なぜ被害者の野球部員が全員丸坊主になったのか…「東海大菅生高校」がセンバツ出場前に今すぐやるべきこと
プレジデントオンライン / 2023年2月1日 15時15分
■監督の暴力行為を隠蔽していた東海大菅生
2023年の選抜高等学校野球大会の出場校が1月27日に発表された。今年は95回の記念大会であり、例年の32校より多い36校が選抜された。
この選抜をめぐって大きな話題となったのが、東京地区代表の東海大菅生高校だ。
同校は春の選出は5回目、夏も4回甲子園に出場している。強豪校の一角と言えるが、1月17日に『週刊文春』(1月26日号)が「バットで殴り…東海大菅生監督に暴力常習“告発”」という記事を出し、すでに若林弘泰監督が謹慎していることを報じた。
記事によれば、若林監督の暴力は日常化し、昨年9月には1年生部員が監督の暴力行為がもとで適応障害を起こし、野球部を退部、退学した。それだけではなく、学校側はこの事実を隠蔽(いんぺい)し県高野連に報告しなかった。
『週刊文春』の報道後の1月19日に、日本高野連は東海大菅生の暴力事件を日本学生野球協会に上申することを決めた。
■選手がセンバツに出ることは問題はない
翌20日に行われた日本学生野球協会緊急審査室会議では、若林監督に2022年12月5日にさかのぼって4カ月の謹慎処分を科した。また報告漏れの責任を指摘して同野球部の部長にも1カ月の謹慎処分を科した。
実は日本学生野球協会の審査室会議は1月18日に通常の会議を行っていた。この時にも東海大菅生の件が議題に上がったが、事実確認にとどまっていた。しかしおそらくは「文春砲」が大きな話題になったこと、さらに東海大菅生が今春のセンバツ高校野球で「当確」になっていたことから、混乱を防ぐために緊急会議をさらに開き、東海大菅生の処分を決めたものと思われる。
ややこしい話だが、『週刊文春』が「謹慎中」と報じたように、実際の処分は事件が発覚した昨年のうちに学校内で決まっていた。すでに若林監督は12月には謹慎で現場を離れていたが、追いかけて処分が発表されたということになる。
若林監督の謹慎処分が発表されたタイミングで、東海大菅生の選手には公式戦出場停止などの処分が科せられないことが確認された。近年は指導者の不祥事に対して「選手が連帯責任を負う」ことはなくなっている。
■処分は下され、一件落着のはずが…
筆者はこのコラムの取材で昨年、日本学生野球協会の内藤雅之事務局長に話を聞いた。
内藤氏は「日本高野連と上部組織の日本学生野球協会は『体罰=暴力』という見解であり、これを全面的に否定する」と明言した。
また、暴力など不祥事の「報告漏れ」に対しても謹慎などの処分を科すと言った。
しかしながら野球部監督は、各校に雇用されており、それ以降の処分は学校長などの判断に委ねられている。
「暴力を全面的に否定する指導が、どこまで徹底されるかは難しいところだ」と言った。
東海大菅生の監督、部長の処分は、まさに現状の高校野球の体質を象徴していると言えよう。
しかしながら、この事件はここで一件落着したはずであり、あとは粛々と「選抜出場」へ向けてスケジュールが進行するものと思われた。
■突然の監督、部長の解任のワケ
ところが東海大菅生は、1月26日になって若林弘泰監督と部長の解任を発表した。そして翌日に東海大菅生の2年連続5回目の春の甲子園への出場が正式に決まったのだ。
若林監督らの謹慎処分で一件落着となったはずだったが、それ以降も東海大菅生に対する非難の声は止まらなかった。
そこで学校側は、この状況を打開するために若林監督と部長を解任したのではないか、いわゆる「トカゲのしっぽ切り」なのではないか、そう思われても仕方がないところだ。
■不祥事の責任は学校にもある
若林弘泰監督は、東海大相模高、東海大、日立製作所を経て1991年投手としてドラフト4位で中日に入団、引退後、2007年から東海大菅生の指導者になった。2009年に監督となったが、以後、激戦区の東京にあって春2回、夏2回の甲子園出場を果たしてきた。
その著書『叱って伸ばす』(2021年、竹書房)によれば、高校、大学と厳しい指導者の下で育ち「昭和のスタイル」で「人を叱って発奮させることで伸ばす」野球で身体だけでなく精神力も鍛える野球指導を続けてきた。プロでも星野仙一監督などに厳しい指導を受けた。
筆者は神宮球場の夏の予選で、東海大菅生の試合を何試合か見たことがあるが、試合前に気合を入れたり、相手にきついヤジを飛ばすなど「昭和の野球だな」と思った印象がある。
