1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

なぜ国会質疑でマスクを外したのか…猪瀬直樹氏が批判を覚悟のうえで「問題行動」に出た本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年2月12日 9時15分

猪瀬さんの事務所。テーブルの上には石原慎太郎さんの本が積みあがっていた。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

芥川賞作家であり、東京都知事でもあった石原慎太郎氏が、昨年、89歳で亡くなった。石原氏とはいったいどんな人物だったのか。このほど『太陽の男 石原慎太郎伝』(中央公論新社)を上梓した、元東京都知事で現参院議員の猪瀬直樹さんに聞いた――。(聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川徹)(後編/全2回)

■停滞する空気をかき回す「価値紊乱者」だった

――石原慎太郎さんはどんな人物だったのでしょうか。

一言で言えば、価値紊乱者。

無軌道な若者たちを描いた『太陽の季節』が芥川賞を受賞した直後の対談で、三島由紀夫が石原さんの小説を「道徳紊乱」と評した。石原さんも「紊乱」なんて言葉を聞いた経験がなかった。はじめは「『ビンラン』ってなんだ?」と思ったらしい。

「紊乱」は、道徳や風紀を乱すという意味だけど、石原さんは「自分の小説はただ道徳や風紀を乱しているだけではない」と考えた。でも、やがて自分は『太陽の季節』で、価値の紊乱をやったんだと思いいたる。石原さん本人も三島の評を気に入ったんだろうね。その後『価値紊乱者の光栄』というエッセイも書いている。

価値紊乱者である石原さんを知る上で、ぜひ読んでほしい作品が『嫌悪の狙撃者』。

1965年、警察官をライフルで狙撃して拳銃を奪った18歳の少年が、渋谷の鉄砲店に立てこもって警察と銃撃戦を繰り広げた事件があった。『嫌悪の狙撃者』は、この事件をテーマにしたノンフィクションと言ってもいい作品だと思う。

■同調圧力を嫌悪していた

石原慎太郎という作家を知るキーワードのひとつが、タイトルにもなった“嫌悪”。石原さんは『嫌悪の狙撃者』の〈後書きに代えて〉で次のように書いている。

〈この現代、自らを規制する自らの周囲にいかなる嫌悪も抱かぬ人間がどこにいるであろうか〉

『嫌悪の狙撃者』は1978年の本だけど、石原さんの指摘する〈自らを規制する自らの周囲〉は、現代の日本にはびこる同調圧力と言い換えられる。いまだにみんなマスクをつけて生活しているでしょう。あれこそが、まさに同調圧力。その同調圧力は、令和のいま発生した現象ではなく、近代日本に通底して根付く空気だった。

参院予算委員会でマスクを外して質問する日本維新の会の猪瀬直樹氏=2022年10月20日、国会内
写真=時事通信フォト
参院予算委員会でマスクを外して質問する日本維新の会の猪瀬直樹氏=2022年10月20日、国会内 - 写真=時事通信フォト

ぼくが『昭和16年夏の敗戦』というノンフィクションを書いたのは、1983年。太平洋戦争開戦前の1941年に、研究所でアメリカと開戦した場合のシミュレーションを行うと日本が必ず負けるという結論が出た。それなのに、戦争に向かう空気――同調圧力に抗いきれずに、日本は戦争に突入し、敗北する。

40年前に日本社会の同調圧力について問題意識を持ち、1冊の作品を仕上げたからこそ、ぼくは同調圧力を嫌悪する石原さんに共感したんだと思う。

昨年の10月20日、ぼくがマスクを取って国会質疑に立ったら、自民党からも立憲民主党からもやじられた。あれも同調圧力に抗う、ひとつの価値紊乱だった。

■「テニスやろうぜ」都庁の会議室で誘われた

――価値紊乱者として文壇に登場した石原慎太郎さんの本質は、政治家に転身しても変わらなかったのですか?

本質はぜんぜん変わらなかった。小説家としても政治家としても、石原さんは停滞する空気をかき回して、沈殿したものを攪拌(かくはん)する役割を担ってきた。

だって、都庁で行われる式典で国家を斉唱する際は「君が代は~」を「我が日の本は~」に代えて歌うんだよ。それに、石原さんは都庁の一室でテニスをするんだから。

都知事の執務室がある7階には、使っていない会議室がある。ある日、ぼくはラケットとボールを見つけた石原さんに「テニスやろうぜ」と誘われた。「室内で?」と聞き返すと「そうだよ」とこともなげに言う。空き部屋がテニスコートと同じくらいの大きさでちょうどよかった。両端に置いた椅子に荷造り用の紐を結んでネット代わりにしてさ。お互い負けず嫌いだから、本気になっちゃって……。

普通は会議室でテニスなんてやんないよね。十分に価値紊乱者でしょう。

石原氏との思い出を語る猪瀬氏。副知事時代、毎週金曜日の昼前30分が石原元都知事と語らう時間だった。
撮影=プレジデントオンライン編集部
石原氏との思い出を語る猪瀬氏。副知事時代、毎週金曜日の昼前30分が石原元都知事と語らう時間だった。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■だれも自動車業界には切り込めなかったが…

――政治家として石原慎太郎さんはどんな価値を紊乱したんですか?

