「曲がるストロー」はなぜ生まれたのか…プラスチック廃止を唱えるエコ活動家が見落としていること
プレジデントオンライン / 2023年1月31日 14時15分
※本稿は、キム・チョヨプ、キム・ウォニョン共著、牧野美加訳『サイボーグになる』(岩波書店)の一部を再編集したものです。
■携帯電話のSMSは聴覚障害者のために開発された
障害者のアクセシビリティーを考慮した建築環境や産業デザインを語るとき、「ユニバーサルデザイン」を思い浮かべる人が多いだろう。「すべての人のためのデザイン(design for all)」とも呼ばれるこのアプローチは、建築物や製品、サービスなどを利用する人が、性別や年齢、障害の有無などによる制約を受けないよう設計するもので、建築家ロナルド・メイス(Ronald Mace)がバリアフリー(barrier free)デザインの範囲を超えるアクセシビリティーを説明するために作った言葉だ。
ユニバーサルデザインのおもな目標は、すべての人に機能的な環境をつくることだ。同じような概念に「主流化(mainstreaming)」がある。ほとんどの補助技術は障害者の特殊なニーズを満たすために考案されるが、やがて社会的に広く使われるようになり主流化されることもある。
飲み物が飲みづらい患者のために開発された「曲がるストロー」、もともとは視覚障害者に本を読み上げる目的で使われていたLPレコード、聴覚障害者の連絡手段として考案された携帯電話のショートメッセージなどは、今や誰もが利用する、あるいはかつて利用していた、主流化された技術だ。
情報技術の分野で広く使われている音声認識やスクリーンキーボード、単語の予測変換、タッチスクリーンのスワイプなども、もともとは障害者ユーザーのために考案され、その便利さから普遍化された機能だ。
■「障害者のためだけ」のデザインは必要
障害者のために開発された技術が結局、普遍的に使われるようになるなら、それはもちろんいいことだけれど、一方でユニバーサルデザインという概念の落とし穴も指摘されている。
ハムライは、ユニバーサルデザインを超えた、障害者中心のアプローチが必要だと強調する。ユニバーサルデザインや補助技術の主流化が、必ずしも良い結果を生むわけではないということだ。
ユニバーサルデザインには七つの原則があるが、そのいずれも障害についての明示的な言及はない。「すべての人のための」デザインを強調するあまり、排除された身体を積極的に考慮するという原則が抜け落ちてしまったのだ。
普遍的デザインの「普遍」の範囲を明確にしておかなければ、肝心の障害者のニーズが「普遍」から外れてしまう可能性が出てくる。人類の歴史における「普遍」は常に、ごく限られた身体、つまり「白人、男性、シスジェンダー(cisgender)〔出生時に割り当てられた性別と自認する性別が一致し、それに従って生きる人〕、異性愛者、非障害者、中産階級」に代表される中立テンプレートであったことを念頭に置いておく必要がある。
つまり、「中立」を疑ってみようということ、価値「中立的」なデザインではなく、障害者を中心に据えた価値「明示的」なデザインを目指そうというのが、ハムライの主張だ。
■「美観上好ましくない」点字ブロックをグレーに
障害者中心のデザインには、障害者の身体が環境とどのように相互作用しているのかについての具体的な理解が求められる。そうした理解なしに、単に「すべての人のためのデザイン」だけを原則にしてしまうと、誰でも利用できるよう設置されたスロープが、ベビーカーを押す人やキャリーバッグを引く人には便利でも、肝心の手動車椅子ユーザーにとっては傾斜が急すぎたり、幅が狭すぎたりといった事態が発生する。
また、「障害者のためのデザインは結局、非障害者にとっても有用だ」という点を強調しすぎると、「障害者だけに有用なデザインはユニバーサルデザインより価値が劣る」という認識が生まれる可能性がある。
ニュースの画面の一部で手話通訳を提供することや目立つ色の点字ブロックを設置することは、非障害者にも有用なユニバーサルデザインではなく、障害者のニーズに合わせたものだ。
ところが韓国社会では、非障害者には美観上好ましくないという理由で点字ブロックを目立ちにくいグレーにしたり、「非障害者の視聴権」が妨げられるからと公共放送のニュースで手話通訳を表示するのを認めなかったりもする。障害者だけのためのデザインが依然として軽んじられていることの証拠だ。
■見た目がイヤホンに近い補聴器は便利そうだが…
主流化のもう一つの問題点は、障害者のためのデザインという当初の目的が簡単に消し去られてしまうことだ。たとえば補聴器をヘッドホンやイヤホンのような一般的な物に見えるようなデザインにすると、人々は補聴器をそれらと誤解してその人を無礼だと思ったり、必要以上に大きな声で話しかけたりするだろう。
自閉症児の学習に役立つiPadのアプリがたくさん開発されているが、そういうアプリはゲームや遊び目的のものと誤解されやすい。さらに、タブレットPCのような主流化された装置は医療機器とみなされないため保険の請求が難しく、それは利用者の経済的負担につながる。
