「自分が偉くなる」ではいつか行き詰まる…Jリーグ村井チェアマンが考える「働く」という言葉の本質
プレジデントオンライン / 2023年2月1日 9時15分
■日本サッカーは「今から5年後」が楽しみ
――W杯カタール大会、日本はドイツ、スペインという優勝経験国に予選で勝って決勝トーナメントに進みましたが、PK戦の末クロアチアに敗れてベスト8進出はなりませんでした。この結果を村井さんはどう見ますか。
【村井】選手も監督もスタッフも本当によくやってくれたと思います。その上で、これが現時点でのわれわれの実力だなと。実は私が次のステップとして、とても楽しみにしているのは今から5年後、2028年のオリンピックと、その先のW杯なんです。
――ずいぶん先の話ですね。
【村井】今回のメンバーもそうですが、これまでは若くして頭角を現した選手が海外に出て、W杯が始まるとその選手たちが集まって日の丸を背負って戦うというスタイルが中心でした。強度の高い海外サッカーに身を投じてレベルアップを図るというものです。
![【連載】「Jの金言」はこちら](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/1200wm/img_da1cd476c47c2df664614e8843db3f3e199505.jpg)
そうした中で、選手育成には高体連や大学、社会人クラブ、Jリーグのユースなど多くの選択肢がありますが、「Jリーグの育成システムとは何か」というコンセンサスが十分ではありませんでした。もちろん画一的に方向性を縛るつもりはなく、多様なクラブの個性を最大化するためにJリーグは何をすべきか、という議論です。Jリーグでは2030年ビジョンで「世界で最も人が育つリーグになる」という方向に合意しました。
■今度はJリーグの選手が世界に挑む
そこでJリーグは2019年に、ワールドクラスの選手を輩出するために選手、指導者の資質を上げる「プロジェクトDNA」という取り組みを始めました。クラブのアカデミー組織フィロソフィーの策定やその思想に基づく人材育成戦略をクラブ個々が策定し、リーグが支援していくものです。クラブの進捗を共有していく評価システムなども議論しています。合わせて育成世代の大会方式の検討も行っていこうとするものです。
このプロジェクトの第1世代のジュニアユース(中学生)世代が20代前半になるのが2028年~2030年なんです。57のクラブがそれぞれの個性を出しながら競い合って育成した選手たちが日本のサッカーで世界に挑む。今はそこに期待しています。
――以前、「期待とは時間を与えて待つこと」とおっしゃっていました。やはり時間は必要ですね。
【村井】そうですね。そこで今回は「時間」という観点から私自身のビジネスパーソンとしての経験をお話ししたいと思います。
私は1983年に大学を卒業して日本リクルートセンター(現リクルート)に入社しました。最初の仕事は求人広告取りの営業です。大きな会社は先輩たちが担当するので私が担当したのは電子部品や中古のパソコン、解体部品などを扱っている東京・神田のジャンク・ショップなどでした。
■同僚は商談を成立させて偉くなっていくが…
来る日も来る日も、お店に飛び込んで「求人広告出しませんか」とお願いするのですが、なかなかうまくいきません。採用した新人を定年まで雇用する前提に立てば、一生涯で億の単位にも及ぶ支払いをするわけですから、採用というのはとてつもなく大きな投資です。
なので、採用の判定は、中堅・中小の会社では社長が決めたりします。求人広告をじゃんじゃん取ってくるやり手の営業マンは、たいてい、採用の決定権を持つ社長や会長にトップアプローチをかけますが、私はどちらかというと、同世代の人事の担当者とお茶を飲んでいるタイプでした。
同僚たちは自分より20歳以上年上の社長を捕まえてどんどん商談を成立させ、偉くなっていきました。私はというと相変わらずで、20代、30代は結構つらい日々を過ごした記憶があります。
■自分が偉くなるのが大切なのではない
ところが、自分が45歳を過ぎた頃から少し様子が変わってきたんです。私はたいして偉くはないのですが、気づくと、昔、お茶を飲んでいたお客さんたちが社長になったり大企業の偉い人になったりしていました。そして20年、30年、真剣にお付き合いしてきたその人たちが、私に新たな方を紹介してくれたりして、そうした人たちによって自分がスーッと引き上げられる不思議な引力を感じ始めたのです。
一方、同僚たちが若い頃に食い込んでいた偉い人たちはその頃は、多くがリタイアしてしまうという状況が生まれていました。
そこで学んだのは「自分が偉くなるのが大切なのではない」ということ。「人が偉くなる」のでいい。「人を偉くする」ことができたら尚更いい。自分はこんなに頑張っているのに、会社の上司だったり人事部だったりが自分の仕事をしっかり見てくれていない。そう思うことはあるでしょう。私もそう思うことがありました。
![「人が偉くなる」のでいい。「人を偉くする」ことが出来たら尚いい。仕事:人に仕える事。働らく:傍(はた)が楽(らく)する。2021.08.13.](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/0/1200wm/img_70b506364f1811b6d09cdfec41929cbd502472.jpg)
けれどお客さんは裏切りません。お客さんは皆さんの仕事をよく見ていて、そのお客さんたちが偉くなって、後に自分を引き立ててくれたり、苦しい時に応援してくれたりするのではないでしょうか。だからJリーグチェアマンの時には職員に「クラブのトップじゃなくていいから、現場のスタッフと本気で付き合ってほしい」とお願いしました。目の前の人を偉くするのが一番大事だと思います。「傍(はた)」が「楽(らく)をする」のが「働く」。これくらいの気持ちでいいのです。
■部署が変わっても、立場が変わっても支えてくれた
――具体的にはどんな人が村井さんを助けてくれたのですか。
【村井】例えば新人のとき担当していた従業員30人足らずの小さな会社があって、そこの社長さんは「7年後に株式を上場したい」と言っていました。荒唐無稽な夢のような話だとも思ったのですが、私も「ぜひやりましょう」と微力を尽くしました。忘年会の小さな宴会場にリクルートの総務から借りたレーザー光線の装置を持ち込んで「7年後上場」なんて壁に写したりして。
その通り7年近くの歳月を経たのですが、その社長さんはちゃんと会社を上場させました。私も当然部署は変わっていました。その頃リクルートはグループ会社の未公開株を配って、それが賄賂と指摘され、社会的に袋叩きにあっていました。でもその社長は自分の会社が上場する前に「村井さん、縁がある方には未公開株を保有してもらいたいものなんですよ」と笑ってくれました。私がJリーグのチェアマンになった後、社長は「故郷のJクラブの後援会になろうと思う」と言ってくれました。
新人の頃、お付き合いしていた時、将来、こんなふうに支えてもらえるなんて思いもしませんでした。そんな先のことを計算する必要はないし、誰が見ていてくれるかなんて分かりません。でも、目の前の人を偉くするために一生懸命に頑張っていると、きっと誰かが見てくれているものです。
■こちらからご縁は切らない
――何十年という単位で人間関係を続けるのは簡単ではありませんね。
【村井】それは心がけ次第かもしれません。こちらからご縁は切らない。 空海の『十住心論』の中に「人に裏切られた、騙されたというが、それはお前に見る目がなかったからだ。人が自分の元から去っていったというが、関係を切ったのはお前のほうだ。世の中で起きるすべてのことは、数珠に映った自分の行いだ」というくだりがあります。「仕事」の定義は人に仕えること。人のために一生懸命生きることです。
人のために一生懸命生きていて、時間がたつと、知らないうちに誰かが自分を助けてくれる。その人との関係性を切るのは結局、自分であって、相手から切られるものではないのだと思います。
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ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。
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(ジャーナリスト 大西 康之)
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