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月面を歩ける保証はないのに2400億円を"約束"…アメリカの言いなりになるJAXAは本当に必要なのか

プレジデントオンライン / 2023年2月3日 14時15分

日米宇宙協力枠組み協定への署名式に参加した(左から)ビル・ネルソンNASA長官、アントニー・ブリンケン米国務長官、岸田文雄首相、林芳正外相=2023年1月13日、ワシントンDC - 写真=AFP/時事通信フォト

■岸田首相は始終ニコニコ顔だったが…

日本と米国が、「日・米宇宙協力に関する枠組協定」を結んだ。協定には、米国が主導する有人月探査「アルテミス計画」など、日本と米国の宇宙協力をスムーズに進めるためのさまざまな取り決めが盛り込まれた。

宇宙での覇権を目指す中国への牽制になるとの期待が込められているが、これで一件落着ではない。むしろこれから厳しい競争や交渉にさらされると、日本政府やJAXA(宇宙航空研究開発機構)は覚悟すべきだろう。

日本時間の1月14日、米ワシントンのNASA(米航空宇宙局)本部で行われた日米協定の署名式は、実に賑やかだった。

署名を交わすのは林芳正外相とブリンケン米国務長官だが、訪米中の岸田文雄首相、NASAとJAXAのトップ、日米大使、日米の宇宙飛行士と、総勢9人がずらっと並んだ。

9人の真ん中に座った岸田首相は「宇宙協力が力強く推進され、日米の協力分野がいっそう広がることを期待する」とあいさつ。

エマニュエル駐日米大使も「宇宙探査だけでなく、米国と日本のパートナーシップと友情を象徴している。新たな始まりだ」と力を込めた。

始終ニコニコ顔の首相に、SNSでは「岸田さんって、そんなに月探査をやりたくて仕方がなかったの?」などと、驚く声が投稿された。これまで宇宙に関して岸田首相のめぼしい発言はほとんどなかったからだ。

■背景に猛スピードで力をつける中国の存在

NASAのホームページには、林外相とブリンケン長官が署名後に握手を交わす写真が大きく掲載された。日本のメディアも大々的に報じた。

ただ、この協定によって何か新しいプロジェクトが始まるわけではない。

「枠組み協定」という名が示す通り、日米の協力をスムーズに進めるためのさまざまな取り決めを定めた、いわば包括的な下地作りだからだ。

協定の対象は、月探査だけでなく、宇宙科学、地球科学、航空科学技術、宇宙技術、宇宙輸送、安全確保など、幅広い分野にわたり、宇宙で事故が起きた時の対応、知的財産権の扱い、輸出入にかかわる税の免除などのルールを定めている。

これまでは一つひとつ協定を結んでいたため、手間と時間がかかった。今回の協定によっていちいち結ばなくてもよくなる。これまでよりもスピーディーに日米間の協力が可能になるという。

背景には、ここ20年にわたって世界各国が想像もしなかったような速さで宇宙開発の力をつけている中国への危機意識がある。対抗するためにも、日米協力をスムーズに行えるようにしておかないとならない。

だが、これで日本は安泰、ということにはならない。日本にとっては諸刃の剣になりうるリスクもはらんでいる。アルテミス計画もそこから免れない。

■ISS延長の見返りに、日本人飛行士を滞在させる

アルテミス計画は、壮大なプロジェクトだ。

2025年頃に月面に宇宙飛行士2人を送り、その後、月面に人間が滞在できる基地を建設、さらに火星への有人飛行を目指す。

当然、巨額の費用がかかる。米国だけでは賄えないため、国際協力の形で行う。

日本もアルテミス計画の一部である「ゲートウェイ」に参加している。月の近くに、人間が滞在できる宇宙ステーション「ゲートウェイ」を作る計画だ。日本はここに、システムや機器を提供する。

昨年11月、NASAと永岡桂子文部科学相が、その実施取り決めを結んだ。同時に、それぞれが注目を集める発表をした。

NASAはこの「ゲートウェイ」に、日本人宇宙飛行士の滞在機会を1回提供する、と決めた。日本は、国際宇宙ステーション(ISS)の運用期間の2030年までの延長に参加すると表明した。