まずディーゼル車の排ガス規制がそう。会見で、石原さんは真っ黒いススの入ったペットボトルを振り回していたのを覚えている人もいるんじゃないかな。ぼくもランニングしていたから、停まったディーゼル車の排気ガスのひどさを知ってはいた。排ガスの問題は多くの人が気づいていたはずなんだ。

ただ規制の相手は自動車産業でしょう。言うことを聞くわけがないと誰も改革に着手できなかった。いや、自動車産業に忖度(そんたく)して、誰も問題視しなかった。でも石原さんだけは違った。政府やほかの自治体ができないなか、東京都で条例を作った。全国のトラックは東京を経由しないと仕事にならない。だから結果として全国的な効果をもたらした。

あと石原さんは都民の健康増進を目的に東京マラソンをはじめたり、寄付金を募って尖閣諸島を購入しようとしたりもした。普通の価値観じゃ絶対にできないことをいくつも成し遂げた。だから石原さんは「異人」と呼ばれていたんだろうね。

対して小泉(純一郎)さんは「変人」。ぼくが「道路公団の民営化をやる」と言ったら、総理大臣だった小泉さんが一言だけ「やれ」って。自民党のほかの代議士だったら絶対に言わないからね。その意味でも小泉さんも価値紊乱者のひとり。だからぼくは石原さんと小泉さんと気が合ったのかもしれない。

■言葉の揚げ足取りに終始したメディアの罪は重い

――政治も経済も停滞した時代だからこそ、価値紊乱者が求められている気がしますね。

猪瀬直樹『太陽の男 石原慎太郎伝』(中央公論新社)
猪瀬直樹『太陽の男 石原慎太郎伝』(中央公論新社)

ホント、そう思うよ。しかもいまはポリティカル・コレクトネスの時代でしょう。その結果、政治家は言質をとられないように「検討します」ばかりの答弁になって、具体的な内容に踏み込めない。

その点、石原さんは官僚の作文ではなく、すべて自分の言葉で忖度なしで話した。もちろん場の空気や相手の思惑になんて忖度もしない。だから、ささいな失言をメディアに大きく取り上げられた。

記者は、発言の真意を確かめればいいのに、直接インタビューしないし、石原さんの本もろくに読んでいない。メディアを通すと石原さんは傍若無人に見えたかもしれない。でも、実際は地位とか年齢などの垣根がなくて、誰とも対等に付き合う人であり、疑問を投げかければ、しっかりと答えを返してくれる人だった。それなのに関係性を築けなかったメディアは石原さんの揚げ足取りに終始した。

■いまの日本社会にこそ必要とされる存在だった

思い出すのは、都知事だった石原さんが、海外視察のついでにスキューバダイビングをしたときのこと。嗅ぎつけた朝日の記者に〈都知事、公務先でスキューバ〉と書かれてしまった。でも、どう考えてもおかしいでしょう。都知事は休みを利用し、趣味を楽しんだらダメなのかと。

インタビューを受ける猪瀬氏。「石原さんみたいな価値紊乱者が100人いれば日本は変わる」。
撮影=プレジデントオンライン編集部
インタビューを受ける猪瀬氏。「石原さんみたいな価値紊乱者が100人いれば日本は変わる」。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

これも一種の同調圧力だよね。窮屈な空気を生み出す同調圧力が、政治家の言葉を空疎にする。役人の言葉が遠回しになったり、経営者の言葉からオリジナリティーが失われてしまったりしたのも同調圧力が強すぎるから。

そんな社会だから、企業も、ルールや規則を守る――いわば同調圧力に従うヤツばかりを採用する。平成、令和という時代は同調圧力に従うような人ばかりが再生産されてしまったから暗くて元気がない。それじゃ閉塞(へいそく)感は打ち破れない。

でもかつての創業者の時代は違った。戦後、ホンダやソニー、ダイエーなど、日本から旧来の価値観にとらわれない企業がたくさん生まれた。同調圧力に屈して、ルールや規則ばかりを守るタイプの人間には、創業なんてできるわけがない。昔の経営者のような感覚を持つ人なら、スキューバを楽しむ都知事を咎めることがなかったはず。いまの日本を劇的に変えるために必要なのは、石原さんのような素直で無鉄砲で、忖度しない価値紊乱者だと思うんだよ。

----------

猪瀬 直樹(いのせ・なおき)
作家
1946年、長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年12月、東京都知事に就任。2013年12月、辞任。2015年12月、大阪府・市特別顧問就任。2022年から参議院議員(日本維新の会参議院幹事長)。主な著書に『天皇の影法師』『昭和16年夏の敗戦』(以上、中公文庫)、『ペルソナ 三島由紀夫伝』(文春文庫)、『黒船の世紀』(角川ソフィア文庫)、『猪瀬直樹著作集「日本の近代」全12巻 電子版全16巻』(小学館)。

----------

(作家 猪瀬 直樹 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川徹)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください