和田秀樹が警鐘…「何をもたもたしているんだ」高齢者にイラつく不寛容な空気が認知症を増やす
プレジデントオンライン / 2023年1月28日 9時15分
※本稿は、和田秀樹『老害の壁』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。
■高齢者に迫る「若い世代の理不尽な声」
これまで私は、60代、70代、80代の過ごし方について、たくさん本を書いてきました。身体的なことだけではありません。私の専門は老年精神医学ですから、心の問題も大きく扱っています。
具体的に言うと、精神面でも高齢者が生き生きと、いわゆる「老後」を過ごすにはどうしたらよいかについても語ってきたつもりです。
しかしその一方で、生き生きとした老後の生活を阻もうとする若い世代の理不尽な言動にたびたび接します。
たとえば、「年寄りの話は説教ばかりで頭にくる」「年金暮らしなのにぜいたくするな」「コロナに感染すると大変だから、外に出ないで家でおとなしくしていろ」など、まるで年寄りいじめのようなものばかりです。
実際は、ここまではっきりした言葉にはなっていないかもしれませんが、そのような世間の空気を強く感じるのです。
■世間にはびこる「老害」という空気
「老害」という言葉もその1つです。
たとえば、高齢者が、コンビニのレジでお金を出すのに時間がかかったりして、レジの前に列ができたとします。すると、後ろのほうの若い人から「何もたもたしているんだ」などと罵声を浴びせられたりします。
この若い人はきっと「買い物にこんなに時間がかかるなんて“老害”だな」などと思っているに違いありません。
こんな空気がはびこると、高齢者は萎縮してしまいます。その結果、若い人から老害と呼ばれないようにしようと、高齢者はでしゃばらず、つつましい生活を強いられるようになってしまいます。
■不寛容がはびこる日本
そもそも老害とは、迷惑な老人を侮蔑交じりに指す表現です。しかし、レジの支払いに多少時間がかかるくらいで、「人に迷惑をかけている」と言えるのでしょうか。
すべての高齢者がレジの支払いに時間がかかるわけではありませんし、若い人でも時間がかかる人がいます。別に、年齢のせいだけではないでしょう。
もっとわかりやすい例では、運転免許の返納があります。テレビのワイドショーで、高齢者の運転事故が報道されるたびに、「高齢者の運転は危ないから、早く免許返納させろ」という空気が日本じゅうに広がっていきます。
でも地方に住んでいる人はご存じだと思いますが、日本には車がないと買い物にも病院にも行けない地域がたくさんあります。高齢者世帯が免許を奪われたら、どんなに不便な生活を強いられるか、ちょっと想像してみればわかるでしょう。
そこで、「生活に困るから、まだ運転させてください」と高齢者がお願いをしても、家族やマスコミから老害と言われてしまうのです。
■葛藤する高齢者たち
高齢者の運転が危ないというのは、いわゆるフェイク・ニュース(ニセ情報やデマ)であって、実は何の根拠もありません。この問題は根が深く、世間の「決めつけ」とのはざまで高齢者は葛藤を抱えています。
また、コロナ禍で外出自粛を強く要請されたのも、リタイアした高齢者でした。高齢者は重症化率や死亡率が高いというのが根拠になっていますが、要請を真面目に守った高齢者の中には筋力が低下し、歩けなくなる人が続出しています。
高齢者を自宅に閉じ込めれば、このような結果になるのは医学の専門家にはわかっていたはずなのに、国や自治体の無策と医者の無知のため、高齢者の健康寿命が縮められているのです。
一方、「歩けなくなるかもしれない」という不安から、マスクをつけて家の近所を散歩していた高齢者もいましたが、やはり「出歩くな」と言われました。家の近所を散歩するだけでも医療が逼迫(ひっぱく)して、みんなに迷惑をかけるとでも言うのでしょうか。
若い人たちに言わせれば、コロナ禍の外出も老害なのです。
■「老害の壁」という同調圧力
これらはほんの一例ですが、実は老害と呼ばれていることのほとんどは、高齢者に対する同調圧力でしかありません。それに従うことで、結果として高齢者は生活や健康、楽しみなどの自由を奪われています。
これを私は「老害の壁」と呼んでいます。この壁を壊さないと、高齢者は長生きできないし、幸せにもなれません。
そこで、今回この言葉をタイトルにした書籍(『老害の壁』)にまとめ、「壁」がどんなに高齢者を苦しめているのかを明らかにし、「壁」を打ち破るヒントをまとめました。
■「壁」は壊そう
現代ほど高齢者が生きにくい時代はないでしょう。かつて高齢者は敬われる存在でした。しかし、いまや、「~するな」「家でおとなしくしていろ」と、世間や家族があらゆる面で同調圧力をかけてきます。
