小学生以下、字は読めるのか、出来損ない、ゴミ…法的に「一発アウト」とされるパワハラ発言のボーダーライン
プレジデントオンライン / 2023年2月9日 9時15分
■厚生労働省が定義する「パワハラの3要素」
本稿では、ハラスメントの中でも特に問題となりやすい、パワハラから見ていきましょう。
厚生労働省は、職場におけるパワハラについて、
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるものであり、
これら3つの要素を全て満たすものをいう、としています。
「職場」とは、労働者が業務を行う場所のことを言います。労働者が通常働く場所以外の場所であっても、業務を行う場所であれば、取引先の事務所や、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅等も、「職場」に含まれます。
次に、「労働者」とは、事業主が雇用する労働者の全てを言います。いわゆる正規雇用労働者だけではなく、パートタイム労働者、契約社員など、非正規雇用労働者も「労働者」に含まれます。
■意外と気づきにくい「過大・過小な要求」
パワハラの定義は抽象的で分かりにくいため、パワハラの具体的な類型を見ていただいた方が、イメージが湧きやすいかもしれません。厚生労働省は、パワハラを6つの類型に分類しています。
![ハラスメントの6類型(「あかるい職場応援団」サイトより)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/b/1200wm/img_3b2757da517c2a0c4d2fbce86a2c2c93632062.jpg)
身体・精神への攻撃といった誰もが納得する例から、過大・過小の要求など、意外に気づいていない行為がパワハラとされていますので、ぜひこの機会に確認してみてください。
なお、中小企業のパワハラ防止措置は、令和4年4月1日以降は、法律で義務化されています。違反したことによる罰則はありませんが、厚生労働大臣が必要と認めた場合には、助言、指導、勧告の対象になるほか、勧告に従わなかった場合には、会社名が公表される可能性があります。よって、中小企業にとっても、パワハラ対策は、決して他人事ではありません。
■10人に3人がパワハラを経験している
「うちの会社に限ってパワハラなどのハラスメントはない」と、社員を信頼し、安心している社長も少なくありません。しかし、実際は問題が見えていないだけだと認識した方がいいかもしれません。
厚生労働省が4年に1度実施している『職場のハラスメントに関する実態調査』の令和2年度調査では、労働者のうち、過去3年間にパワハラを一度以上経験した人の割合は31.4%でした。
![厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査 令和2年度調査」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/1200wm/img_c24123dbb62bca3590c6ae6011cd0998165019.jpg)
また、過去3年間に各ハラスメントの相談があったと回答した会社の割合をみると、高い順にパワハラ(48.2%)、セクハラ(29.8%)、顧客等からの著しい迷惑行為(19.5%)妊娠・出産・育児休業等ハラスメント(5.2%)、介護休業等ハラスメント(1.4%)、就活等セクハラ(0.5%)となっており、やはり、他のハラスメントと比べて、パワハラに関する相談が多いことが分かります。
どのような言動をパワハラと感じるかについては、個人の主観による部分もあるので、この中には、客観的に見れば、適正といえる業務指導を受けただけであるにもかかわらず、それをパワハラだと受け止めた方も含まれている可能性はあります。しかし、「パワハラと受け止めた」という人が相当数いるということに変わりはありません。
■人格否定ワードは「即アウト!」
どのような言動がパワハラにあたるかという線引きは、容易ではないのですが、単なる人格攻撃にあたるような発言は絶対にNGです。
当たり前の話ですが、人格を否定されるような言葉で叱られたら、社員は精神的なダメージを受け、人としての尊厳も傷つきます。
(例)
「よく生きていられるな」「死ね」「消えろ」「目障り」「顔を見ているだけで吐き気がする」「小学生以下」「字は読めるのか」「出来損ない」「ゴミ」など。
また、当然ですが、パワハラの6類型にあるように、殴る・蹴るといった、暴力行為も許されません。これらの言動を行った場合には、「パワハラはしていない」といった反論はまず通用しません。
■パワハラの線引きを左右する「信頼関係」
しかし、パワハラだと言われることを恐れるあまりに部下の教育を放棄してしまっては、自社の将来に大きなマイナスになってしまいます。
厚生労働省が定めた、「パワーハラスメント防止のための指針」では、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワハラには該当しない、とされています。
これ自体、とても抽象的な記載ですが、様々な相談を受けたり、裁判例を見たりする中で痛感するのは、「これをしたらパワハラ」という明確な線引きは、人として絶対に許されないような凶悪な言動を除けば、ほとんどないということです。