とはいえ、障害者のための技術は非障害者や高齢者などにも役立つことが多いため、ユニバーサルデザインの価値自体は変わらない。スペクトラムの一方の端ともう一方の端の両方を考慮したアクセシビリティーデザインは、その中間に位置する人にとっても有用だ。ユニバーサルデザインを目指しつつ、障害者の正義やアクセシビリティーの実現をデザインの中心に据え、障害者が知識生産の主体となることが望ましいということだ。
■ストロー廃止は非障害者中心主義だろうか
すべての人のためのデザインと障害者中心のデザインについて考えるのに良い例が「ストロー」をめぐる論争だ。
「障害と技術の話になぜストロー?」と思うかもしれない。環境破壊や気候危機への意識の高まりに伴って、プラスチック製ストローは使い捨て製品の中でも代表的な廃止対象とされている。ところがこのプラスチック製ストローが欠かせない人もいるため、ストロー廃止運動は、アクセシビリティーに対するニーズと環境運動の価値とが衝突する場となった。
2019年から、韓国のスターバックスの店舗ではプラスチック製ストローの代わりに紙製ストローを提供するようになった。続いてほかのカフェも環境にやさしいストローの使用に賛同しはじめ、繰り返し使えるストローや分解されるストローを使おうという認識が大きく広まった。テイクアウト用カップなど使い捨て製品の使用を禁止する環境部〔省に相当〕の政策とも相通じる動きだった。
一部の消費者が企業に「エコロジー」への取り組みを促す手紙を送ったところ、企業のトップがそれに回答するという例もあった。ある人がTwitterで「ストロー付き飲料に対する問題意識から、飲料パックから外したストローを集めて手紙と共にメーカーに送り返すというプロジェクトに参加したところ、思いがけず毎日乳業から返事がきた」というエピソードを紹介していた。多くの人がこの手紙のやり取りに共感し支持するとともに、エコ活動に賛同する意思を表明した。
■「ないと困る人がいる」指摘に集まった2つの声
ところがほどなくして、その手紙の内容を引用したツイートが投稿された。「世の中にはストロー付き飲料しか飲めない状態にある障害者や高齢者、その保護者が間違いなく存在している。すべての人が何の問題もなく飲み物を飲めるわけではない」。
この指摘を受け、ストロー付きとストローなしの商品を両方販売するなど代案を考えてみよう、という意見が出た。その一方で、ストローが必要な人はそのつど店からもらうか、自分で持ち歩くべきだという意見も出た。これに対しては、障害者や高齢者が飲み物を飲むために一つ余分な手順を踏まなければならないのは、アクセシビリティーが保障されておらず不当だ、という反論の声が上がった。
ストローは万人のための発明品でもあり、弱者のための発明品でもある。ストロー自体は昔からあったが、飲み口近くが蛇腹になったプラスチック製の「フレキシブルストロー」は、もともと患者のために生産されるようになったものだ。1937年、ジョセフ・フリードマン(Joseph Friedman)は、幼い娘がミルクシェイクのストローに口が届かず飲みづらそうにしているのを見て、曲がるストローを作った。最初はそれを患者用に販売することを病院に提案し、のちには自分で会社をつくって本格的に生産するようになった。やがて曲がるストローの便利さは人々の知るところとなり、病院に限らず、レストランでも広く使われるようになった。
![曲がるストローとアイスコーヒー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/7/1200wm/img_573cbd9a18d05f8e2cd3293ce5536073400209.jpg)
これはユニバーサルデザインや主流化の事例としてもよく取り上げられる。曲がるストローをはじめ、大量生産される現代のストローはたいてい薄いプラスチックでできているため、身体を動かすのが難しい人にとっては、人の手を借りずに飲み物を飲むための貴重な道具なのだ。
■「必要な人は自分で持ち歩くべき」主張の問題点2つ
プラスチック製ストローの廃止が障害者の権利と相反するという問題は、すでに数年前から提起されていた。
障害の可視化プロジェクト(Disability Visibility Project)を率いる活動家でプロデューサーのアリス・ウォン(Alice Wong)は「最後のストロー」というエッセーをあるメディアに寄稿した。
当時、北米の各都市は、プラスチック製ストローの廃止計画を次々と発表していた。ストローは、使うのをやめようと思えばやめられる物なので、環境運動家には「便利さを捨てて環境を考えよう」という運動の出発点のように考えられているが、高齢者や障害者にとっては飲み物を飲むときに欠かせない生活必需品なのだと、アリス・ウォンは述べている。ウォンによると、使い捨てストローの提供を禁じた北米の都市でも、障害者はその例外とされているという。だが、その例外事項が各店舗にまで充分に浸透していないというのが現実だ。
ウォンのような障害者たちがプラスチック製ストロー廃止運動の問題をオンラインで指摘すると、「ストローが必要な障害者は分解されるストローを自分で持ち歩くべきだ」などの反論があったという。韓国での議論と同じような展開だ。
ウォンはここで2つの問題を提起している。まず、ストローが欠かせない障害者や高齢者に1つ余分な手順を踏ませるのは差別になるという点だ。健康な人が店員を呼んだりカウンターに行ってストローをもらったりするのは難しいことではないが、そうでない人にとっては手順が一つ増えるだけでアクセシビリティーを失うことにもなる。
■主流化されることで本来の目的を見失ってしまう
もう一つの問題は「プラスチック」という素材自体が高齢者や障害者にとっては重要だという点だ。
プラスチックに代わる環境にやさしいストローとして提供される紙ストローや米ストロー、とうもろこしの澱粉でできたとうもろこしストローなどは、プラスチックのように曲がらないので不便だし、熱い飲み物には適していない。先がカーブしたステンレス製のストローもあるが、これもやはり身体機能の低下した人にとっては危険が伴う。
先に述べた「ユニバーサルデザイン」の落とし穴がここにも出現している。障害者の補助技術や道具の一部は、「主流化」され広く一般に使われるようになると同時に、考案された当初の理由が忘れられてしまうのだ。
適切な答えを見つけるのは容易ではない。ストローの使用を最小限にすべきだと主張する人は、ストローの削減が、その他の使い捨てプラスチック製品の使用を減らしていくことへの心理的な抵抗を和らげる、いわば「取っ掛かり」的な役割をすると言う。
■「安全に飲み物を飲む権利が奪われた」
ストローの使用を減らすことは、環境運動の観点からすると確かに大きな意味があるだろう。けれど、プラスチック製ストローがどうしても必要な障害者は、安全に飲み物を飲む権利が環境運動の声によって奪われたと感じるかもしれない。
新型コロナウイルスの世界的大流行に伴って膨大な量の使い捨て製品が消費されていることが「公衆衛生のためだ」と簡単に合理化されてしまう現実を考えると、ストロー廃止に対する障害者の指摘は「少数の声」ゆえ相対的にかき消されやすいのは明らかだろう。ウォンをはじめとする障害者たちは、ストローを廃止したレストランに対し、障害者のアクセシビリティーのための選択肢を用意するよう求めた。
![キム・チョヨプ、キム・ウォニョン共著、牧野美加訳『サイボーグになる』(岩波書店)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/e/1200wm/img_6e62e10c36a1ef86baa4d50dcfd17c51214327.jpg)
プラスチック製ストローをめぐる一連の論争は、技術と障害の関係は非常に複雑であること、特定の進歩的な価値のための運動はほかの権利運動と衝突する場合もあることを示している。
患者や障害者のために開発された曲がるストローは、主流化されてどこでも手に入るようになったが、一方でその主流化によって本来の目的が忘れ去られてしまった。
このように障害者のアクセシビリティーをめぐっては、資源の使用や環境問題に関連した、また別の衝突が発生する可能性がいくらでもある。衝突の過程では激しい論争が必要となる場合もある。ストロー論争がおもにソーシャルメディアやブログ上で展開されたことも注目すべき点だ。非障害者の視点では見逃しがちなあらゆる状況や場において、障害者の声が必要だからだ。
![キム・チョヨプ氏(右)、キム・ウォニョン氏(左)の対談写真](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/a/1200wm/img_6a785113bda4f9216b5e4ed5937daf14391538.jpg)
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SF作家
1993年生まれ。2017年に「館内紛失」と「わたしたちが光の速さで進めないなら」で第2回韓国科学文学賞中短編部門の大賞と佳作をそれぞれ受賞し、文壇デビュー。後天性聴覚障害者。著書に、『わたしたちが光の速さで進めないなら』(カン・バンファ、ユン・ジヨン訳、早川書房)、『最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集』(河出書房新社)収録の「最後のライオニ」(古川綾子訳)などがある。2019年「今日の作家賞」、2020年「若い作家賞」を受賞。
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作家、弁護士
1982年生まれ。大学で社会学と法学を学び、ロースクールを卒業したあと国家人権委員会で働く。現在は作家、弁護士、パフォーマーとして活動。車椅子ユーザー。著書に『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(小学館、近刊)、『希望ではなく欲望 閉じ込められていた世界を飛び出す』(クオン)がある。
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(SF作家 金 草葉、作家、弁護士 金 源永 訳=牧野美加)
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