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専門医なのに時給1000円で働かせ放題…大学病院で「勤務医の長時間労働」がなくならない根本原因

プレジデントオンライン / 2023年2月6日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nikkimeel

大学病院の勤務医の長時間労働が常態化している。内視鏡医師で、AIメディカルサービスの多田智裕社長は「多くの病院は医師の正確な労働時間を把握できていない。労働と自己研鑽の区別がつきづらく、『時給1000円』で長時間勤務するようなこともある。医療の質を保つためには、AI診断など新しいテクノロジーの導入が効果的だ」という――。

■睡眠不足の医師が手術を行うのは当たり前だった

医師の働き方に、読者のみなさんはどのような印象を持っているでしょうか。もしかすると、国から守られた、安定した環境の中で粛々とタスクをこなしているようなイメージかもしれません。

しかしながら、実態はそういった世間一般のイメージとは大きくかけ離れています。1980年代にさかのぼりますが、米国では、救急外来で20時間以上のオーバーワークを続けた研修医が、医療過誤を引き起こし、18歳の女子学生の命奪うという事件が起こりました(Libby Zion事件)。

米国では、この事件をきっかけに研修医の労働時間が大きく見直されました。ところが、日本の医療現場では、当直明けで十分な睡眠もとっていない医師がそのまま日中の外来や手術を行うことは、つい最近まで、ごく当たり前の光景でした。

考えてみればとても恐ろしいことです。大げさではなく、医師の健康状態は、患者の命に直結するわけですから、医療現場の働き方は、本人たちだけではなく、患者たちにとっても重大な問題なのです。

■タイムカードすら導入されていない

ところが、こうした実情はそもそもきちんと把握されていないのが現状です。

2019年に厚生労働省が行った調査によると、省が定める時間外労働時間の年間上限である1860時間を超えた医師をかかえる病院は、全体のわずか1割となっています。大学病院を含め、3つの病院を経験した筆者の肌感覚からしても、これは明らかに事実とは異なる数字です。

いったいなぜここまで実態とかけ離れた数字が出てくるのか……。

その原因は、「勤務管理」にあります。調査以前に、そもそも多くの病院は医師の正確な労働時間を把握できていないのです。

筆者がかつて勤務していた病院では、医師の出勤簿は出勤日の欄に印鑑を押すだけで、タイムカードなどは使用していませんでした。さらに、時間外労働は施設ごとに上限が決められており、認められるのは自己申告の一部、上限を超えた分は切り捨てられるというありさまでした。

これでは、正確な労働時間は測りようがありません。

最近でこそ労働実態の把握のためタイムカードやICカード、勤怠管理システムなどの導入が進められていますが、他の業界と比べて、労務管理がまだまだ遅れていることは明らかでしょう。

■地域病院と医師の生活は規制を課すことで回らなくなる

ここまでお話ししたのは、個々の施設が抱える問題についてでした。

しかし、医師の労務管理問題の背景には、実はもっと根深い問題があります。これは医療業界の特殊性と言えるかもしれませんが、労働時間と自己研鑽時間の区別がつきにくいこと、副業や兼業を行う医師も多いことが挙げられます。

数年前、大学病院で、一部の医師に全く給与が支払われていない、または不当な低賃金しか支払われていなかった、という「無給医」問題が大きく報道され話題となりました。「専門医なのに時給1000円で診療にあたっている」「アルバイトをしなければ暮らしていけない」などセンセーショナルに報じられました。

地域の病院では、夜間の当直などの急な呼び出しを、大学病院からの医師派遣に頼っている施設も数多く存在します。筆者の経営するクリニックでも、普段は大学病院やがんセンターなどに所属する経験豊富な内視鏡医に非常勤のアルバイトとして勤務してもらっています。

つまりこうした副業・兼業が、低賃金で働く医師たちの受け皿となっている側面があるのです。

もし、大学病院などの「出稼ぎ医師」を多く擁する病院に時間外労働規制をそのまま適用してしまうと、そこでの勤務だけで上限に達してしまい、外でのアルバイトが実質不可能となる医師が続出します。そうなると、医師は生活に困窮し、医師派遣に依存した地域の病院でも診療体制が維持できない、といった事態になりうるのです。

■「研鑽」という名の雑用・下働きがなくならない

さらに、勤務医の業務には無駄が多いことが挙げられます。

意外と知られていないことですが、勤務医の業務は患者の診療だけではありません。入院の説明や病状説明、治療の説明や同意書の取得、診断書の作成などの書類仕事なども全て行わなければなりません。加えて、大学病院などの若手医師たちは、検査や手術の準備、研究や診療のための検体や標本の整理、カンファレンスの資料作成など「研鑽」という名の下で、雑用や下働きも数多くこなさなければならないのです。

日本では医師不足を解消するため、全国で医学部新設、医学部定員の引き上げなどがすすめられています。しかし、業務を効率化しないまま人手を増やしても、問題は解決しないでしょう。

医療スタッフを増やし、入院の説明や同意書の取得、書類作成など、医師でなくても対応可能な業務の適切な役割分担の見直しを行い、負担を軽減することで、医療行為に専念できるようになり、患者に対して最善な医療サービスの提供が可能になるのではないでしょうか。

