この前まで「ゼロコロナ」だったのに…「1カ月で11億人がコロナ感染」という情報を流す中国政府の適当さ
プレジデントオンライン / 2023年1月30日 18時15分
■ゼロコロナ政策を撤回し感染が爆発した中国
中国がゼロコロナ対策を撤回してから1カ月が過ぎた。1月21日、中国疾病予防管理センター(CDC)首席専門家の呉尊友氏が「全中国人の80%がすでに感染した」との分析を中国版ツイッター「微博」に投稿し、注目を集めている。
分析が事実とすれば、中国14億人のうち11億人がこの1カ月で感染した計算となる。にわかに信じがたい分析だが、たしかに死者も急増している。中国政府は12月以降の死者数が7万人超に達したとしている。
中国では厳しい行動制限が解かれ、各地ではコロナ前のようなにぎわいを見せている。中国政府は、1月7日から2月15日にかけての旧正月「春節」には、延べ20億人超の移動があるとの予測を発表している。
いま中国で何が起きているのか。そして中国の人々はこの事態をどのように受け止めているのか。筆者は、前回記事に続いて、中国のコロナ事情に詳しい研究者のX氏に聞いた。同氏は中国の有名大学に勤務する日本人理系研究者だ。生活者として、また専門分野に関連する問題として中国のコロナ対策と流行状況について深い知見を持っており、筆者はたびたびレクチャーを受けてきた。
ただ、中国では専門家がコロナについて発言することにはリスクがあり、過去にはゼロコロナ政策を批判した医師が猛烈なバッシングにさらされたこともあった。実名で取材に答えることはリスクがあまりにも高いとのことで、今回の記事でも匿名となることをご了承いただきたい。
■わずか1カ月で過去3年間の14倍もの死者が出ていると発表
――中国政府は22日、ゼロコロナ対策転換後の死者数を7万2596人だと発表しました。2020年初頭から2022年12月7日まで約3年間の累計死者数が5235人でした。わずか1カ月でその14倍もの死者を出した計算ですが、この数字ですら過少だと批判されています。
高齢者を中心に多数の方が亡くなられていることは間違いありません。私の周囲でも、高齢の家族が亡くなられたという話はよく聞きます。所属する大学でも、引退された研究者の訃報がひっきりなしに届いています。
そうした死者のほとんどは、コロナによる死としてカウントされていません。「コロナによる死」と判定する基準が厳格化され、細菌性の肺炎やその他持病との合併症で亡くなられた場合には、カウントしないことが決められました。加えて、地方政府や個々の病院がなるべくコロナによる死を少なく見せようと忖度(そんたく)する動きもあります。コロナで亡くなった方の大半は別の死因でカウントされています。
――ウィキペディア中国版に「今月亡くなった著名人」という項目があります。2021年12月に掲載されているのは119人に対し、2022年12月は423人と3.5倍に増えています。一部に外国人を含むリストですし、コロナ流行期で著名人の死が注目されやすいというバイアスもあります。その意味ではあまり当てにはできないのですが、それでもこの数は……と言いたくなります。
■発表されている以上の死者が出ている可能性も
リストを眺めると、ほとんどが80代以上の高齢者ですが、若い人の名前もちらほら。たとえば、人気ゲーム「原神」のコスプレイヤーとして知られた依川川さんは24歳という若さでなくなっています。中国メディアの報道によると、コロナの症状が出てから10日後に亡くなったので、「多分、コロナ関連だろう」と死因が書かれており、おそらく死亡診断書は別の死因になっているのではと推測されます。
――となると、実際の死者数はどの程度か気になるわけですが……。
中国の不活化ワクチンを活用していた香港のデータからある程度の推定ができます。80歳以上で、かつワクチン未接種の場合の死亡率は14.3%という高水準に達しています。一方で、中国シノバックの不活化ワクチンを3回接種していた場合には2.6%、ビオンテックのmRNAワクチンであれば1.3%にまで死亡率は低下します。
