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反対意見にこそ問題解決のヒントがある…全試合中止のJリーグから「世界最高の感染対策」が生まれた理由

プレジデントオンライン / 2023年2月15日 8時15分

2014年にチェアマンに就任した村井満さん。任期最終年の2021年には毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。 - 撮影=奥谷仁

2020年2月、Jリーグは新型コロナウイルス感染防止のため、4カ月間にわたりすべての試合を中止した。この時Jリーグの当事者はなにを考えていたのか。チェアマンを4期8年務めた村井満さんに、ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第20回)

■「究極のジレンマ」みたいな状況だった

――Jリーグにはクラブ、選手、サポーター、地域などさまざまなステークホルダー(利害関係者)がいます。その利害を調整するチェアマンの仕事というのは、とても複雑でデリケートですよね。

【村井】究極のジレンマ、みたいな状況によく立たされましたね。例えば新型コロナウイルスの感染が拡大した時は、出口のない混沌(こんとん)の前に立たされているようでした。一方に「こんなとんでもない時にサッカーなんかしてる場合か」という意見があります。もう一方には「一日も早く試合を再開しないとクラブが潰れてしまう」という事実があります。この二律背反をどう解くか。

まずはお客さんの命を守る。判断の基準にしたのは「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」というJリーグの理念です。「国民の心身の健全な発達に寄与」するJリーグが、お客さんの健康や命を危険に晒(さら)すわけにはいきません。

Jリーグは2020年2月25日にすべてのゲームの中止を決定しました。4カ月の中止期間、クラブには収入が入らないわけですから、経営はとても厳しい。われわれJリーグも本部であるJFAハウスの8階、9階のうち8階を大家さんのJFA(日本サッカー協会)にお返しし、リモート中心に移行しました。

■正が感染対策、反が経済対策なら、「合」をどうするか

――村井さんも在宅の仕事が増えたらしいですね。

【村井】ええ、家にいる時間が長いので読書の時間が増えました。本棚からヘーゲルの本なんかを引っ張り出して読み返していたんです。それで久しぶりに「アウフヘーベン(弁証法)」なんて言葉にぶつかりまして。

【連載】「Jの金言」はこちら
【連載】「Jの金言」はこちら

――正、反、合ってやつですね。

【村井】そうそう。テーゼ(正)があって、それに対するアンチテーゼ(反)があって、それが本質的に統合された一つ上の段階のジンテーゼ(合)に至る、というあれです。コロナ対策でいうとテーゼが感染防止、アンチテーゼが経済対策。Jリーグの課題は相反する2つの課題をどうやってジンテーゼに持っていくことでした。

まずテーゼの感染防止で試合を中止しました。そこから少しアンチテーゼに寄せて無観客であったり、入場制限付きではありますが試合を開催するようになります。チケット収入は大幅に減少しますが、ネットでは配信できるので視聴機会は維持できます。

そうしたら面白いことが起きて、アイドル・コンサートのネット配信なんかで、ファンがネットを通じて投げ銭をする仕組みがありますよね。あれで熱心なサポーターが投げ銭をしてくれたのです。

■同じ場所をぐるぐる回っているように見えるが…

コロナの感染対策では、「第○波」と呼ばれた感染の波に合わせ、感染者が増えると規制が厳しくなり、減ると緩和。再び増えると厳格化を繰り返してきました。この循環を上から見ると、同じ場所をぐるぐる回っているように見えます。

しかし横から見ると、昔の芝居小屋で存在した投げ銭のような古びたものが、現代のネット技術で一段新しい仕組みとして、ぐるぐる回りながらも上に向かって登場している。私はこれを「螺旋的発展」と読んでいます。テーゼとアンチテーゼの間を行ったり来たりしているように見えるけれど、そこには互いのいい部分を取り込んでジンテーゼに向かう上昇力が働いている。ヘーゲルの時代から人類はそうやって発展してきたのではないでしょうか。

――確かに正と反で綱引きをしているだけでは、進歩はありませんね。

【村井】そうなんです。そこでJリーグは同じ悩みを抱えるNPB(日本プロ野球機構)と協力し、日本最高レベルの感染対策、疫学などの専門家をお呼びして「世界最高の感染対策」を考えました。ここで依拠したのもやはりJリーグの理念です。