「ゲートウェイ」への日本人飛行士の滞在は、ずっと日本が切望してきたことだ。欧州がNASAへの協力の見返りに、飛行士の「搭乗券」を3回分獲得していることも、日本政府やJAXAにとってプレッシャーになっていた。

一方、NASAは2024年までで運用終了予定のISSを、30年まで延長することを希望していた。

ISS延長という米国の要望に日本がこたえ、その見返りに、NASAが日本人飛行士のゲートウェイへの切符を提供した格好だ。

■「日本人を月周辺に送る」だけで2400億円の追加費用

岸田首相をはじめとする日本政府、JAXAはさらに前のめりになっている。それは日本人飛行士を月面に立たせることだ。

バイデン米大統領もNASA長官も、事あるごとに、その実現可能性をにおわせている。

予算面や技術面などでの日本の貢献を期待してのことだろう。

米国はもちろん欧州も、自分たちの飛行士が月面を歩くことを強く希望しており、競争は激しい。長年、宇宙開発に携わってきた専門家は心配を募らせる。

「米国に頼んで日本人飛行士を月へ連れていってもらうことができたとしても、その『請求書』が怖い」

月面を日本人飛行士が歩くことができるようになるかどうかにかかわらず、ISSの延長と「ゲートウェイ」の同時進行は、これから日本にとってかなり重荷になる。

日本はISSに毎年400億円前後を投じている。日本政府やJAXAは、民間企業に運営を移管し、費用負担を減らそうとしている。だが、先行きははっきりしない。現在の費用のまま6年延長すれば、単純計算で2400億円、余計に費用がかかる。

その上、「ゲートウェイ」もとなると、宇宙予算はどんどん膨れ上がる。

安全保障予算の拡大、少子化対策、物価高対策……。喫緊の課題が山積する中、日本はどれだけ宇宙予算を増やすことが可能なのか。

日本人飛行士に月面を歩行させるために、米国からさらにどんな見返りを求められるのか。日本は何ができるのか。日本政府やJAXAは、国民にも説明する必要があるだろう。

■米国に気に入られた者が勝ち

アルテミス計画は、国際協力の形はとっているが、米国の計画だ。

参加国、参加条件は、NASAが決める。その判断基準は公開されていない。米国以外の国々にとっては、米国に気に入られた者が勝ち、ということになる。

当然、アルテミス計画の基本は米国ファーストだ。米国の技術育成や産業振興に力点が置かれている。NASAは、日本が参加を表明する前から、米企業とともに、その青写真を描いている。

ロケット、宇宙船、月面基地建設などの技術的、産業的に魅力のあるところをどんどん押さえている。

NASAのホームページには、アルテミス計画の「パートナー」を紹介するグーグルマップの世界地図が掲載されている。地図上には、マーカーがたくさんつけられており、クリックすると、米国や欧州の企業名、担当分野、所在地などが表示される。

アルテミス計画には日本の民間企業も意欲を示している。例えば、トヨタ自動車が月面有人探査車をJAXAとともに開発を進めている。NASAのグーグルマップに加わるためには、日本の宇宙開発の実績や強みをアピールし、NASAから認められる必要がある。

貨物宇宙船
写真=iStock.com/3DSculptor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3DSculptor

■中国、スペースXは60回成功も日本はゼロ

だが宇宙開発での日本の存在感は薄れている。

2022年のJAXAはトラブル続きで、世界に注目される成果が出せなかった。中国や米スペースX社は、22年にそれぞれ約60回ロケットの打ち上げに成功した。

しかし、日本の成功回数はゼロ。小型ロケット「イプシロン」の打ち上げに失敗し、新型ロケット「H3」の開発が遅れたためだ。さらに、超小型月探査機「おもてなし」の失敗、宇宙飛行士の古川聡さんが責任者を務めた実験での不正発覚など、マイナスの出来事が続いた。