中国の80歳以上の高齢者は約2743万人。うち未接種が23.4%、1回接種が10.8%、2回接種が25.8%、3回接種が40%と発表されています(中国国家衛生健康委員会、11月29日発表)。すると、未接種の80歳以上の高齢者だけで、高齢者2743万人×ワクチン未接種率23.4%×死亡率14.3%×感染率90%、ざっくり82万人が亡くなる計算です。ワクチンを接種した高齢者や80歳未満の死者を含めれば、100万人を超える死者が現在進行形で亡くなりつつあると推計されます。
――日本では、80歳以上の高齢者のワクチン接種率(3回)が90%を超えているので、雲泥の差ですね。
■「コロナ前の生活に戻れる」と感じた人が大多数
――100万人とは大変な規模です。2022年全年の中国の死者数は1041万人。少なくともその1割にあたる人数がコロナで亡くなる計算ですから。一時は解熱剤が不足したため、一人5錠などバラ売りしたとの悲惨なエピソードも。これで社会が成り立つのか不思議に思うのですが、中国から伝えられてくるニュースは「日常が戻った」「街ににぎわいが」というポジティブな情報が多い。それが不思議なのですが。
私も家族もコロナに感染しましたが、熱は1日2日で下がりました。大変と言えば大変でしたが、私と妻が感染するタイミングがずれたので助かりましたね。ほとんどの人にとっても命に関わるような状況ではなかったのでは。
一度感染した人は気にせず街を出歩くようになるので、12月下旬からは街に活気が戻ってきたと感じています。いわゆる第1波はすでに収束しつつあります。旧正月休みに繁華街にでかけたのですが、猛烈な人混みでした。体感ではコロナ前と変わらぬレベルです。
――多くの人がコロナに感染して苦しんだ、高齢者に多くの方が亡くなった、若くして亡くなった方もいる。そんな状況で怒りとか、混乱とかはないのでしょうか。すぐに日常生活に戻れるものでしょうか。
高齢者を中心に多数の方が亡くなっており、それらの方々の家族や近しい方々が深く悲しまれているのは確かでしょう。その一方で、中国の14億人の人口全体からするとごく一部です。中国の人口は日本の10倍以上ですが、80歳以上人口は2倍程度しかないので。
ですから、「コロナ前の生活に戻れる」という喜びを強く感じているのが圧倒的多数でしょう。私の周囲をみても3年ぶりに実家に帰省できることを喜んでいる人をはじめ、喜びの声のほうが断然多いです。
■「習近平やめろ!」といった声も上がっていたが…
――高齢者の割合が少ない中国では身近に死や危機を感じる人が少ないというロジックはわかります。ただ、長く続くゼロコロナ対策にあれほど不満が蓄積し、昨年の11月には「習近平やめろ!」とのシュプレヒコールまで上がった抗議運動「白紙革命」まで起きました。そこからの落差はやはり不思議に感じます。
中国在住者へのヒアリングや各種報道を見ていると、中国共産党と中国人民の間に一種の「共犯関係」が築かれている印象があります。中国共産党は「ゼロコロナで踏ん張っている間にウイルスは弱体化した。今までの対策は正しかった」「一回感染すればもう安心。そしてすでに全人口の8割が感染したのだから、後は楽しく暮らしましょう」と、自分たちの成果を誇示し、社会には安心がもたらされたことを強調しています。
おっしゃる通りだと思います。「多数派の利益最大化のためには、少数派の犠牲も仕方ない」と高齢者の大量死を許容するのは、中国では広く受け入れられるスタンスでしょう。
■中国当局と国民との間にある「共犯関係」
――その一方で、死者数など都合の悪い情報については透明性を欠いているばかりか、病院の逼迫(ひっぱく)、火葬場の混雑、医療インフラが脆弱(ぜいじゃく)な農村の惨状については報道を差し止めています。中国サイバースペース管理局は旧正月の世論統制キャンペーンの一環として、「ネットで旧正月のお祝いムードを作り上げること」「帰省の見聞録などの形式で(農村の惨状など)社会の暗黒面を描くことを強く規制する」ことを盛り込みました。
中国人民はこの情報操作に完全にだまされているかというと、そうではない。一部で大変なことになっていることを知っている人は多いでしょう。ただ、政府がだまそうとしているといって怒るよりも、プロパガンダにのっかって自由な生活を満喫したほうが大多数の人にとってはハッピー。だから、あえて異を唱えないという「共犯関係」です。
