汚水のなかに肘まで手を入れると…障害者施設のトイレに詰まっていた"驚きの食材"
プレジデントオンライン / 2023年1月29日 11時15分
※本稿は、松本孝夫『障害者支援員もやもや日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■午後10時半に突然訪問してきた利用者
遊軍勤務(*1)の小林君が午後8時に帰り、利用者たちはそれぞれ自室に入って、私は事務室で日報を書いていた。午後10時半ごろ、玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろう、とドアを開けると、そこには自室にいるはずのミッキーさんが立っていた。手にはコンビニのレジ袋をぶら下げている。ミッキーさんこと三木陽介さんは20代前半、統合失調症(*2)と診断されている。
身長180センチ、体重80キロと大柄で、目がギョロリとしているので迫力がある。買い物をしてきたのか。しかし、お金はどうしたのだろう? 私はミッキーさんに尋ねた。
「お菓子、買ってきたの? 見せて」
うなずき、素直に見せてくれる。ミッキーさんは会話でのコミュニケーションはほとんどできない。レジ袋の中には、チョコレート菓子が2箱にポテトチップスが1袋。
「お釣りはある?」
彼はポケットから小銭とレシートを取り出した。
「もう遅いから明日食べよう。それまで事務室で預かっておくね。さあ、トイレに行ってから寝るんだよ」
うなずいて部屋に入ってくれた。私は一件落着と胸をなでおろした。事務室に戻ってレシートを見るとコーラも買っている。店で飲んでいるのだ。それにしても、彼はお金を持っていない(*3)はずだ。
(*1)利用者に対応する職員は2階に1人、1階に1人が基本だが、朝は朝食と利用者の送り出し、夕刻は夕食の支度があり、仕事量が手にあまるので遊軍職員が1人加わって3人体制になる。朝は7時から9時半まで、夕刻は午後3時半から8時までの勤務となっていた。
(*2)幻覚や妄想といった精神病症状、意欲の低下や感情が出にくくなるなどの機能低下、認知機能の低下などを主症状とする精神疾患。成長期から青年期にかけて発症する。日本での患者数は約80万人とされ、世界各国の報告でも100人に1人弱がかかるとされる。
(*3)お金を所持していいかどうかは、利用者の状況に応じて決められる。「ホームももとせ」では10人いる利用者のうち、お金の所持が認められていなかったのは、ミッキーさんとヒコさんの2人だけだった。
■コンビで菓子や飲み物を無銭飲食して騒動に
翌日、日中勤務で出勤してきた下条美由紀さんに昨夜のことを報告した。彼女は40代後半の常勤職員で、2階フロアの責任者である。「お金、どうしたんでしょうね」首をひねる下条さんと二人で、ミッキーさんが仕事に出たあと、部屋を捜索した。ボックス型引き出しの中を見ると、男物の財布がある。
中を見ると1万円札が1枚入っていた。たぶん男性職員の誰かのものだろう。「これはドロボーですよ」。下条さんはそう言って顔色を変えた(*4)。ある夜、ミッキーさんはホームを抜け出し、ホームから200メートルのところにあるコンビニに行った。ここからはコンビニ店員さんの証言である。
![コンビニ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/1/1200wm/img_916021a5c53d8517a5312e37db9be5f5402090.jpg)
ふらりとコンビニに入ってきたミッキーさんはしばらく店内をうろうろしていたかと思うと、突然、手当たり次第に菓子や飲み物をカゴに入れ始めた。どうするのかと店員さんが見守る中、ミッキーさんはそのままトイレに入った。10分ほどして出てきたときには、トイレ内に菓子や飲料のゴミが散乱していた。カゴに入れたものをすべてトイレ内で飲み食いしてしまったのだ。この日、ミッキーさんはお金を持っていなかった。これでは無銭飲食だ。店員さんが通報し、パトカー3台と、10人ほどの警察官がやってきて、店の周辺は騒然となった。ミッキーさんは事情聴取され、引き取りに行ったホーム長とともにホームに帰ってきた。
