「殺してやるヴヴヴ!! この糞ガキイイイ!!」母親のDVに血も凍った…心は男、体は女の"三女の僕"が語る戦慄半生
プレジデントオンライン / 2023年2月4日 11時15分
今回は、女性の体で生まれたが、女性を好きになってしまったことから同級生からいじめられ、母親からは虐待され、児童相談所に保護されたという現在20代の男性(Female to Male)の事例を紹介する。彼の家庭のタブーはいつ、どのように生じたのだろうか。タブーのはびこる家庭という密室から、彼はどのように逃れたのだろうか――。
■5人姉妹の中間子
関東在住の上里雲雀さん(仮名・20代・独身)は5人姉妹の中間子だ。10歳上と5歳上に姉、2歳下と4歳下に妹がいる
両親が出会ったのはお見合いの席だった。工場勤務の父親が30代、OLだった母親が20代の頃のことで、お見合いしてわずか数日後に結婚に至った。父親の稼ぎは決して良いものではなく生活は苦しかったが、父親は母親が働きに出ることを許さなかった。そればかりか、上里さんが物心ついた頃には、父親は家にいるときは酒を飲み、酔っ払って母親や次女に暴力を振るうことは日常化していた。
「父はいつも泥酔していて、母や次女に殴る蹴る、物を投げつけるなどをして、大きな声で怒鳴っていました。理由はいつも些細なことです。父が大好きな冷凍ピザを母親が夕食の時に出したら、『いつもこればっかり出しやがって!』など、本当に理不尽なことで怒り始めるんです。母は父の奴隷のようでした」
■「女子に告白した」という噂はまたたく間に広がった
上里さんは父親に殴られないように、いつもビクビクしていたが、不思議なことに、父親は長女には暴力を振るわなかった。
「長女が父に暴力を振るわれないのは、父に対して強気だったからだと思います。父は弱い人をいじめるのが好きな人なので……」
長女は母親からも、“お人形さん”のようにかわいがられ、欲しいものを買ってもらったり、やりたいことを自由にさせてもらったりしていた。
「次女はまるで母と一心同体のようで、母は次女に依存していました。父がよく暴力の対象にしていたのは、母と次女だったので、お互いを護り合っていたんだと思います」
そんなDV家庭で育った上里さんは、戸籍上の性別は女性だが、幼稚園の年長になったとき、同じクラスの女の子を好きになり、幼稚園を卒園する間際に告白。相手から「気持ち悪い」と言われてしまう。
4月を迎え、小学校に入学すると、同じクラスになったその女の子が誰かに話したのか、「上里さんが女子に告白した」という噂はまたたく間に同学年に広がり、男子からも女子からも「気持ち悪い」と言っていじめられるようになってしまう。
![きちんと置かれたランドセル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/6/1200wm/img_360ba5b83632d7f74900f6d5f95aea18378460.jpg)
上里さんは、「自分はおかしいのだろうか?」と一人で悩み、ある日、学校でいじめられ続けることが嫌で、母親に「学校に行きたくない」と訴えた。
するといつもは優しい母親が豹変(ひょうへん)。「学校へ行け!」と怒鳴り散らし、家の外へ締め出される。上里さんは学校へ行くしかなかった。しかし、学校へ行けばいじめられ、つらくなってまた母親に、「学校に行きたくない」と泣いて懇願するが、母親の怒りはエスカレート。そのうち手が出るようになり、足が出るようになり、四六時中怒鳴られるようになった。
「母は、周りからは『優しい人』と言われていましたが、外面だけがいい人で、僕が『学校に行きたくない』などと反抗的なことを言うたびに、殴る蹴るをする気性の荒い人です。ただ、ほかの姉妹には一切暴力を振るわず、僕にだけ振るっていました。母は世間体が大事な人でしたし、自分に反抗されるのが許せない人なので、『学校に行きたくない』と言うと必ず殴って首を絞めて家から放り出されました」
上里さんが母親から殴る蹴るの暴力を振るわれていても、父親はおろか、姉妹でさえも止めたり庇ってくれたりすることはなかった。姉妹はゲームをしたり漫画を読んだりおもちゃで遊んだりしていて、上里さんが母親に一方的に痛めつけられている様子を“無視”した。