そうすれば、現在の医師数で十分な環境が整い、若手医師にも医療行為の経験を積ませることができるのです。

「低賃金でよく働く医師たち」によって支えられてきた日本の医療ですが、これからは変わらざるを得ない転換期に来ているのだと思います。

■胃がん罹患率は世界基準の3倍だが…

一般的にアメリカが秀でた先端医療を持つという印象がありますが、日本の医療も負けていません。技術面で最先端の優れた部分が数多くあります。

筆者の専門である消化器内視鏡を例にとってみましょう。消化器内視鏡は実は日本発祥の医療技術であり、間違いなく日本が世界一と言える分野の一つです。消化器内視鏡機器の世界シェアも、日本のオリンパス、富士フイルム、HOYAで実に9割を占めているのです。

日本の内視鏡技術の高さを物語っているのが、胃がんの罹患率と死亡率の差です。現在の医療では胃がんは早期発見できれば、内視鏡治療により根治できる病気であり、ステージIで発見されれば生存率は98.7%です。これは驚異的な数字です。

ただ、ステージIIでは66.5%、ステージIIIでは46.9%と、発見が遅れると生存率が大きく下がってしまいます。

日本では、胃がんの罹患率は30%と世界全体の11%と比較して3倍近く高くなっています。一方、死亡率は世界基準と同じ8%となっていて、罹患率に比べ死亡率が大きく下回っているのが特徴です。これは胃がんが早期に発見されているために、多くの患者さんが治療を受けて病気から回復していることを意味しています。同じアジアの国の中国では罹患率20%、死亡率16%ですから、日本の内視鏡医療の質の高さがお分かりいただけると思います。

ソファに座って胃の痛みを抱える女性
写真=iStock.com/Piotrekswat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Piotrekswat

■早期発見には10年間1万件の経験が要る

日本の内視鏡医療の技術は世界でトップレベルです。これは、もともと胃がんの罹患率や死亡率が高かったため、内視鏡機器の進化とともに、診断学が発展してきたという背景があります。

現在、世界的にも胃がんの患者数は増加傾向にあり、内視鏡医療への関心は高まっていますが、これには高い技術と経験が必要になります。

内視鏡は胃や腸の中をカメラで直接見て病気を発見する、という、一見シンプルな医療技術ですが、検査中に早期の胃がんを発見するのは非常に難しいです。早期の胃がんを診断できるようになるには、一般的には10年の経験年数と1万件の内視鏡検査経験が必要と言われています。検査を行う医師の経験によって、診断精度に大きな差が出来てしまうのが実情です。

見逃しのリスクが高いため、胃がん検診では防止のために、専門家が目視でダブルチェックを行っています。一例ですが、筆者が所属している地域の医師会では80名ほどの医師がそれぞれのクリニックや病院の診療後、「時間外労働」でこの膨大な作業をこなしています。質を落とさないためとはいえ、これでは医師の負担がどうしても大きくなってしまいます。

■AIで見逃しリスクを低減する

医師に負担をかけずに、診断の精度を上げる術はないものか……。考えた末、筆者が行き着いたのが、内視鏡画像の診断を支援するAI技術の開発です。

最近のAIの進化はめざましく、画像認識の分野では既に人間を超えていると言われています。筆者はこの技術を内視鏡にも応用できると考えました。ディープラーニングと呼ばれる技術をもちいると、胃がんの画像を大量にあたえることで、AIは胃がんの特徴を学習します。これにより、人間の目では見落としてしまうような難しい病変も、正確に診断することが期待できます。

開発にあたっては、がん治療の拠点となっている「がん研有明病院」をはじめ、世界トップの医療機関に協力を依頼し、質の高い教師データを大量に収集することで、世界初の高性能な内視鏡診断支援AIの研究開発に成功しました。

この技術は、医師の業務負担を軽減することはもちろん、診断技術の底上げと均てん化で、見逃しリスクを大幅に低減できるポテンシャルを持っています。さらに、専門医がいない僻地や、海外においても日本の専門医レベルの内視鏡医療を届けることが可能になります。

今、筆者が取り組む人工知能(AI)などの新しいテクノロジーが、これまで抱えていた日本の医療現場の問題解決への切り札の一つとなり、現場の医師を助ける力となるように、この事業に大きな希望をかけて日々邁進していきたいと思っています。

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多田 智裕(ただ・ともひろ)
AIメディカルサービスCEO
1971年、東京都生まれ。1990年、東京大学入学。1996年から東京大学医学部附属病院や辻仲病院などに勤務し、内視鏡医師としての経験を積む。2005年、東京大学大学院卒業。2006年、武蔵浦和メディカルセンター内に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。AIとの出会いをきっかけに内視鏡の画像診断支援AIの開発に着手。2017年、AIメディカルサービスを創業。共著に『行列のできる患者に優しい"無痛"大腸内視鏡挿入法』(中外医学社)がある。

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(AIメディカルサービスCEO 多田 智裕)

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