警察は当初、この件を「犯罪」として扱おうとした。警察からの連絡を受けたホームは、相談員(*5)やケースワーカーなどと連絡を取り合い、ミッキーさんを守ろうとした。結局、ホームが弁護士を立て、弁護士が警察と交渉した結果、ミッキーさんの立件は見送られた。ホームはミッキーさんの父親にも連絡していたが、返事はなかったという。
(*4)このことはエリア長に報告され、エリア長がミッキーさんに直接、盗みがいけないことを言い聞かせたのだという。そして、それ以来、事務室に出入りする際は必ず施錠する、というルールができた。職員はみな事務室に頻繫に出入りするので不便この上ないことになった。
(*5)正式名称は「相談支援専門員」。社会福祉法人が運営する「相談支援事業所」や授産施設、デイサービスセンターの中に支援事業部があり、そこに属する。現場での3年の実務経験に加え、「相談支援従事者初任者研修」を修了すれば資格が取得できる。更新制で5年ごとに研修あり。障害者の自宅や仕事場、またはホームに出向いて相談に乗る。
■フリーマガジンをごっそり持ち帰ったことも
私が勤務する障害者ホーム「ホームももとせ」は東京に隣接した県のP市郊外、やや鄙(ひな)びた場所にある。「ももとせ」とは「百年」という意味だ。
このあたりは住宅の中に小さな工場が交じっていて、まだ畑や空き地も残っている。この町に障害者ホームができるとき、住民のあいだで反対運動があったらしい。そのためホームが設立されたあと町内会にも入れてもらえず、市のごみ収集車が来てくれないために、やむをえず廃棄物処理業者と契約していた。
実際、迷惑をかけることもあるから仕方がない面もあるわけだが、偏見があるのも事実だった。もっとも迷惑をかけていたのは、前述のコンビニである。ミッキーさんによる“無銭飲食事件”の前から、ホームの利用者たちはよくこのコンビニを訪れていた。職員と一緒に買い物をするときもあれば、ひとりで来て店内をふらついただけで出ていくこともあった。フリーマガジンをごっそりと持ち帰ったりしたこともあり、そうした小さなトラブルがあるたびに、「ホームももとせ」のホーム長・西島さんがオーナーのところに謝罪に行っていた。
ミッキーさんの事件後、西島さんが菓子折り(*6)を持ってオーナー宅を訪れ、謝罪したあとで、じっくりと話し合いの機会が持たれた。最初はオーナーも難しい顔をしていたという。
(*6)ホームの設立時に住民からの反発もあった関係で、ホーム長はコンビニオーナーだけではなく、近隣の人たちにもかなり気をつかっていた。盆暮れには近隣住民への付け届けを欠かさなかったし、何かあればすぐに菓子折りを持って事情説明に赴いていた。
■オーナーや若い店員は受け入れてくれたが…
「夜中は外からカギをかけて出られないようにするとか、できないのですか?」
「それは虐待だとされますので難しいところです。利用者の行動については、今後、私どものほうで改善していけるようにしたいと思います」
こんなやりとりを繰り返すうち、雨降って地固まるというか、オーナーも利用者のことをだんだんと受け入れてくれるようになった。ホームの利用者10人分の飲食や日用品のまとめ買いなどもあるから、その貢献も認めてくれたのかもしれない。オーナーの理解は本当にありがたかった。
それ以来、コンビニの店員さんたちの接し方が優しくなっていった。朝、食材が足りなくなって、私がコンビニに走る。
「昨日、深夜にまた来てましたよ」
若い女性店員さんがそう言って教えてくれる。
「ご迷惑なことしませんでしたか?」
「いいえ、雑誌を見たりして長いこといましたけど、大丈夫でした」
![雑誌を読む女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/1200wm/img_7af9fdeedc1f900795d19d8094dac427403429.jpg)
若い店員さんたちはみな比較的すんなりと受け入れてくれた。それでも障害者に対する偏見の取れない店員もいた。眼鏡をかけた小柄な、40代と思われる女性だった。われわれが入っていくと、にらみつけるような目つきで行動を監視するのだった。
■「こっちはちゃんと見ているんですから!」
ヒコさんは自閉症の特徴である“こだわり”がいくつかある。その一つが“紙フェチ(*7)”だ。