■四面楚歌
母親の暴力が始まってから、上里さんはどんどん感情や表情がなくなっていった。なぜなら、上里さんが笑う・泣く・怒るなどの感情を表に出すと、母親からひどい暴力を受けるようになったため、感情を抑える癖がついていったのだ。
すると今度は、父親や親族など、周囲の大人たちから、「生意気な子どもだ」と言われるように。無表情なところが、不気味に思えたのかもしれない。
それは学校でも同様だった。級友は、上里さんが忘れ物をしたり、教師からあてられて答えられなかったりすると、しきりにばかにした。当時は任天堂DSがはやっていたが、貧しい上里家では買ってもらえるわけがなく、話についていけない上里さんは、「貧乏! 貧乏!」とからかわれた。
女子たちには罵倒され、無理やり砂場の砂を食べさせられたり、上靴を隠されたり。男子たちには、机の中に虫を入れられたり、蹴飛ばされたり、馬乗りになって殴られたり。そんな級友は上里さんが母親から虐待に遭っているなど、夢にも思わなかった。
肝心の教師たちは、母親の外面の良さにまんまとだまされ、何かあるとまず母親に連絡。教師からの連絡のせいで暴力がエスカレートすることも珍しくはなかった。
「学校の先生には、自分がいじめられていることを相談できませんでした。女なのに女が好きという、理由が理由ですから……。男の感覚なのに、ついていなければならないモノもない。心は男なのに女子トイレに入らなければならない。僕は1人で長い間考え悩みました。先生には、僕は宿題を忘れたりテストの点数が0点だったりする、問題児だと思われていたと思います」
母親からの暴力は激しさを増した。床に叩きつける、首を絞める、刃物を突き付ける、食事も飲み物もなし……。「目つきが悪い」「口答えをした」「泣いた」「学校に行かなかった」など、暴力の理由はいくらでもあった。
「ご飯がないときは、流し台のゴミポケットの中に入っているバナナの皮についた残りの甘いところを食べたり、お湯を注いで食べるスープのもとの袋を齧(かじ)ったり、焼いて食べる硬いお餅を何度もなめて柔らかくして、歯で削りながら食べたりしていました。それらもないときは、公園の水場でお腹いっぱいになるまで水を飲みました」
![コンポストにバナナの皮を捨てようとしている手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/a/1200wm/img_1a6eff96d6f350c76919459367493fdc510256.jpg)
■両親の離婚
上里さんが小4の頃(10歳)、両親(父親40代、母親30代)は離婚した。母親は、親の後を継いだ兄と仲が悪かったため、実家を頼れなかった。そのため、当時20歳になっていた長女の家に母親、次女(15歳)、妹2人(8歳と6歳)と5人で転がり込む。
「父は変な人でした。普段僕らに興味がなく、相手をしないし話しかけないのに、突然僕らを遊園地に連れて行ってくれたり、映画を一緒に観ようと誘ってきたり……。子どもながらに遊園地や映画は楽しい場所と認識していたので、僕は嫌がることなく一緒に行っていました」
長女には子どもが2人いた。そこに5人が加わり、生活は困窮を極めた。母親も働きに出ざるをえず、余裕がなかったのか、上里さんに暴力を振るうことはなくなった。
しかし5カ月ほどすると、突然長女の家を出ることに。母親と次女から「逃げるよ!」と言われ、荷物一つ持たず、夜通し歩いて「シェルター」に到着。するとすぐに職員の女性が出てきて、おにぎりを手渡しながら、「大変だったね、つらかったね」と労いの言葉をかけてくれた。
![タラコとサケのおにぎり](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/e/1200wm/img_2e58fadcfd7a3667e2bbbb47ba08ecdc473091.jpg)
なぜ長女の家を出なければならなかったのか。上里さんは今もその理由は「分からない」と言う。おそらく離婚したことに不満を持つ父親が、母親の居場所を突き止めたため襲撃される恐れがあると判断したのだろう。
危険を察知した母親と次女が事前に「女性センター」に相談していたことで、しばらくの間、家族5人で「シェルター」で暮らせることになったようだ。この頃上里さんは、小5になっていた。
