定年後「元○○」と呼ばれるのはみっともない…弘兼憲史が「肩書を捨てる勇気を」と力説する納得の理由
プレジデントオンライン / 2023年1月31日 9時15分
※本稿は、弘兼憲史『弘兼流 60歳から、好きに生きてみないか』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■60代は「まだ」と「まだまだ」を大切にしよう
「もう」という言葉は、「歳だから」という言葉につながります。
「もう歳だから」と自覚したときから、ほんものの老いは始まると思います。「もう」ではなく、これからは「まだ」を口癖にしたいものです。きっと別の生き方が訪れます。
わたしは今でも、現役の漫画家を続けています。「もう歳だから」と思って漫画家をやめようとは思いません。
「弘兼さんは漫画家だから……」ともよく言われます。
これは漫画家という職業は、フリーランスだからいつまでも続けられるという意味だと思います。でも実際は、漫画家のような個人商店で、しかも人気商売のほうがはるかに大変です。だから人一倍がんばります。
「引退」という言葉があります。
スポーツ選手や職人などが、引退を口にし、現役を退きます。そのほとんどは「体力的な問題」です。体力の限界を感じるというものです。これは「もう歳だから」と同じです。
引退とは、それで人生が終わりというものではありません。「もう歳だから、これはやめる」という意味にすぎず、これから始まる第二の人生で、ほかのことなら「まだ、できる」ということではないでしょうか。
「ヤング・オールド」以上の人には、前向きな「引退」をおすすめします。
「ほかのことならまだやれる」ということです。
わたしも漫画家をいつか引退するかもしれません。もしそうなったとしてもわたしの人生は漫画だけではありません。
仮に漫画家は引退しても、好きなワインや料理を、もっと深めていくという道があります。
でも、わたしはまだ引退したくないので、好奇心を持ち続け、健康に気を遣っています。まだまだ、やりたいことだらけだからです。
最後に60代の人が、ドキッとする言葉を贈ります。
「一生、それをやらないままでいいんですか」
「まだ」を大切にしましょう。「まだまだ」これからなのです。
■「ちゃんと老いている」という意外に楽しい発見
――歳はとりたくない。
――いつまでも若くありたい。
そんな声をよく聞きます。でも、そうでしょうか。
老いをわたしは受け入れます。
いかに老いるか――。死を受け入れることが死生観なら、老いを受け入れるのを「老受観」と呼んでみてはどうでしょうか。いかに老いを受け入れ、つき合っていくか。
かつて「老人力」という言葉が一世を風靡しました。作家・赤瀬川原平さんのベストセラー『老人力』(筑摩書房)がきっかけでした。
「物忘れが激しくなった」「ボケた」など老化による衰えをマイナスにとらえるのではなく、「老人力がついてきた」というプラス思考へ転換するという、逆転の発想です。老いは素晴らしい、老いには活力があるという話でした。
老人力というのは、いい意味で少し開き直った感じなのですね。
たしかに物忘れはするし、階段を上がれば息が切れます。
そのとき、「おお、自分もしっかり成長しているな」「ちゃんと老いてるな」と思えれば、これこそ究極のプラス思考ではないでしょうか。老いもまた成長ととらえるということです。
たしか長嶋茂雄さんだったと思います。
還暦を迎えたとき、インタビューで感想を聞かれて、こういったようなことを言っていました。
「初めてでよくわかりません」
わたしも同じ気持ちです。老いは経験したことがありません。だから老いを受け入れ、楽しもうと思っているわけです。
■60歳からの「未経験な時間」を楽しもう
歳をとったらわかることがある、といいます。それらに出合うことが今から楽しみです。というより、きっともう出合っているのだと思います。
わたしの代表作の一つである漫画『黄昏流星群』は、40代以降の中年・熟年・老年の男女を主人公とし、恋愛を軸に人生観などを描いた短編集です。
![公園を歩いていたら老夫婦](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/6/1200wm/img_767d8b83e44e0083264309d787b785b61017951.jpg)
その作品の中には、わたし自身が歳をとったからこそ、見えてきた景色や考え方が反映されています。
それが同世代の読者の共感につながっているのだと思うのです。
「老受観」――いかに老いを受け入れるか。
その差がきっと、あなたの老後を楽しい発見の時間にするか、若いころを思って嘆く時間にするかの差になっていくのではないでしょうか。
60代を迎えることができるというのは幸せなことだと思います。
文豪・夏目漱石は49歳で亡くなっています。現代からすれば早すぎた死ですね。
ですから漱石は、三四郎の青春は描けても、三四郎の老後は書けなかったと思います。“坊ちゃん”の老後など知るよしもありません。
漱石がどんなに想像力をめぐらせても、老境の心理を描かせたら、わたしやみなさんのほうが、経験上のリアリティがあると思います。なぜならわたしたちは、60代、70代の現実を呼吸していますから。
豊かな老受観を持って、これからの60代を「未経験な時間」として大いに楽しみませんか。
■「大切なものほど長く濃く」が60代の鉄則