『週刊文春』の最新号(2月2日号)によると東海大菅生では暴力指導が常態化していたという。若林監督がこうした「オラオラ野球」でチームを強くしてきたのは間違いがない。しかも若林監督は昨日今日入った指導者ではなく、監督になってから14年も経過していたのだから、学校側はこの指導方針を少なくとも「容認」していたはずだ。
だとすれば、暴力沙汰を理由に若林監督らに責任を押し付けるのは、理不尽な処分だと言えるのではないか。
前述のように「高校、大学野球に関する処分を決定する機関」である日本学生野球協会の審査室会議が「謹慎4カ月」の処分を決めたのだから、それに被せて処分を受ける筋合いはないともいえる。
若林監督と部長は「地位保全」を求めて訴訟を起こしても良いのではないかとも思う。
■選手全員が丸坊主になった意味
何より切ないのは、選抜出場が決まった日に、東海大菅生の選手全員が丸坊主になったことだ。
投手の発案で、部室でお互いにバリカンと剃刀で頭をそり上げたとのことだが、これは彼らのどんな「気持ち」を意味しているのだろうか。
日本では、一般的に「丸坊主になる」は「反省して出直す」ことを意味している。だとすれば、彼らは「何かを反省して」丸坊主になったのだろうか。
暴力沙汰を起こしたのは若林弘泰監督であり、彼らは被害者のはずだ。彼らが「反省する」筋合いはないはずだ。
社会に対する説明責任があるのは学校側であり、生徒たちではない。学校側は監督、部長のしっぽ切りに続いて、生徒を批判の矢面に立てた、ということにならないか。
何に対してかはわからないが「反省しましたので許してください、甲子園に行かせてください」と言ったことにならないか。
■誰か止める大人はいなかったのか
「坊主頭」は日本社会では、特別のサインを世間に送る。
一つは「ユニセックス」つまり性を超越し、煩悩を振り払うということだ。もう一つは「遁世」、俗世を離れて隠遁することだ。僧侶が坊主頭になるのは、まさにこういう意味がある。
元気盛りで異性の目も気になり始めた高校生たちに、僧侶と同じ頭をさせるのは、どういう意味があるのか。
また、つるつるに反り上げられた高校生たちの姿を見て、世間はどんな反応をすると思ったのか。
もちろん「坊主頭」を「すがすがしい」「高校生らしい」と感じる人々はまだたくさんいる。「そこまでして甲子園に出たいんだな、潔い覚悟だ」と思う人もいるだろう。
しかし一方で「ブラック校則」や「ブラック部活」が世間の大きな関心を集めている。学校側が一方的に髪型や服装を強制するのは「人権侵害」だという声が、日に日に強くなっている。そういう流れに逆行した動きだと見られても仕方がない。
選手たちは甲子園大会の出場前にはそろって坊主頭にするのを恒例にしていたと言うが、昨今の価値観の変化、そして何より東海大菅生に注目が集まっているこの状況を鑑みれば「今はやめておけ」と言う大人はいなかったのか。
■誰も好き好んで丸刈りになっていない
中学生、高校生が「野球はやりたくない」と言う理由として「丸刈りになるのが嫌だから」が上位に来て久しい。また丸刈りを甘受して野球をやり切った高校生の多くが、3年夏に引退すると同時に嬉々として長髪にするのを見ても、「好き好んで丸刈りになっていない」のは明らかだ。
こうした状況の変化を受けて、今や、多くの高校の野球部が丸刈りを廃止している。同じく今春の甲子園出場が決まった慶應義塾高校など、有力校でも「髪型自由」にしている学校が出てきている。
ある学校の指導者は「今は逆に、丸刈りにしている部員がいたら、どんな事情があるのか話を聞いている」と言った。
■学校の責任者の説明が不可欠
世の中はいつまでも「昭和のまま」ではない。価値観も、トレンドもどんどん動いているのだ。高校野球だけが「古き良き」ままであっていいはずもない。
「丸刈り」は、昭和の野球を標榜した若林弘泰監督の指導を「象徴している」ともいえる。
若林監督を解任させた東海大菅生高校は、今後どんな野球を目指すのか。どんな方針で生徒を育成するのかをはっきりと説明する必要があるのではないか。
選手の坊主頭に言外に語らせるのではなく、学校の責任者が明確に語るべきだろう。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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