■試合も大事だが、お客さんがいることがもっと大事

【村井】Jリーグは「豊かなスポーツ文化の振興」を目指しているわけですから、ずっと試合を止めているわけにはいきません。本来1シーズン34節であるところがチームによっては30節で終わっても構わないから、とにかく試合は継続したい。そうすると不公平による大きなリスクを避けるために、そのシーズンの降格はなしにしようとか、さまざまな緊急措置を考えました。

「文化」とは「主観」の集合体です。お客さんはスタジタムに強制されて来るのではなく、自らの主観でフットボールを楽しむために足を運んでくれます。その流れを止めてはいけない。お客さんのいない無観客試合では文化は育たないのです。

だから「ウイルスをばら撒(ま)くようなことは絶対にしない」と決めた上で、専門家の知恵をお借りして有観客の道を探りました。そうすると5000人を上限にお客さん一人一人の席を離して市松模様にすれば、飛沫(ひまつ)感染はまず起こらないという案が生まれてきました。

その結果、ガイドラインと検査体制をしっかり整えて選手を安全にすればサッカーはできる。さらにお客さんと安全な感染環境を作れば有観客でも試合は開催できるというエビデンスを社会に戻すことができました。

■「利益を上げるか、社会貢献か」松下幸之助さんの答え

――パナソニックの創業者、松下幸之助さんは蛇口をひねれば水が出る水道のように潤沢に家電製品を供給することが社会を豊かにするという「水道理論」を唱えましたが、あれもある種のアウフヘーベンですよね。

【村井】そうですね。幸之助さんが松下電器産業を発展させた頃に、企業の目的は利益を上げることなのか、社会に貢献することなのかという意見対立があったようです。どちらに重きを置くかは、そのレベルによって今でも議論があります。

幸之助さんは家電製品で日本に貢献しているのだから、事業であがった利益は社会貢献の証なんだ、とおっしゃいました。その証を使ってさらに製品を開発したり、社会に貢献したりしていくことが天の声なんだと。要は利益をあげることも社会貢献もどっちも大事なんだと。これをわかりやすく説明したのが幸之助さんだと私は思っています。

――コロナ対策以外でも意見がぶつかる場面はあったと思います。

【村井】例えば「フライデーナイトJリーグ」ですね。「週末の試合に関して、土日にスタジアムに来られないお客様のために金曜開催も取り入れるべき」と提案すると、「残業のある日本で金曜日なんて集客を考えるとありえない」と最初は全クラブが反対でした。でも「金曜なら来られる」というお客様に何としてもチャレンジしたかったので、金曜の夜にしかやらないようなファンサービスとセットにして、何とか開催に漕ぎ着けました。金曜の試合報道が、土日の呼び水になることも確認でき、今では当たり前になっています。

■嫌いな人、反対意見の中にこそヒントがある

ヘーゲルはこう言っています。対立するものを議論して丁寧に見ていくと、対立する者同士の間に共通する要素が見えてくる。これを相互浸透と言います。

こうした考え方は日本にもあります。日本語には「自(みずか)ら」という言葉があります。自己中心的に「俺がやる。俺が頑張る」という概念です。しかし同じ字を使って「自(おの)ずから」とも読ませます。これは自然の摂理として、社会の法則として「おのずと世の中はこうなる」という概念です。正反対の概念に同じ字を使うわけです。

我欲の表面的なレベルで「俺がやる」と言っても誰も付いてきてはくれませんが、自分の心からの願いを表出させていくと、それが世の中に共通するものになり、やがて「世の中がそうなっていく」。そういう概念だろうと思います。

つまり、一つ上の次元にアウフヘーベンしたいと望むなら、嫌いな人、反対意見を言う人の中にこそヒントがある。そんなイメージですね。

2021年9月24日の色紙
撮影=奥谷仁
アウフヘーベン。矛盾・対立意見は宝物。歴史に将来が宿る。2021.09.24. - 撮影=奥谷仁

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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