「『シェルター』は、男性からDVや性的虐待を受けたり、ひどい環境下に置かれたりなど、主に女性が男性から避難して、心と体を守る場所です。僕の家族と同じような境遇の子もいました。避難してきた子どもの知能に合わせた学習プログラムがあり、日中僕らは勉強、母たちは新天地を探すのがルールでした。保護下なので外出は基本禁止、長くても3カ月ぐらいが保護期間だったと思います」
シェルターにいる間に母親が重度のうつ病であることがわかり、3カ月後のシェルターを出る際には、生活保護を受け、家族5人で2LDKのアパートに移ることになった。
■初めての友達
シェルターにいる間は、独自の学習プログラムを受け、小学校に通っていなかった上里さん。シェルターを出て暮らし始め、転校先の学校で6年生になった上里さんは、初めて友達ができた。
その友達の家に遊びに行ったとき、友達の母親が上里さんに家のことを聞いてきたので、母子家庭で生活保護であることを言うと、「うちも生活保護なのよ」と言っていた。その友だちの家族は、上里さんが遊びに行くと、ご飯を食べさせてくれたり、服をくれたりした。
「その友達にはお姉さんがいました。お母さんが鬱(うつ)病、お姉さんは躁鬱と、うちとそっくりな状態だったのでよく覚えています。うちと違うのはお母さんもお姉さんもとても優しい人ということでした」
ただ、その家は40匹を超える動物を飼っていたため、遊びに行く度に獣臭、尿臭が上里さんの服についた。それを母親はひどく嫌がり、上里さんがその友達の家に行く度に、血反吐を吐くまで殴られ、床に叩き付けられた。
そんなある日、その友達が、「家族で遊園地に行くので、一緒に行こう」と誘ってくれた。だが、上里さんの母親が許してくれるはずもない。それでも許しを乞うと、母親は家中の鍵を締め、玄関チェーンの隙間に餅を切って詰めて外れないようにし、家に閉じ込めた。
しかし上里さんは諦めきれず、母親と口論している隙に窓の鍵を開け、真冬にもかかわらず、半袖・短パン・裸足で友達の家に向かった。母親はものすごい勢いで追いかけてきたが、上里さんは母親をまいて、友達の家に無事到着することができた。
理由を話すと、友達の家族は快く服と靴を貸してくれ、一緒に遊園地に連れて行ってくれた。その日の夜、遊園地から友達の家に帰ると、留守番電話に警察署と上里さんの母親から、何十件と留守電が入っていた。どうやら母親が、「娘が行方不明になった」と通報したようだ。それを聞いて怖くなった上里さんは、「帰りたくない」と友達のお母さんに泣きながらしがみついた。
すると友達の母親は、上里さんの頭をなでてくれた。そのときに友達の母親は、上里さんの頭部がへこんでいることに気が付く。日頃から体中の傷が気になっていた友達の母親は、その日は上里さんを家に泊めて、翌朝児童相談所に連絡。
上里さんが翌朝、児童相談所の相談員と一緒に家に帰ると、母親は発狂していた。上里さんを見るなり、怒り狂い、泣き叫び、襲いかかろうとしてくる。
「ア゙ア゙ー‼ お前なんか……お前なんか殺してやるヴヴヴ‼」
「うちの子じゃないイイイイ‼ ギィィヤア゙ア゙ア゙゙‼」
「この糞ガキイイイ‼ そんな子供産んだ覚えないイイイ‼」
発した音声は五十音図では表しようのない、負の感情の塊だった。上里さんは、母親のその言葉を浴びせられて、体は硬直し頭は真っ白になった。
![頭が真っ白になった女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/1/1200wm/img_01dd109e0193bc8ffdabffccb3024cad84554.jpg)
母親は児相の職員たちに取り押さえられ、話ができる状態ではなかったため、その日のうちに上里さんは児童相談所に入所することに。気が動転していた上里さんは、施設に着いてから、「母親と姉妹たちは、しばらくあなたと暮らせる状態ではない」と職員から説明された。(以下、後編へ)
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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