言われるままに生活していたら、高齢者にとってはひどい結果にしかなりません。日々の生活における“快”は奪われるし、健康も損われるし、筋肉が落ちて足腰も弱るし、結果的に早死にすることにもなりかねません。
![仲間はずれのイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/e/1200wm/img_deafb231a0261055dff20b024f0a4dc5346311.jpg)
ですから、まずは自分の意思を貫き通すことが大事です。「それをやったら、老害と呼ばれてしまう」などと恐れる必要はありません。高齢者は、老害なんて気にする必要はないのです。老害の壁は「壊すべき壁」です。
それが実現したとき、高齢者のみなさんはもっともっと楽しく、60代後半、70代、80代を元気に過ごすことができるようになるでしょう。
■60~70代で脳を使わないと衰える
私が「老害の壁は打ち破るべき」と言う理由はいくつもあります。詳しくは『老害の壁』にあたっていただくとして、その中の1つに「認知症」があります。
年をとったら、前頭葉を含め、脳の老化はある程度避けられません。そこで心配になってくるのが認知症です。フレイルになって寝たきりになるのも怖いですが、なにより認知症になるのが怖いと考えている高齢者が多いでしょう。
認知症の患者数は60代だと約2.5%ぐらいですが、70代から急カーブを描くように増加し、80代では約30%にまで増えます。
では、認知症になる人とならない人ではいったい何が違うのでしょうか。老年精神科医として30年以上働いてきた私の経験から言えることは、認知症の発症は60代から70代にかけての生き方が大きく関わっているということです。それは、脳を積極的に使う生き方をしていたか否か、です。
歩かないでいると徐々に歩けなくなってしまうように、体の機能は使っていないと衰えて縮んでいきます。これを「廃用性萎縮」といいます。
脳も例外ではなく、使っていないと縮んでいきます。とくにアウトプットをしないと前頭葉が縮んで老化が進んでしまいます。そうならないために、「老害の壁」を打ち破って活発に生きることが大切なのです。
■脳の神経細胞は年をとっても増える
認知症の典型的な症状の1つに記憶力の低下がありますが、これは脳の記憶を司る「海馬」という部位の萎縮によって起こるといわれています。
一方、かつて脳の神経細胞は、成人になってから増えることはないと信じられてきました。そのため、脳の専門家も大人になれば記憶力は衰えると思い込んでいたのです。
ところが、現在ではこの考え方は否定されています。そのことを明らかにしたのは、ロンドン大学の認知神経学者、エレノア・マグワイアー博士です。
2000年、マグワイアー博士は、地図などの記憶力にすぐれたタクシードライバーと一般人の脳の比較研究を始めたところ、タクシードライバーの海馬が一般人より大きく発達していることがわかったのです。なんと、運転歴30年を超えるドライバーは、海馬の体積が3%も増えていることがわかりました。
研究の対象になったタクシードライバーは、カーナビゲーションを使っていません。ベテランのドライバーは、道路地図を記憶しておいて、乗客から行き先を告げられると、瞬時にルートを考えて、道路の混み具合なども勘案して、最適なルートで走ります。このように地図を記憶し、その地図の記憶を引き出す作業を繰り返すうちに、海馬の神経細胞が増えたと考えられます。
その後の研究では、脳を鍛えると、神経細胞だけでなく、神経細胞と神経細胞をつなぐシナプスの数も増えることがわかりました。ですから、年をとっても、鍛え方次第で記憶力をよくすることは可能なのです。
■若者も高齢者も記憶力に差はない
もう1つ、75歳ぐらいまでは記憶力はそれほど衰えないことも、最近の脳研究でわかってきました。
米タフツ大学のアヤナ・トーマス博士らが行った研究で、18~22歳の若者と、60~74歳の年配者のグループ(各64人)に、単語リストにある多数の単語を記憶してもらった後、別の単語リストを見せて、もとのリストに同じ単語があるかどうかを尋ねました。
その際、事前にこの研究が「ただの心理実験」だと説明していたとき、若者と年配者の正解率には差がほとんど見られませんでした。
しかし、事前に「高齢者のほうが成績は悪いものだ」と告げておくと、年配者の正解率だけが大きく低下しました。
この研究は、もともと若者と年配者には記憶力の差はない。しかし、事前に高齢者の成績が悪いという情報を与えることで、年配者は「記憶する意欲」を失って記憶力が低下する、ということを明らかにしました。
大人になると、資格試験にでもチャレンジしない限り、一生懸命記憶する機会が少なくなります。また、努力しないと、海馬の廃用性萎縮が起こります。これらのことから、記憶力も衰えていくと考えられます。
「年をとるから記憶力が低下する」というのは、必ずしも正しくはないのです。
■前頭葉の委縮は40代から始まる
脳の前頭葉が老化すると、感情をコントロールしにくくなります。また、前頭葉は思考や創造、意欲、理性などに関わっているため、老化が進むと意欲が低下したり、突発的な出来事に対応できなくなったりします。
![和田秀樹『老害の壁』(エクスナレッジ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/4/1200wm/img_24168b2124061b2b645bf89040abab62161372.jpg)
前頭葉の萎縮は、40代頃から始まっているといわれ、MRIなどの画像診断で確認することができます。
とくに何もしないと萎縮が進んで、早い人では50代ぐらいから、頑固になったり、思い込みが激しくなったり、怒りっぽくなる、といった傾向が見られるようになります。
こうした傾向は、その人がもともと持っていた性格が尖鋭化したものなので、人によって表れるものに違いがあります。
中には意欲の低下が進んで、人づきあいが億劫になる人もいます。こうした人が70代を超えてくると、何事にもやる気がなくなり、家にこもりがちになります。結果として、体も脳もどんどん衰えていきます。
■生活のルーティーン化が脳を老化させる
こんなふうにならないために、前頭葉の老化を防ぐことが大事です。
前頭葉は想定外の出来事に対処するときに活性化するので、毎日同じような生活を繰り返していると、前頭葉はほぼ確実に萎縮して衰えます。逆に言えば、生活に変化を持たせることで、前頭葉を活性化させることができるのです。
生活のルーティーン化は脳を老化させます。外を歩くのはよいことですが、毎日決まった時間に決まったコースを歩いていると、前頭葉は活性化しません。そこで、少しでもよいので、変化を持たせるようにします。
散歩なら、いつもと違うコースを歩いてみましょう。あるいは週に1日は電車に乗ったり、車で遠出するなどして、知らない場所を散歩するのもよいでしょう。初めての場所なら、前頭葉はフル回転します。
同じ店にばかり行くのも前頭葉を萎縮させます。散歩の途中でおもしろそうな店などを見つけたら、思い切って入ってみることも、前頭葉の刺激になるのでおすすめです。
「老害」などという同調圧力に負けて、閉じこもっていてはいけない理由がおわかりいただけたでしょうか。
■徘徊や妄想、幻覚などの症状は、認知症患者全体の1割以下
脳の老化を防ぐことは大事ですが、それでも認知症になる人はいます。しかしそれほど恐れることはありません。
認知症になると「何もわからなくなってあちこち徘徊(はいかい)する」と思っている人がいますが、認知症患者がみんな徘徊するわけではありません。
今、日本には認知症患者が約600万人いるといわれています。日本の人口が約1億2000万人ですから、20人に1人は認知症ということになります。
しかし、BPSD(認知症の行動・心理症状)と呼ばれる、徘徊や妄想、幻覚などの症状が出る人は、そのうちの1割もいません。
■認知症は怖くない
認知症は脳の老化現象ですから、むしろおとなしくなる人のほうが圧倒的に多いのです。
ある出版社のスタッフの方が介護していたお義母さんは、「外は怖いから家にいる」と言って、絶対に1人では外に出ようとしなかったそうです。実は、そういう人のほうが圧倒的に多いのに、認知症患者の悪いイメージを流し続ける人たちがいるのです。
マスコミもその1つです。
正しい情報を伝えていないので、「認知症は人に迷惑をかける病気だ」と多くの人が思い込むようになってしまいました。そして、介護に疲れた家族が老親に手をかけるといったニュースに接し、「自分がもし認知症になったら殺してくれ」と言う人が出てきたり、安楽死論議のようなものまで出てきます。
本来であれば、介護する人が追い込まれないようなシステムづくりを考えなければなりません。にもかかわらず、その部分を飛ばして、「認知症は人に迷惑をかける病気である」ということばかり喧伝(けんでん)され、恐怖を煽(あお)っているのが現状です。
老人医療に30年以上携わってきた私に言わせれば、多くの場合、認知症はそれほど人に迷惑をかける病気ではありません。マスコミにはもっとそのことを多くの人に知ってもらうような報道をしてほしいと願ってやみません。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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