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あっという間に全米各地で計画されたが…6年前にイーロン・マスクが提唱した「音速の地下トンネル」の末路

プレジデントオンライン / 2023年2月13日 10時15分

2018年7月22日、カリフォルニア州ホーソーンで開催された「2018 SpaceX Hyperloop Pod Competition」で、WARR Hyperloopチームを訪問するイーロン・マスク氏 - 写真=AFP/時事通信フォト

■「渋滞に我慢できないから、地下トンネルを掘る」

2016年12月のある晩、イーロン・マスク氏は苛立っていた。ロサンゼルス名物の渋滞は今日も絶好調で、レーンはいっこうに進まない。

数年後に自ら最高経営責任者(CEO)を務めることになるTwitterを開くと、憂さ晴らしを込めてこうつぶやいた。

「渋滞に我慢ならない。トンネル掘削機でも造って、掘り進めるとするか……」

地下に迂回(うかい)路を設ければきっと渋滞知らずだという、彼一流の風変わりな夢想だった。だが、3時間後、マスク氏はこう加えた。

「本当にやる」

マスク氏の興したトンネル掘削企業「ザ・ボーリング・カンパニー」のはじまりだ。当初SpaceXの子会社として発足し、その後独立した企業へと移行した。だじゃれ好きのマスク氏らしく、名は「掘削企業」と「たいくつな(boring)会社」を掛けている。

自らの着想に魅せられたマスク氏は、続く数年間でアメリカ各地の自治体に掛け合い、あちこちでトンネルによる新交通手段の敷設を打診する。

ロサンゼルスやワシントンD.C.をはじめとする全米の大都市に対し、都市間を結ぶ高速輸送網や都市内全域をつなぐ地下トンネルを設けるべきだと説いて回り、州政府など関係母体を巻き込んだ計画を進めた。

だが、現在ボーリング社のウェブサイトからは、ラスベガスで進行中の一部計画を除き、こうしたプロジェクトはすべて削除されている。ツイートから6年後のいま、供用開始に至ったのは、ラスベガス・コンベンションセンター(LVCC)の展示場敷地内を結ぶわずか2.7キロの「LVCCループ」1例のみだ。

■真空チューブで音速移動…大胆だった当初のハイパーループ構想

マスク氏による構想は当初、大胆なものだった。地下に張り巡らせた真空チューブのなかを、音速に近い時速1100キロ超のスピードで輸送しようというのだ。

地下トンネル内を減圧して真空に近いチューブとし、利用者を乗せた浮上式カプセルが内部を走行する。空気抵抗や地面との摩擦によるロスがなく、これまで飛行機で飛んでいたような大都市間の距離を短時間で移動できるとの触れ込みだった。「ハイパーループ」と呼ばれる新交通網だ。

ハイパーループの考え方自体は1970年代から存在したものの、マスク氏の発言で一躍注目を集めた。有言実行のマスク氏が乗り出したとあらば、読み古された空想科学小説に登場するような夢物語さえ、ついに現実になるのだと信じさせる力があった。

米テックメディアのインヴァースは、ロサンゼルスからサンフランシスコまで6時間かかる道のりを、わずか30分強で結ぶことができるはずだったと振り返る。

ところが、構想の発表から間もなくして、実現性に疑問が提示されるようになる。

ハイパーループ
ハイパーループ(ボーリング社資料より)
駅でドアを開けたハイパーループ旅客カプセル
駅でドアを開けたハイパーループ旅客カプセル(ボーリング社資料より)
乗客が乗ったハイパーループ旅客カプセル
乗客が乗ったハイパーループ旅客カプセル(ボーリング社資料より)

■EVが走る地下トンネルにシフト

米技術解説誌のインタレスティング・エンジニアリングは2017年、ハイパーループの実現の困難さと安全上の課題を挙げている。

計画ではチューブ内はほぼ真空で、地表付近の大気圧の200分の1の圧力しかない。チューブ外から激しい大気圧を常時受ける状態となり、この状態を数百キロの経路上にわたって維持するのは、今世紀の工学プロジェクトとしても最難関レベルとなると記事は指摘する。

