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朝ドラをやめて受信料を下げたほうがいい…「太りすぎたNHK」には今すぐ分割・民営化が必要だ

プレジデントオンライン / 2023年1月27日 18時15分

就任記者会見するNHKの稲葉延雄会長=2023年1月25日、東京都渋谷区のNHK放送センター - 写真=時事通信フォト

■NHK新会長は、今度こそ改革を実行できるのか

稲葉延雄会長が率いるNHKの新体制が1月25日に船出した。

1万人を擁する巨大NHKのトップが外部から起用されるのは6代連続で、稲葉会長は日本銀行の理事やリコーの取締役会議長を務めてきた輝かしい経歴をもつ。

だが、放送を取り巻くメディア環境が激変する中、「公共放送」からネット時代にふさわしい「公共メディア」へ進化しようというNHK創業以来の歴史的転換期のかじ取りを、メディアとはほとんど無縁だった人物に任せられるだろうか。

受信料やスリム化などNHK改革をめぐる論点はたくさんあるが、もっとも重要な焦点は「NHKは国民のための報道機関であるかどうか」であることを肝に銘じておきたい。

■受信料を払う視聴者の見えないところで人事が決まる

NHK会長をめぐる人選は、常に政治性を帯びてきた。

たとえば、安倍晋三政権下では、会長としての資質はさておき、安倍元首相に近い人物が選任されたといわれる。就任早々、「政府が右ということを左というわけにはいかない」と、安倍政権が喜びそうな発言をして顰蹙(ひんしゅく)をかった人物もいた。

今回も水面下で、岸田文雄首相と菅義偉前首相との間で綱引きがあったとか、岸田首相のいとこの宮沢洋一・自民党税調会長が橋渡ししたとか、さまざまな臆測が流れた。

実際、最終決定の直前まで、朝田照男・元丸紅社長の名が取り沙汰されていたが、土壇場で官邸サイドが巻き返して、稲葉氏に決まったともいわれる。

稲葉会長を選任した経営委員会の森下俊三委員長(元NTT西日本社長)は「自主性・自律性が必要とされる日銀で長年、日本経済の発展に貢献した」と選考の理由を説明したが、自主性や自律性はどんな組織でも最低限備えていなければならない条件で、NHK会長に求められる適格事由として十分とはいえない。

「みなさまのNHK」のトップが、なぜ稲葉氏に決まったのか、受信料を払っている視聴者からは、まったく見えないままだ。

選考過程の不透明性を問題にして、元経営委員の小林緑さんが共同代表を務める市民団体が、独自に前川喜平・元文部科学事務次官を会長に推す動きもあったほどだ。

朝日新聞や毎日新聞の担当記者も、人選の透明性を高める必要性を訴え、詳しい事実関係を明らかにしない経営委員会の姿勢を厳しく糾弾している。

「公共」を標榜(ひょうぼう)するNHKのトップを決める過程は、一般企業とは違って、基本的にオープンでなければならないだろう。

■外部出身の会長は「お飾り」と言われても仕方ない

政界や経済界の思惑が入り乱れて誕生した外様の会長は、過去5代とも1期3年で交代している。

アサヒビール出身の福地茂雄氏、JR東海出身の松本正之氏、三井物産出身の籾井勝人氏、三菱商事出身の上田良一氏、みずほフィナンシャルグループ出身の前田晃伸氏だ。

かつて、ある総務相経験者が「外部からやってきて公共放送の使命を完全に理解するのには時間がかかる。外から来て、急いで勉強するのは難しい」と喝破したように、伏魔殿とも揶揄(やゆ)されるNHKに突然、単身で乗り込んでも、できることは限られる。

メディアという特殊な業界の価値観に翻弄(ほんろう)され、なかなか心を開かないNHK職員の協力も得られにくい中、実績を上げることは容易ではない。

NHK放送センター(東京都渋谷区)(写真=CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
NHK放送センター(東京都渋谷区)(写真=CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

外様会長は、またたく間に在任期間の3年間が過ぎ、目立った成果も上げられないまま、結局、再任されずに退陣するパターンが続いている。

2期以上務めた会長となると、生え抜きで3期目の途中で辞職した海老沢勝二氏(1997~2005在職)までさかのぼる。

外様会長が「お飾り」と嘲笑されても仕方がないだろう。

■前田・前会長は3年やって「方向性を示した」だけ

退任した前田・前会長は、受信契約獲得のための経費節減策として「訪問によらない営業」に力を注ぎ、中間持ち株会社を設立して子会社や関連団体を整理し、若手を登用する人事制度も導入した。「スリムで強靱(きょうじん)なNHKに生まれ変わるための改革を行い、方向性は示した」と胸を張った。

しかし、目玉となった受信料の1割値下げは、当初は衛星放送だけを想定していたのに、首相官邸や自民党の圧力に抗し切れず、地上放送まで対象を広げざるを得なくなった。視聴者にはありがたい話でも、大幅な収入減に甘んじなければならないNHKにとって、会長は「防波堤」の役割を果たせなかったことになる。

何より、NHKにとって最大のテーマである「公共メディア」のあり方や「ネット受信料」の導入には、まったく手をつけることができず、そっくり積み残してしまった。

前田氏は最後の会見で「任期3年での改革は非常に難しい」と正直な気持ちを吐露。「具体的にどうするかは、次の方にやっていただきたい」と、後任に丸投げした形でバトンタッチした。

■NHK改革の本丸は「報道機関としての使命」

稲葉・NHKは、国民注視の中で、国民の共有財産であるNHKの歴史を新たに刻むことになる。だが、このタイミングで就任する会長は、歴代のトップと違って通り一遍の覚悟ではすまされない。

