「当面の生活費がない」と妻は途方に暮れた…夫が「残される妻の生活費」を第一に考えるべき理由
プレジデントオンライン / 2023年2月8日 10時15分
※本稿は、島根猛『「もしも夫が亡くなったらどうしよう?」と思ったら読む本』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■9割以上の人には相続税が発生しない
「相続におけるお金の問題」と聞いて多くの人の頭に真っ先に思い浮かぶのが、相続税のことだと思います。
2015年の税制改正によって、相続税の申告義務があるかないかの判断基準となる「基礎控除額」が下がり、かつ、最高税率も引き上げられたことから、相続税の課税対象者が増えることになりました。
この改正で相続税対策への関心が急速に高まり、「相続税が実質増税されたから、早く対策を講じないと大変なことになる」――多くの人がそんな不安を抱いたようです。この流れを受けて、相続税対策を謳うセミナーがそこかしこで開かれ、各メディアでもこぞって特集されるようになりました。
たしかに、この税制改正によって課税対象者は増加しました。しかし実は、2020年時点でいえば、相続税を納めなければならない人の割合は、相続が発生した人のうちわずか1割にも満たないのです。
現に、2020年の被相続人数(死亡者数)は約137万人でしたが、これに対して相続税を納めたのは約12万人でした。つまり、被相続人数のうち8.8%しか相続税を納めていないわけで、9割以上の人には相続税が発生しないということになります。
■「相続対策=相続税の対策」ではない
相続をめぐってのトラブルをニュースやネットで見たことがある人も多いかと思いますが、そうしたケースはごくわずかであり、よほど巨額の財産があるケースを除けば、残された奥さまが相続税の負担に悩まされることはあまりないのです。
実際、配偶者が相続人の場合は相続税額を軽減する「配偶者の税額軽減」という制度があります。これはご主人を亡くした妻が相続する財産が法律で定められた額(法定相続分)か、もしくは1億6000万円までは相続税はかからないという制度で、ご主人に先立たれた妻の生活を守るための制度です。もちろん、妻が先に亡くなり、夫が残されたケースでも適用ができる制度です。
相続税対策というのは、あくまでも相続対策に含まれる要素のひとつにすぎません。
相続対策においては、残された方々のその後の生活や大切な財産をトータルで守る視点、特に残された奥さまがその後の人生を豊かに暮らせることが、最も大切だと私は考えています。
■二次相続対策が注目されているが…
「残された方々の生活を守る」という視点でいえば、女性の方々のなかには、「夫の死後の自分の生活については心配していないけれど、その後自分が死んだときに、子どもたちの間で争いが発生したら困る」と考える方もいるかもしれません。
夫が亡くなって発生する相続を「一次相続」、妻自身が亡くなって子どもへの相続を「二次相続」といいます。たしかに二次相続対策の重要性を訴える税理士やメディアも散見され、税理士からのアドバイスの多くが「二次相続時の相続税を減らすために、一次相続時では残された奥さまに相続させる財産を減らしましょう」という内容になっているものをよく見聞きします。
しかし私は、それはあまり得策ではないと考えています。二次相続というのは、「自分が死んだ後」に発生する事態です。「死んだ後のこと」に対する対策よりも、「自分が生きている間のこと」を重視したほうが、残された妻自身がその後の人生を憂いなく、豊かに生きることができると考えるからです。
「死後のこと」を心配するあまりに、「生きている間」の事を軽視し、日々の生活費を切り詰めて過ごすような息が詰まる相続対策では、本末転倒です。
妻自身の死後、たとえ子どもが負担する相続税が高くなったとしても、ご主人を失ったあとの妻自身の生活を最優先に考えたほうがいい――。これは、様々な方から相続のご相談を受けるなかで、私が常に重視している方針のひとつです。
■「当面の生活費がない」と告白した妻
相続に付随して発生するお金の問題としては、相続税以外にどんなものがあるのでしょうか。
特に深刻な問題が、日々の生活費です。
私の過去のお客さまで、やはりご主人を突然亡くされた方がいました。ご主人が亡くなった直後に訪問してお話をうかがったのですが、「当面の生活費がない」とおっしゃるので、私は仰天しました。
![日本の紙幣](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/a/1200wm/img_1a0113e7ddb02574e1964a90a8572b6e706791.jpg)
なんでもお金のことはご主人がすべて管理していたそうで、奥さまはそもそもご主人がどこの銀行に口座を持っているのか、口座をいくつ持っているのかもわからないのだとか。もちろん奥さまは、銀行のキャッシュカードの暗証番号も知らないとのこと。ご主人が生きている間は、毎月の初めにご主人から生活費の入った封筒を手渡され、それで1カ月の家計をやりくりするという生活を、結婚当初から実に60年間の長きにわたって続けていたようです。
「だから、夫のお葬式代どころか、私の食費や光熱費をどうしたらいいのかもわからなくて」――ご主人を失った悲しみとともに、このような大きな不安を抱え、とても混乱しておられました。
■生命保険を頼りにできない人は意外に多い