さらに、チューブが1カ所でも破損したならば、猛烈な勢いで大気が流入する。走行中のカプセルの前後で気圧に差が生じることから、カプセルは真空方向へとピンポン球のように押し出され、危険なまでのスピードで滑走を始めるという。

このような困難から、夢の新交通機関「ハイパーループ」は次第に現実味を失った。マスク氏の手元に残ったのは、あの渋滞の夜、あれほどまでに夢見た掘削機(シールドマシン)のみだ。

マスク氏はこのマシンを引き続き使い、真空ではなく通常のトンネルを掘る妥協案に活路を見いだそうとする。道路が飽和状態の地上と異なり、地下はトンネルを掘り放題だ。

渋滞や無数の交差点を飛ばして主要な目的地間を結ぶ考え方は、真空というユニークさを失ってなお、良いアイデアに思われた。ボーリング社が現在主に計画を進めているのも、真空ポッドではなくEV車両で地下トンネルを走行する方式だ。真空方式のハイパーループに対し、こちらは単にループと呼ばれる。

しかしマスク氏は、技術的な課題とはまた別に、単純なトンネル敷設でも難題に突き当たることになる。アメリカの大地を掘り進む自慢のシールドマシンでさえ、行政というぶ厚い壁に風穴を開けることはかなわなかったのだ。

■全米各地に持ちかけドタキャンを繰り返す

カリフォルニアの青い空の下、真っ白な巨大テントに覆われるようにして、うち捨てられたトンネルがぽっかりと口を開けている。ボーリング社が同州アデラントの町に掘り進めた、試掘トンネルの跡地だ。

砂漠地帯にぽつんと位置するこの町は、はるか地平線まで土と低木ばかりが続く田舎町だ。ボーリング社の技術者が訪れたなら、渋滞を解決することよりも、解決すべき渋滞を探す方がずっと難しいことに気づくだろう。どういうわけかマスク氏はこの町に白羽の矢を立て、シールドマシンを持ち込んだ。

TED 2017でインタビューを受けるイーロン・マスク氏
TED 2017でインタビューを受けるイーロン・マスク氏(写真=Steve Jurvetson/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

秘密はどうやら、その位置にありそうだ。地図を広げ、ロサンゼルス中心部とラスベガスに定規を当てれば、その途中点にピタリとこの町が乗る。

ロサンゼルス、アデラント、ラスベガス。マスク氏の地下計画が進む3つの地点が、直線上に並ぶ――。偶然にしては出来すぎている。

2020年秋ごろ、それまであまり知られていなかったアデラントの試掘現場の存在が報じられると、ボーリング社が都市間を結ぶ地下網を計画しているのではないかとの観測がにわかに流れた。

ロサンゼルスからアデラントを抜け、ラスベガスに至る約370キロを、将来的に地下の高速ネットワークで結ぼうとしていた可能性がある。マスク氏関連企業の動向を報じるテスラ・ラティは2020年、ラスベガスの地下網計画を説明する資料のトンネル終端に、「ロサンゼルスへ」の記載があることを発見している。

アデラントは当時、ボーリング社の拠点に選ばれたことを大いに誇った。だが、その後大規模な計画は何ら発表されず、いまでは誰も通ることのない試掘トンネルがむなしく残るのみだ。

ボーリング社は地元自治体に壮大なプランを持ちかけ、いざ入札となると姿を消す悪癖がある。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、同社が「アメリカじゅうの都市」の交通網整備に参加意思を見せながら、無言で連絡を絶っていると報じている。

■路面電車よりも安価に敷設できると豪語していたが…

記事によると同社は数年前、ロサンゼルス中心部から60キロほどの地点に位置するオンタリオ国際空港の交通計画への参入を試みた。

空港から6キロほど先の駅までを結ぶ必要があったが、原案である次世代型路面電車(LRT)計画では10億ドル以上の費用が見込まれていた。そこへマスク氏がふらりと姿を現し、自動運転のEVをトンネルに流せばわずか4500万ドルで完成できると耳打ちしたのだ。

郡交通局は20分の1以下という提示額に魅了され、マスク氏の打診に心酔した。ところが、2022年1月の期限を過ぎても、ボーリング社が入札を行うことはなかった。

マスク氏の計画に関与した経験があるという複数の政府関係者は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、ボーリング社は渋滞解決を大々的に公約しておきながら、いざ検討が進みインフラ建設の現実的な課題が見えてくると、途端に手を引くと指摘している。

