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「血液は生理食塩水で代用できるから輸血は必要ない…」そんな荒唐無稽なデマの裏事情を医師が解説

プレジデントオンライン / 2023年2月9日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vgajic

「輸血は危険だからしないほうがいい」「血液の代わりに生理食塩水や海水を入れたらいい」などという説がある。内科医の名取宏さんは「あまりにも荒唐無稽なデマです。輸血の歴史と現状をきちんと知っておけばだまされません」という――。

■大昔は動物の血液を人に輸血していた

血液型の発見は、輸血と密接に関わっています。けがなどで大量に出血した患者さんに血液を補えば命を助けられるのではないかという発想は自然なもので、古くは17世紀には最初の輸血が試みられたそうです。

ところが、なんと当初はヒツジなどの動物の血液を人に輸血しており、うまくいきませんでした。動物の血液を人に輸血するなんて、あまりにも野蛮で乱暴なように思えますが、当時の医学のレベルから考えるとやむを得ないでしょう。

19世紀の初頭には人から人への輸血の最初の成功例が報告されましたが、血液型が知られていなかった頃の輸血は運任せでした。たまたま同じ血液型同士で輸血すれば、問題ありません。ところが、A型の患者さんにB型の人の血液を輸血すると、患者さんの抗B抗体が輸血中のB抗原を持った赤血球を攻撃し、前回の記事でご説明したように血液型不適合輸血による重篤な合併症が起こります。

より安全な輸血が可能になるには、1901年にオーストリアのカール・ラントシュタイナーによる「ABO式血液型」の発見を待たねばなりませんでした。第1次世界大戦時(1914〜1918年)には、保存血による輸血が実用化されました。そして1930年には、ラントシュタイナーがノーベル賞を受賞しています(※1)

※1 NobelPrize.org “Karl Landsteiner ― Biographical”

■「輸血を受けてはいけない」というデマ

血液型が知られるようになって不適合輸血は激減しましたが、今度は血液を介した感染症が問題になりました。1970年ごろまでは輸血後に肝炎が起こる「血清肝炎(輸血後肝炎)」はよくあることで、救命のためにはやむを得ない副作用だと考えられていました。しかし、肝炎の原因となるウイルスが発見され、輸血の安全性はより高まったのです。

現在では、献血された血液はすべて、血液を介して感染する各種ウイルスがいるかどうかを検査されます。新型コロナウイルスの流行で誰もが知ることになった「PCR法」、それに準じた「核酸増幅検査」によって微量のウイルスでも検出可能な技術が使われています。きわめてまれに検査をすり抜けることはありますが、現在の日本の輸血や血液製剤の安全性は世界でもトップレベルです。

それなのに、いまだに「輸血を受けてはいけない」というデマが話題になることがあります。出どころは、抗がん剤やワクチンなどの標準医療にも反対している人たちです。2014年には医師、医療ジャーナリスト、地方議員らが「輸血・血液製剤」の危険性について記者会見しました。輸血や血液製剤の危険性を論じるのであれば、記者会見を開くのではなく論文を書くべきですが、専門的な知識はないため、ただ根拠のない持論を繰り返すだけの「いつもの手法」を用いたのです。

宗教上の理由で輸血を拒否する患者さんへの「無輸血手術」を例に挙げ、輸血は不要だとも主張していましたが、無輸血手術には一定のリスクが伴います。たとえば「輸血をすればほぼ安全に手術ができるのに、無輸血だと数%の死亡リスクがある」というケースもあります。輸血を拒否する宗教的な理由がない患者さんにとって輸血が不要とは言えません。

■現代は必要な成分のみを輸血する「成分輸血」が主流

こうした血液にまつわるデマにだまされないためには、血液の成分や役割について基本的な知識を持っておくことが大切です。まず、今の医療では全血輸血はほとんど行われていません。患者さんが必要とする成分のみを輸血できるためです。

血液は大きく分けて細胞成分の「血球」と液体成分の「血漿(けっしょう)」からできています。

血球は「赤血球」「血小板」「白血球」の3種類。輸血と聞いて皆さんがまず思い浮かべるのが赤血球輸血でしょう。血液から白血球、血小板、血漿をできるだけ取り除き、赤血球の成分を多くした輸血です。「濃厚赤血球製剤」と呼ばれることもあります。血小板は止血の役割を果たす血球で、血小板輸血製剤は赤血球が含まれていませんので赤くなく、黄色です。白血球の輸血は、現在ではかなり特殊な病態にしか使われていません。

血小板の成分輸血
写真=iStock.com/P_Wei
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/P_Wei

血漿にもさまざまな成分が含まれていますが、血漿輸血は主に血液を固めて止血する役割のある凝固因子の補充を目的に使われます。凍らせると細胞が壊れる血球成分と違って、血漿は凍結保存可能です。臨床の現場では「新鮮凍結血漿」と呼ばれています。ちなみに献血の「成分献血」では、血液中の血小板や血漿成分だけを取り出します。

■「血液は生理食塩水で代用できる」説の真偽

さて、世の中には「血液は生理食塩水で代用できるから輸血は必要ない」という耳を疑うようなデマもあります。

確かにごく少量の出血であれば輸血は必要なく、生理食塩水をはじめとした輸液を使います。また大量出血した場合でも、輸血の準備ができるまでは輸液でつなぐことがあります。出血によって体を循環している血液量が減ると、体は血管を収縮させて血圧を保とうとしますが、さらに出血が続けば血圧は下がり、各臓器に十分な血液を送ることが難しくなるためです。生理食塩水を点滴すれば血液の量が増えますので、血圧は維持されます。