幸いにもこの方は、お子さんたちの助けもあって生活費に困窮することはなかったのですが、こうした方は意外に多いのではないかと感じています。
夫が生命保険に入っていれば、夫が亡くなったあとにとりあえずまとまったお金が手に入りますから、さほど恐れることはありません。ところが実際には、生命保険に入っていない年配の方が意外に多いのです。
たとえば、かつては「掛け捨て型の定期保険」に加入していたのに、更新時期を迎えて解約したというケースをよく見かけます。子どもが小さいころは、「自分に万が一のことが起こっても、残された家族が困らないように」と考えて契約を更新し続け大きな死亡保障を持ち、子どもが独立して手が離れたタイミングで更新をやめる。老後には「生命保険には入らずに、自分が病気になったときのための医療保険だけに加入しておこう」と考える。
この考え方に、私は何も間違ったところはないと思います。人生のステージにおいて子どもが小さいときには、大きな保障が必要になります。しかし、人生には様々なステージがあります。老後の夫婦ふたりで生活するステージにおいて、どのような保障が必要になるか、「夫が亡くなった後の、残された妻のその後の生活費」を保障するという視点がすっぽり抜け落ちてしまっています。
![日本の女性が喪服を着て](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/c/1200wm/img_fc3698205fe79108c48b5d065a5859c7539480.jpg)
■夫名義の銀行口座が凍結されたらどうなるか
独立して自力で生計を立てているお子さんは、特に金銭面で困ることはないと思います。しかし年金を主な収入として生活している夫婦で夫が先に亡くなった場合、残された妻は遺族年金を受け取ることはできますが、たいていの場合は世帯で受け取る年金の金額が減ってしまうことになりますので、死活問題となります。
たとえご主人が賃貸物件を経営する不動産オーナーで、死後の家賃収入が期待できても、家賃が振り込まれるご主人名義の銀行口座が凍結されれば、残された奥さまがお金を引き出そうにもなかなか容易なことではありません。
この銀行口座の名義変更にも相続上の手続きが必要になりますから、奥さまの名義に変更するにも、けっこうな時間と手間がかかります。
■子どもが協力してくれない残念なケースも散見される
ちなみに、賃貸物件の管理会社の対応もまちまちで、「名義人であるご主人が亡くなったのなら、ご指定いただいた別の口座に振り込みますね」と柔軟に対応してもらえるケースもあれば、「遺産分割協議書がなければ家賃を振り込めません」と頑なな対応を取るケースもあるようです。
![島根猛『「もしも夫が亡くなったらどうしよう?」と思ったら読む本』(クロスメディア・パブリッシング)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/0/1200wm/img_d0201cce06b229de8ba70bc6c9ab26d9254959.jpg)
「ご主人名義の銀行口座が凍結されてしまったら、生活費が引き出せなくなる」という話に戻れば、それはライフラインを断絶された状態に他なりません。残された奥さまは一刻も早く相続手続きを進め、銀行預金を引き出せるようにしなければなりませんが、この場合お子さんに当面の生活費を借りるケースもあるようです。
これは子どもと同居している、あるいは近くに住んでいれば協力してもらいやすいのですが、離れて暮らしている場合はそう簡単にはいかないものです。
子どもというのは「実家、あるいは親はある程度のお金を持っているもの」と思い込んでいるふしがあり、ご主人の死後に残された奥さまが生活費の援助をお願いしても、「お母さんにお金がないなんて知らなかった」「貸してと言われても、自分たちにだって生活があるんだから、困る」などと断られてしまう、残念なケースも散見されます。
当たり前の話ですが、人間はお金なしには生きていけません。「相続」というと「相続税の対策」が第一であるというイメージを持つ人が非常に多いのですが、ご主人を亡くされた奥さまが相続を考えるときには、もちろん相続税のことも大切ですが、それよりもまずは奥さま自身の生活資金のことを第一に考えていただきたいと思います。
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島根税理士事務所代表税理士
埼玉県で代々続く専業農家の長男として生まれる。「実家の相続を円満に導きたい」という思いから税理士を志し、24歳で税理士試験に合格。大学卒業後に専門学校での税理士講座講師、某保険会社の営業職を経験したのち、税理士法人にて税理士業務の基礎を学び、27歳で税理士登録。その後は相続税のエキスパートとして年間100件以上の相続案件に携わり、累計は約1000件を超える。円満で豊かな相続を実現する"相続専門税理士"として活躍中。日本相続支援総研代表取締役。著書に『「もしも夫が亡くなったらどうしよう?」と思ったら読む本』(クロスメディア・パブリッシング)、共著に『円満相続をかなえる本』(幻冬舎メディアコンサルティング)がある。
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(島根税理士事務所代表税理士 島根 猛)
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