると言えるのか」とほぼ同じくらい、大きな意味を持っています。

たとえば予算を配分し、事業に予算を「つける」か「つけない」かは、トップの判断だけで決めることが可能です。議会は予算を「つける」ことができません。選挙で別々に選ばれ、役割が違うのです。

実際の予算の「執行」には、議会の承認が必要です。否決されることもあります。ですが、市長が事業に予算をつけなければ、それで削減が決まります。元には戻せないのです。

ですから、抵抗にも遭い、恨まれもします。市長になって初の予算案は、議会で通りませんでした。否決されたあと、全会一致で「市長に議会軽視の反省を求める決議」を出され、こちらは議決されたのです。

それでも、議会対策より大切なのは、市民との約束です。公約だけは果たしたい。これらの権限を私は市民のために行使していきました。

下水道の600億円を150億円にすることも、市長が決めた瞬間に450億円削減で終わりです。それを復活することはできません。

それを関係者は、とにかく許せないのです。これまで何十年と金をもらっていたところから突然もらえなくなる。その怒りは半端ではありません。

■自宅に汚物が投げ入れられる嫌がらせも受けた

「なんちゅう市長や」「あいつのせいで金儲けできなくなった」。

もっと強いマイナス感情を持つ方だって、当然今も一定数います。自宅に汚物が投げ込まれたり、家族が怖い目に遭ったりすることもありました。トップの権限は、地域の公共事業にも直結します。きれいごとでは済みません。それが現実です。

なので「そこまで腹はくくれない」と、尻込みする政治家がほとんどです。

そんな中で、なぜ私は予算配分を変えたのか。変えることができたのか。子どものころからの「冷たい社会を変える決意」だけではありません。

選挙のあり方。それが当選後の政治を大きく左右します。

私はどの政党にも依拠せず、どの団体からも推薦を受けず、市民一人ひとりを支持母体として選ばれ続けています。だからしがらみなく、業界の声になびくことなく、臆することなく動ける。市民への責任を果たすことができるのです。

お役所文化にも追従することはありません。見るべきは市民です。だから既存の概念を変える決断でも、市民のために迷いなくできるのです。

■「動かせない要件」があってもやりくりすればいい

こうして明石市では、予算編成のしくみ自体を変えていきました。

従来どおりの各部門が要求を積み上げる方式では、市長は最後にハンコを押すだけの仕事しかできません。そんなやり方で漫然と続けていては、まちの状況が悪化していくだけです。

泉房穂『社会の変え方』(ライツ社)
泉房穂『社会の変え方』(ライツ社)

「5つの無料化」のうち保育料も、予算確保のため、かなり早い時期から財政担当にも方針を伝えていました。必要額を試算すると、第2子から無料化だと約10億円。第1子も含めれば約20億円必要。当然やりくりする準備が必要です。

私は財政の担当者に「保育料に10億使う」と告げ、続けて言いました。

「税収が10億減ったと思ってくれ」。

予算は毎年変動するのが基本、とりわけ波があるのが税収です。さらに災害が起これば急な支出もかさみます。そうなれば、どこかを削減してでもなんとか必要な費用を捻出する。これまでもやってきた「あたりまえのやりくり」です。

最初に「動かせない要件」が決まっていれば、それに沿ってやりくりするだけ。普通にできるはずのことです。

1年余りの猶予を経て、開始前年の予算編成で「まず翌年、第2子以降を無料化する」と正式に決めました。まず優先枠を確保する。それ以外で通常の予算編成をする。前年ベースで予算を積み上げるのではなく、やるべき施策を決め、先に予算を確保。

市長が方針決定し、予算を決める。

この方式で順次、子ども施策を拡大していきました。

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泉 房穂(いずみ・ふさほ)
明石市長
1963年明石市二見町生まれ。1987年、東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、衆議院議員などを経て2011年より明石市長。「5つの無料化」に代表される子ども施策のほか、高齢、障害者福祉などに力を入れて取り組み、市の人口、出生数、税収、基金、地域経済などの好循環を実現。人口は10年連続増を達成。柔道3段、手話検定2級、明石タコ検定初代達人。

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(明石市長 泉 房穂)

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