1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

選手であり「体操オタク」でもありたい…「6歳の大会で最下位」だった内村航平が金メダリストになれたワケ

プレジデントオンライン / 2023年2月2日 9時15分

現役引退イベントの鉄棒の演技で着地する内村航平=2022年3月12日、東京体育館 - 写真=時事通信フォト

五輪金メダリストの内村航平さんは、6歳で初めて体操大会に出場したときは最下位だった。「センスのかけらもなかった」という内村さんは、なぜ超一流の体操選手となれたのか。それは内村さんが、とんでもない「体操オタク」だったからだ――。

※本稿は、内村航平『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■最初に出た大会は最下位だった

正直に告白すれば、僕には体操を始めた当初、センスのかけらもなかったのです。

小学校1年生のとき、6歳で出場した初めての大会は最下位でした。

僕よりうまかった妹には体操を続けさせるべきだとしても、僕にはこのまま体操をやらせておいていいのかということで母親は悩んでいたようです。

「サッカーやってみたら?」と聞かれることもあったくらいですが、僕はかたくなに拒んでいました。

「体操のほうが楽しいから」と答えていたそうです。

体操が好きで、家では体操ばかりしていたといっても、僕の中ではあくまで遊びの感覚でした。練習らしい練習はしていなかった。最初に出た大会で最下位になっても、意識は変わらなかった。少なくとも小学校低学年のうちはそうだったと思います。

試合に出ること自体、好きではなかった。

子供の頃の僕はすごく人見知りで、人前に出るのも苦手だったのです。試合に出るときも、頭の中が真っ白になるくらい緊張したので、それが嫌だったのです。体操は家だけで楽しんでいられればいい、というのが正直な気持ちでした。

■他の子はできる「蹴上がり」もできない

試合とは別の話になるけれど……。

小学校1年生のとき、鉄棒の蹴上(けあ)がりができるようになった感動は忘れられません。

蹴上がりはすごくシンプルな技です。鉄棒にぶら下がった状態で、体を前後に振る反動を利用して上半身を鉄棒の上に持ち上げるだけのものです。

同じ年でもできる子はいたので、やり方を教わろうともしました。それでもなかなかできずにいたのです。それくらい僕はセンスがなく、技を覚えるのが苦手だったということです。手がボロボロになって血が出るほどやっていたのに、それでもできませんでした。

どうしてできないんだろう、と悩みましたが、あまりあれこれ考えずにやってみようと繰り返し試したら、ある日、突然できたのです。

できた! ということ自体が衝撃的でした。体が感覚を覚えられたのか、そのあとは繰り返しできるようになったのです。

■たった一つの成功体験で500の技を覚えられた

体操にはおよそ800個の技があります。僕はそのうち500個の技ができます。体操競技では、ひとつの種目で使う技が最大10個なので、ほとんどの技を試合で使うことはありません。500個はトップ選手でも相当多い方だと思います。

その原点になっているのが蹴上がりです。蹴上がりができるようになった感動が忘れられなかったからこそ、500の技を身につけていくことができたのです。

オリンピックでやるようなG難度、H難度の技ができるようになったときの喜びは当然大きい。でも、蹴上がりができたときの喜びは、500の技のなかでも1、2を争うといっていいほどのものだったのです。

できなかったことがやれた! その喜びを知ることで、ひとつ上のステージにトライしていき、高い次元のことをマスターできるようになっていく。どんなことに挑戦するにしても、そういうものではないでしょうか。

一度、成功体験を得ることは、自分のやる気を高めたり、その後の練習効率を大きく上げることにつながります。社会人にとっての仕事の場でも、子供たちがスポーツに取り組む上でも、大きなポイントだと思います。

■「うまくなくても好きだからやれる」気持ちが大切

小学生のうちは地方の大会で2位か3位くらいだったのですが、自分よりうまい子に勝ちたいという気持ちが徐々に芽生えてきました。

最初のうち、試合は好きではありませんでしたが、本来、僕はすごく負けず嫌いです。足が速いほうだったこともあり、運動会の徒競走では絶対に負けたくなかった。だから小学校低学年の頃も、試合で1位になりたい気持ちは薄くても、練習でやれる技のレベルに関しては、他の子に劣っていたくない気持ちは強かったのです。

遊んでいる感覚から練習している感覚へと変わってくると、なおさら練習に励みました。負けず嫌いだからということもありますが、それよりも体操が好きだから。

うまくなくても、好きだからやれる。どんなことでもそうなのではないかと思います。

たいしてうまくはなくても、どこかが少しでも良くなれば、その変化が嬉(うれ)しい。嬉しいからまた頑張る。そういう繰り返しのなかで、少しずつでもレベルアップしていく。当時の僕はまさにそうでした。

「好きなことを続ける」という図式が一度できると、応用がききます。勉強にもスポーツにも仕事にも変換できて、頑張れるようになっていく。

だから子供のうちは好きなことを見つけるのが大切になるし、大人になってからはやっていることのおもしろさを見つけて好きになれるように工夫することが大事なのだと思います。

