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どんな田舎でもカリスマ講師の授業を受けられる…リクルートが赤字続きの「スタサプ」を諦めなかったワケ

プレジデントオンライン / 2023年2月3日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

優秀な経営者は、どんなことを考えて経営判断しているのか。ハーバードビジネススクールのランジェイ・グラティ教授は「優秀な経営者は、短期的に見れば儲からなくても、将来的に社会課題を解決する価値がある事業を見極めている。日本では、スキャンダルを経て一流企業に成長したリクルートがいい例だ」という――。

※本稿は、ランジェイ・グラティ著、山形浩生訳『DEEP PURPOSE 傑出する企業、その心と魂』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。

■優秀な経営者は、目の前の利益だけ見て仕事をしない

ディープ・パーパス・リーダーたちは、実務的理想主義の三つの原則に従う。まず、彼らはパーパスと利潤を常に目指す。パーパスを実存的な意図として献身する彼らは、万人に価値を創り出すために必要なむずかしいトレードオフに没頭する。単に善行を目指すだけでなく、善行をしつつ業績を挙げるというむずかしい作業をやろうと自ら挑戦する。商業的論理と社会的論理との間に生じる対立を維持し、そうした論理を体現する個別ステークホルダー間の対立も維持する。

第二に、ディープ・パーパス・リーダーたちは、商業的利得しかもたらさず社会的便益の見込みがない利潤第一の決断を避ける。だが、いつの日か社会的善につながるかもしれない儲かる決断やソリューションがあれば、それを引き受けて、その決断やソリューションが投資家だけでなくもっと広いステークホルダーの利益になるように、できる限り適応させようとする。

そして第三に、ディープ・パーパス・リーダーたちは大胆だ。もしいずれは儲かりそうなよきサマリア人的ビジネスアイデアがあれば、リスクを負ってそれを実施する。そしてそのアイデアが財務的に成立するように全力を尽くし、成立しないと会社の将来が脅かされることも理解している。

■“困っている人を助ける”という指標が求められている

実務的理想主義の三つの基本原則

原則その1:よきサマリア人を超えてパーパスと利潤にこだわれ
原則その2:社会的価値をもたらさない利潤第一ソリューションは避ける
原則その3:よきサマリア人ソリューションをパーパスと利潤に変えられると思ったら、それを大胆に引き受けろ。さもなければやめよう

原則その3に注目しよう。ディープ・パーパス・リーダーたちは、理想主義的なパーパスに基づくプロジェクトを開始しようとし、それがうまくいくように力を尽くす。これは実務的理想主義の見事な表現だ。ほとんどのリーダーや企業が投資家を重視する中で、よきサマリア人のボックスから出発するにはすさまじい勇気が必要だ。

というのも投資家をなだめ、いずれ財務的収益が出るまで待てと説得しなければならないからだ。社会に便益をもたらす製品、プロジェクト、決断を採用してそれを進め、いずれ自分が有利な経済性を実現すると信じる(だが確信はできない)ときの信念の跳躍を考えてみよう。

■新卒者の「雇用市場」を創出したリクルートの功績

投資判断をするのに、ほとんどのリーダーがやるように厳しい財務分析に頼るだけでなく、揺るぎないパーパスの感覚と、社会的影響を持ちつつ利潤を挙げるという願望から進むのだ。ディープ・パーパス・リーダーたちは自分のパーパスの実存的認識に啓発され、常にこの立場に自らを置く。機会と時間さえもらえれば、よきサマリア人をパーパスと利潤にシフトさせる方法を見つけられるという、驚くほどの自信を感じている。

リクルート・ホールディングス社は、メディア、人材派遣、事業支援、広告に子会社を持つ時価何十億ドルもの日本のコングロマリットだ。1960年にリクルート情報を広める雑誌『企業への招待』を刊行し、新卒者の雇用市場を創り出すことで、当初の成功をおさめた(それまでは、日本の大学でトップ級の才能を簡単に採用できるのは大企業だけだった)。

