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「お金のため」だけではなくなった…IT企業の執行役員が「9つの副業」を続けている理由

プレジデントオンライン / 2023年2月9日 13時15分

■スタートアップの達人たちの5つの行動原則

スタートアップとは、イノベーションをテコに起業後の短い期間で大きな成長を果たす事業体である。Google、Facebook、Amazonなどはその典型であり、事業を開始した後の短い期間で、経済的な成功のみならず、産業や社会に大きなインパクトをもたらしている。

バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授が主導しているエフェクチュエーション研究は、こうした成長性の高い起業の達人に特有の行動を捉えようとするプロジェクトからはじまった(サラス・サラスバシー『エフェクチュエーション』碩学舎、2015年)。教授が提示したエフェクチュエーションの5つの行動原則(図表1)は、スタートアップを生み出すようなイノベーションを導く論理として、世界的に注目度が高まっている。

エフェクチュエーションは、熟達した起業の達人の行動の解明を目指す研究から生まれた。しかし、そこで解明された論理の意義は、起業を経済的な成功に導き、ビジネスに貢献することだけにとどまらないかもしれない。熟達した起業家の行動を検証するなかで見いだされた論理が、ビジネス上の成功を超えたより大きな何かに貢献するものである可能性は、少なからず残されているはずである。

サイボウズ株式会社の中村龍太氏は現在、同社の執行役員をつとめている。一方で中村氏は、副業でコラボワークスという会社を運営し、後述する9つのサービス事業を展開している。

中村氏は、日本人にとっての新しい働き方に関するひとつのモデルを提供してくれる人物である。そして中村氏は、その副業の体験から、エフェクチュエーションの論理を実践することは、人生の幸福度を高めることにも役立つと述べている(「副業ではなく『複業』こそ、人生を豊かにするわけ」『経営情報学会誌』Vol. 31 No. 2, September 2022)。起業とは、そして副業とは何のために行うものなのかを、私たちは再考してみるべきではないか。筆者は、中村氏に話を聞いた。

■経済的な動機で始めた副業

中村氏が副業をはじめたきっかけは、2013年の同氏の日本マイクロソフトからサイボウズへの転職だった。サイボウズでの報酬は、前職より低かった。だが幸いなことに、働き方改革を先駆的に進めていたサイボウズは、この当時より副業を認めていた。そこで中村氏は、収入減の補塡(ほてん)を狙って副業を始めたのである。

畑のニンジン
写真=iStock.com/ahavelaar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ahavelaar

中村氏はまず、ノーリツ鋼機の子会社だったNKアグリの契約社員となる。当時のNKアグリは、各地の農家と契約を結び、作物の育成データなどを管理して収量の増加につなげていく事業を展開していた。そして、そのデータ管理のソフトにサイボウズのキントーンが使われていたのである(NKアグリは、台風被害などにより2020年に事業の継続を断念し、現在は解散している)。

さて中村氏は自社のクライアントのNKアグリに、逆に契約社員として雇用してもらうことにする。そして、義理の父が所有する千葉県印西市の畑の一角を借りて、週末のニンジン栽培をはじめる。

■収入とは別の部分で得た充実感

この中村氏の挑戦は、意図せざる結果に終わる。第1に、ニンジン栽培から得ることができた金銭的な報酬は、微々たるものだった。たしかに農業は、やり方によっては収益性に富んだ事業となる。しかし中村氏が試みたように、限られた時間と場所で作物を育てるだけでは、家計の支えとなるような収入は得られなかった。

意図せざる結果はこれだけではなかった。第2に中村氏は、想定外のところで充実した日常を体験することになる。中村氏の起業家的副業に興味をもった行政などから、「IoTと農業」をテーマとした講演などの依頼が舞い込んできた。講演をしてみると、反応があり、感謝される。農業そのものが新しい体験だったし、そこから広がる人脈も新鮮だった。

中村氏にとって、副業を通じて広がっていく体験は楽しかった。金銭的な収入とは別のところで、何か社会性を帯びた、未来に向けた活動に、自分が関わっているという充実感をもてるようになったという。

■エフェクチュエーションの行動原則に合っていた

ドローンなどを使ったムービー撮影、畑つき多目的スペースの貸し出し、IT/IoTを使った農業経営講座、パエリア料理教室など、中村氏が現在コラボワークスで展開する9つの副業は、いずれも収入より、自分らしい個性的な経験を積むことを目的としたものである(図表2)。

【図表2】コラボワークスの9つのサービス事業
コラボワークスのホームページを基に作成

中村氏が手がけてきた副業は結果的に、エフェクチュエーションの行動原則に合った展開となっている。中村氏は副業をはじめる際、多額の資金をつぎ込むようなことはしていない。手許にある手段を活用し、中村氏が「おねだり」と呼ぶ依頼を、友人や知人、同僚や取引先に対して行い、ノウハウを教えてもらったり、ネットワークを紹介してもらったり、リソースを使わせてもらったりしている。

このように中村氏は自身の既存のリソースを使い、大きなお金を使うことのない範囲で起業を行う。だから、新しい副業に次々と踏み出していくことができる。エフェクチュエーションでいう「手中の鳥」と「許容可能な損失」の原則に対応した行動である。

起業に失敗はつきものだが、「手中の鳥」や「許容可能な損失」の原則に従っているかぎり、致命的な傷を負うことはない。そして致命傷とはならないから、失敗をしても次の新しい行動をどんどん起こすことができる。

■副業で体験することになった想定外の幸福感

副業であろうとなかろうと、起業家の行動は、次々に壁や制約にぶちあたる。思ったように収入が得られなかったり、機器の故障があったり、新たに規制が課されたりする。しかし中村氏はそこでめげたり、不運を嘆いたりするわけではなく、問題への対応を試み、軌道修正を行う。そしてそこから学んだ新たな知見を活かし、次の展開につなげる。

中村氏にとっては、収入増という経済的な動機からはじめた副業だが、この当初の目的は達成できなかった。しかし中村氏は、副業から体験することになった想定外の幸福感――自分は何か社会性のある貢献にかかわっており、日々の充実感が高まっているという感覚――を見逃さなかった。当初の目的であった収入増はほとんど実現していなかったが、それとは異なる幸福感をしっかりとキャッチし、中村氏はそこに反応していく。こうした中村氏の行動は、エフェクチュエーションでいう「レモネード」「クレイジーキルト」「飛行中のパイロット」といった原則に対応している。

■人生の幸福も運んでくる最新経営学の論理

期せずしてエフェクチュエーションの論理に沿った行動を取っていた中村氏は、エフェクチュエーションの意義が、金儲けという意味でのビジネスへの貢献にとどまるものではないことを、私たちに教えてくれる。

優れた起業家の行動を分析することで導き出されたエフェクチュエーションの論理は、誰もが身の丈に応じ、自分を変える新しい活動をはじめることで、幸福をつかみ取る可能性をも切り開く。ここでいう幸福とは、経済的な報酬だけではなく、社会性のある貢献に自分はかかわっているという感覚をもち、日々の充実感を味わえることの幸福も含むものだ。

金儲けだけでなく人生における幸せの産出にも、経営学は貢献できるようだ。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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