トイレットペーパーの芯やティッシュペーパーの空き箱を集めてびりびり破る。新聞雑誌、チラシなどを集めまくる。自室にはそれらがうずたかく積まれている。コンビニに置いてある無料の情報誌を、がばっとつかんで持って帰る。「そんなにたくさん取ってはダメ」といくら注意しても効果がなかった。置いてある分すべてをホームの自室へ持って帰ってしまうのだった。私は一計を案じた。
「ヒコさん、この雑誌は1人1冊ならただで持っていけるから、職員の分を入れて2冊はもらえるんだよ」こういう言い方をしてみた。「〜はダメ」ではなく、「〜ならOK」と言い換えてみたのだ。すると、ヒコさんはヒコさんなりに納得してくれたらしく、それ以降、2冊にするようになった。
オーナーや若い店員さんたちもヒコさんなりの“配慮”(*8)に納得してくれていた。ある日、ヒコさんを連れてコンビニに行った。ヒコさんの大好きなコーヒーとスポーツ新聞を買う。そのついでにヒコさんは無料の情報誌を2部、手に取った。
すると、あの小柄な女性店員がレジから飛び出してきた。こちらに駆け寄ってきたかと思うと、ヒコさんの手から情報誌を強引にもぎ取った。ヒコさんも唖然としている。
「今は2冊だけ持って帰るようにしていますので、もう前のようにたくさん取ることはないんですよ」
私がそう説明してもまったく耳を貸さず、彼女は憤然とした表情で引ったくった情報誌を棚に戻した。
「ほかの職員さんも来るけど、あんたのときが一番悪いことをしますよ。こっちはちゃんと見ているんですから!」
攻撃の矛先は私に向かった。その様子を若い店員たちが気の毒そうに眺めていた。
(*7)新品のトイレットペーパーが入れられたのを見つけると、ヒコさんはそれをぐるぐるとすべて腕に巻き取ってしまう。仕方なくまた新しいのを入れても、すぐに全部を巻き取る。巻き取ったペーパーは丸められて部屋のゴミ袋の中に放り込まれている。こんなことが繰り返されるので、ホーム側はトイレにトイレットペーパーを設置するのをやめ、「トイレを利用する際はそれぞれがトイレットペーパーを持ち込む」という不便なルールが生まれることになった。
(*8)あるとき、ヒコさんが顔を背けたまま近づいてきて、黙って片腕を伸ばしてくる。「どうしたの?」と言うと、受け取れというふうに腕を動かす。手を出すと紙片を渡された。読んでみると独特の文字で「あした 6じ おきる」とある。「明日、朝の6時に起こしてほしいの?」と聞くと、黙ったままうなずいた。こういうのもヒコさんなりの配慮なのだと思う。
■深夜に汚水で溢れかえったトイレ
深夜2時、私は仮眠から起こされた。事務室のドアを叩く音がする。開けるとヒガシさんが薄暗い廊下に立っていた。ヒガシさんこと東田壮太さんは155センチほどの小柄でぽっちゃりした体型で、性格は穏やかでやさしい。知的障害があり、支援区分は「3」(*9)だった。
「どうした?」
「溢れてるよ」
そう言ってトイレを指さす。リビングのトイレは車椅子のままで入れる広いサイズとふつうのものと2つあり、ふつうのほうだ。電気を点けて見てみると、便器は満々と汚水をたたえ、一部は溢れて床を汚していた。
「トイレに起きて気づいたの?」
「うん、ミッキーさんが行ったり来たりしていて、うるさかったので目が覚めた」
「そうか、ありがとうね。あとは私がやっておくから、もう寝ていいよ」
ヒガシさんの背中をポンと叩きながら余裕を見せて言ったが、あの汚水をどうにかしなければならないと思うと、気が滅入った。まずシャツとズボンを脱いで(*10)下着だけになった。飛沫(ひまつ)を浴びてもこれならシャワーを浴びれば済む。スッポンと呼ばれているラバーカップで排水口の吸い出しをするのだが、このまま突っ込めば、汚水がさらに溢れてしまう。
そこでバケツで便器の汚水をすくい取り、大きいトイレの便器に流す。トイレがもう一つあって助かった。便器の汚水が半分になったところで、ラバーカップを排水口に押し付けて真空にし、グイっと引っ張る。だが効果なし。繰り返すけれども反応がない。こうなったら直接、詰まり物を取り除くほかはない。
(*9)支援区分は「3」行政からの給付金はこの支援区分に応じてホームに支払われる(本来、介護給付費等は市町村から利用者に支給され、事業者に支払いをするものだが、「法定代理受領」という仕組みを利用し、利用者に代わって事業者が市町村から直接受領する)。この区分は年に一度、ホームからの申告に基づいて、行政によって再審査されて認定される。
(*10)「ホームももとせ」にはユニフォームはなく、動きやすい格好であればどんな服装でもよく、みな私服だった。当然、着替えも用意しておらず、汚れてしまえば、そのままの格好で退勤まで勤めなければならない。
■排水口に詰まっていたのは…
意を決して腕を突っ込むと、肘まで浸かったところで大きな塊(かたまり)に手が触れた。
木や金属ではなく、硬いけれども表面に弾力がある。爪を立てて掴み、やっとの思いで引っ張り出す。溶けかかった冷凍肉の塊だった。よく見るとかじった跡が見える。信じられない物体にため息が出ると同時に、ミッキーさんの顔が浮かんだ。きっと彼の仕業だろう。
キッチンの三角コーナーには二、三口かじったタマネギが捨ててあった。そのそばにふだんから2本用意してある1.5リットル入りの麦茶の容器が2つとも空になって置かれていた。タマネギをナマでかじり、辛くて麦茶をがぶ飲みしたのだろう。
ミッキーさんの様子を探りに玄関を出て外にまわった。彼はカーテンを閉めるのをなぜか嫌がるので、窓側から室内の様子が見られる。ベッドの上の盛り上がりが規則正しく上下しているから安眠しているようだ。無茶苦茶やって、興奮が収まったのかもしれない。ミッキーさんは大量の薬を飲むのでその副作用(*11)のためか、寝てしまうと異常なくらい深く眠る。そして失禁が多い。180センチ、80キロもあるから失禁も大量だ。
一応、ゴムの防水シーツは敷布の上に敷いてあるのだが、失敗するとベッド全体がぐっしょり濡れる。翌日が曇りや雨だと、職員は泣きの涙である。
(*11)副作用ミッキーさんのほかに、飲んでいる薬による副作用が見られる利用者はいなかった。ミッキーさんだけは副作用が顕著に現れるので、職員会議でもその情報が共有され、対策などが話し合われていた。
■空腹に耐えかねて食事をしているわけでもない
彼は空腹に耐えかねてこんなことをするのではない。夕食は食べすぎるほど食べている。ごはんのお代わりは1回だけという決まりを作っても、職員の目を盗んで3杯目を食べてしまう。
![松本孝夫『障害者支援員もやもや日記』(三五館シンシャ)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/f/1200wm/img_2ff2a47bdf9fff14545f8ba12c0c5843209407.jpg)
利用者のために、麦茶を入れた大型容器2本を冷蔵庫に用意しておくのだが、ミッキーさんがしょっちゅう飲むのですぐなくなる。コンビニで買ってきた500ミリリットルのコーラを一気飲み(*12)して、盛大なゲップをする。職員たちは「きっと薬の飲みすぎの副作用で喉が渇くのね」と言っていた。
彼はまた頻繁に手を洗う癖があり、そのたびに水道の水もがぶ飲みする。ある日、ミッキーさんは廊下を歩いていて突然、どばあっ! と水を吐いた。私はちょうどその瞬間を目撃した。胃の中にこんなにも大量に水が入るものかと思えるほどの大量の水だった。すぐさまモップを持ってきて、廊下の拭き掃除に取りかかる。廊下一面にぶちまけられたのは、食べ物の含まれない、じつにきれいな水だった。
(*12)あるとき、ミッキーさんはコンビニの前にたむろしている“ヤンキー”から面白半分でコーラの一気飲みをさせられた。店の前で、言われるがままに平然とした顔で一気飲みし、大きなゲップをしたという。コンビニ店員さんが教えてくれた。
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障害者支援員
1944年、山口県生まれ。大学卒業後、会社員、ライターなどを経て、会社を立ち上げるも倒産。70歳を目前に職探しをする中、高齢者ホームだと勘違いして受けた面接を経て、精神(知的)障害者のグループホームに就職。以来、8年にわたって勤務しながら、障害者が置かれた厳しい立場や偏見に苦しむ親の思いを知る。
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(障害者支援員 松本 孝夫)
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