しかし、一つ言えるとすれば、指導する側とされる側に、相互に信頼関係があるかどうかが、問題事案がパワハラかどうかの線引きの判断を左右する、ということです。
■「バカヤロウ」を許容できるか、できないか
例えば、同じ「バカヤロウ」という文言で部下を叱責したとしても、信頼されていない上司Aから言われたらパワハラだと感じられる一方、信頼を得ている上司Bから言われたら「自分の成長のために言ってくれているんだ」と叱咤激励と感じられることもあります。
「バカヤロウ」といってもそれが叱咤激励と受け取られる、信頼される管理者になるには、日頃からそのような意識で人間関係を築き上げることが大切です。
そこで求められるのが、相手の「許容範囲」を見極めながら指導することです。
大前提として、ただ自分のストレスを解消するために、立場が下の者を理不尽に叱責するのは文字通りの単なるパワハラです。絶対にしてはいけません。
しかし、問題を改善し、社員の能力を伸ばすための「指導」は必要なことですし、部下も少々厳しく注意されたところで、「これは自分が悪いのでしょうがない」と思える許容範囲を持っているものです。
この許容範囲を広げるのが、先ほど触れた「信頼」です。
そして、信頼を得るには、良い仕事を背中で見せることも大切ですが、直接の対話も大切です。ときには仕事と関係ない話もできるような人間関係を築いていく。そうなれば、パワハラのリスクは軽減されるはずです。
そのための第一歩は「傾聴」です。自分では9割聞いているつもりでも、実際に聞いているのは5割、といった感覚で、社員の話に真剣に耳を傾けていただければと思います。
■求められるのは「相手の話を聴きながら教える」
また次に、指導は、行為に対して行い、それを超えて、その人の人格一般の非難にまで及ばないよう意識する必要があります。
例えば、作成する書類に誤字の多い社員がいたとします。その人に対して、誤字が多いので、自信のないところは辞典やインターネットでよく確認するようにと注意指導することはよいですが、それを超えて、その人に対して、「小学生以下」などと非難してみても、問題は何も解決しません。
加えてそのように非難された本人は、注意をした人に強い反発を感じ、以後、業務が円滑に進まなくなる恐れすらあります。
若手時代に「背中で覚えろ」という文化で育ってきた世代からしてみると、イマドキの若い者はと言いたいところかもしれませんが、ひと呼吸おいて“相手の話を聴きながら教える”ということも時代の要請かもしれません。
■「ただ叱る」より、叱る理由を明確に
「叱り方」についても、相手への配慮やテクニックが重要となります。
特に、乱暴な言動に慣れていない世代の社員は、強めの声で怒られるだけで「パワハラを受けている」と感じる場合もあります。
![桶谷治、小嶋麻鈴『社長も社員も幸せになる 労働トラブルゼロ会社のつくり方』(クロスメディア・パブリッシング)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/9/1200wm/img_4900dca5320fbd53db80c69972bdba84237127.jpg)
ですから、どうしても強く注意しなければいけないときは、その叱り方に細心の注意を払わなければいけません。
仮に、パワハラとは思われずとも、「怒ると怖い人」と認識されてしまうと、二度と叱られないようにと、ミスを隠そうとする可能性があります。そうすると、早い段階で、上司のもとに必要な情報が上がってこなくなり、致命的な状態でそのミスが明らかになるという結果になりかねません。
そこで意識していただきたいのが、「ただ叱る」恰好にならないことです。
2017年度の人事院年次報告書によれば、厳しい指導を受けたけれど「それらの言動をパワハラとも思わず、不満も感じなかった」と答えた回答者は4.8%であり、この報告書には、そのように回答した理由も記載されています。
不満を感じさせなかった叱り方の上手な人は、
「お客様のため」
「安全のため」
「仕事の質を上げるため」
など、叱る理由を明確にしているそうです。
信頼する上司から、「仕事のために必要」な注意と伝えられて叱られる分には、「業務上必要かつ相当な範囲」であると、叱られた側も感じるわけです。
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桶谷法律事務所弁護士
1963年、北海道札幌市生まれ。一橋大学法学部卒。1989年弁護士登録。札幌弁護士会所属。各種企業の外部通報窓口、コンプライアンス関係委員会委員、社外監査役も務める。注力分野は労働分野ほか企業法務一般。講演・セミナーなども多数。
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桶谷法律事務所弁護士
1993年、北海道北見市生まれ。北海道大学法学部卒、同法科大学院修了。2019年弁護士登録。札幌弁護士会、桶谷法律事務所所属。注力分野は、企業関連法務、労働事件、離婚問題、相続・遺言問題。職場のハラスメント対応策の講演実績もある。
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(桶谷法律事務所弁護士 桶谷 治、桶谷法律事務所弁護士 小嶋 麻鈴)
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