しかし、大量出血時に生理食塩水の点滴を続けると血液がどんどん薄くなります。血液の成分の一つである赤血球の役割は酸素を運ぶことです。血液が薄まり赤血球が減ると貧血に陥り、十分な量の酸素を運ぶことができなくなります。こうなると赤血球輸血が必要です。また血を止める役割がある血小板や凝固因子は出血によって失われ、消費されます。輸液や赤血球輸血だけを行っていると血が止まりにくくなりますので、血小板輸血や血漿輸血によって補充する必要があるのです。大量出血時には、赤血球、血小板、血漿を適切な割合で投与することで臓器不全や外傷後合併症が減少すると考えられています(※2)

輸血が必要になるのは、大量出血時だけではありません。白血病や再生不良性貧血のように血を造る働きが弱って赤血球や血小板の数が減る病気に対しても、輸血は有効な治療法です。こうした病気では体を循環している血液の量が減ったわけではないので、生理食塩水を輸液しても効果がありません。やはり輸血が必要です。

※2 J Trauma. 2009 Jan;66(1):41-8; discussion 48-9. “Predefined massive transfusion protocols are associated with a reduction in organ failure and postinjury complications”

■「海水が血液の代わりになる」という驚愕のデマ

もっと驚くことに、生理食塩水どころか海水が血液の代わりになるという主張すらあります。「ルネ・カントン」という人物が「犬の血液を、希釈した海水に入れ替える実験をした」という逸話に基づいていますが、あるのは逸話だけで詳細な情報は不明です。生理食塩水と違って海水はさまざまな不純物が混じっていますので、静脈内に入れると大変危険ですが、「母なる海」というイメージもあって一部の人たちに信じられているようです。

循環する血液量が減っても、生理食塩水なり希釈した海水なりを輸液すれば血圧は保たれますので、カントンの犬の実験自体は行われたのかもしれません。輸血も輸液もしないよりは、海水を輸液するほうがマシではあるでしょう。血液を一度に全部生理食塩水に入れ替えてしまえば、赤血球も血小板も凝固因子もなくなりますので犬は死にますが、少しずつ入れ替えれば希釈されるだけですので、ある程度は耐えられます。が、一定を超えれば死にます。

海水や生理食塩水が輸血の代替になることを証明するためには、たとえば、血液を抜いた実験動物に対し、海水や生理食塩水を輸液する群と輸血する群とを比較して、輸液群が輸血群と少なくとも同等の成績であることを示す必要があります。もしそのような実験に成功すれば医学の進歩に大きく貢献しますので、ぜひとも論文として発表していただきたいものですが、決してあり得ません。

■「血液特権」があるという説は荒唐無稽すぎる

こうしてあの手この手で輸血を否定しようとする人たちは「日本赤十字の血液特権」――つまり利権によって必要も効果もない輸血が行われていると主張しますが、輸血や血液製剤は日本だけではなく世界中で使われています。ということは、血液利権について世界規模の陰謀があるという妄想に取りつかれているのでしょう。しかし、そんなものは存在しません。

日本において献血は無報酬で、ただで得た血液を高値で売っているように見えることが利権の存在を疑わせる一因となっているようです。しかし、各地に献血ルームを設けたり、献血バスを出したりして血液を集め、その血液中にウイルスがいないかを検査し、適切な方法で保存・管理し、間違いがないよう患者さんに届けるには大変なコストがかかります。

献血バス
写真=iStock.com/TkKurikawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

こうして作られる輸血や血液製剤は工業製品ではないので、献血をする人がいないと作れませんし、すぐには増産ができず、数には限りがあります。だから、むやみに使用できるわけではありませんし、輸血はできる限り減らす努力が行われています。厚生労働省は、血液の適正な使用のための指針を設けていて、輸血は科学的根拠に基づいて必要なときに限って行われているのです(※3)

※3 厚生労働省「血液製剤の使用指針」

■必要なときに輸血を受けて、可能な人は献血を!

輸血には、献血された血液だけではなく、自己血輸血という方法もあります。自己血輸血には、手術前に自分の血液をあらかじめ採取して貯血しておいたり、手術中に出血した血液を回収して洗浄後に患者さんの血管内に戻したりします。

将来は、輸血の代わりになる技術ができるかもしれません。再生医療の目標の一つが、血小板や赤血球を造ることです。iPS細胞をはじめとした多能性幹細胞は、さまざまな細胞に分化する能力を持っており、原理的には赤血球や血小板にもなり得ます。血小板や赤血球を安価に大量に造ることができれば献血に頼らなくてもよくなります。まれな血液型に対応した多能性幹細胞をつくれば、まれな血液型の献血者に急にお願いをする必要がなくなります。「輸血は受けてはいけない」と信じている人がこうした技術すら拒否して海水の点滴を受けたいかどうかにはちょっと興味があります。

輸血や血液製剤はこれまで多くの人の命を救ってきました。輸血が必要なときは、多かれ少なかれ、命の危険があります。デマにだまされて輸血を拒否したりせず、命を守るために必要な治療を受けるようお願いします。

最後に、読者の中にはこれまでに献血をしてくださった方もたくさんいらっしゃるでしょう。そのおかげで、多くの患者さんの命が救われています。本当にありがとうございます。機会があれば、ぜひ今後も献血へのご協力をお願いします。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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