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だから開催国ブラジルはドイツに1対7で負けた…Jリーグ村井チェアマンが学んだ「関係の質」の重要さ

プレジデントオンライン / 2023年2月13日 8時15分

2014年にチェアマンに就任した村井満さん。任期最終年の2021年には毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。 - 撮影=奥谷仁

2014年のW杯ブラジル大会では、開催国ブラジルが準決勝でドイツに1対7で負けるという衝撃的な試合があった。リクルート出身でJリーグチェアマンを4期8年務めた村井満さんは「この試合は『関係の質』の重要性を示している」という。ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第18回)

■一番緊張した「聴衆が幼稚園児」の講演会

――前回は「傾聴力と主張力」というお話でしたが、実はそれがうまく発揮されるためには、ある前提が必要だと。

【村井】組織の中で傾聴力や主張力が発揮される前提として、人と人の「関係性」があるんですね。「関係性」とは何か。それを説明するために、私が人生で一番緊張した2016年の9月の講演会の話をさせてください。

――村井さんが一番緊張した講演会。国会にでも呼ばれましたか。

【村井】いえいえ、聴衆は幼稚園児とそのお母さん、お父さんです。妻の友人が埼玉から東京の白金に引っ越して、子供が通っている白金幼稚園の父兄会に「誰か講演できる人を連れてきてください」と言われ、私にお鉢が回ってきたのです。

――それはかなりのアウェー感がありますね。

【村井】「Jリーグチェアマンの村井でございます」なんて言っても、20代のお母さんたちは誰も私のことなんか知らないし、子供たちはざわざわうごめいているし、パワポはないしマイクもない。掴みに失敗したら大変なことになりそうな雰囲気でした。

■「どんな人だろうね」「ご挨拶してみる?」「相談してみようか」…

――うーん。それは緊張しますね。入りはどうしたんですか。

【村井】幼稚園児に話しかけました。「目の前に変なおじさんいるね」「この人、どんな人だろうね」。すると園児たちが私をチラッと観察します。そしてまた、ざわざわ。次にこちらは「この人どうしよう。ご挨拶してみる? 拍手したほうがいいのかな。何をしているんですかって聞いてみる?」と判断を促します。子供たちはキョトンとしているので「隣にいる子と相談してみようか」と伝えてみたり「みんなでやってみようよ」と協力を呼びかけてみたりする。

【連載】「Jの金言」はこちら
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ちらほらと拍手が起きたり、「おはようございます」といった声をいただいたりしました。「どうだった」と感想を聞き、その様子を観察してみて「じゃあ次はどうしようか」。このサイクルを繰り返してみたのです。

――なるほど。そうやって幼稚園児たちと関係性を作りながらコミュニケーションするわけですね。

【村井】はい。それでその後、お母さん、お父さんに種明かしをしました。観察→思考→判断→伝達→協力→行動、そして再び観察。このサイクルをグルグル高速で回すことの重要性に私が気付いたのは2014年のW杯ブラジル大会の日本対コートジボワール戦でした。

日本は本田圭佑選手のゴールで先制するんですが、ザーッと雨が降ったり、ピタッと止んだりと天候は変わりやすい。後半の途中から相手エースのドログバ選手が出てくる。イングランド・プレミアリーグで活躍していた世界的なスーパースターです。

■日本代表にそのサイクルが自律的にできていたか

【村井】観衆がどよめいて、会場は異様な雰囲気になりました。日本代表のザッケローニ監督がピッチサイドで叫んでいます。あの時、日本の選手たちの頭の中はどうだったのか。雨が降ってピッチがスリッピーになっている。ドログバ選手が入ったことでディフェンスラインを下げるのか、上げるのか。彼にマークをつけるのか。

そうした諸々のことを瞬時に観察し、判断し、ピッチ上の仲間に伝達し、協力してやりきり、5分たたずにもう一度、状況を観察して判断する。そんなことが自立的にできていたのかどうか。結果としてドログバ選手が入った後、日本は64分、66分と立て続けに失点し、1対2で敗れました。流れを失った日本は予選で1勝もできずグループステージで敗退したのです。この試合後に、多くの関係者のインタビューを通じて私が得た問題意識です。