わたしは日々、締め切りに追われています。漫画家の宿命です(ちょっとオーバーですが)。
日本を代表する漫画家の手塚治虫さんは、デビューから1989年の死去まで、第一線で作品を発表し続けました。『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』など、多くの人がご存じの、人気漫画の生みの親です。
その手塚さんが、自分が数多くの作品を残せたのは、締め切りがあったからだと言っています。
火事場のバカ力というように、締め切りがあることで、不思議な力が出ることをわたし自身、何度も経験しました。
60代は時間があるのかないのかという問題があります。
わたしの答えは、「ある」です。密度の濃い時間ならいくらでも持てます。
時間というのは、不思議なもので、感覚で長くも短くも感じます。しかも濃い時間、楽しい時間は時の流れを止めてしまいます。
「大切なものは時計ではかれる」
これは現在フリーアナウンサーの渡辺真理さんが新聞に書かれていたものです。彼女がカトリック系の高校に通っていたとき、シスターに教わった言葉だということです。
その意味は、「好きな人のことを考えていた時間」「夢中になった時間」の長さが、イコールそのことを大切にしている証拠だというものです。
大切なものほど長く濃く、そうでないものは短いということです。大切なことは時間に置き換えることができるという話です。
時間は融通無碍です。わたしはこれに期限=締め切りを加えたいと思います。
いかに時間を大切なことに使うか。そのために期限をつけてみる。これで60代からの時間は非常に貴重なものになっていくはずです。
![一本の長い道](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/1200wm/img_e4b83179b45009da674d407f51f4394c1132459.jpg)
みなさんは葛飾北斎をご存じだと思います。北斎は江戸後期に活躍した浮世絵師で、『冨嶽三十六景』『北斎漫画』など、生涯に3万点ともいわれる多くの作品を残しています。
北斎は、90歳という長生きをしました。寿命が短かった江戸時代ということを考えると、とんでもない長生きですね。
彼が残した言葉が、「もう10年、いや5年の時間があれば、画業を極められるのに」だといわれています。
その姿勢を見習いたいと思います。
■肩書を、断る勇気
定年になったら、肩書は通用しない、というのはよく聞く言葉です。
でも肩書に代表される過去から離れられないのもまた人間の弱さです。頭ではわかっていても、実行できないというわけです。
タクシーに乗ったときに、運転手さんからこんな話を聞いたことがあります。
「以前、わたしはハイヤーの運転手をしていました。あるとき、『すみませんが、これから乗せる老人を会長と呼んでもらえますか』という依頼を受けたことがあります。上場企業の元会長さんだったらしいですが」
ハイヤーを利用できる人ですから、経済的には裕福なお客さんなのでしょう。会社を離れてからも「会長」と呼ばれたいことに、なんともいえない「哀れ」を感じました。
でも、この老人が特殊なわけではありません。人は地位の高さに比例して、こだわりが強くなると思っています。
実際、わたしも会合などで元大臣や元総理に遭遇することがあります。そのとき「○○総理」とか「○○大臣」と周りが呼んでいます。日本人の体質なのかもしれません。
でも、本来は断るべきでしょう。いや、断る勇気がほしいですね。
「わたしを肩書で呼ぶのはやめてください」と。
![弘兼憲史『弘兼流 60歳から、好きに生きてみないか』(三笠書房)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/d/1200wm/img_6d66b66d4eda98251c26e0505f494b0a281057.jpg)
わたしは漫画家という職業を名刺には書きます。でも幸いなことに、書き込む肩書はありません。ゆえに、今も自由に生きています。
わたしのことを「先生」と呼ぶ人もいますが、わたしは何も教えていないので、
「先生と呼ぶのはやめてください」
と笑顔でやんわりお断りすることもあります。
肩書をとる――そこから、あなたの新しい人生が始まると思いますよ。
裸になれ、ということです。
60代は「もう一つの青春」の始まりです。肩書という古くさいしがらみこそ青春にふさわしくないとは思いませんか。
肩書がほしいなら、新しい肩書をつくりましょう。
「元」「前」はみっともないことだと思いましょう。なぜなら今が輝いていないから、そう呼ばれているということだからです。
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漫画家
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。74年に漫画家デビュー。作品に『人間交差点』『課長 島耕作』『黄昏流星群』など。島耕作シリーズは「モーニング」にて現在『会長 島耕作』として連載中。2007年紫綬褒章を受章。
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(漫画家 弘兼 憲史)
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