同社は着実に成長し、各種の産業や職能ごとに個別の雑誌を創刊し、重要な社会的課題に取り組むという目標を掲げて新市場に参入した。

■日本を揺るがした「リクルート大事件」の余波

しかし1988年は、リクルート社の歴史の新しく、あまり好ましくない章の幕開けとなった。同社は日本の政治経済エリートを震撼(しんかん)させる大スキャンダルに巻き込まれたのだ。リクルート創業者江副浩正は、同社が上場する前にエリート層の有力者たちに自社株を提供したのだった。このスキャンダルは日本中に衝撃を走らせ、主要紙の一面で大きく取り上げられた。これは日本の内閣総辞職につながり、さらに何十人もが辞職して、中には刑事訴追を受けた者もいた。

さらに事態を悪化させたのは経済情勢の低迷で、売上は2割も下がった。それでも同社は切り抜け、1990年代半ばには倒産寸前までいったが(投資の失敗と、インターネット台頭に伴う競争圧力のため)、やがて堅実な成長路線に戻った。

このスキャンダルは、体験者たちに拭い去りがたい印象を残した。「これで会社はおしまいだと思いました。私たち全員がそう感じていました」。元上級執行役員、CHRO(最高人事責任者)、取締役池内省五はそう回想する。

■リクルートはなぜ復活できたのか

同社の未来が危うい中、リーダーたちは消費者たちや雑誌の出稿企業や日本国民の信頼回復に奔走した。ソリューションを上から言い渡すかわりに、従業員に提案を求めた。幾度にもわたる劇的な深夜会議も含め多くの議論の後に、リーダーたちはまず、株主への責務だけでなく、社会的役割や責任にもっと敏感な、新しいリクルート社を創り出すことで、傷ついた信頼を回復すべきだと決めた。

会議室で話す二人のビジネスマン
写真=iStock.com/Robert Daly
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Daly

同社は「企業理念」を採用し、「常に社会との調和を図りながら新しい情報価値の創造を通じて自由で活き活きした人間社会の実現を目指す」意図を述べた。

この理念にあわせて、同社は新しい経営の三原則を掲げた。「新しい価値の創造」「個の尊重」「社会への貢献」だ。こうした理念は、それまでの企業理念とかなり似ていたが、一つ大きな例外があった。「新しい価値の創造」はそれまでの「商業的合理性の追求」に取って代わった。この以前の理念ははっきり商業的論理を掲げるものだった。

■「商業価値」と「社会的価値」をどう天秤にかけるか

同社が指摘するように「『商業的合理性の追求』は企業の存在にとって必要不可欠ではあるものの」「わたしたちが社会に必要とされる理由、私たちに出来る社会への貢献とは何かを議論した末に」この原理を変えたのだった。リクルート社は「いつも私たちは社会に受け容れられ、社会とともに歩む良心的で誠実な会社」でありたいという願いを強調しようとした。

その後の数十年で、同社はこの基本的な経営理念を更新し、最新の2019年版では、三原則はそれぞれ「wow the world,」「bet on passion,」and「prioritize social value.」となった(※)

※訳註:日本語での経営理念は変わっておらず、英語のみが変わっている。もとの理念を意訳した、とのことであり、理念そのものの変化ではないとのこと。

「社会的価値を優先」とはどういう意味なのか? 同社は財務業績など度外視して社会的価値を追求するのか、それともその逆なのか(それぞれよきサマリア人のボックスと利潤第一のボックスに収まることになる)。池内が私に保証してくれたように、リクルート社は商業価値しかもたらさないプロジェクトには「決して絶対に」資金を出さない。同社のパーパスに違反するからだ。だが社会には奉仕するが商業的な見込みのないプロジェクトにも資金はつけない。

■地方の教育格差を手助けする「スタディサプリ」

「30年以上もリクルート社で働いてきた経験からすると、社会パーパスだけを念頭に意思決定をしたことはないと思います。いつもいつも、私たちは社会的価値と経済性とのバランスを念頭に置いていました」と池内。リクルートがやるのは、はっきりした社会的価値を持つが、不確実な商業的見通しを持つプロジェクトに資金をつけることだ。同社がいずれ、そのプロジェクトに商業性を持たせられると期待してのことだ。