「白紙革命」とその後のゼロコロナ対策転換で習近平総書記の権威は大きく傷ついたことは間違いありませんし統治の動揺につながるとの見方もありましたが、中国人民のしたたかさと共産党体制の盤石な面を感じています。
ゼロコロナ時代末期の「人民至上、生命至上」というスローガンにみられるような、コロナ死を一切許容しない極端なスタンスは、あくまでゼロコロナ政策が初期に成功していた時からの後付けであり、コロナにより大量の人々が亡くなっている西側諸国に対してのプロパガンダだったとみるべきでしょう。
そのプロパガンダに自身がとらわれた結果、上海ロックダウンや白紙革命につながってしまいましたが、現在のウィズコロナ路線が中国にとっての本来のスタンスだと感じます。
■「再感染の可能性は低い」と発表されているが…
――というわけで、「世界がうらやむ中国のゼロコロナ」から「世界がうらやむ中国のウィズコロナ」にしれっと転換しているわけですが、このまますんなり日常に戻れるのでしょうか? 再感染やコロナ後遺症の問題は注目されていないのでしょうか?
再感染やコロナ後遺症は他国同様、中国でも今後、大きな問題となるでしょう。現時点では政府や専門家が打ち消しに躍起になっています。再感染については「感染後6か月以内は再感染の可能性は非常に低い」といったメッセージが打ち出されています。
コロナ対策の権威である鐘南山は「1年以内ならば再感染はない」とまで言っていましたし、後遺症についても「全身の倦怠(けんたい)感、集中力や記憶力の低下など、各国でコロナ後遺症とされているものは単なる心理的なストレスの問題だろう」とバッサリ切り捨てています。専門家は大丈夫と言っていたのに、との人々の不信が高まる可能性はあるでしょうし、その意味で筋の良い対応とは思えません。
不活化ワクチンより効果の高い、組み換えタンパク質ワクチンが認可されるなど、明るいニュースもあるのですが、「再感染の可能性は低い」というメッセージからワクチン接種の動きも低調に進みそうです。
■短期的には日本への影響は心配しなくてもいい
――気になるのは、中国の感染爆発が日本に波及するのではないかという点です。日本の水際対策に中国が強く反発したことも話題となりました。
短期的には日本への波及はあまり心配する必要はありません。水際対策開始から1週間(12月30日~1月5日)で、日本に渡航した中国人は5000人程度。うち、8.3%に相当する400人が検査によってコロナ陽性と判断されました。日本国内で毎日万単位の感染者が出ているわけですから、誤差の範囲です。
しかも、翌週(1月6日~12日)は陽性率3.4%の249人、その翌週(1月13日~19日)は1.1%の117人と急激に減少しています。日本同様に検査を実施している韓国、台湾でも中国人旅客の陽性率は減少しています。
この数字を見る限り、水際対策の実効性は低いように思います。そもそも、中国人向けの観光ビザは、高額所得者以外でストップしていますから。水際対策でいちばんダメージを受けたのは中国駐在の日本人ではないでしょうか。旧正月休みの一時帰国をあきらめた人も多いようです。
――中国人旅客の陽性率が下がっているのは日本にとってのグッドニュースではありますが、中国のコロナ情報は透明性を欠いているだけに、今後も本当はどうなっているのか、疑心暗鬼が続きそうです。
私もそう思います。
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ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。
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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)
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