公共インフラの新設には、許認可の取得や環境アセスの実施など、クリアすべきハードルが多い。これらにくじけ、同社は計画への提案書を送る前に姿をくらましたという。

■プロジェクトは公式サイトから次々削除された

シカゴ・オヘア空港へ開通するはずだった高速輸送トンネルも、メリーランド州当局が条件付きで一部区間にゴーサインを出していた首都ワシントンD.C.とを結ぶトンネルも、すでにボーリング社のサイトのプロジェクト一覧から削除されている。

米ワシントン・ポスト紙は2021年4月の記事にて、メリーランドの計画では6つの政府機関から承認を得る必要があり、プロジェクトの複雑さが浮き彫りになっていたと指摘している。

技術的課題も影響したようだ。複数の計画でボーリング社は、初期段階では自動走行車による輸送システムを提案している。その後、技術的な課題が判明した段階で有人運転のEV案に切り替え、その後入札せずに関係を絶つという流れを繰り返している。

現在ではあまりにも多くの計画が実質的に頓挫しており、トンネル構想自体がテスラのEVを売り込むための壮大なおとりだったと揶揄(やゆ)する声さえある。

ボーリング社公式サイトより
ボーリング社公式サイトより

すなわち、本来LRTで結ぶ予定だった区間に介入し、実現不可能なほど安い工賃を提示して地下トンネル案を売り込む。そしてトンネル内では排気の問題からEVに分があるとし、テスラ車の採用をプッシュしているのではないかという観測だ。

しかし、数十年を要するインフラ開発を甘く見た結果、多くの計画が日の目を見ることなく立ち消えとなっている。テスラ車の採用どころか、ドタキャンを繰り返すばかりでトンネルの掘削契約にも至っていない。

■「輸送力は地下鉄以下」と酷評されるベガス・ループ

現時点で実現性が比較的高い計画があるとするなら、それはラスベガスの主要施設を結ぶ都市内地下網「ベガス・ループ」だろう。だが、将来ベガス・ループに接続するとみられる「LVCCループ」を利用した人々から聞かれるのは、必ずしも賛辞ばかりではない。

LVCCループは、ラスベガス・コンベンションセンターの複数の展示棟を結ぶ移動手段として提供されている。利用者は地上あるいは地下に設けられた3つのステーションから、無料タクシーの要領でテスラ車に乗り込み、別のステーションで降車する。

ところが、渋滞知らずが売りのループのはずが、そうでもないようだ。テキサス州のラジオ局「テキサス・スタンダード」によると、ステーション付近で車両が混雑し、速度が著しく低下することがあるという。

アスファルトで舗装されたトンネル内の路面もかなり波打っており、現在の運行速度である時速約50キロを超えた高速移動には向かないとの指摘もある。1台あたりの乗車人数にも限界があることから、輸送力では既存の地下鉄に及ばないとの厳しい見方も出ている。

なにより、人々は気づいてしまった。真空カプセルで耳目を集めたハイパーループ構想と比べれば、単にトンネルを走るテスラでしかない。そこには何の新規性もないのだ。

■残されたのは出口の見えないトンネルだけ…

もっともマスク氏の胸中には、いまだ真空方式への野心が息づいている。氏は昨年4月のツイートで、「ボーリング社は今後数年をかけ、実際に使用できるハイパーループの建設を試みてゆく」と力強く宣言した。

実現性は定かでない。以前の公約では、2020年までに長さ10キロのテスト用真空チューブを完成させるとしていたが、その後音沙汰なしだ。

SpaceXで宇宙空間の掌握をねらうマスク氏は勢いに乗り、一時は地下の世界さえ手中に収めるかに思われた。だが、即決即断を是とするマスク氏にとって、年単位で時間を要する関係各所との折衝は想定外だったようだ。

ラスベガスの計画はさておき、その他の都市への展開は頓挫したともみえる。EV方式にダウングレードしたトンネルさえほぼ実現せず、いまでは計画をかき乱された元候補地の自治体が、出口の見えないトンネルに取り残されている。

移動の概念を書き換えると期待されたハイパーループだが、実現は相当な未来の話となるのかもしれない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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