この大会では私にとってもう一つ衝撃的な試合がありました。決勝トーナメントの準決勝で開催国のブラジルがドイツに1対7で敗れたのです。

――あの試合は衝撃でしたね。若きエース、ネイマールを怪我で欠いたとはいえ、王国ブラジルが子供扱いされました。スタンドのブラジル・ファンが号泣していた姿が忘れられません。

■導関数や地図の読み方を教える理由

【村井】私もあんなゲームになるとはまったく予想していなくて「ドイツに何が起きたんだ」と思いました。ドイツの強豪クラブ、ボルシア・ドルトムントに所属していた香川真司選手を訪ね話を聞きにいくと、無数のパネルが埋め込まれた四角い部屋に入って光ったパネルに向かって素早くボールを蹴る、という練習をしていました。背後を含め360度を常に観察する訓練ですね。

ドイツ代表のユースチームの合宿風景の動画も見ました。合宿所で練習メニューを見せてもらうとランチの後に数学、夕食後には地学の時間がありました。数学では導関数、地学では地図の読み方などを学んでいました。補助線を一本引くだけで解を導き出せる数学的思考や地図から実際の地形をイメージする地学の素養がサッカーには必要だと言うのです。観察し、考え、伝える訓練に必ずしもボールはいらないのです。

ドイツ代表はこうした素養を持つ選手がブラジル代表を観察し、どんどん局面が変わる中で最もゴールに近づくプレーを判断し、仲間と意思疎通をし、協力してブラジルのディフェンスを瓦解させたのです。

■基本は「おはよう。ありがとう。ごめんね」から

――ドイツ代表は個々の能力だけでなく、チームとしても頭ひとつ抜けていた気がします。決勝戦でもアルゼンチン代表のメッシにほとんど仕事をさせませんでした。

【村井】そこが選手同士、あるいは監督、コーチと選手の「関係性」ではないか。白金幼稚園のお母さん、お父さんに私はそう話しました。マサチューセッツ工科大学、組織学習センターの共同創始者であるダニエル・キム教授によると、「おはよう。ありがとう。ごめんね」を幼稚園で教えることがとても大事で、これができると「関係の質」が上がります。

すると「僕はこう思う。私はこう思うんだけど」という「思考の質」が上がります。思考の質が上がると「じゃあ、一緒にやってみようか」と「行動の質」が上がり、最後に「できたね。よかったね」と「結果の質」が上がります。この順番が大事なのです。

多くの場合、親や教師は子供と接する時「あの子ができるのに、なんでお前はできないんだ」「どうしてあんなミスをしたんだ」と「結果の質」から入ってしまいます。そうすると相手は心のシャッターを閉じてしまいます。こうなると子供同士も楽しくなくなって、いろんな物事が回らなくなる。だからまずは「関係の質」を上げるところから始めるべきだ、というのがキム教授の説で、私もそうだと思います。

■半径10メートルの「関係の質」を上げる

――同じことが会社でも言えそうですね。

【村井】まったく同じですね。私はリクルートエージェントという転職支援の会社で社長をしていましたが、「今の会社を辞めたい」と言ってくる人の退職理由の8割はその人の半径10メートル以内に原因がある。要はその人と周囲の「関係の質」が低かった。会長派と社長派の対立みたいなことがある会社にろくなことはありません。半径10メートルで「おはよう。ありがとう。ごめんね」が普通に言えない可能性があるのです。

私がいたリクルートは1989年にリクルート事件という大変な事件を起こしますが、半径10メートルの「関係の質」がとても高かったので、「みんなで乗り越えよう」となりました。

Jリーグで私が心がけていたのは副理事長の原博実さんと将来を語り合うことでした。チェアマンの私と副理事長の原さんの関係がよければ、部長と課長の関係も良くなる。Jリーグ全体で「関係の質」の連鎖が向上するのです。

最近はパワハラとかの問題があるので「おはよう」くらいは言っても相手の心の中には踏み込まない。少し距離を置いて差し障りのない関係を保つことが多くなっていますが、これを良い「関係の質」だとは思いません。相手の心に土足で踏み込むのも良くないですが、相手の気持ちをしっかり理解した上で、本音で向き合うことが、すごく大事なんじゃないかと思います。

まずは関係性の質から。半径10mを大切に。2021.09.10
撮影=奥谷仁
まずは関係性の質から。半径10mを大切に。2021.09.10 - 撮影=奥谷仁

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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