今年になって1月26日にロケット「H2A」の打ち上げに成功し、ようやく一矢報いたが、欧米と競いながら、日本に有利な場所を獲得し、次の世代に向けて発展させていくには、日本政府にもJAXAにも相当な力量が求められる。

日本政府やJAXAにその力はあるのだろうか。

政治家や企業からは、JAXAは、お勉強が得意な「理工系秀才集団」だが、政治、経済、安全保障など世の中の動きに無頓着なまま、自分たちの好きな技術開発や研究ばかりしている、と見られてきた。

このため、2008年に議員立法で「宇宙基本法」を作り、「国家戦略に基づいた宇宙開発」を行うことを決めた。

■米国についていくだけの現状に“不要論”も

だが、最近顕著になってきたのは、むしろ現在の日本の宇宙戦略が、不明瞭になっていることだ。安全保障での宇宙利用も含めて、いかに米国と協調して進めていくかが突出して強調されているからだ。

かつては「夢物語」と日本政府が一蹴した月有人探査や、無駄遣いの象徴のように言われてきたISSも、「米国が望んでいるから」と、重要視されるようになった。だが、そう判断した理念や、日本自身として今後どうしたいかは見えないままだ。

米国次第、という色合いが強まっている。

日米枠組み協定ができたことで、どんどん米国のペースで研究や技術開発が進む一方で、日本独自の強みとして守るべきものが検討されないまま、おろそかにされないかも心配だ。

実は2000年代に入ってから、政治家や企業などの間で、JAXA不要論が唱えられたことがある。多大な予算を使っているわりに、安全保障や産業に生かせるような成果が出ていない、という理由だ。

JAXAの注文を受けて、実際にロケットや衛星などを製造するのは企業だ。ならば、企業に権限を移してしまえばもっと産業が発展する、という意見が強まった。

JAXAが開発したロケット「H2A」の技術と打ち上げサービスを、2003年に製造企業の三菱重工業に移管したのもその一環と見られる。

政治家の中には、「ロケットは民間に任せ、これからJAXAは鹿児島県種子島の打ち上げ施設の管理人になるんだ」と言ってのける人までいた。

■民間企業が主役の時代にJAXAはどうする

「宇宙基本法」ができて以来、JAXAは技術集団として国の政策実現を支えたり、産業振興のために技術協力をしたりするようになった。ベンチャー企業支援にも乗り出した。

こうした動きは、米NASAをまねたものだ。NASAは今では研究開発組織というよりも、スペースXなどの民間企業に研究資金などを提供する「予算配分組織」のようになっている。

JAXAのベンチャー企業支援も、当初は技術助言に限っていたが、2年前からJAXAの技術成果を使ったベンチャー企業に出資することも可能になった。

「金は出さないが、技術助言のために口を出す」から、「金も出すし、口も出す」へ移りつつある。ベンチャー企業が力をつければ、JAXAは「金は出しても、口は出せない」時代になるかもしれない。その時、JAXAはどうするのか。予算配分組織への道を歩むのか。

■「理工系秀才集団」が直面する試練

このままだとその恐れがある。国の宇宙機関として活躍するためには、民間と同じようなことをするのではなく、リスクが大きく民間だけではできない日本独自の魅力的なプロジェクトを考え出し、実現させることが必要だ。その視点が現在の日本政府の戦略には不足している。

独自の魅力あるプロジェクトを進めるためには、一般の人々の理解を求めることが欠かせない。コミュニケーション力やリスクマネジメント力を磨く必要がある。だが、「理工系秀才集団」はそれが苦手のように見える。

米国頼りのリスクも念頭に置いておく必要がある。

米国はよく宇宙政策を変更する。冷戦時代に宇宙開発でソ連と対抗した米国だが、ソ連が崩壊すると、米国の判断で、西側陣営の宇宙ステーション計画に招き入れ、世界を驚かせた。

その後もISSで日本が米国の判断に振り回されることも多く、政府の間では「米国頼り一辺倒ではいけない」という反省の弁が漏れた。

そうした体験をどう生かしていくのか。日米関係の強化、アルテミス計画、という大きな変化の時代だからこそ、将来を見据えた日本の戦略を考え、実行することが必要だ。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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