■消しゴムに体操の動きをさせていたら人型に

競技としての体操に目覚めたのは遅かったですが、体操に全力投球した子供時代を過ごしていたのは間違いありません。ヨーヨーやプラ模型などをやっていた頃もあったとはいえ、友達と遊ぶようなことはほとんどなかったくらいです。

テレビゲームにも興味がなかったので、高校や大学の先輩に誘われてやったときには電源の入れ方さえわからなかったほどです。

ホメられることではないにしても、勉強する時間があるなら体操をやっていたいと、いつも思っていた。

授業中には、消しゴムをいじって体操の動きを再現しようとしていたのです。普通の四角い消しゴムがいつのまにか人型になっていました。削ってそうしたのではありません。体操の動きをさせていることで、頭の部分が丸くなり、ボウリングのピンのようになっていくのです。それくらいずっと消しゴムをいじっていました。

その消しゴムは、消しゴムとして使うわけにはいかなくなったので、体操用の消しゴムと文字を消すための消しゴムを分けて使うようになりました。今でも実家のどこかに体操用の消しゴムが残っているはずです。本当に人の形になっています。

絵を描くのも好きだったので、体操の動きの分解図やパラパラ漫画を描いたりもしていました。子供にしてはなかなか本格的なものだったといえる気がします。

■漫画を読んで「自分にもできるんじゃないか」

漫画といえば、『ガンバ!Fly high』(原作・森末慎二、作画・菊田洋之)は、僕にとっては教科書のような存在になっています。

僕が5歳の頃から連載が始まった体操漫画です。アニメにもなったので、僕の前後の世代で体操をやっていた人はほとんどみんなが読んだり見たりしていた作品です。

すごくおもしろかった。

描かれている技は、森末慎二(もりすえしんじ)さん(ロサンゼルス五輪鉄棒金メダリスト)が監修しているので、比較的リアルでした。「自分にもできるんじゃないか」というモチベーションにもなっていたのです。

この漫画では演技中の“視界の問題”や“着地”もテーマになっていたので、共感できる面が多かった。

体育館に置かれたあん馬
写真=iStock.com/Polhansen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Polhansen

他のクラブの子たちと話をしていたなかで、「技をやっているときって、こういう景色が見えるよね」と言ったとき、「何も見えないよ」と返されたことがあったのです。

「えっ? 見えるのは僕だけなのかな」と不思議で、父親に話してみたら、「お前は空中感覚がいいのかもしれないな」と言われました。

■おたく体質でのめり込んでいきやすい性格

早いうちから演技をしながら周りの景色を見ることを意識していたのは漫画の影響だった気もします。そのために空中感覚を養うことができたのかもしれません。その意味でも、この作品から得られたものは多かったと思っています。

これまで何回、繰り返して読んだかわからない。全巻分、スマホに入れてあるので、最近でも気がつけば読み返したりしています。

その菊田洋之先生が2018年から描かれた漫画『THE SHOWMAN』は、僕が監修をさせてもらうことになったのです。夢中で『ガンバ!』を読んでいた頃から考えると、信じられない展開でした。『THE SHOWMAN』ではとにかく体操のリアルを追求したいと思い、技をはじめ、試合のときに選手がどういうことを考えているかといった細部にまでこだわりました。

僕はいちどハマると、のめり込んでいきやすいところがあります。

漫画では『ONE PIECE』も愛読しているし、いちばん好きなのは『北斗の拳』です。リアルタイムではなく、高校に入ってから古本で買うようになり、いつもカバンの中に詰めていたのです。やっぱり何度となく読み返しているので、秘孔や技の名前はすべて覚えています。ラオウの解啞門天聴(かいあもんてんちょう)なんかは好きな技です。

■体操を世界でいちばん知っている人間になりたい

最近では『鬼滅の刃』も当然、読みました。最終巻を締めくくるエピソードで、主人公と関わりの深いキャラクターの子孫が体操の金メダリストになっていたことには驚きましたし嬉しかった。

内村航平『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)
内村航平『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)

僕はもともと、おたく体質なのだと思います。10を知っていれば人に説明できるようなことでも、100や1000まで知りたくなる性格です。

体操についても、もちろんそうです。いつ頃からか、体操については世界でいちばんよく知っている人間になることを目指すようにもなりました。

プレーヤーとして頂点を目指すだけでなく、知識の面でも高みを極めたいと考えて、そのための勉強も続けていくようになったのです。

そして、得た知識は練習に生かせたり、応用できるヒントにもなります。ヒントを集めて、自分なりに考える材料にすることもできるのです。

----------

内村 航平(うちむら・こうへい)
元プロ体操競技選手
1989年1月3日生まれ、長崎県諫早市出身。体操競技で五輪4大会(北京、ロンドン、リオデジャネイロ、東京)に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダルを獲得(金メダル3、銀メダル4)。国内外40連勝を達成した世界屈指のアスリートであり、「キング」の愛称で知られる。2016年から日本体操界初のプロ選手となり、21年の東京五輪、世界選手権出場を経て、22年に引退。現在は講演やイベントのプロデュースを通して体操競技普及のための活動に取り組んでいる。

----------

(元プロ体操競技選手 内村 航平)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください