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野球嫌いの子供をこれ以上増やしたくない…大阪の名門チームが決別した「少年野球の3つの常識」とは

プレジデントオンライン / 2023年2月3日 14時15分

プロも使用する「フレーチャ」で練習する。価格はひとつ1万円ほど。 - 筆者撮影

大阪・堺市の「堺ビッグボーイズ」は、革新的な少年野球チームだ。ライターの広尾晃さんは「保護者にお茶当番などの負担を求めることはなく、プロとして野球指導というサービスを提供している。そして、試合に勝つことより、野球を好きになってもらうことを目標にしている。ほかの少年野球チームが見習うべき点は多い」という――。

■日本で一番進んでいる野球チームがやっていること

堺ビッグボーイズは、大阪府堺市を拠点とする小中学校生を対象とした野球チームだ。

このチームは日本にたくさんある「少年野球チーム」とは指導内容もマネジメントも異次元の段階に進化しつつある。

堺ビッグボーイズは、小学部、中学部がそれぞれ専用のグラウンドを持っている。

大阪府河内長野市の中学部グラウンドでは、2年生たちが羽根のついたヤリ状の用具を投げ合っている。今や日本のエース山本由伸が練習で使用していることで有名になった「フレーチャ(FLECHA)」だ。全身を使って投げることで肩肘の負担の少ない合理的な投げ方が身につく。

「フレーチャは、身体を正しく使うことで、人間が本来持っている能力を引き出すための道具です。これを使ってから、みんな投げ方が凄く良くなりました。フォームが綺麗になっただけでなく、良い回転のボールがいっています。球速は上がりましたが、肩肘の故障は大幅に減っています」

こう話すのは中学部監督の阪長友仁氏。

「フレーチャ」を開発したキネティックフォーラム代表の矢田修氏は堺ビッグボーイズのトレーニングアドバイザーを務めている。単に用具を使うだけでなく、開発者の指導を直接受けているのだ。

■かつては野球のエリートコース

堺ビッグボーイズが所属するボーイズリーグ(正式名称は日本少年野球連盟)は、1970年、南海ホークスの大監督だった鶴岡一人が大阪で始めた。

鶴岡は、監督を引退後、アメリカからもたらされた少年硬式野球のリトルリーグのチーム「リトルホークス」を創設した。しかしバントなし、盗塁なしなどアメリカ流の野球は、物足りなく思われ、日本プロ野球流の高度な野球を教えるために1970年、独自の硬式野球リーグであるボーイズリーグを創設した。

鶴岡の誘いで多くの元プロ野球選手がボーイズの指導者になった。鶴岡監督のもと南海などでプレーした黒田一博は引退後、大阪市住之江区で運動具店を営む傍らボーイズリーグの「オール住之江」を創設し、多くの野球選手を育成した。その1人が黒田の次男で、広島、ドジャース、ヤンキースで活躍した黒田博樹だ。

ボーイズリーグは当初、小学生が中心だったが、次第に中学部門が充実する。

これに追随してリトルリーグも中学生の「リトルシニア」を創設。さらにボーイズから「ヤングリーグ」が分派。またアメリカ生まれの「ポニーリーグ」も盛んになった。こうした少年硬式野球で活躍した選手は有名高校に進み、大学、プロ野球へと直結した。

なかでもボーイズ出身の有名選手は桑田真澄、立浪和義、ダルビッシュ有、前田健太、田中将大など枚挙にいとまがない。堺ビッグボーイズからも筒香嘉智、森友哉などが出ている。ボーイズ→有名高校→甲子園→大学、社会人、プロは日本野球のエリートコースだった。

■少年硬式野球から子供が減っているワケ

しかし近年、ボーイズなど少年硬式野球はいろいろな問題点が指摘されている。

ひとつは費用が高額なうえに、親の負担が大きいこと。

硬式野球の用具は軟式より高価だ。また硬式専用球場を借りる費用も高い。体を大きくするためにプロテインを摂取するのも当たり前だ。

最近はレギュラーになるために別途「野球塾」に通う子供もいる。金銭だけでなく、親は「お茶当番」として監督や選手の飲料を用意する。また遠征に車を出すことも多い。

そしてエリート主義。

少年硬式野球大会の多くも甲子園同様トーナメントであり「負けられない戦い」だ。大会ではレギュラーが固定され、控えの出場は限定される。親からは「同じ月謝を払っているのに」という声も聞こえる。また目先の勝利のために過酷な投球をさせたり、選手を罵倒したりする指導者も少なからずいる。

さらに言えば「アップデートしない指導者」。

「球数制限」にはしぶしぶ従うものの、練習では投げ込みをさせるなど選手の肩肘への配慮をしない。今や重視される準備運動だが、「勝手にやっとけ」とばかりにベンチで談笑している指導者もいる。

最近は「中学は成長途上の10代前半の子供にハードな練習を強制しがちな硬式より緩やかな指導が多い学校部活の軟式の方が将来伸びるのではないか?」という認識が広まりつつある。

特に投手は巨人の菅野智之、今季からメッツの千賀滉大、広島の森下暢仁、栗林良吏などトップクラスが軒並み軟式出身だ。

「ボーイズなど硬式出身は、指導者が目先の勝ちを求めるあまり、才能の先食いをする」と言う人もいる。こうした評価もあってボーイズなどの少年硬式野球のチーム数は合わせて1500ほどで足踏みし、選手数は減少傾向にある。

そんな中で堺ビッグボーイズは、小・中学部合わせて180人もの選手を抱えている。

■なぜ堺ビッグボーイズだけ生徒が集まるのか

当然のことながら堺ビッグボーイズでも親は月謝(入会金:1万円、月会費:1万7000円=中学部)を支払っているが「お茶当番」はなし。「フレーチャ」をはじめ最新の機器やトレーニング法を取り入れている。

またOBの筒香嘉智など著名な選手、指導者がゲストで子供を指導する。昨年4月にはオリックス、日本ハム、ヤクルトで活躍した大引啓次氏が内野守備の指導をした。

小学部を指導する筒香嘉智
筆者撮影
たびたび指導に訪れるメジャーリーガーの筒香嘉智(撮影は2018年横浜DeNA時代) - 筆者撮影

声を荒らげる指導は一切ない。投球練習から球数制限を行い、スライダーなど一部の変化球も制限している。また一般社団法人日本スポーツマンシップ協会の指導のもと、スポーツマンシップを基礎から学んでいる。この指導が評判となって、地元大阪府だけでなく、兵庫、和歌山、奈良からも選手が集まってくる。

また、堺ビッグボーイズは、他チームを退団した選手の「駆け込み寺」にもなっている。前チームでの酷使ですでに野球肘(OCD=離断性骨軟骨炎)を発症している子もいるが、チームではそういう子は無理をさせず慎重にリハビリする。

投球練習、球数も変化球の投球も制限している
筆者撮影
プロ同様に球数、変化球を制限している - 筆者撮影

車で50分かけて我が子を送り迎えしている母親は、

「前チームでは、雨で練習が中止になったら“ばんざーい!”と言っていたのですが、堺ビッグボーイズでは雨が降ると“えー! なんで?”と残念がります」と話す。

■勝利至上主義の否定

堺ビッグボーイズは、選手全員を試合に出してきた。しかし選手が増えると「試合数の確保」が問題になってくる。これまでは練習試合を増やし、リーグ戦を組むなどしてきたが、2022年から堺中央ボーイズ、堺南ボーイズ、南花台ボーイズの3チームで参加、ユニフォームも新調して大会に挑んでいる。

中学部監督の阪長氏は、

「今年は2年生が46人いるので、まずは公式戦も含めて出場機会を増やすのが第一の目的でした。ただ同じカテゴリーに3チームとも出るので、トップとそれに次ぐチームでは目指すところも違います。それも意識させたいですね。

スポーツマンシップでは『勝利至上主義』を否定します。一方で、スポーツは勝利を目指すものですから『勝利』から逃げない姿勢も必要です。そうした考えをわれわれも一緒に学んでいます。

嬉しいことのひとつは、堺ビッグボーイズの卒業生が高校でキャプテンや副キャプテンになることが増えていることですね。技術はもちろん野球に対する取り組み方で、高い評価を得ているのではないでしょうか」と話す。

中学部の選手に話す阪長氏、左は古谷コーチ
筆者撮影
中学部の選手に話す中学部監督の阪長氏(右端)、隣は社会人経験豊富な古谷コーチ - 筆者撮影

■生徒だけでなく指導者も集まる

評判を聞きつけて、全国から指導者や野球関係者も見学に来る。中にはボランティアで指導を手伝う人も出てくる。

古谷英士氏は、NTT西日本硬式野球部で投手、コーチとして長く活躍したが、昨春から週末に中学部を指導している。

「息子が野球を始めて、現場の指導者が古い考えで変えようとしないことに危機感を抱いた。自分の野球観を磨き、指導法、マネジメントを学ぶためにここに来ている」と話す。

古谷氏だけでなく、大学生、大学院生、高校教員などが指導を手伝いながら堺ビッグボーイズの野球を学んでいる。

■目標は「ずっと野球が好きでいてもらうこと」

現在、小学生の少年硬式野球は、中学以上に深刻な状態にある。堺ビッグボーイズの小学部が所属する地区では数年前まで他に3チームあったが、昨年までにすべてなくなった。

一方で堺ビッグボーイズ小学部には昨年も50人の応募があり一部を断らざるを得なくなっている。

大阪府堺市の小学部専用球場で「こないだ休んでたん風邪か? もう治ったんか?」と子供に気さくに声をかけているのが、堺ビッグボーイズ代表の瀬野竜之介氏だ。

瀬野氏は東海大学まで野球をしたのち、父が始めた堺ビッグボーイズを引き継いだ。

瀬野竜之介代表
筆者撮影
数々のスタープレイヤーを生み出した瀬野竜之介代表 - 筆者撮影

当初は勝利至上主義で、全国大会で優勝、国際大会の代表監督も務めたが、教え子の多くが高校、大学で野球をあきらめていること、そして選手が楽しそうに野球をしていないことに気がついて、2009年に指導法を全面的に改めた。

練習時間を短縮し、肩、肘、腰など選手の健康に配慮した練習法を導入した。そしてチームの目標を「目先の勝利」だけではなく「高校以降での活躍」さらには「子供たちが、ずっと野球が好きでい続けること」に切り替えた。

■指導というサービスを提供

瀬野代表は語る。

「うちは、小学部、中学部ともに、有給の正社員が核となってチームを運営しています。わざわざお金を払ってきている子と親が満足してくれるのが一番です。大事にしているのは“楽しい”と思って帰ってもらうこと。学年が上がると、親御さんから“もっと厳しく、本格的に教えてほしい”という声も出ますが、そういう声とのバランスは常に考えています」

堺ビッグボーイズではプロの指導者が中心となり「クライアント」である子供たちに最高の指導=サービスを提供している。

それができるのは小中合わせて180人と言うスケールメリットがあるからだが、感じるのは「プロ意識の高さ」だ。

■「野球競技人口の回復」のカギになる

堺ビッグボーイズは確かに恵まれた環境にあるが、このチームの運営ノウハウは、ビジネスモデルになりうる。こうしたプロが運営する少年野球チームが増えれば「野球競技人口の回復」の一助になるのではないかと思う。

事実、堺ビッグボーイズの指導を聞きつけ、全国の少年野球指導者が視察に訪れ、少しずつノウハウを取り入れている。

「野球離れ」が叫ばれる中、全国には「高い志」を持った指導者が「子供たちの未来のために」指導を行っている。

それは素晴らしいことだが、「カリスマ指導者のボランティア精神」に頼るチームはビジネスモデルにはならない。その指導者がいなくなれば、チーム運営も、指導も変わってしまうことが多いのだ。

事業としての継続性、そして普遍性を考えると心もとない部分もある。

やはり少年野球にも「プロフェッショナルの視点」が必要なのではないか?

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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