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なぜサッカーは「エラー」を記録しないのか…Jリーグ村井チェアマンが「ミスを恐れるな」と繰り返したワケ

プレジデントオンライン / 2023年2月11日 8時15分

2014年にチェアマンに就任した村井満さん。任期最終年の2021年には毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。 - 撮影=奥谷仁

仕事の「ミス」はどうすれば防げるのか。リクルート出身で、Jリーグチェアマンを4期8年務めた村井満さんは「ミスを恐れてシュートを打たなければゴールは生まれない。サッカーというスポーツの本質は『ミス』にある。だからこそJリーグの職員にもミスを恐れるな、と話していた」という。ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第16回)

■どの業界にも生業に由来する企業文化がある

――村井さんは人材、旅行、飲食などの情報を扱うリクルートという会社からJリーグというサッカーの業界に飛び込まれました。転職のハードルが昔よりかなり下がったとはいうものの、やはり違う業界に移るのは勇気が要りますよね。

【村井】これはJリーグに来る前から考えていたことなんですが、それぞれの業界にはその生業(なりわい)に由来する企業文化みたいなものがありますね。例えば、銀行。大手三行でそれぞれ個性は違いますが、経済の血液とも言われる極めて高い公共性を求められる金融業界で働く皆さんは、どこかに秩序というものに対するリスペクトがあって、そういう人たちが活躍できる土壌がある。

日産自動車は横浜F・マリノス、三菱自動車は浦和レッズ、トヨタ自動車は名古屋グランパス、マツダはサンフレッチェ広島のスポンサーをしている。なんで自動車メーカーはサッカーを応援するんだろう。もう少し広げるとパナソニックはガンバ大阪、富士通は川崎フロンターレ、日立製作所は柏レイソルのスポンサーで、パナソニックやキヤノンはラグビーを応援している。

これは例えばエンジニア間のすり合わせ技術、ブルーカラーとホワイトカラーが協働して完成品を作っていく製造業という生業が、チームスポーツと共通の文化の上で成り立っているのではないだろうか。そんなふうに考えていました。

■サッカー、そしてJリーグの本質は「ミス」ではないか

それでJリーグにやってきた時、Jリーグの生業とはなんだろうかと、改めて考えてみたんです。それでいろいろと突き詰めて考えたら、サッカーというスポーツの本質は「ミス」であるという結論にたどり着きました。人間が手を使わずにやるスポーツですから、パスミス、シュートミスが当たり前に起きる。結果としてあれだけうまいプロが90分間全力で戦っても0対0ということが起こりうる。

【村井】野球では「エラー」が記録されますが、ミスが本質のサッカーにエラーの記録はありません。パスミス、シュートミスを何度も乗り越え、90分間ゴールを目指し続けるのがサッカーです。ミスを恐れてシュートを打たなければゴールは生まれませんから、リスクを冒してシュートを打ったり、パスが来ないことがあってもボールの反対側のサイドを何度も駆け上がったりとチャレンジを繰り返す。

大きく心が折れても折れた心をもう一回立て直して立ち上がる。それこそがサッカーという生業ですから、Jリーグもミスをど真ん中に置いて立ち上がっていこう、という意味で「PDMCA(計画、実行、ミス、チェック、修正)」を掲げました。

2021年8月27日の色紙
撮影=奥谷仁
サッカーはミスのスポーツ。"PDMCA"で行こう。2021.08.27. - 撮影=奥谷仁

■リクルート時代は「3年間だけ働く」制度を導入

――リクルートの生業とはなんだったのでしょうか。

【村井】私は「変化」だと思っていました。リクルートが扱うのは「情報」ですから、日替わり、週替わりでコンテンツが変わります。だから変化が好きな人にとってはパラダイスだったと思います。

私が人事担当の時「CV(キャリア・ビュー)職」という制度を作りました。「リクルートに興味はあるけど、正社員は敷居が高い」という人を、学歴などに関係なく3年間の期限付きで採用する制度です。

「3年間で辞める前提の就職なんて、どこの親が認めるのか」とか、いろいろと反対意見がありました。でも配属エリア外の転勤がないとか、3年勤め上げたら100万円の退職金がもらえるとか、メリットもあったので、やる気のある人たちが大勢集まってくれました。会社全体では毎日、歓迎会と送別会が開かれていて、ある種の活気も生まれたと思います。

■会社が固まり始めると、わざと壊していた

――「公園のように出入り自由な会社」とも言われ、「就職したら一生その会社で働く」という日本における働き方の概念を大きく揺さぶりました。

【村井】創業者の江副浩正さんや、リクルートの組織や制度の原型を作った大沢武志さんたちは、ホモ(単一)よりヘテロ(雑多)を好む傾向があり、会社が一つの方向に固まり始めると、新しいことを始めてわざと壊していた記憶があります。

リクルート事件で江副さんが社長を辞めた後も、その文化は残っていて、人事担当役員の関一郎さんが小さな女の子が乗る三輪車に乗っかられて下敷きになり「リクルートの中で偉くてもしょうがなかったりして」と書いたポスターを社内にあちこちに貼ったりしていました。紙からデジタルへの変化に対応して今のリクルートがあるのは、こうした変化を好む気質に秘密があるのだと思います。

■勝負をかけた時、全力を尽くした時のミスを恐れない

――確かにサッカーにミスはつきものですが、仕事の場合、どんなミスでもOKというわけにはいきませんよね。

【村井】まあミスにも種類があって。うっかり提出期限内に書類を出すのを忘れてしまったとか、そういうミスを何回も繰り返すとか。これはルール違反だったり怠慢だったりするので、新たな世界にリスクを冒してチャレンジした上でのミスとはレイヤーが違いますね。

PDMCAで定義しているミスとは「自分にとって本当に勝負をかけた時、全力を尽くした時のミス」を指します。われわれ役員は商法上も公益法人法上も善管注意義務というのがあって、結果責任を負わなくてはいけない立場にあります。それでも現代の経営はリスクをとった経営をしなければいけない。まして社員はそこまで求められないので、どんどんチャレンジしていい。サッカーの生業の本質がミスなのにJリーグの職員がミスを恐れていては始まらない。そんな話を何回もしました。

■他人の真似ではなく、自分事としてやってみる

それでチャレンジするとやっぱりミスをするわけです。DAZNさんと契約して「全試合配信」という壁に挑んだけど、開幕のガンバ戦で画面の中央に小さな丸がクルクル回って試合が中継されなかったとか。それまで休日開催が当たり前だったところで「フライデーナイトJリーグ」という未開の分野にチャレンジしたのですが、当初全クラブ反対の中で意志を通してきたとか。そういうミスやミスの可能性と常に闘いながらJリーグの職員は成長してきたのかな、と思います。

ナレッジの共有とかベストプラクティスとか横展開とか言いますけど、結局、他人の真似だけで、自分事としてやってみないと身に染みてはわからない。ネットで1000試合配信とか、「反動蹴速迅砲」のユーチューブ配信とか、コロナ禍での有観客試合とか。全部、チャレンジして、その度に痛い思いをして、そこから立ち上がる。それがサッカーを生業とするJリーグの在り方ではないかと思うのです。

失敗は怖いです。失敗するといろんなことを言われます。でもそうした批判の一つひとつに対して改善をしていくことが大事です。現Jリーグチェアマンの野々村芳和さんは、Jリーグをさらに成長していくために懸命に頑張ってくれています。時には、私のやり方を否定してもいいのです。組織がその可動域を広げていくには振り子が大きく振れたほうがいいのだと思います。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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