リクルート社は勇敢によきサマリア人のボックスから出発し、賢い思考と頑張りにより、パーパスと利潤に到達できるという信念を抱いている。そういった種類の社会志向のリスク負担こそ、リクルート社のいう「社会的価値を優先」なのだ。

2020年現在、リクルート社はその事業の一つ、オンライン学習の「スタディサプリ」に、いずれ黒字転換を期待して8年にわたり出資している。2012年に開始したスタディサプリは、低所得や地方の学生が、エリート大学への進学を左右する標準試験でよい成績を挙げるチャンスを提供するものだ。

こうした試験は日本の学校で教えない内容を扱っているので、生徒たちは成績を上げるために予備校に通わなければならない。こうした講義の費用を家族が出せなければ、あるいは予備校の授業がある都心から遠くに住んでいたら、もう絶望的だ。

■登録者はどんどん増えたが、赤字が続き…

スタディサプリは当初、生徒たちが60ドルほどでオンライン授業を受けられるようにしていた。同じくらいの対面講義の四分の一程度の価格だ。2013年に、スタディサプリはその価格を変えて、10ドル程度のサブスクリプションで、オンライン講義をいくらでも受講できるようにした。また過去問などの追加教材は無料でアクセスできる。

2018年には、50万人近い会員がスタディサプリの有料サービスを使っていた。このサービスはさらに広がり、個人指導やもっと若い生徒への講義も含むようになっていた。高校受験勉強ビジネスは利益を出していたが、全体としての事業は赤字続きだった。これはどうやら2年後も続いたようで、同社は新規登録者の月額料金を2倍に引き上げた。池内は語る。

■実利よりも「価値創造への熱意」を尊重する

「かなり辛抱させられました。(事業を立ち上げて伸ばすには)予想したよりも投資も資金もかかりました」。辛抱を示すにあたり、リーダーたちは単に手をこまねいて、売上が増えるのを待っていたわけではない。「『どうすればもっと売上を出せるのか』と自問しましたよ。激しい議論をして、この事業を伸ばす方法を論じました」

ランジェイ・グラティ著、山形浩生訳『DEEP PURPOSE 傑出する企業、その心と魂』(東洋館出版社)
ランジェイ・グラティ著、山形浩生訳『DEEP PURPOSE 傑出する企業、その心と魂』(東洋館出版社)

商業的論理を強く推進する一方で、リクルート社はスタディサプリの社会的インパクトについて極度の配慮を示し、経済的論理が実体化するまでに異様なほどの忍耐を示した。池内も認める通り、リクルート社の重役でスタディサプリの創業者である山口文洋が、この事業と見通しについて実に熱意を感じていたこと、そしてリクルート社が従業員の熱意と起業家的情熱の育成と活用に向けた文化を持っていたことも、その一因だった。

だが最終的にリクルート社は、短期的にはあまり儲からないが、潜在的には長期的に収益性を持ち、明らかな社会的価値を提供するビジネスに賭けた。これは同社がそのパーパスに異常なほど強いコミットメントを示していたからだ。池内が指摘するように、「私たちは社会的価値を最重視します。1988年スキャンダルからの教訓を学び、私たちは中核価値を更新し続け、ビジネスがそれを体現するようにしているのです」。

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ランジェイ・グラティ ハーバードビジネススクール教授
専門は経営管理(リーダーシップ、戦略、組織行動)。同校のMBAプログラムにて事業再生や起業家精神の授業を教える。現在の研究テーマは、激動する市場環境下で企業を高成長に導くための戦略やリーダーシップ。GE、IBM、マイクロソフト、日立製作所、ホンダなど、世界中の大企業で講演やコンサルティングを行う。米CNBCなどテレビ出演多数。近著に『Deep Purpose: The Heart and Soul of High-Performance Companies』がある。

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(ハーバードビジネススクール教授 ランジェイ・グラティ)

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