ひとくちにNHK改革といっても、営利を追求する民間企業とは「改革」の意味合いが決定的に異なる。

国民の「特殊な負担金」と称する受信料を主財源とする特殊法人のNHKの経営は、収益を求めて四苦八苦する必要がなく、支出を適正にコントロールすることに重点が置かれる。民間企業の経営理念とは程遠いため、経済人の経験が生かされるとは言い難い。

では、NHK改革の本丸は、というと、「報道機関としての使命」にほかならない。

放送法の第1条には「健全な民主主義の発達に資するようにすること」と、しっかりと明記されている。これを達成するためには、NHKが「公共メディア」として、ネット時代にふさわしいジャーナリズムやメディアのあり方を追求し、具体的に示さなければならない。

政治との距離が近いといわれるNHKにこびりついた悪しき体質をこそぎ落とし、少数意見も十分に反映することを心がけ、「国民のための報道機関」になることがもっとも肝要な点だ。政権の御用機関である「国営放送」になりかねないリスクは、自ら排除しなければならない。それこそがNHK改革の核心なのである。

総務省が求める「業務のスリム化」「受信料の見直し」「ガバナンス強化」の三位一体改革は、第1条を達成するための環境整備にすぎない。

つまり、NHKのトップに求められるのは、経営手腕や運営手腕よりも、「公共メディアとは何か」を明示し実践する能力なのである。

大阪NHK放送センタービル
写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

■「親近感」程度では、NHKのトップは務まらない

長く国の金融政策を担ってきた稲葉氏に、報道分野の経験はない。まして「公共放送」や「公共メディア」とは無縁だったといっていい。

稲葉氏は、会長に選任された直後の12月初旬の記者会見で、「不偏不党、公平公正な報道を確保するNHKに親近感を覚える」と述べたが、「親近感」程度のゆるさで、最高経営責任者(CEO)に近い最高執行責任者(COO)であるNHKのトップが務まるだろうか。

「質の高いコンテンツをつくる環境をつくり、強靭な財務体質を形成するため、先頭に立って頑張っていきたい」と抱負を語ったが、これから3年間の舵取りを託す新会長に求められているのは、そこではない。

肝心のNHKの将来像については「環境が大きく変化する中で、公共メディアとしての役割をどう果たしていけばいいのか、答えはまだ出ていない」と、確たるビジョンを持ち合わせていないことを露呈してしまった。

松本剛明総務相は「NHKの改革に向けて強いリーダーシップを発揮していただくことを期待している」とエールを送ったが、稲葉会長にNHK改革の本丸に切り込む覚悟は乏しいように映る。

■ネット時代に適合した「公共メディア」になれるのか

時あたかも、総務省では「公共メディアとは何か」をめぐる議論が真剣に交わされている。

「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」が昨夏にとりまとめた報告書を受けて、昨秋から有識者によるワーキンググループ(WG)が、制度面を中心に具体的な検討に入っている。

総務省が有識者WGを設置したこと自体が、NHKが熱望していた「ネット事業の本来業務化」を認める方向性を意味しており、自民党も後押ししている。

有識者WGは今夏にも、NHKのネット事業を「放送の補完」から「放送と並ぶ本来業務」に位置づける段取りで、今後、議論の中心は「ネット事業の本来業務化」の障害やハレーションを極力抑えるための方策に移っていくとみられる。

「公共放送」として放送界をリードしてきたNHKが、「放送メディア+ネットメディア」として法的に位置づけられて「公共メディア」に脱皮することになれば、1926年の発足からまもなく創立100年を迎えるNHKにとって歴史的な転機になろう。

■娯楽部門を切り離し、報道と教育・教養に特化するべきだ

だが、真に「公共メディア」となるためには、NHK自らが、その具体像を示すことが求められる。

たとえば、民業とバッティングするドラマやバラエティなどの娯楽部門は廃止あるいは分割民営化し、「公共メディア」にふさわしい報道部門や民業が参入しにくい教育・教養部門に特化するというような英断も、真剣に検討されなければならない。

娯楽番組は民放に任せたほうがいい。NHK本体が制作費をかけて放送しなくても、民放やネット番組が担うことができるからだ。どうしても放送したいのであれば、別会社を作って採算が取れる形で制作すればいい。そうすればNHKはスリムになるし、人件費も制作費も節約できる。

自らの血を流す大改革が断行されれば、事業支出は大幅に減り、受信料も劇的に下がることが期待できる。

『NHK受信料の窓口』HPより
『NHK受信料の窓口』HPより

もし、現在の組織や業務の形を維持したまま、ネット事業を本格的に展開することになれば、「際限なき肥大化」の批判を浴び続けることになろう。

NHKのトップに、特に求められるのは「NHKに対する強烈な愛着」「国民共有の財産という明確な意識」、そして「ジャーナリズムの一翼を担う確固たる自覚」だ。

25日の就任会見で、稲葉会長は、自らの役割を「前田・前会長が進めた改革を検証し、発展させること」と位置づけた。だが、前田改革は経営面での改革でしかなく、報道機関としての改革は棚上げしたままだった。

「公共メディア」として、国民のために何をするのか、したいのか。稲葉会長は、前田・前会長が積み残したNHKが問われている最重要の課題には、まったく踏み込まなかった。

そして、最大の問題になっている政治との距離については「報道機関として自主的な判断に基づき、不偏不党の立場で報道する」と原則論を述べるにとどまった。その原則を貫徹できないことが問題視されているという認識があるのだろうか。

はたして、稲葉会長が、国民から歓迎される「公共メディア」に進化する重責を担えるかどうか。意気込みだけでは、道は開かない。歴代の外様会長と同じように、あっという間に3年が過ぎてしまうかもしれない。

稲葉・NHKの船出を、国民は期待よりも不安をもって見つめている。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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